カレッジ・ヒルをさまようもの Part I


Point of Interest #17 - #29


Lovecraft's College Hill

Providence, Rhode Island, USA


Update 2005/12/18
Originated 2005/12/02
Visited 2005/11/xx


Point of Interest # (=POI#)の場所は、The H.P. Lovecraft Archive の
 His Creations - Lovecraftian Sites in New England にある
Lovecraft's College Hill Walking Tour をご参照下さい。

 

01.JPG - 70,606BYTES

1. トーマス・ストリート


Thomas Street


東にのびるトーマス・ストリート。トーマス・ストリートと南北に走るノース・メイン・ストリートの交差点に第一バプテスト教会がある。そして、その交差点近くトーマス・ストリートの左側には、異様なデザインのフレール・ド・リス・スタジオがある。

このトーマス・ストリートは、エンジェル・ストリートへと続く。

02.JPG - 77,227BYTES

2. 第一バプテスト教会(1775年)


POI#19
First Baptist Meetinghouse
75 North Main Street


やがて一七七五年に建築された優雅な第一バプテスト教会があらわれ、豪華にもギブズが設計した尖塔をそびえさせ、ジョージ王朝式の屋根や頂塔を備えていた。

H・P・ラヴクラフト 「チャールズ・デクスター・ウォード事件」 より

『暗黒神話大系シリーズ クトゥルー10』
青心社 刊
H・P・ラヴクラフト 他

大瀧啓裕 編

03.JPG - 92,725BYTES

3. フレール・ド・リス・スタジオ(1885年)


POI#18
Fleur de Lys Studio
7 Thomas Street


フレール・ド・リス・スタジオは、「クトゥルーの呼び声」に登場する彫刻家ヘンリー・アントニー・ウィルコックスの住居である。「クトゥルーの呼び声」での名称は、フレール・ド・リス・アパート(原書では Fleur-de-Lys Building)となっている。


草稿は二部にわかれ、前者には「一九ニ五年 - ロード・アイランド州、プロヴィデンス、トーマス・ストリート七番地居住、H・A・ウィルコックスの夢に基づく作品」、後者には「アメリカ考古学協会一九○八年年次総会におけるルイジアナ州、ニューオリンズ、ビアンヴィル・ストリート 一ニ一番地居住、ジョン・R・ルグラース警視正の話 - 上記についての注釈およびウェブ博士の説明」と見出しがつけられていた。

H・P・ラヴクラフト 「クトゥルーの呼び声」 より

『暗黒神話大系シリーズ クトゥルー 1』
青心社 刊
H・P・ラヴクラフト 他
大瀧啓裕 編

04.JPG - 80,366BYTES

4. 正面から見たフレール・ド・リス・スタジオ


ウィルコックスはあいかわらずトマス・ストリートのフレール・ド・リス・アパートでひとり暮しをしていたが、そこはアメリカでもっとも繊細なジョージア様式の尖塔が影を落とす、古さびた丘に建ちならぶ美しい植民地時代様式の家屋のただなかにあって、化粧漆喰の正面をひけらかす、十七世紀ブルターニュ様式の建築を模倣した、醜悪なヴィクトリア時代の建物だった。

H・P・ラヴクラフト 「クトゥルーの呼び声」 より

『暗黒神話大系シリーズ クトゥルー 1』
青心社 刊
H・P・ラヴクラフト 他
大瀧啓裕 編

05.JPG - 94,462BYTES

5. フレール・ド・リス・スタジオのプレート

FLEUR-DE-LYS STUDIO

HAS BEEN DESIGNATED A

NATIONAL HISTORIC LANDMARK

 

THIS BUILDING POSSESSES NATIONAL SIGNIFICANCE

IN COMMEMORATING THE HISTORY OF THE

UNITED STATES OF AMERICA

1992

 

NATIONAL PARK SERVICE

UNITED STATES DEPARTMENT OF THE INTERIOR

 

06.JPG - 87,745BYTES

6. プロヴィデンス・アート・クラブ(1786〜1789年、1791年)


POI#17
Providence Art Club
10 and 11 Thomas Street


プロヴィデンス・アート・クラブは、フレール・ド・リス・スタジオの3軒先にある。このアート・クラブには、ラヴクラフトと彼の伯母(もしくは叔母か?)が参加していたらしい。

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7. プロヴィデンス・アート・クラブの看板


プロヴィデンス美術家クラブさえ、保守的な立場をつらぬく団体であってみれば、ウィルコックスは救いがたいと見はなしていた。

H・P・ラヴクラフト 「クトゥルーの呼び声」 より

『暗黒神話大系シリーズ クトゥルー 1』
青心社 刊
H・P・ラヴクラフト 他
大瀧啓裕 編

08.JPG - 96,871BYTES 8. サウス・メイン・ストリート


South Main Street


トーマス・ストリートをノース・メイン・ストリートとの交差点まで戻り、ノース・メイン・ストリートを南に歩いていく。道の名前が、いつのまにかノース・メイン・ストリートからサウス・メイン・ストリートにかわる。

そしてノース・メイン・ストリートとカレッジ・ストリートの交差点に、マーケット・ハウスがある。
09.JPG - 79,176BYTES 9. マーケット・ハウス(1773〜1774年)


POI#20
Market House
4 South Main Street


1773年に設けられた市場とは、このマーケット・ハウスのことである。


幼いウォードは背ものびて冒険心に富むようになるにつれ、ときおり勇気を奮い起こしては、いまにも倒れそうな家屋、こわれた欄干窓、崩れた階段、ゆがんだ手摺、浅黒い顔、何とも知れぬ悪臭からなる、この騒然たる地区に入りこみ、サウス・メインからサウス・ウォーターへと曲がりくねった道を進んで、湾の流れと頑丈な汽船がなおも訪れる波止場を見つけだすと、この低い地域を北へとひきかえして、一八一六年に建てられた急勾配の屋根のある倉庫や、一七七三年に設けられた市場が古い迫持の上になおも堅固に建っている、グレート・ブリッジ手前の広場に足を進めたものだった。

H・P・ラヴクラフト 「チャールズ・デクスター・ウォード事件」 より

『暗黒神話大系シリーズ クトゥルー 10』
青心社 刊
H・P・ラヴクラフト 他
大瀧啓裕 編
10.JPG - 86,676BYTES

10. マーケット・ハウスのプレート


1773 という西暦とジョウゼフ・ブラウン(Joseph Brown)の名前が記されているのがわかる。現在、このマーケット・ハウスはロードアイランド美術大学(青心版「クトゥルーの呼び声」での名称は「ロード・アイランド美術学院」)の施設として使われている。


RHODE ISLAND SCHOOL OF DESIGN

THE - MARKET - HOUSE

Erected 1773 - Joseph Brown - Architect

John Hutchins Cady - Architect of the alteration - 1950

The City of Providence, by deed signed by Mayor Dennis J. Roberts dated May 27, 1948, transferred this building to the School for its corporate & educational purposes.

 

 

名刺にはヘンリー・アントニー・ウィルコックスとあり、わたしの大叔父はこれを見て、この若者がいささか心あたりのある名家の末っ子で、そのころロード・アイランド美術学院で彫刻を学び、学院に近いフレール・ド・リスのアパートでひとり暮しをしていることを思い出した。

H・P・ラヴクラフト 「クトゥルーの呼び声」 より

『暗黒神話大系シリーズ クトゥルー 1』
青心社 刊
H・P・ラヴクラフト 他
大瀧啓裕 編

11.JPG - 79,959BYTES

11. プロヴィデンス郡上級司法裁判所(1924〜1933年)


POI#21
Providence County Superior Courthouse
250 Benefit Street


プロヴィデンス郡上級司法裁判所の住所はベネフィット・ストリートとなっているが、この写真はサウス・メイン・ストリート側から見たものである。

手前の川はプロヴィデンス・リバー。この橋を渡った左手(写真の左側)にマーケット・ハウスがある。チャールズ・デクスター・ウォードが散策したグレート・ブリッジ手前の広場とは、このあたりのことだろうか。

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12. ジョウゼフ・ブラウン・ハウス(1774年)


POI#22
Joseph Brown House
50 South Main Street


サウス・メイン・ストリートを、さらに南へすすむとジョウゼフ・ブラウン・ハウスがある。


町のためにつくそうとするカーウィンの気持ちが衰えることはなく、当時のプロヴィデンスは高等教育を奨励する面でニューポートに大きな遅れをとっていたが、スティーヴァン・ジャクスンやジョウゼフ・ブラウンやベンジャミン・ウェストといった指導者が町の文化的気風を高めようと尽力しつづけるなか、カーウィンはこれに援助する機会を逃さなかった。

H・P・ラヴクラフト 「チャールズ・デクスター・ウォード事件」 より

『暗黒神話大系シリーズ クトゥルー 10』
青心社 刊
H・P・ラヴクラフト 他
大瀧啓裕 編
13.JPG - 82,357BYTES 13. ジョウゼフ・ブラウン・ハウスの入口
14.JPG - 82,945BYTES 14. ジョウゼフ・ブラウン・ハウスの入口上部


50 SOUTH MAIN STREET の上には、PROVIDENCE BANK と記されている。
15.JPG - 65,025BYTES 15. ジョウゼフ・ブラウン・ハウスの標識

16.JPG - 68,351BYTES

16. ホプキンズ・ストリート


Hopkins Street


サウス・メイン・ストリートから、東にのびるホプキンズ・ストリート。このホプキンズ・ストリートを登っていくとベネフィット・ストリートにでる。

プキンズ・ストリートの右のブロックにジョウゼフ・ブラウン・ハウスがあり、左のブロックがプロヴィデンス郡上級司法裁判所である
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17. スティーヴァン・ホプキンズ・ハウス(1743年)


POI#23
Stephen Hopkins House
15 Hopkins Street


一七七○年十二月の末に、町の名士たちがスティーヴァン・ホプキンズの自宅に集まり、暫定的な対策について討議した。

H・P・ラヴクラフト 「チャールズ・デクスター・ウォード事件」 より

『暗黒神話大系シリーズ クトゥルー 10』
青心社 刊
H・P・ラヴクラフト 他
大瀧啓裕 編

18.JPG - 80,650BYTES 18. スティーヴァン・ホプキンズ・ハウスの入口
19.JPG - 67,359BYTES 19. スティーヴァン・ホプキンズ・ハウスの標識
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20. スティーヴァン・ホプキンズ・ハウスのプレート


STEPHEN HOPKINS 

1707 - 1785

MERCHANT AND SHIP BUILDER

TEN TIMES GOVERNOR OF RHODE ISLAND

CHIEF JUSTICE OF THE SUPERIOR COURT

CHANCELLOR OF BROWN UNIVERSITY

MEMBER OF THE COLONIAL CONGRESS

SIGNER OF THE DECLARATION OF INDEPENDENCE

LIVED IN THIS HOUSE 1743 - 1785

WASHINGTON WAS HERE A GUEST APRIL 6, 1776

THIS BUILDING ERECTED

AT THE CORNER OF SOUTH MAIN ST. ABOUT 1743

WAS REMOVED TO ITS

PRESENT SITE IN 1927

 

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21. プロヴィデンス郡上級司法裁判所の番地表示


ベネフィット・ストリート側が正面となるらしい。
22.JPG - 90,586BYTES 22. プロヴィデンス図書館(1836〜1837年)


POI#24
Providence Athenaeum
251 Benefit Street


プロヴィデンス図書館は、プロヴィデンス郡上級司法裁判所の正面、ベネフィット・ストリートとカレッジ・ストリートの交差点にある。

チャールズ・デクスター・ウォードが通った公共図書館とは、ここのことだろうか。

23.JPG - 83,309BYTES

23. プロヴィデンス図書館の標識
24.JPG - 90,783BYTES 24. ベネフィット・ストリートとカレッジ・ストリートの標識


後ろに見えているのはプロヴィデンス図書館。

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25. ペンドルトン・ハウス(1904-1908年)


POI#25
Pendleton House
232 Benefit Street


残念ながら建物を特定できず。おそらく写真中央の建物だろうと思われる。

ペンドルトン・ハウスは、ラヴクラフトが通った博物館らしい。

26.JPG - 92,429BYTES 26. カレッジ・ストリート


College Street


東にのびるカレッジ・ストリート。正面に見えているのはブラウン大学。このカレッジ・ストリートを登りきった左側にジョン・ヘイ図書館がある。

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27. リスト・アート・ビルディング(1969〜1971年)


POI#26
List Art Building
62 College Street


リスト・アート・ビルディングは、カレッジ・ストリートを登りきる直前にある、ジョン・ヘイ図書館に隣接した近代的な建物である。そして、ここは、ロバート・ブレイクの住居があったとされる場所である。


若きブレイクは、一九三四年から三五年にかけての冬に、プロヴィデンスにもどり、カレッジ・ストリートはずれの草地に建つ古びた住居の上階をかりきった ー そこはブラウン大学のキャンパスに近い、東にのびる大きな丘の頂で、背後には大理石造りの大学付属ジョン・ヘイ図書館が位置している。

H・P・ラヴクラフト 「闇をさまようもの」 より

『暗黒神話大系シリーズ クトゥルー 7』
青心社 刊
H・P・ラヴクラフト 他
大瀧啓裕 編

28.JPG - 61,349BYTES

28. リスト・アート・ビルディングの標識


標識には、62 College Street とある。

ラヴクラフトが最後に住んだ家は 66 College Street にあった。が、その家屋はリスト・アート・ビルディング用の道路をつくるため、1959年に 65 Prospect Street (POI#30)へと移されている。
29.JPG - 88,063BYTES 29. ヴァン・ウイックル・ゲート(1901年)とブラウン大学(1770年)


POI#27
Van Wickle Gate and Brown University

30.JPG - 78,156BYTES

30. ジョン・ヘイ図書館(1910年)


POI#28
John Hay Library
20 Prospect Street


簡潔な文章は次のページに掲げたようなもので、あまりにも謎めいていることが動揺している二人に目的をあたえ、二人はウォード氏の車に乗りこむと、まず静かに食事のできるところへ、そのあとは丘の上のジョン・ヘイ図書館に行ってくれと運転手に命じた。

H・P・ラヴクラフト 「チャールズ・デクスター・ウォード事件」 より

『暗黒神話大系シリーズ クトゥルー 10』
青心社 刊
H・P・ラヴクラフト 他
大瀧啓裕 編

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31. ジョン・ヘイ図書館の入口
32.JPG - 73,217BYTES 32. ジョン・ヘイ図書館の入口上部
33.JPG - 64,583BYTES 33. ジョン・ヘイ図書館の標識
34.JPG - 106,806BYTES 34. H・P・ラヴクラフト・メモリアル(1990年)


POI#29
H.P. Lovecraft Memorial


ジョン・ヘイ図書館の片隅、プロスペクト・ストリート沿いの狭い緑地に、ひっそりとH・P・ラヴクラフト・メモリアルが設置されている。

35.JPG - 83,350BYTES

35. H・P・ラヴクラフト・メモリアルの文面


Howard Phillips Lovecraft
(1890 - 1937)
U. S. Author 

I never can be tied to raw new things,
For I first saw the light in an old town,
Where from my window huddled roofs sloped down
To a quaint harbour rich with visionings. 

Streets with carved doorways where the sunset beams
Flooded old fanlights and small window-panes,
These are the sights that shaped my childhood dreams. 

Dedicated on the Centennial of his birth
August 20, 1990
by
The City of Providence
Brown University
and
Friends of H.P. Lovecraft


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