leabul1e.gif (224 バイト)  栗駒の昔話 文字三山の民話 

 写真の向かって左より、大土森(580.3m)、少し離れて中の森(610m)、その脇の台形の山が櫃ヶ森(615.9m)。この三つを文字三山と呼ぶ。大土森は鉱山として近年まで採掘されていた。

 文字三山の昔話は諸説有るようですが、その大意に於いてはあまり変わらないようです。『栗駒物語』(昭和49年12月・栗駒町史談会発行)には会員蜂谷正一氏が寄せている。また、柴崎徹氏著『宮城の名山』(平成4年8月1日・河北新報社発行)にも紹介されてある。その他にも紹介されているようであるが、それらを抜粋して紹介する。

 

 leabul1e.gif (224 バイト)その1:見聞録

 昔、大土森は大土彦、櫃ヶ森はお櫃姫と呼ばれていた。この二つの山はおたがいに高さを誇っていた。大土彦はお櫃姫が女なのをいいことに、攻めていってお櫃姫の頂上付近を削り取って、自分の山にかき揚げてしまった。そのため大土森は石ころだらけの山になってしまった。櫃ヶ森はてっぺんが平らな山になってしまった。それを見ていた、揚げ石山が仲に入って、無理矢理結婚させてしまった。その間に出来たのが中の森で、父親の大土森を怖がって、母親の櫃ヶ森の根っこを離れなかった。

 leabul1e.gif (224 バイト)その2:『栗駒物語』(栗駒町史談会・昭和四十九年十二月・斎藤実発行)より抜粋ya126294.jpg (10380 バイト)

 昔々の大昔の事、大土森には大土彦と云う神様が金堀をして居り、ひつ森にはおひつ姫と云う神様が居て、機織りをしていたと云う。だがお互いに高さを競ってゆずらなかった。ひつ森はもっと先のとがった高い山で、大土森は今より少し低い、なだらかな山であった。ところが大土彦の神は自分の山を高くしようと、大勢の眷族共を使い、その辺の土をどんどん盛り上げて、今の様な、格好の山を作った。そして勢いに乗じてひつ森に攻め込み、相手がおんなである為、制止も聞かず眷族共を励まして、山をくずしてしまった。それでひつ森は上部を切り取られた様な格好の山になった。

 それを見ていた奥の揚石山の神様が仲に入り、御前達は喧嘩をしてはいけない、高さくらべなら、わしの方がずっと高いぞ、然し奥の方には駒ヶ岳と云うもっともっと高い山があるんだ、御前達の及ぶところではないから、喧嘩はやめなさい。喧嘩をすれば何時までも御前達が損をするばかりで、決して幸福にはならない。それよりは、御前達は男女である。お互い良く理解し合って、夫婦の契りを結びなさい。私が仲をとりもってやるからと云われた。初めはなかなか承知しなかったが、度々説得されたので、遂に承知して夫婦となった。その後は夫婦仲も至極円満にして、出来た子供は中の森太郎と云い、まるまると太った大きな子供であった。そして親子3人変わることなく、何時までも仲良く過ごして、今日に至っているとの事である。それでも父親の大土彦の神が少し、きびしかったので、子供の中の森太郎は、母親のおひつ姫の神の方にしっかり寄り添っているのもうなずける。 (写真は大土森・平成12年6月29日撮影)

  leabul1e.gif (224 バイト)その3:『宮城の名山』(柴崎徹著・平成10年4月23日・河北新報社出版)より抜粋

 昔、文字に大土彦とお櫃姫が住んでいたが、二人は仲が悪く、いつもけんかばかりしていた。岩を投げ合って戦争したが、大土彦の頭にはお櫃姫の投げた岩が積もって高くなり、お櫃姫の頭は取った岩のために平になった。それを見かねた栗駒の揚石山(あぐろしやま)が仲裁に入って二人をなだめ、月日が経てやがて二人は夫婦になった。そして生まれたのが中の森太郎である。

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 現在、大土森には登山道が、鶯沢町よりつけられている。櫃が森には登山道はないが、その山腹を削って深山牧場に行く道がつけられている。この道は冬期間は閉鎖されるが、シーズン中は荒砥沢ロックヒィルダム経由で、沼倉御駒橋−耕英開拓−羽後岐街道付近に抜ける舗装道路となっている。

(写真は櫃が森・平成12年11月16日撮影)

 

 

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