平成20年6月14日(土)午前8時43分に発生した「岩手・宮城内陸地震」で

 湯ノ倉温泉は現在休業中です。

 白鳥省吾の愛した栗駒山 

  温湯・湯ノ倉・湯濱  (ぬるゆ・ゆのくら・ゆばま)

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  白鳥省吾の書き残した感想集『土の藝術を語る』(大正14年2月20日・聚英閣発行)に収録された「森林に想ひ都市を頌ふ」中の「森林地帯の見聞から」は、大正13年2月『我観』に発表されたものである。これは大正12年8月に、郷里宮城県栗原郡教育会に招かれたときの見聞録である。

 講習会は18日19日20日の三日間に渡って花山村温湯温泉、御番所にて開催された。省吾はその後執筆のために29九日まで滞在している。当時の花山村の各温泉の様子を伝えているので、抜粋して紹介してみたい。なお帰京して直ぐに関東大震災に遭っている。

写真は平成13年8月25日の温湯温泉、佐藤旅館。

写真は平成13年8月25日の白糸の滝入り口。

 

<東北の脊梁をなしている奥羽山系の高峰、駒ケ嶽の森林地帯のなかには十指を屈するほどの温泉があるが、宮城県花山村の温湯温泉はその一つで、その付近は東北の代表的な森林である。温湯温泉は海抜三千尺位、陸羽東線の池月駅から六里の山奥で、路は割合に平坦だが、徒歩か馬でなければ行けないので、交通不便なために、余り世に知られていない。・・・中略

 しかし、温湯から更に奥に行くに従って森林が全体として吾等を驚喜させる。/温湯温泉の前を流れるその迫川を遡ること十分ほどで作澤といふのがある。山にへばりついたやうな数件の小屋、材木を伐り出したあと、川にそそぐ小さい瀧など、近づくに従って或る人間くささを感じさせる。中略・・・川の大きい石から石へ一枚の厚板が架かってそれを渡って崖をのぼると、三百坪に足らぬところに並んだ数件の小屋、即ち木地挽きの工場に出る。主に椀を挽く小規模の工場だが、小さいだけに却って親しみのある面白味を感じさせる。中略・・・。>

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 <白糸の瀧といふ高さ十五丈ほどの見事な瀧を案内するといふので工場監督である青年に連れだって行った。川を遡るのかと思ひの外、工場裏の直立した山をよじのぼるのであった。山は言うまでもなく深い林で森林地帯の一部である。八月の中旬で、その胸を突くやうな急坂をのぼっただけで流汗が浴びるやうに流れた。しかし其処を十数分で登り切るともう山の平地であった。中略・・・。>

白糸の滝までの間に、炭焼き小屋があり、人々が生活しているのを、驚きながら描写している。写真は平成十三年八月二十五日の白糸の滝。滝の左手に旧道がある。この道は現在廃道となっている。省吾はこの旧道を通って、湯濱温泉へ向かっている。現在右手湯ノ倉に行く途中に、新道がつけられている。

<温湯温泉から三十丁で湯ノ倉温泉があり、二里で湯濱温泉がある。共に白糸の瀧を分岐点としてますます森林の中に進むので、迫川の上流である。湯ノ倉はほんの狭い川岸に二軒の家が立ち、入り口の一軒は川に添ひ、突き当たりの一軒は湯槽の上にある。雪崩のために家が破れたさうで、各々の家の其の左翼が半分づつ屋根が落ちて、ぼろぼろに座敷にくつ附いている。中略・・・。川に添ふた家には二階一室、下二室に湯治客が居り、突き当たりの家には上下一室づつに人が居る。中略・・・。>

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平成20年6月14日(土)午前8時43分に発生した「岩手・宮城内陸地震」で

 湯ノ倉温泉は現在休業中です。

 下の写真は名物露天風呂。もう清流に片足入れて片足は露天風呂。湯ノ倉ならではの贅沢である。当日は、中ヒールでいらした女性客、サンダル姿のお兄さん達と、客が多かったようである。最初ためらっていた娘さん達も、何qも歩いてここまで来て、入らない手はないと意を決したようである。恋人同士、子供連れの夫婦、自然の中で、裸で写真を取り合ったり、川遊びをしたり大自然を満喫していた。省吾の言う「山の揺籃である。」

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 在りし日の秘湯、湯ノ倉温泉。

 <白糸の瀧から湯濱に行く途中こそほんとうの大森林だ。古朽して木が自然と倒れているのが、多くまじっている。中略・・・。殊に見事なのは山毛欅の林だ、明るい緑葉は同一の模様を以て何処までも続いている。山毛欅の如きは一千年以上のもの無数であるとのことである。/蜥蜴がカサコソと落ち葉の上を音を立てて遁げてゆく、・・・中略。路は山の中腹に狭く無理に作られたもので、上も下も絶壁といふのが少ない、遠くで渓流の音などがする。熊笹がよく茂っている。中略・・・。蜥蜴は無数で、蛇も二里余りの間に十数匹を数へた。とある草地に小憩したらダニがワイシャツに三匹も食ひついていた。この森林で、どんな動物から血を吸ふたのか、南京虫に似て扁平な身体に血をにじましていた。中略・・・。私は全速力で歩いた積もりであるが二里半の路は四時間を要した。中略・・・。>

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写真は新道、湯濱道への道しるべと、改装された湯濱温泉。

<この二里半の山道を湯濱の娘などは温湯まで往復するのである。淋しさを感ぜずに故郷の土として懐かしさを以て歩む。独り春夏ばかりでなく。雪が脛を没する冬に於いても通行することは驚くべき事である。中略・・・。然るに、迫川の上流の温湯、湯濱、湯ノ倉の三温泉は交通には不便なのが幸ひして、都会人は殆ど入り込んで居ないで農民の独占である。・・・後略>

 

 

引用資料

* 白鳥省吾著・感想集『土の藝術を語る』「森林に想ひ都市を頌ふ・森林地帯の見聞から」(大正14年2月20日・聚英閣発行)。「白鳥省吾のふるさと逍遙」(平成12年1月10日・ 白鳥ナヲエ発行)  


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