壊死性筋膜炎

2007/03/24(土)
朝犬の散歩中にどうも熱っぽい。
散歩を済ませて熱を測ると38.9度もあった。
ああこれはきっとインフルエンザにかかってしまった。
さっそく解熱剤をさがすと抜歯した際に歯医者でもらった残りがあった。
夕方にジョニイさんとの飲み会があったがキャンセルした、
夕方になり解熱剤のおかげで熱が引き、ふと思った。
インフルエンザにしては咳もでないし喉も痛くない。鼻もなんとも無い!
その上食欲もある。おかしいなあ!
風呂に入るため裸になった時に、あれぇ右足の向こう脛が真っ赤に腫れて
同じく右足の太ももがピンク色になっている。
そうか!右足の向こう脛からバイ菌が入って、そのため高熱が出たんか!
03/25(日)
翌日曜日、朝から昨日と同じ高熱。足の腫れもひどくなっている。
こりゃ大変だ火曜日には1年ぶりのゴルフやし明日はちゃんとした病院に行こう!
03/26(月)
という訳で嫁さんのお勧めの西医○センターに月曜の朝9時に・・・受付で症状を聞かれ
外科の診察を受けることになった。
待たされる事は覚悟していたが案外早く11時過ぎに診察室に通された。先生は優しく
親切であったが病名は告げられず「痛いですか?」
「いえ!全く痛くないです」
「おかしいなあ!痛い筈なんですがねえ!ここの病院は皮膚科が無いんですよ!」
「先生明日ゴルフで、4月.4日から海外旅行に行くんです。明日は来れませんが明後日から
4月4日までに足の腫れをとりたいんです」
「それでは明後日9時から10時までに来てください」「今から採血と点滴を受けてください」
03/27(火)
取引先のゴルフのコンペ。朝から雨予想。微熱の上にビッコ。おまけに雨が直ぐに降ってきた。
なんせ1年ぶりのゴルフなので100を切る事に全神経を集中させたせいか、何とか体は持ちこたえた。
その上目標の100を切った。やれやれ。プレー終了後入浴は無理なのでシャワーを浴びるため
裸になったらふくらはぎがピンク色から赤く変色していた。
ミーテイングを早々に切り上げて薬局で買ったアンメルツコールドスプレーを吹きつけ冷湿布を貼り付ける
結果は大失敗なんだが・・・
03/28(水)
9時から10時までに来るようにいわれていたので9時10分頃に病院に・・・
まあ予約していることだし10時までには観てもらえるでしょう!10時になった。未だだ!
じーと座って観察していると後から来た人がどんどん先に観てもらって自分の順番がやって来ない。
最初に周りに座っていた人たち全員が居なくなって、新しい人ばっかり。
看護婦さんが出てきたので「一体私はいつ観ていただけるんですか?」
「朝早くから採血してその結果を持ってやって来る人が優先されるので、お宅の順番ははっきりしません」
???待つこと30分、10時半になってしまった。看護婦さんが又出てきたので
「今日採血した人が優先なんておかしいんちゃう?俺なんか一昨日に採血済ませてんのに。それと9時から
10時までに来るように書いてあってそのとおり来たのに・・・」と文句をいっていたら名前を呼ばれた。
文句いわにゃ良かった!診察室に入るとこの前の先生とは違っていた。部屋でズボンを脱いで
3枚の冷湿布の1枚を自分ではがしたら、皮膚の皮がめくれて汁(リンパ液?)が垂れてきた。
丁度完熟トマトの皮をむいたときに汁が垂れるような感じだった。先生が「あっそんな乱暴な事したらだめです、
大体湿布する事自体が間違っていますよ。」といって先生自ら上手に残り2枚の湿布をはがしていただいた。
この先生も中々親切だ!しかし病名等の説明は無かった。多分判らんのやろなあ!!
この日点滴をし飲み薬を頂いた。絶対安静にしてなにが何でも4月4日には直さんと!!
03/29(木)
状態が大分よくなってきたように思う。早く良くなれ!
03/30(金)
間が悪いとはこの事か・・・火曜日のゴルフの前から決まっていたことだし、今日の山歩きも前から決まっていた事なので
仕方ない。今日はなんとゴルフ場の測量に先立っての伐採箇所のテープ張り。具体的には土地の境界線が旧日本座標のX,Y座標で
与えられていて、それを世界測地系のX、Y座標と緯経度に変換し、その緯経度をカシミールで地点登録し、それをetrexのVISTA
のナビに転送し現地でピンポイント(半径約3M位)で位置を特定し、そこにビニールテープを張っていく。正に趣味の山歩きと仕事の測量とが
恐ろしいほど一致した話である。テープ張りのあと3人で1週間ほどの伐採予定があるのでどうしてもこの日ははずせない。
夕方5時に作業を終了した際には作業ズボン外側に血がにじんでいた。えらいこっちゃ!この時間では西医○センターは時間外で
締まっているので近所の皮膚科の開業医で包帯でも交換してもらおうと気楽に訪れた。
「うわぁ!こりゃ重症だわ!今日の朝診察に来ていたら即刻入院やけど、週末のこの時間ではもう無理やけど!」
「先生、そんな無茶ゆうたらあかんで!西医○センターでは治療は終わって後は日にち薬やと思とんのに、
 来月の4日には海外旅行いく予定で旅行社にはもう金払いこんどるし、現地で友人とも待ち合わせしているんで
 なにが何でも3日までには完治する予定でっせ、聞きますけど病名はなんですやろ?」
壊死性筋膜炎の確率が50%です」「先生壊死ゆうたら脚が腐ってくるんですか?」
「そうですよ!場合によっては脚を切開し壊死部分を取り出して治療する必要がありますよ!」
この言葉でわーさんの頭は真っ白になってしまった。ひょっとして最悪右脚切断????
「先生とりあえず明日、明後日と家で完全休養していますんで月曜日の朝もう1度見てください。」と診療所から帰って
ネットで壊死性筋膜炎を検索した。

人食いバクテリア・壊死性筋膜炎
いかにも、人を食った恐ろしい名前が付けられているこの人食いバクテリアにも出会ったことがある。といっても、その極期ではなく、治療がほぼ済んで、回復してきた患者を前任者が異動したため、担当したことがあるという程度である。人食いバクテリアという名前の由来はこれに罹ってしまうと、今なお、死亡率が極めて高いことから、このようなおどろおどろしい名前が付けられている。人食いバクテリアといってもその種類は単一ではない。主にA型溶血性連鎖球菌によるものと、ビブリオ菌によるものとがある。A型溶連菌は一般的には小児の咽頭炎を起こす細菌として知られている。また皮膚のおできなどの起炎菌でもあり、猩紅熱やリューマチ熱なども起こしてくるのだが、もっとも激烈な症状を呈するのが、この壊死性筋膜炎であり、Toxic Shock like Syndrome(TSLS)として知られている。季節的には冬が多く、特定の誘引は認められず、年齢、男女差など背景因子に特定なものはない。突発的に発症し、ショック状態となり、DIC,MOFへと急速に進行する。もう一方のビブリオ菌(Vibrio vulnificus)によるものは,この細菌に汚染された生の魚介類(生がき、刺身)を食べるか、あるいは傷口から感染が起こるかのいずれかである。経口感染の場合に重篤に陥りやすいとされている。季節的には夏季が多く、東京以西で発症する。50−60歳台の男性に多く、90%以上に肝硬変を合併している。起炎菌がなんであれ、臨床的には壊死性筋膜炎の病態をとる。血液や壊死組織より起炎菌が同定される。Vibrio vulnificusは特殊な染色液に染まらないのが特徴とされ、早期の診断に有用である。検査所見では感染の所見に加えて、CPKの上昇が特徴的であり、横紋筋融解症と同じ病態である。皮膚は特徴的な境界明瞭な紫斑を呈し、CTやMRで壊死部が特定される。治療は外科的に感染部を切開し、開放創とすることである。抗生物質はA型溶連菌の場合はペニシリン系が第一選択であり、ビブリオ菌の場合は第三世代セフエム系が第一選択となる。DIC,MOFに進行すれば、対応する治療が必要であることは言うまでもない。致死率は50%以上とされており、救命のためには患肢の切断が避けられないこともある。(瀧健治ほか「壊死性筋膜炎を疑う」medicina 40:731-735,2003)

患部の写真(大分よくなってきた時の写真)
 

以上最も恐いのは「救命のためには患肢の切断が避けられないこともある。」ああ恐い!!!
03/31(土)
何とこの日はわーさんの誕生日。この日で満60歳。そうなんです還暦を迎えたのです。しかし絶対安静で好きな酒も飲めません。
ん何も悪いことしてないのになんでこんな目に遭うの?
04/01(日)
昨日に続き絶対安静。しかし4日までに完治することは無理と判断し、昼1番に旅行社にキャンセルを申しでた。

ああ無情 楽しみにしていた タイ バンコックのスイートルーム4連泊の旅行が消し飛んでしまった。
04/02(月)
朝1番に近所の皮膚科に行って「先生どないですか?」
「金曜日より少しましになっていますが紹介状を書きますので県立加古川病院にいってください!」
早速加古川病院の皮膚科で診察を受けたところ「今から入院してください。場合によっては患部を切開しますのでそのつもりで」
わーさんはわがままなので他の患者さんに迷惑をかけぬように個室を頼んだ。差額ベッド代1日8000円。
高いけれど本来はバンコックのスイートルームに宿泊予定だったので、まあいいでしょう。
トイレ、バス、シャワー、冷蔵庫、テレビ付で3階の端の部屋。病院の駐車場には車を止めているのでいつでも外出できるので
それなりに快適!!仕事?は朝夕の点滴と3日に1回の採血だけ。後の時間は全て自由時間。楽チン楽チン!
ん病気はどうなったかて?なんせ痛みは全くなし。日を重ねるたびに少しずつよくなっていった。金曜日の朝の採血の結果
いつ退院してもいいですと先生がおっしゃったので月曜日に退院します。
04/09(月)
との事でめでたく退院。
脚の腫れはすっかり引いた?とんでもない!未だでっかい腫れがあるが日にち薬との事で、退院時には薬も出なかった。
多分あと1週間ほどで完治予定???


わーさんのたった1つの自慢話は生まれてから今まで只の1日も病院のベッドで寝たことなく、まして点滴なんか受けた事無かった。
このわーさん神話がもろくも消え去り、その結果悟った結論は
「健康な状態は非日常で、不健康な状態が日常である。
よって非日常状態の際はなにがなんでも体を動かすべし、直ぐに動けんようになるから!」

退院時にはあと1週間ほどで完治と思っていたが???
大大誤算!!!
とりあえず日にち薬ということで退院時には一切薬はもらわなかった。
とりあえず1週間後に病院に来るようにいわれて翌16日(月)に診察を受けた。
その時も同じく後は日にち薬でもう病院には来なくていいよ!
と先生はおっしゃった。がしかし
4月30日にしてこのような状態
 4月30日の状態
大きさは10円硬貨ほど。白いのはウミ。赤いのは血。朝夕オキシドールをぶっ掛けてガーゼ交換をします。
日ごとに少しずつはよくなってきているようには思うのですが・・・
いったい何時になったら完治するんでしょうか?もう具合が悪なってから1ケ月と1週間!!!
このままではフィットネスクラブにはいけません。汗かいたあと風呂には入れませんので・・・
こんな人が風呂に入ってきたら誰だってイヤですわねえ!!
それからズート月日がたって今日は5月20日(日)
さすがにもうよくなったでしょう?

4月30日に比べては良くはなってはいますが・・・あれからすでに3週間。発病から2ケ月!