創始者・高田緑郎(太鼓のロクさん)

 大正4年3月21日生

 本人曰く、「母の腹の中から太鼓をやっていた」と言うくらい太鼓好きで、ロクさんの人生の中で「悲しみも苦しみも乗り越えられた原動力は、ただ一つの太鼓−」と言っているくらいです。

 そんなロクさんが、昭和38年(当時48歳)大自然の嵐と斗う、蝦夷富士羊蹄山の雄姿に魅了され、作曲したのが羊蹄太鼓です。

 当時は「太鼓狂い」「太鼓きちがい」と言われ、笑われながらも大好きな太鼓に情熱を燃やし、演奏を続けてきました。
 そのひた向きな姿勢のせいか、いつしか共感を持つ人々が次第に現れ、罵声から「太鼓のロクさん」と呼ばれるようになり、倶知安町にはなくてはならない存在になっていったのです。

 そんな中、ニセコ連山太鼓・ふきだし太鼓など、数々の名曲を作り上げてきました。

 昭和51年には、【日本の太鼓】というレコードに、羊蹄太鼓・ニセコ連山太鼓が収録され、昭和52年には歌手高田緑郎として、太鼓人生の物語を歌にし、【北海の無法松】をリリース、当時最年長歌手として、マスコミの注目を浴び、一躍有名人になっていきました。

 また、同時に子供たちの文化育成のために、小・中・高学校へと足を運び、子供たちに太鼓を教え、毎年数回養護学校・老人ホームにも赴き、みなに太鼓を聞かせて走り回る日々を続けてきました。

 こうして高田緑郎は「太鼓のロクさん」として、みんなに慕われる北海道の太鼓のパイオニアとなっていったのです。


 平成9年には、「羊蹄太鼓は未来へ継承すべき郷土芸能である」とのことから、倶知安町無形民俗文化財に指定され、更に平成21年、「第45回 北海道文化財団保護功労賞」を受賞し、平成22年にご永眠されるまでの間、名実ともに倶知安町の顔として、日々活躍された、倶知安町の宝です。