「ひむか村の宝箱」

 平和台をもう一度輝かせたいという願いをこめて「ひむか村の宝箱」という食を中心に雑貨、木工、生地、器、書籍などを販売するショップがオープンされる。床、壁に県産材をつかった優しい空間の中で、身体に優しい食物をいただけば、当然、心も優しくなってくるのである。優しい心になれば、すべてを優しく受け入れられるのである。「ひむか村の宝箱」から発信される優しい心に包まれてみては如何ですか。


「ひむか村の宝箱」のオープンに寄せて

                                         建築家/岩切平

 宮崎の戦前から戦後へと続く、暗い根の深い闇の部分を訊い糺したルポ「石の証言」から丁度十年。今年は戦後60年という節目だが、かっての八紘一宇の塔、そして今の「平和」の塔に、今新しい画期的な芽が台頭しはじめてきた。

 県という行政管理の下でしか機能しなかった平和台は、この夏、それこそ誰もが成し得なかった平和という名に恥じない動きを見せはじめた。

 竹の会という建築家の会を発足して、これも十年目だが、数年まえ建築評論家の宮内嘉久さんをお連れしたとき、「宮崎の建築家は何をしているのだ。こんな醜悪なものをこのままにしておいて良いものか」という強い叱責の言葉をいただいたことがある。

 平和の塔と命名されたのは僕が小学校にいた頃だった。学校のスケッチ大会によくこの塔が題材にされ、下に「平和の塔」とタイトルがかかれていたことに妙ないびつさを感じていたのは僕だけではない筈。

 あれから40年近く、僕たちはこの塔のもつ軍国主義的なイメージと平和という言語上の願望の板ばさみになっていた。結局は何も産み出さず、東京オリンピックの聖火のセレモニーがせいぜいその幻想の上塗りをしたくらいだった。

 団塊の世代といわれる僕たちは、明らかに戦争を引きずっている。そんな意識の中から、三人の女性達が今それぞれに思いを託して、ささやかながらも『平和の店』をオープンさせる。

 八月四日。その店の名は『ひむか村の宝箱』。

 オーガニック料理の草分け的存在である都城の〈がまこう庵〉綾の〈オーガニックごうだ〉を中心に、前回紹介した芸術家集団フラクタスの関係者たちが、それぞれのネットワークを活かして運営してゆく構図だ。

 形には「平和の形」というものがある。

 それは、人間の権力志向や、排他的な性向、自由を束縛する言辞などとは真っ向から対立する、やさしく、おだやかで、協調的な形のことだ。それは日常生活というかけがえのない舞台の中で、繰り返され、工夫が積み上げられ、幼い命を次の世代へとつなぎ育む。

 そのようなたつき(方便)の中心的な位置に、やはり〈食〉がある。食を通して身の周りの環境を考え、地球を考え、そして平和の意味を考えてゆく場、それが「ひむか村の宝箱」だ。平和台という名は、そこから輝き始めるだろうという予感がある。

 あわれやな美女に離るる甲虫(かぶとむし)    無文

                   「岩切平の建設俳話 その18」陽転市場メルマガ8月発行より


「ひむか村の宝箱」の飲食メニューは、甘乳蘇ソフトクリーム 300円/オーガニックコーヒー(ホット、アイス)300円
野草茶 100円/ハーブティ 300円/昭和の弁当(味噌汁付)限定10食 800円/バーガー(黒米とメンチカツ)


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