NPO法人 国際交流は子どもの時から・アジアの会

写真の続き

これらの写真は2006331日から46日の間、

当会の関係者によって撮影されたものです。

各里子にはお菓子のお土産をいっぱい持参しました。

 

里子#54.日本から持参した「万華鏡」にびっくり。

すっかり、気に入ってくれた。 

里子#62.自宅の前で。

里子#53.聞き取り調査中。左から、高岡、オユナさん、母親。

家庭の共通は、「テレビと電気はつけっぱなし」でした。

貧しい生活でも「節約する。もったいない」の言葉が無いようです。

里子#19.左から高岡、里子、アリマさん。

里子は、里親からの手紙を「行李」から出してきた。

手にしている手紙を、大事に何度も読み返しているそうだ。

将来の夢は「弁護士になる」そうです。

モンゴルも含め、低開発国のこどもたちには「貧しいが夢を持っている」です。

柵の中に2軒の小屋、その一つがこの里子の小屋だ。

4畳半が2間の小屋の半分を隣が見える壁で仕切り、親戚と共用だ。

この写真は、親戚と共用の台所。たった、これだけだ。

引越しには便利だが。「何にも無い」が現実だ。

「電線を買う金が無い」(¥4,000.)

ので、天井には、電球をぶら下げているが、「ランプ生活。」

里子#45の家族と高岡

 *

里子#131.「貧乏の子沢山、父親は家出」が共通している。

里子#38.里親の支援は左端の18歳から水色の服の弟に引き継いだ。

2人は父母が死んで孤児。赤ちゃんを抱いている義母(女児も義母の子)

の家で同居している。2人の男の子は、非常にしっかりしていた。

親戚や知人の家に身を寄せるのは「草原、放牧、冬は厳寒、生きるのが

最大の試練」のモンゴルでは、「当たり前」だそうだ。

家庭訪問ではその家に何人いるのか、さっぱり分からない。

遊牧、放牧の習慣はUBにも健在である。

里子#20.里親は高岡です。3年前からの支援です。

左から、母親。里子(15歳)、高岡、抱っこしている男児は

里子の母親の姉の子、おばあちゃん(里子の母親の母。行き先の無い母子3人

をアパートに同居させている)、里子の母の姉。父親は死亡。3人でおばあちゃん

(母の母)宅に身を寄せている。

母親は縫裁工場で働いているが、1ヶ月の収入はわずか、¥3,000.

これでは、母子3人が独立した家屋で生活できない。当会の「奨学金

制度」に心から感謝していた。ゲル地域の母子家庭よりは恵まれていた。

支援を待っている子どもと母親。

空きペットボトルを家族全員で拾って、業者に売るのだ。一日の売上げは¥100.

父親はいない。それでも、この笑顔がすばらしい。こどもたちが母親を助けて、

「貧しいが、幸せいっぱい」だ。集合住宅の一階にの二部屋のうち、隣の部屋には

別の家族が住んでいる。両方で25平方メートルくらいに、計10人ほどが

住んでいる。ゲル地域ではありふれた光景だ。

 

時間があるときに続きを掲載します。

 

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