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ティリッヒの

野呂芳男

    追記 

初出:『死と終末論』創文社1977年、215−244頁。




 1965年10月のパウル・ティリッヒ博士の死は、三年半にわたってニューヨークのユニオン神学校大学院に在学し、ティリッヒ教授の講義の魅力に呪縛された体験をもつ私にとっても感慨深い出来事であった。彼が生れたのは1886年であったから、死は彼が79歳の時に訪れた訳である。周知の如く、ティリッヒは1960年に、知的交流日本委員会の招聘で約二ヵ月余の間日本に滞在し、多くの大学等で講演を行った。その折には、私も久振りで教授ご夫妻にお目にかかることができた。その間のいつの日であったか、国際文化会館で、おもに日本で働いている宣教師たちを対象にしてティリッヒ教授の講演会が開催され、私のように日本人も数多く出席したことがあった。講演の後の質疑応答の折、ある日本人の著名なキリスト者の大学教授が、講演の中でティリッヒがたまたま不死の信仰に触れてそれを否定したことに関連し、聖書の復活思想をティリッヒがどのように考えているかを質問した。それに対するティリッヒの答えは、科学的に物事を考えざるを得ない我々にとって、聖書の復活物語はそのままに信じることのできない神話であり、現代人は死によって生の一切が終ることを受容しなければならない。一度死んで、復活したあと無限に続く時間の中に生きるなどは、それこそまさに地獄の状態ではないのか、むしろ死によって生の一切が区切られているが故に、人間は限りある自分の生を充実させるべく工夫を凝らして、その個人なりの個性豊かな生を創作的に生きることができるのである、と言うようなものであった。実は、こういうティリッヒの答えは、彼のユニオン神学校での講義の中で、あるいは、学生たちによる同じような質問に対する彼の答えとして私も既に何回か聞いたものであった。その都度、私はこういうティリッヒの考えでは、結局のところ生に対して死が勝利することになり、どれ程激しく、美しく、創作的に生きたところで、生きたというその体験は無になってしまうのであるから、到底ニヒリズムに陥ることをまぬがれ得ないのではないか、と考えてきた。

 こんなニヒリスティックな――と私が考えていた――考えをもつティリッヒは、自分の死をどんな態度で迎えるのだろうか、と私は興味をもったことを告白せざるを得ないが、勿論こういう事柄は全くティリッヒの個人的な事柄であり、そんな興味をもっているという事実を自分の意識にのぼらせることさえ躊躇された。

 ところが、ティリッヒの死の状況を相当克明に書いた部分を内容としてもつ、奥さんのハンナ・ティリッヒ (Hannah Tillich) や、ティリッヒのかつての学生であり後にティリッヒ夫妻と特に親しい友人となった著名な心理学者ロロ・メイ (Rollo May) の書物が出版された。ティリッヒの死に関してこれらの身近な人々の書いたものを読んで、私は深く感動するとともに、ティリッヒの死と永遠の命に関する考えがどういうものであったかがよく分り、自分の誤解を正すことができた。そして、それを身近な人々が公にした以上は、ティリッヒの死の状況と私が神学的折衝を行い、それを公にしても差し支えないであろう。勿論、この小論での私の意図は、ティリッヒを理解するところにあるが故に、思想に対する賛成や不賛成を表明しないし、なるべく批判は避けて行くつもりである。

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 当時ティリッヒはシカゴ大学で講義していたので、十月のある日容体が悪くなった彼はシカゴの一病院に入り、二週間程たって、そこで奥さんに看取られながら死んだ。その間のある日、ティリッヒは奥さんに「今日は死ぬ日だ。今日は、ここにいて下さい」(Today is dying day. Today you must not leave me at all.) と言ったということであるが(1)、「今日は死ぬ日だ」という言葉から、夫婦間では人間の死、否、自分たちの死に関して折にふれて話し合いがなされていた事情が垣間見えている。東京でのエピソードであるが、ティリッヒが身体の具合が悪くて講演を取止めにしたことがあった。講演の中止を報道したある新聞が、誤ってティリッヒの突然の死を報じてしまった。その朝、まだティリッヒが寝床にいるうちに、誤報した新聞記者が知的交流日本委員会の委員長と共に訪れ、平謝りにあやまったことがあったようである(2)。ティリッヒはその誤報を全く気にせず、それを奥さんと冗談事にしてしまったので、その新聞記者は安堵したということであるが、要するにティリッヒにとって自分の死は、人々とそれについて語ってはならないタブーのようなものでは全くなかったのである。ロロ・メイもティリッヒとよく死について語ったことを記している(3)。確かにここでメイの言う如く、ティリッヒにとって、死は、生に対して補足的なものであり、命と編み合わされたものであった。死は、我々の有限性の終局的象徴 (ultimate symbol) であり、身体的虚弱や病気はそのより小さい象徴なのである。

 ティリッヒの哲学的神学の立場によれば、神への信仰も、人間がその理性作用を停止するところに成立するものではなかった。疑うというきわめて人間らしい理性の働きをも非と感じるような仕方で、無条件に啓示に服従する態度を前提とするようなものが信仰ではなく、ティリッヒにとって信仰は忘我(ecstasy)であり、「白分の外に立つこと(4)」(standing outside one's self)である。従って信仰は、我々の認識の深みから生れてくるものであり、理性の否定ではなく、理性がそれ自体を越えたところに、理性を通り抜けその外に生起するものであった。併し、死の現実は、人間にあらためてその認識能力の有限性を受け入れざるを得なくさせる。しかもティリッヒは、死の現実そのもの、死の彼岸にあるものを尚も知りたいのである。死の二、三年前のティリッヒとメイの会話と、それに続くメイの短評は、この点で中々興味深い。

 私は言った。「パウルス、あなたは死ぬのが恐ろしいか」。彼の顔はわずかに青白くなった。「勿論、私にも恐ろしい。誰でもそうだ。死は未知のもの (the Unknown) だ。全くの未知のものだ。そこからは誰も帰ってきて話してはくれない」。

誰も知らないのである。全くの未知のものなのである。パウルスの如き人間にとっては、そんなにも知るということが重要なのである。あるいは、もっと正確に言えは、死を意識するということが
(5)。

ティリッヒは、自分が死を恐れていることを表現するのに躊躇しなかった。奥さんから娘が病院に会いに来ると告げられたティリッヒは、最後の別れに来るということをさとって、大変な衝撃を顔にあらわし「ああ、これで終りか」と言ったが、その時の彼の呼吸は急に早くなってしまったとのことである(6)。このティリッヒの中に、私はかえって、死に対する無関心や英雄的態度によってよりも強く感動するのである。この世の命を楽しみ愛した人間の、素直な恐怖に胸打たれるのである。

 病院でティリッヒは奥さんに、意識のはっきりしていない時に心象化した自分の身体の腐敗の過程について話した(7)。彼によると、「時の空虚のこれらの時間では(in these hours of emptiness of time ―― 傍点は引用者)、すべてのものが私の足下でくずれ去って行く」のであり、また、彼は、涸渇した、からっぽにされた時の象徴である時の河(river of tome) について語った。「この直線には全く内容がなかった。ただ、どこまでも続いていただけだ」。このティリッヒの幻視の中に、我々は彼の永遠と時間、両者の接点に関する思想が表出されているのに気付く。彼の思想においては、時間を無限に延長したからと言って永遠にはならなかった。時間の中で我々が永遠に触れるのは、時間の深みの次元(dimension of depth) たるカイロス (kairos) においてであり、どこまでも続いている直線は時の空虚であるにすぎず、むしろ恐怖の対象であった。時間の直線が死によって切断されるという必然性を受容することが、生きることの喜びを増加させると考えていた点で、ティリッヒはハイデッガーに近かった(8)。

 ティリッヒの用法によれば、カイロスは新約聖書の用法に従ってクロノス(chronos) と対照的なものであり、クロノスが量的な時計の時を意味するのに対して、カイロスは質的なもの、当を得た適切な時、其の時を意味する。教会の歴史の中で我々は神の恵みの時たるカイロスにしばしば出会うのであるが、これらのカイロイ kairoi)は、あの偉大なカイロス(the great kairos) たるキリストとしてのイエスの出来事を標準として真偽が判断されなければならない体験なのである(9)。

 時の深みの次元としてのカイロス体験は、ティリッヒが好んで使用した言葉を借用すれば、永遠と時間との境界線(boundary-line)であり、辺境(frontier)であった。境界線や辺境は、単に越えられるべきものではなく、形相の次元(dimension of form)でもあり、その境界線中に囲い込まれている内実を豊かにすることができるのである。例えば、ドイツとフランスの間に境界線があるお蔭で、二つの実質的に異なった文化が豊かに実っている(10)。ところで、あらゆる命は、もっとも決定的な境界線である死によって限界付けられている。ティリッヒは、ラテン語の finis が、辺境(frontier)と終り(end)との両方の意味をもっていることに我々の注意を向ける。つまり、生きてそれを越えた者はいないが、誰もがいつも、この境界線に立っているところの死という形相の次元によって囲み込まれている。我々は、その辺境のお蔭で命の内実を豊かならしめることができるのである。つまり、ティリッヒによれは、死に対する我々の姿勢は、受容(acceptance)のそれでなければならない。併し、個人は命を無限に存続させたい欲望をもっているため、教会の内外で、永遠の命を終りなき時間(endless duration)とする迷信が発達したが、ティリッヒによると、こういう迷信は、有限のものが無限に続くという事態こそ地獄の象徴であり得た、ということを知らないのである(11)。こういうティリッヒの考えではパネンベルク(Worfhard Pannenberg) やモルトマン(Juergen Moltmann)の希望の神学の主張する歴史上に(時間の中に)実現する神の国や、テイヤール・ド・シャルダン(Teilhard de Chardin)の言う、地球を取り巻く精神圏の終局点たるオメガ・ポイントで実現する神の国というような思想には、賛成することは到底できなかったであろう。

 永遠の命を時間の無限の連続として考えることができなかったティリッヒが、既に述べた如く、聖書の復活神話を文字通りに信じることができなかったとしても不思議ではない。同じ理由からティリッヒは霊魂不滅も信じなかったのであるが、霊魂不滅の思想は、その起源から言っても、その他の理由から言っても、キリスト教的なものではなかった。ティリッヒによると、この思想の起源はネオ・プラトン主義の中にあり、キリスト教がそこから密輸入したものであった。そして、倫理的に言えば利己的であり、心理学的に言えば自我中心的であり、経済学的に言えば、カール・マルクスの説く通りに、大衆のためのアヘン剤であった。ティリッヒによると、キリスト教の説く永遠の命は、霊魂不滅ではなく復活であったのである(12)。

 ティリッヒが聖書の復活神話を文字通りには信じなかったということは、キリスト教の復活の教理を否定したことにはならない。復活の教理の本質は、天地創造の教理に表現されている如くに無から有を創造された神が、死んで無になった存在のために、死という無を克服して神ご自身との交わりの中に受容して下さることができる、ということにある。この教理の本質を彼が否定したことはなかったのである。彼が文字通りに復活神話を信じることを拒否したのは、時間的存在を越えたものに関して語るに当って、我々がもっているのはそれを暗示するみじめな象徴(poor symbols)だけであるという事情を知っていたからである(13)。即ち、永遠の命は、文字通りにとられた復活神話では表現できない程に素晴しいものなのである。

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 個人が個人のままで時間の無限の延長の中に存続するという形態での永遠の命の思想は、ティリッヒには利己的であり自我中心的に見えたのであるが、併し、これは個人、及び、個人が地上で体験した創作的豊かさの絶滅を意味するものではなかった。メイが紹介しているティリッヒの言葉、「個人の宿命は、時間的存在を越えているところでは、ただ個人的であることをやめる」(The individual destiny ceases to be individual alone ……)がこのことをよく示している(14)。我々が今知っている個は消滅するであろうが、そのことが同時に個の成就でもあるような仕方においてである。

 メイは、ティリッヒが見た夢、「今日は死ぬ日だ」と奥さんに言った日の前夜に見た夢について語っている(15)。勿論、これは奥さんから後でメイが聞いたものであろうが、夢の中で見知らぬ人物がティリッヒに、誰かが死につつあると語る。「ルネ(Rene−ティリッヒの息子さん)か」とティリッヒが聞くと、そうだと言う。もう一人誰かが死につつある。「ハンナか」と聞くと、また、そうだとの答が返ってくる。メイはこの夢に心理学者らしい注釈を付け加えているが、それによると、この夢は死に直面した人間のどうしようもない淋しさを表現したものである。古代エジプトでは、死者の妻たちや召使いたちが死者と一緒に埋葬されるという習慣があったが、この習慣の心理的背景は多分ティリッヒの夢のそれと同じであり、死の折に自分の家族を連れて行って、その淋しさに堪えようとするのである。とにかく、この日ティリッヒは何回も意識が朦朧となったようであるが、メイによると、その折に見た夢の一つでは、ティリッヒは既に死んだ昔の友人たちと一緒であった。ティリッヒが意識を回復してから言うには、「自分には、他の人たちから自分を区別できないのだ。どこで自分が終って、どこから他の人たち(other personalities)が始まるのか、分らないのだ」(16)。死によって存在の根底(Ground of Being)たる神に戻った人間は、ティリッヒにおいては、この夢が象徴するように、単なる個人以上のものとなって他人たちとの、また、神との融合を成就するのであろう。

 神との融合というティリッヒの考えの中には、神のために人間が消滅することへの同意が含まれている訳だが、その点に関しては、私はどうしても以下の言葉を想起してしまうのである。

神が私に存在を与えたのは、私がそれを神に返すためである。
 私が見たり、聞いたり、呼吸したり、さわったり、食べたりするもののすべて、私が出会う存在のすべて、私はそれらのすべてから神との結びつきを奪う。そして私のうちなるなにものかが「私」というかぎり、神からそれらすべての結びつきを奪うのである。私はそれらすべてのためにも、神のためにもなにか役に立つことができる。それは、私が身を引いて差し向かいを邪魔しないことである。
私が立ち去れば、創り主と創られたものたちは互いに秘密を打ち明け合うであろう。私がそこにいないときの風景をあるがままに見ること……私がどこかにいれば、自分の呼吸と鼓動とで天と地のしじまを穢している(17)。


これらの美しい言葉は、カトリシズムに多大の影響を受けながら、教会の外にある人々との連帯を無上に尊いものとしたために、バプテスマを受けようとしなかった哲学者シモーヌ・ヴェーユ(Simone Weil)のものであるが、キリスト教神秘主義の伝統の中にはこのような自己消滅、宇宙に充満する美しいものを真にそうあらしめるために自分が静かに身を引くというような宗教性が存在する。ヴェーユの場合、個人が消え去ることが、ティリッヒに見られる如く個以上のものになることかどうか明らかでないし、また、ヴエーユにある禁欲主義はティリッヒには無縁である。併し、「霊魂の不滅を信じることは有害である。なぜならわれわれは霊魂がほんとうに形体を具えていないものであると思い描くことはできないからである。それゆえ、霊魂の不滅を信じることは、事実上、生命の延長を信じることにほかならず、死の効用を取り除くことになる(18)」とヴェーユが言う時、彼女は明らかにティリッヒと同じく、いかなる形態においてであろうと時間の無限の延長としての永遠の命を否定したのだし、ティリッヒの死後には他人との融合が起るという夢の中に、潜在的に表現されている愛と死(消え去ることと)の相即的関係については、ヴェーユはティリッヒ以上に鋭く感じ取っていたように思われる。愛には、どうしても神や隣人や自然のために死ぬこと、消え去ることが、その重要な要素として存在するのである。

 ヴェーユには、この消え去ることが同時に個の成就であるという逆説がないので我々には不満であるが、消滅と個の成就との逆説に気付いた神学者として、我々はジョン・マコーリー(John Macquarrie)をあげることができる。彼は、個人の生が死後も無限の時間にわたって存続するというような主張を自己中心的で利己的なものであると批判した後で、「もしも個人の存在の成就が、何らかの仕方で神に似るようなものとなることであるならば、このことは、愛を学ぶということを意味する。ところで、愛は、自分を注ぎ出すことによって、自分を失うものである。このことは従って、個々の存在は全体の中へ、全体のために全く消滅すべく心構えをしなくてはならない、ということを意味するかも知れないのである」と言う(19)。併し同時に、マコーリーは、あらゆるものが結局最後に無差別の統一の中に戻ってしまうならば、神の創造や人間生活の労苦の意味が無くなってしまうと考えて、終局は多様さによって構成される統一、愛によって一致している自由な責任ある諸存在の共和体 (a commonwealth of free responsible beings united in love) であるとし、前に彼が言った個の全体の中への消滅は否定されてしまっている。

 どちらが正しいかというような判断はさておいて、こういう共和体とティリッヒの夢とは、どうも異質なものであるとの感を我々に与えるのであるが、終末における人間の神と隣人への融合の思想に近いものを強いて求めれば、アルタイザーの終末思想であろう。アルタイザーにはニーチェやウィリアム・ブレイク(William Blake)やヘーゲルの影響が見られるが、同時に、彼自身が自分の神学の形成に当り特にティリッヒに感謝を捧げているところから明らかなように(20)、色濃くティリッヒの影響があると言わざるを得ない。そして、ある神学の局面では、アルタイザーは多くの解釈者よりもティリッヒを正しく解釈していると言えるかも知れない。なるべくティリッヒを正統主義に近付けて解釈するよりかは、「あなたは危険人物(a dangerous man)ではないか」と問われて、「その通りです」と答えたティリッヒの思想に関しては、私にはアルタイザーの解釈の方が多くの点で当っているように思われるのである(21)。

 アルタイザーにとって、旧約聖書の創造者たる神(正)と被造物(反)とは、ヘーゲル的に衝突、対立する。ヤーウェは人間に律法を与え服従を要求するのであるが、人間の主体性が確立されて行くにつれて、個人性や状況を無視した抽象的倫理標準たる律法に対し人間が反逆するに至るのは当然である。また、人間は人間性の豊かさを成就するために、神話的な楽園の無垢を棄てざるを得ず、堕罪は必要であった。そして、キリスト教は東洋的神秘主義と違い歴史の成就をその終末たる未来に期待する宗教であるから、終末における神と人間性との弁証法的統一、相反するものの一致(coincidentia oppositorum)を期待するのである(22)。ところで、こういうヘーゲルの弁証法的歴史理解を土台にして、アルタイザーは神の死を語る。神は、キリストの出来事を出発点として、歴史に対するその超越性を棄て、歴史の中へ人間性の中へ、内在化し、受肉する。この神の変貌(metamorphosis)こそ神の死なのであるが、その完成は歴史の終末においてで、ある。併し、19世紀以降の思想史の中で神の死は強度に現実化されたものとして啓示されているのであり、現在も哲学や文学や美術などを通して啓示されつつある。従って、神の死のこの現実の中で、今なお超越の神を説くことは、人間性を豊かにするどころか殺すことになるのであり、悪魔を説くことになる(23)。

 更に、アルタイザーによれば、神の死を体験するキリスト者は、白分の死の苦痛と恐怖を寸分も逃げず、それに沈潜し味わいつくすことを心がけ、死を友とし、死によって限定された人間性の悲しみや喜びを底まで体験することによって、神の死と一体にならねばならないのである。無限の時間をもつ死後の命への期待によって、この世を唯単なる来世への準備期間と見做すに至り、この世を十分に生きることができなくなってしまったのでは、この世を我々が十分に生きるためにご自分を死なせて下さった神の死を無駄にしてしまうことになる(24)。このような仕方で人間性と融合して今も尚働き続ける死んだ神こそ、アルタイザーにとっては、イエスの復活昇天の意味するものであり、また、キリストの冥府への下降の内実でもあるし、聖霊なのである(25)。

 アルタイザーの神学は、私の見るところでは、独創的な十字架中心の神学であり、十字架上のイエスの死を神の死の象徴、また、人間への愛のための神の死の出発点となしたもの、神学史的に言えばケノーシス(kenosis)・キリスト論を現代状況の中で解釈し直したもの、超越の神が超越のままであることを棄てて人間性へ内在するために謙虚し、変貌すると主張したものと言い得るものである。そして、その超越の神の主張では、神と世界との絶対的質的相違を強調した初期のバルト神学に近く、その死んだ神という主張はティリッヒの存在の根底としての神なのであって、両者が十字架のキリストによってヘーゲル弁証法的に結合されている。

 ところで、かつて神は超越であったがキリストの出来事を境として人間性に内在するに至ったという、アルタイザーの神の変貌の思想には付いて行けない人々も多いであろう。広大な宇宙空間と時間の流れの中で、それを支える神がイエスの時と場とで変貌した――少くとも変貌し始めた――というのは、あまりにも地球人類中心的であり、イエスの前と後とで神と宇宙との関係が変更したと考えることは、あまりにも神話的である、とそういう人々は感じる訳である。むしろ、アルタイザーが結合した超越か内在かのどちらかが、恒常の神と宇宙との関係であると考えるべきだとその人々は考えるであろうが、その問題はとにかくとして、アルタイザーの死んだ神、内在して人間性と融合する神という考えは、ティリッヒの存在の根底としての神の正しい発展的解釈であると思われる。と言うのは、大乗仏教の本質は実在と現象世界の一つなること(identity)にあるに対して、キリスト教の場合、神と人間との関係は参与(participation)であるとティリッヒが言っているにも拘らず、死の真際のティリッヒの発言が示しているものは、私には神と人間が究極的に一つであるということであるように思われるからである。

 宇宙空間のどこかに場を占め、他の諸存在と並ぶ一存在としての超越の神は、ティリッヒによれば真の神ではなく、人間に向い合って立ち、人間に自己の意志を押しつけることによって人間にとって他律(heteronomy)である。人間の自律(autonomy)をそこなわない神であるためには、神は自律の深みの次元たる神律(theonomy)として、存在の根底でなければならないのである(26)。ところがこの場合に、正統主義になるべく近付けてティリッヒの存在の根底を、我々の存在の底をつき抜けた、我々と密着してはいるが向う例のものと解釈するならば、そこにはまた、我々とその存在の根底との間に他律関係が成立し得るのではないだろうか。要するに、神学がティリッヒの神学の如くに存在論を土台とする限り、神と人間との関係は空間象徴で考えられざるを得ないのであるが、その場合には、人間に対して上の方に超越している神を下の方に超越させたところで、他律の事情は変わらない。この事情を変えるためには、単に空間象徴を使用するだけでなく、人格的象徴、即ち、愛を土台にすべきなのかも知れない。愛はそれをもつ者が相手に向い合って立っていても、必ずしも他律にはならないからである。恐らくティリッヒはそのことを承知の上で、しかも尚、人格的象徴が結局は愛であっても他律になり得ることを恐れて、空間象徴に主に依存したのであろう。この点は大いに議論のあり得るところだが、併し、ティリッヒの如く空間象徴を主にして考えれば、当然、その関係が神律であるためには、アルタイザーの終末の幻に見られるように、神と人間性が融合しなければならないのであり、こういうティリッヒの解釈こそ、ティリッヒが少なくとも意図したものに沿っているということになるであろう。死の病室でのティリッヒの夢、死んで神に帰った場合に、自分がどこで終り、他人がどこから始まるか分らないという状態は、神と人間たちとの共和体というよりも融合を暗示しているし、死のこちら側でも、ティリッヒが存在の根底としての神について語る時、その根底とは、我々にとって他者ではなく、我々がそれに漬かり・浸透されている存在の充溢、命の流れのようなものであり、神が愛のために我々の人間性の中へ死ぬ(アルタイザー)ように、我々も神の中に消滅して行くこと(ヴエーユ)が、我々の自己成就たる神やすべての存在との融合なのである。

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 これらの夢の話と共にティリッヒが奥さんに語った言葉は、これらの夢によっても尚、死の彼岸は人間に隠されたものであることを告げている。「人間たちは神々(gods)に逆らってはならない。神々が夜と恐怖でもっておおい隠しているものを、人間たちは見ようと試みてはならないのだ。……存在の充溢(all)が既にここら一面を取り巻いているし、更に押しよせてくる。……人間は、皆見通せない深みの広大な海へ引き渡されるのだ(27)」。ティリッヒのこの言葉は、アルタイザーの融合の思想がティリッヒの存在の根底の正しい発展的解釈であることを更に裏付けるものでもあるが、もう一つ我々の興味を引くのは、ティリッヒが神々という仕方で、複数形で神を表現していることである。また、奥さんとの話の中でティリッヒは、多面体の水晶を通してでは沢山のプッダの画像が見えたとしても、水晶を取り去ってその下の画像を見ると一つである、というような例をあげて、神と人間との究極的融合が、多が多のままで残り続けるところの自我中心の不死の観念では把握できないものであることを語っているが(28)、ここでも神ではなくプッダが話の中に持ち込まれている。

 さすがにティリッヒと生涯を共にした人の発言であると言わざるを得ないが、神と人間との究極的融合に関連して奥さんが次のように言う時、ティリッヒ神学のもつ一つの決定的な傾向に触れている。勿論、これも死の病室での二人の間の出来事である。

 彼は、彼自身と他の人々との間にあるすべての相違が失われる時期について語った。そして、そのことから、偉大な理解が彼のものとなった。もはやそこには、友とか敵とかの区別は全くなかったのである。私にとって、これは彼が誰をも憎むことができなかったこと、彼が「境界線」(borderline)にとどまる必要をもっていたこと、どちらかの味方になった場合でも、事柄を互いに理解することで解決しようとしたことと関連していたのである(29)。

 こういうティリッヒにとってはカルヴァン主義の二重予定論や、伝統的キリスト教の地獄の教説などは全く無縁であり、ここには彼の神学の本質をなしている何か大変貴重なやさしさが仄見えている。事実、ティリッヒは性格的にもそういう人物であったが、このやさしさを神学的に結晶させれば万有救済説――あらゆる存在が、人間もその他の存在も究極的には神との祝福された融合に入るという説――にならざるを得ないのではないか。

 憎しみをもたないティリッヒの思索が、晩年特に宗教史学的神学(theology of the history of religions)とでも言うべきものになって行ったとしても少しも不思議ではない(30)。こういう観点から、我々は次の奥さんの言葉を正しく理解する必要があるだろう。

 彼が病気になってしまってからというもの、私は、彼の聖書の外は病院へ何ももち込まなかった。小さいギリシア語の新約聖書と、彼が生涯使用してきたドイツ語訳の聖書と英訳の聖書とであった。彼が不安にさいなまれるような時に、彼が希望するなら、聖書の中から彼に読んであげようと望んでいたのである。併し、彼はそのふるえる手でギリシア語聖書に触れただけであった。他の聖書を見ようともしなかったし、聖書を読んで貰おうともしなかった。私は嬉しかった。彼は世界に、宇宙に属していたのであって、一冊の書物に属していなかった(31)。

 ティリッヒが触れたのがギリシア語の聖書だけであったというのも、ギリシア文化を愛し、また、キリスト教と文化との境界線に生きた彼らしく象徴的であるが、奥さんがティリッヒについて「一冊の書物に属していなかった」と言う時、死の直前に神々プッダについてティリッヒが語ったことと思い合わせて、もっとティリッヒが生きていたら、どういう方向に彼の神学が動いて行ったかを私に想像させるのである。否、ティリッヒは最晩年の宗教史学的神学の試みで、殆んどその方向を歩み出していたのではないか、と私は考える。それは、キリスト教という入口を通って普遍的な人類の宗教に至る道である。その場合、ティリッヒの宗教史学的神学が動的・類型論的(dynamic−typological)であったことを考えると(32)、一つ一つの宗教の個性がきわめて重視されているが故に、ティリッヒ神学の延長線上にある普遍的な人類の宗教は、諸宗教の共通な諸要素を抽出してできあがる諸宗教の最大公約数的なものである筈はない。では、それはどのようなものとなるのであろうか。飽くまで想像の上でティリッヒの神学のこういう進展を考えてみるに、キリスト教という入口から入った我々にとって、その普遍的な人類の宗教とは、キリスト教の本質をひたすらに守り、それを豊かならしめる如き発展の路上の行きついたところにあるものであって、他の宗教がその地点ですべて吸収されているようなものか、あるいは、その地点で我々が見出す普遍的宗教は、思いがけなくも、他の諸宗教とキリスト教の発展したものとの混合であるのか、それは我々が今、知らなくてもよいようなものであろう。今我々のなすべきことは、他宗教との対話と交わりによって我々の信仰を豊かにしながら、キリスト教の進展する路をひたすらに歩み続ければよい、ということにでもなろうか。

 こういう発想は、シュライエルマッハーの方法論を逆にしたものであると言い得るが、そういう発想はティリッヒの神を越えた神(God beyond God)という概念の中に潜在している、と私は考えている。周知の如くシュライエルマッハーは、1799年の『宗教講話』(Reden uber die Religion)において宗教とは何かを問い、その本質が絶対依存の感情であるとした。そして、その上でキリスト教とは何かが1821年の『キリスト教信仰』(Der Christliche Glaube nach den Grundsatzen Kirche im Zusammenhange dergestellt)の中で展開されたのであった。ところが、今日では、伝統的なキリスト教神学を、人間の救いを我々にもたらす答えとしてよりは、むしろ過去の歴史の中で人間が答えを探求した一つの実例と見倣し、そのようなキリスト教神学という実例や素材から、我々が今日も考究すべき質問を提出させようとする如き哲学的神学の立場が存在するのである。そして、その立場においては、それらの質問への答えを、新しくキリスト教の枠を越えたところで見出そうとする(33)試みがなされているのである。いわゆる解放の神学(liberation theology)を更に発展させた女性解放の神学(feminist theology)の中に、我々はこのようなシュライエルマッハーの方法論を逆にした立場、キリスト教から普遍的宗教へ向う試みを見ることができる。ローズメアリ・リューサー(Rosemary Ruether)と共にその立場の代表者であるメアリー・デイリー(Mary Daly)が、批判をもちながらではあってもティリッヒの神学に多くを負っていることを告白しているのは、女性解放の神学とティリッヒの神学との積極的関係を我々に告げている(34)。確かにデイリーが、神は動詞(Verb)であるとし、そのように神たるBeingを進行形の動詞として解釈していることの中(35)に、また、リューサーが、大地の如き母として神について語る時(36)に、我々はティリッヒが神を存在の根底(Ground of Being)としたことの影響を見るのである。そして、リューサーの次の言葉は、女性解放の神学がキリスト教の入口を入って、それを越えたところに進みつつあることを実証している。

 神学は排他的に教会の学問であるという監禁状態を失いつつある。併し、それはただ神学がその場を、共同体としての人間社会に関する、新しく作られた見解内に見出しつつあるからにすぎない。神学は、特定の教会の伝統に属する科学としての立場を失いつつある。あるいは、キリスト教のような単独の歴史信仰の科学であることをやめつつあると言ってもよい。併し、それはただ、神学が、共にカトリックであるところの、人間の歴史の地平に立つものとしての自分の場を、おぼろげながらではあるが見ているからにすぎないのである(37)。

 ティリッヒの神学を更に発展させたところが目立つ女性解放の神学がカトリックな人類の宗教を志向していることは、デイリーがキリストを我々現代人の模範(model)と見做すことを拒否している点にも明らかである(38)。デイリーによれは、ティリッヒが人間の究極的関心(ultimate concern)の現われを、十字架につけられたイエス・キリストに限定して言及するのは誤りである。キリストとしてのイエスとの閏係においてのみ、我々の新存在が形成されるというティリッヒの論理では、私が真に私になるということが成り立たない、とデイリーは言う。私の新存在は全く私自身の固有の状況、従ってイエスを模範とすることのできない状況の中で、私自身がもつ独特な存在の根底との関係の上に形成されるものなのである。それ故に我々はイエスからも離れて、イエスにおいて最後の啓示が与えられたと考えることを拒否し、むしろ、キリスト教に先立つこと数千年に存在していた女族長制社会の偉大なる母(the Great Mother)たる神への信仰、キリスト教の抑圧にもかかわらずマリア崇拝などの形態でキリスト教自体の中にも潜在してきた神信仰に帰るべきである。デイリーは、それこそ未来の人類の宗教であると言うのであるが(39)、イエスを模範とすることの拒否も実はティリッヒの中に潜在していた要素の顕在化であることを、私は指摘しておきたい。ティリッヒによれば、プロテスタントの原理(Protestant principle)とは、いかなる形態によってでも相対を絶対化することの拒否であり、真理はあらゆる人間的固執を超越する。たとえ聖書の絶対化という固執であっても、プロテスタントの原理によって批判されなければならない(40)。即ち、ティリッヒにおいては、イエスにおいて我々が自分の存在の根底という無制約的なものに目覚める時に、その絶対的・無制約的なものが、デイリーの言うような意味でイエスを模範たる絶対として把握することを我々に許さないのである。即ち、イエスにおいて我々に与えられる啓示が、二千年前の状況に生きたイエスを模倣することを我々に許さず、我々を我々の個々の特殊な状況へと投げ返すのである。イエスにおける絶対的なものが、イエスの絶対化を許さないのである。併し、それでも尚、どうしてイエスにおいてだけ我々は無制約的なものを体験するのか、と問うならば、ティリッヒは、それは事実そうであるからだ、と答える以外にしなかったであろうが。

 ところで、女性解放の神学が主張している偉大なる母としての神は、いわゆる有神論(theism)ではなく、有神論的な伝統的キリスト教を越えて普遍的な人類の宗教を志向しており、この点ではシュライエルマッハーの宗教からキリスト教へという方法論を逆にしたものであるが、――(シュライエルマッハーがそのキリスト教理解において、尚もその汎神論的宗教理解をもっていたことを今は問題にしないで、ここでは、宗教からキリスト教へという方法論をもっていた事態だけを問題にしている訳だが)――ティリッヒの「神を越えた神」(God above the God)は内容的に言って、デイリーの志向する普遍的宗教の神観ときわめて結果的には近いものとなっているのである。と言うのは、ティリッヒが「神を越えた神」を言う時、それは具体的には「有神論の神を越えた神」(God above the God of theism)のことだからである(41)。ティリッヒによると、「有神諭の神を越えた神」は、隠れた形においてではあるが、あらゆる神と人間との出会いの中に臨在している。神が人間と出会う時には、神は、有神論のもつ主観−客観の構図から食み出ており、神の人格性は神のもつ超人格的臨在(transpersonal presence)によって均衡を保たされているのである。例えば、人間が神からの義認を受け入れ得るのは、神の恵みが人間の内側より働いてそれを受け入れさせるからである。つまりこの場合、神は人間にとって、自分より近く、私の意志の内側にいる存在なのである。我々が神を人格的象徴で語り、自分と向い合って立っている存在の如くに語っただけでは其の神を語ったことにはならない。そのように語っている私は、実は内側から神によって語らされているのである。我々が神を見るのは、神の視る方向を私も見ている、私の中の神の目が私と向い合っている神の方を私の目を通して見ている、と言ってもよいのかも知れない。これがティリッヒの「存在の根底」の真実の解釈であろうと私は思うが、そうであれば、これは女性解放の神学の主張する母としての神と実質的に異るものではない。

 ギルキー(Langdon B. Gilkey)が言うように、今日のアメリカでは既に「神の死の神学」は死んでしまった(42)。それは、確かにギルキーが主張するように、「神の死の神学」が肯定し、謳歌し、依存したところのアメリカの世俗文化が、結局は非人間的なものであることが暴露されて、その文化に無批判に依拠した神学に対し人々がもはや興味をもたなくなったからである。これは正しい状況認識であると私も思うが、ところで、ハミルトン(William Hamilton)によって代表される「神の死の神学」にとって、今日のアメリカ文化における「深みの次元」の喪失を痛烈に批判したティリッヒは、到底友ではなかった(43)。併し、「神の死の神学」の陣営の壊滅の中から、それによって却って浄化されて出てきたアルタイザーは、その不死鳥の如き強靭さを、ティリッヒからの既に見て来た如き遺産に負っていると言わざるを得ない(44)。こういう事実と女性解放の神学が、矢張ティリッヒに多くのものを負っていることとを考え合せるならば、ティリッヒに対するドイツでの高まり行く評価と共に、ティリッヒの死は一つの神学の終焉でありつつしかも――賛成・不賛成は別として――何か新しい神学の潮流の初めでもあるような気がする。

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追記 

 この論文の意図は、ティリッヒの神学も永遠の希望について語るものであったという事実を述べるところにあった。私がそうであったように、多くの人々もティリッヒの神学は究極的にはニヒリズムだ、と誤解しているのではないかと思ったので。

 ティリッヒの神学が、実際には存在そのものと人間との同一性に立つ identity-philosophy であるとの私の主張は、ある人々を驚かすものであろう。そういう人々から、人間が死後存在そのものと融合するとティリッヒが言ったとしても、そのことは生きている人間と存在そのものとの間のidentityと別ではないのか、という質問が提出されるかも知れないが、私にはこれは別ではないと思われる。人間が生きているうちから存在そのものと同一でなければ、死後の融合もあり得ないからである。ティリッヒの思索においては、死後人間と神とが融合するものであるということは、多面体の水晶を通した時に、一つのブッダの両像が沢山に見えるという彼の喩えから明白である。

 女性解放の神学における「偉大なる母」は、母と子との肉体的つながりを土台にして思索されているのは明らかであるが故に、矢張、神と人間とのidentityが言いたいのであろうし、ティリッヒの存在の根底への共感は、女性解放の神学の主張者たちが、ティリッヒのその概念の中にidentity philosophyを無意識であろうと感じ取っているからであろう。

 私にも、他律思考を嫌うあまりにidentity philosophy に走る人々の気持は理解できる。併し、キリスト教の福音という入口から入りその道を歩き続けて行って、神と人間との関係を「我と汝」の愛の邂逅として考え、しかも、神を霊として考えることにより、他律思考を克服して行くことができると考えている人々も存在するのではないか。そういう人々が恐れるのは、ティリッヒのようなidentity philosophy では、人間の罪も、世界の不条理もことごとく神のたわむれになってしまう、ということであろう。併しながら、そういう理論的困難があっても、他律思考に生きるよりもよい、というティリッヒのような人々もいることであろう。こんなことに興味をもつ読者には、拙著『実存論的神学と倫理』(東京、創文社、昭和45年)122頁−135頁、及び、141頁−142頁を参照して貰いたい。

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(1)Tillich, Hannah : From Time to Time, New York, Stein and Day, 1973, p.219.
(2)ibid., p.214.
(3)May, Rollo : Paulus − Reminiscences of a Freinship, New York, Harper & Row, 1973, p.100.
(4)Tillich, Paul : Systematic Theology, vol. I, Chicago, The University of Chicago Press, 1951, pp.111−101.
(5)May : op. cit., pp.100−101.
(6)Hannah : op.cit.,p.220. また、ロロ・メイによると、奥さんと別荘の庭を共に歩けないことを悲しみ、泣いたと言うことである。May : op.cit.,p.105.
(7) Hannah : op.cit.,p.221.
(8)May : op.cit.,p.102.
(9) Tillich, Paul : Systematic Theology, vol. III, Chicago, The University of Chicago Press, 1951, pp.369−370.
(10) Tillich, Paul : The Future of Religions, New York, Harper & Row, 1973, p.57.
(11) ibid., pp.61−62.
(12) May : op.cit.,p.101.
(13) ibid., p.113
(14) ibid.
(15) ibid., p.104.
(16) ibid., p.105.
(17)シモーヌ・ヴェーユ(渡辺義愛訳)『重力と恩寵』(シモーヌ・ヴェーユ著作集V、東京、春秋社、1968年刊)、102−105頁。
(18)同右、98頁。
(19)Macquarrie, John : Principles of Christian Theology, New York, Charles Scribner’s Sons, 1966, p.321.
(20)Altizer, Thomas J.J.: The Gospel of Christian Atheism, Philadelphia, The Westminster Press 1966, pp.10ff.
(21) Tillich, Paul : Ultimate Concern-Dialogues with Students, edit. By D.M.Browm, London, S.C.M.Press, 1965, p.188
(22) Altizer : The Gospel of Christian Atheism, pp.34ff.
(23) ibid., p.51,pp.68−69,p.97.
(24) ibid., pp.147ff.
(25) ibid., pp.120−121. 尚、アルタイザー及び他の神の死の神学者たちの思想の詳細に関しては次を参照されたい。拙著『実存論的神学と倫理』(東京、創文社、昭和45年)、76頁以下。
(26)ティリッヒにおける identity と participation の問題に関しては、Tillich, Paul : Christianity and the Encounter of the World Religions, New York, Columbia University Press, 1963, pp.68−69 を参照のこと。また、他律、自律、神律に関しては、Tillich, Paul : The Protestant Era, Chicago, The University of Chicago Press, 1948, pp.43ff.
(27)Hannah : op. cit., p.221
(28) ibid., p.222
(29) ibid.
(30)特にこの点で注目すべきなのは、Tillich, Paul : Christianity and the Encounter of the World Religions, 及び、次の論文である。Tillich, Paul : “The Significance of the History of Religions for the Systematic Theologian” in The Future of Religions.
(31) Hannah : op. cit., p.224.
(32)Tillich, Paul : The Future of Religions, pp.86ff.
(33)Ruether, Rosemary : Liberation Theology, New York, Paulist Press, 1972, p.3.
(34)例えば、Daly, Mary : Beyond God the Father−Toward a Philosophy of Women’s Liberation, Boston Press, 1973, pp.20f.,pp.71f.
(35) ibid., p.34.
(36)Ruether : Liberation Theology, chap.8−”Mother Earth and the Megamachnie”, pp.115ff.
(37) ibid., p.2.
(38)Daly : Beyond God the Father, pp.69ff.
(39) ibid., pp.90ff. 昭和50年10月8日に四国学院大学で行われた日本組織神学の会の秋の会において、小石川節子氏が「婦人解放とキリスト教神学」という主題で感銘深い研究発表をされたが、私にとってはこれが刺激となり、女性解放の神学への興味を持つに至ったことを感謝しておきたい。
(40) Tillich, Paul : The Protestant Era, pp.177ff.
(41) Tillich, Paul : The Courage to Be, New Haven, Yale University Press, 1952, pp.186−187.
(42)ラングドン・B・ギルギー「現代アメリカ神学の諸潮流」(『キリスト教学』第16、17合併号−竹内寛教授定年記念号−立教大学キリスト教学会、昭和50年10月刊所載)、37−38頁。
(43)Tillich, Paul : “Die Verlorene Dimension” in Die Frage nach dem Unbedingten−Schriften zur Religionsphilosophie, Gesammelte werke, Band V, Stuttgart, Evangelisches Verlagswerk, 1964, S.43f.
(44)アルタイザーの高まり行く評価は、次の書物からも察することができる。Cobb, John B.Jr. edit.: The Theology of Altizer−Critique and Response., Philadelphia, The Westminster Press, 1970.

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入力:平岡広志
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2006.02.01