戻る - 参加 

NEWS

2014年4月25日 (金)  『妻木頼黄の都市と建築』が出ました

日本建築学会博物館で開催された「妻木頼黄の都市と建築」、同タイトルの図録が発刊されました。展覧会では学生に妻木建築のCG動画を制作させましたが、このスチル画像が掲載されています。限られた戦力と時間のなかで、どうにか形にすることができました。CG制作に携わったのは今回がはじめて。いろいろと限界は感じましたが、勉強にはなった。今後につながれば、という思い。

2014年3月24日 (月)  鈴木博之先生本葬

お世話になった恩師の本葬。石山修武先生の弔辞。鈴木博之先生の姓と名にちなんで、先生の業績を近代普遍性と指摘個別性の両方に応じたと指摘。懇親会で杜幾子先生のご挨拶。博之先生の若いころのお話と、設計4作品の秘話。安藤忠雄先生ご挨拶。博之先生の探究心について。難波和彦先生締めのお言葉。すべてのとりまとめ、難しい調整役を果たされ、ホッとしたご様子。
鈴木先生には多くのことを学んだが、印象深く思い出される語録がふたつ。
1.建築史研究者のパフォーマンスは学術論文だけではない。
2.建築保存は、理論によって立つのではなく、運動によって立つ。
先生の遺影を前に、独りで歩いてゆく覚悟を決めた。

2014年3月12日 (水)  バーゼル

研修も最終日。バーゼルに移動し、ヘルツォーク&ド・ムーロンの作品をあれこれと見る。ミニマル・デザインは一貫しながらも、中央駅近くの高齢者集合住宅、シャウラガ―美術館、ヴィトラ・ハウスなどは、どれも見応えのある作品であった。次いで、ドルナッハのゲーテアヌムへ。外回りに足場、内部ホールも修復中でちょっと残念。ヴィトラ・ミュージアムも、奥の工場はかなりセキュリティがきつくなって入れずじまい。ヴィトラ・ハウスのテラスからもほとんど見えない。ザハ・ハディドの消防署くらいは学生に見せてあげたかったなぁ。

2014年3月11日 (火)  ロンシャン

とうとう来ました。ロンシャン礼拝堂。小高い丘の上に建つ記念碑的建造物。その意味ではサヴォア邸の立地に近いところがある。主役は建築。周囲のランドスケープに配慮するように宿房が置かれ、さらに近年、レンゾ・ピアノによってやはり控えめな周辺施設が整備されていた。礼拝堂の内部は思ったよりも暗く、穿たれた穴から光がこぼれる感じ。その光がなにより貴重。東側ファサードは、ここを舞台ととした屋外ミサの演出であると聞いて、この大きな湾曲はたんなる有機的表現ではなかったのかと妙に納得した。3つの丸っこい塔屋は鐘楼ではなく明かり取り。鐘は少し離れた地面に設置してあった。この頃のル・コルビュジエはコンクリートのブルータルな表現を好んだが、吹付けの白い塗装がやはりこのチャペルには重要だった気がする。反り返ったコンクリート製屋根と白い壁面が絶妙なバランスだ。たっぷり満喫し、ミュールーズへ。

2014年3月10日 (月)  ランスそしてメッスへ

パリを離れランスへ。大聖堂は戦災を受けたこともあり、ステンドグラスが明るい近代のもの。ギャラリーのように光が差し込む。祭壇奥のものはシャガールによる。メッスへ移動し、ポンピドゥーを見る。集成材のうねり、グラスファイバーの白いテント、突き出す直方体、個性的な表現です。企画展もなかなか見どころがあった。旧市街を散策。駅舎がネオ・ロマネスクで、どことなくドイツっぽい。大聖堂は、こちらも戦災を受けたようで、ガラスが明るい。そして、また、シャガール。こじんまりとして雰囲気のある街でした。居心地はパリより良い。

2014年3月9日 (日)  パリ

研修も折り返し地点。宿の近くを散策。クリスチャン・ド・ポルザンパルクの音楽大学およびホール。チュミのラ・ヴィレット公園。学生の頃、勉強したのが懐かしい。21世紀の庭園をコンセプトにつくられただけにたしかに斬新。遊具が置かれていたりするとちょっと冷めるが。しかし、パリジャン、パリジェンヌはよく走っている。健康促進政策か。大学都市へ移動し、ル・コルビュジエのスイス学生会館とブラジル学生会館を見る。ブラジル学生会館はロビーまで入れた。コンクリートの彫塑的造形を味わう。トロカデロの建築博物館へ。今回は面白そうな企画展がなくて残念。常設展を見る。レプリカばかりだが、ここまで再現できるのかと思わされた。実際の建築物も修復を重ねているわけだから、同じ技術を見ているわけだ。単純にレプリカだから意味が無い、とは言えない、などと考えながら宿へ。少し仕事をせねば。

2014年3月8日 (土)  ランスからパリへ

ブリュッセルを出発しランスへ。かつて鉱山で栄えたもののだんだん勢いがなくなった街、そこへルーブルの分館ができる。ビルバオのごとく美術館でどこまで街が蘇るか。SANAAの建物は透明なガラスの箱とアルミの箱が背の低いボリュームをつなげている。本家ルーブルに比べると、コンテンツにやや物足りなさを感じるものの、建築はランドスケープに配慮しながら、いたって謙虚な姿勢を貫いている。ランチをすませて、パリへ。定番のサヴォア邸。建築研修にこれははずせまい。つくづく写真映りの良い住宅である。昨年は大雪だったが、今回は天気にも恵まれて、ようやく白い住宅をグリーンの上に拝むことができた。

2014年3月7日 (金)  ブリュッセル

研修も4日目。まずはオルタ邸。外観、こんなに地味だったっけ、と思わされた。人の記憶は当てにならん。内部はさすがに凝っています。トンボ型装飾、スライディング・ドア等、オルタにジャポニズムの影響があったのは新鮮な面白さでした。ソルヴェー邸、タッセル邸、ヴァン・エートヴェルト邸他を廻り、ホフマンのストックレー邸までのアール・ヌーヴォー建築を堪能。内部が見られるともっと良いのですが、使用されているのだから仕方がない。街の中心に戻り、グラン・プラス、ギャラリー・サンデュベールなどをはしご。ついでにムール貝も堪能。

2014年3月6日 (木)  アムステルダムからロッテルダムへ

今年の建築研修はアムステルダムにはじまる。まず外気学校。街区ブロックから奥まった立地に驚く。やはり見に来ないとわからんことがある。次いで、デ・ダヘラートおよびエイベン・ハールト集合住宅をはしご。社会民主主義の理想的成果。郊外に赴き、MVRDVのオクラホマ集合住宅を見る。尋常ではないキャンティレバーに一同驚く。再び旧市街に戻り、ベルラーヘの旧証券取引所を見る。翌日はユトレヒトに移動。旧市街を散策し、大聖堂と鐘楼を見る。オランダでもカトリックが強かった都市。郊外に赴き、シュレーダー邸を見る。世界遺産登録後は、さらに見学が厳しくなった。隣にある1930年代のインターナショナル・スタイルの作品も案内してもらう。ロッテルダムへ移動。ファン・ネレ煙草工場へ。現地の建築家にガイドしてもらう。機能をこれみよがしに透かし見せる建築。この日の最後に、MVRDV事務所を訪問。スペイン人のスタッフに説明を受ける。活気あふれる建築事務所に刺激をもらう。伝統のアムステルダムから前衛のロッテルダムまで、20世紀初頭の建築を比較することができて満足。

2013年6月9日 (日)  槇さんがTDUにキタ〜

昨日はTDUにて槇文彦特別講演会。ちゃんとした話を聞くのははじめてだったので自分にとっては記念的。アメリカの大学キャンパスからTDUまでの半世紀にわたるプロジェクトの軌跡を辿る。処女作がセントルイス近郊の大学施設だったという。さすが、槇さんにはアメリカ的エリートの雰囲気が漂っていました。国際的インテリの空気を感じた流れで、今日からソウル。協定校との合同建築展です。どうなりますやら。

2013年3月14日 (木)  マルセル・ブロイヤーとアイリーン・グレイ

バルセロナからはじまった研修もパリで終幕。季節外れの寒波の影響でモンサンミッシェル詣でがキャンセルになったので、急遽パリで自由時間がとれることに。少し考えた末、トロカデロの建築博物館でマルセル・ブロイヤー展、ポンピドゥー・センターでアイリーン・グレイ展を見る。あらためて両者の偉業を知る良い機会となった。同時に、いずれも講義で言及していないことを反省。しかし、たまたま時間が空いたとはいえ、これだけの建築展が普通にあるのだから、さすがヨーロッパ文化の中心都市−Paris偉大なり。雪解け後は、コーニス、バルコニーからの雫が歩道に落ちて、かなりうっとうしい。エレガントなファサードに細かい雨仕舞いはないらしい。

2013年2月23日 (土)  磯崎新建築論集の第一巻が発刊されました

私が編集協力した『磯崎新建築論集第一巻 散種されたモダニズム』が岩波から届きました。大きな骨格は秋にはできていましたが、ようやく一冊の形になりました。感慨もひとしおです。この企画を通じて本当に貴重な経験をさせていただきました。磯崎さんはもちろん、編集の高村さんにも大変お世話になりました。3月には2巻目も出る予定とか。今後の続巻もたのしみです。

2012年11月23日 (金)  アンコールWS2

JASAの方にバイヨンの修復現場を見せて頂く。古い材をどのように再利用し、欠損をどのように補うべきか、考えさせられる。同時に、現地スタッフの人材育成が図られることの重要性を感じた。しかし、アンコール・トムは広い。ついで、タ・プロームへ。樹木が建築を侵食するさまに圧倒される。最後がアンコール・ワット。こちらも過去の修復の跡、その後の破損が激しい。総じて、修復保存事業は果てしなく進行形で、終わりなきエンタープライズであることを強く感じさせてくれた。

2012年11月22日 (木)  アンコール遺跡WS1

昨晩シェムリアップに降り立つ。11月にして熱帯の蒸し暑い気候。早朝より出発準備をして、バンテアイ・スレイへ。赤い砂岩の精緻な装飾が見事。次いで、バコン。こちらはピラミッド状に高さを増す。だいぶ消耗してきたが、午後はJASAを訪ね、お話をうかがう。最後にプノン・バケン。山の頂きに建てられた寺院。周囲の眺めは最高だが、ちょっとした登山。寺院が山の具現であることを強く感じさせてくれる。

2012年10月22日 (月)  SEOUL TECH協定締結

ソウル科技大との協定締結のために2泊3日、実質中日1日の出張。無事に学長室で式典を終え、夕刻はバンケットで韓国宮廷料理を楽しませていただいた。ここからがスタート。両校が刺激し合い向上してゆけるようにサポートしたいと思う。日中はあいにくの冷たい秋雨であった。今回はキムチをセーブしたので、胃腸を痛めずに帰国できそう。一息つける。明日は早朝のフライト。

2012年8月21日 (火)  Sacro Monte

久々のミラノ。中央駅が今風に改修されていた。ようやくふさわしい玄関口になったような。varallo詣でを敢行。いきなり電車が20分遅れて、接続に間に合わず・・・。次の電車は・・・三時間後かよ!Bomarzo詣での時の悪夢再びという感じ。しゃーない。Novaraでできることといえば、Antonelliの作品を見るくらいか。でも、3時間はもたない。ボオーッとしてようやく目当ての電車へ。平原からやや渓谷へ入る。駅に着く。野生の勘を頼りにケーブルカー乗り場へ。聖なる山にお参り。目的は違えど、雰囲気としてはなんとなくBomarzoと重なる部分がある。世界遺産だからね〜。見ておいて損はないでしょう。

2012年8月13日 (月)  磯崎さん

出版編集の方と磯崎さんの別荘にお邪魔し、2日間インタビューを取らせて頂く。蒸し暑い東京を離れ、わずかではありましたが実に清々しい環境に浸らせて頂きました。初日は雨音の中、二日目は木漏れ日の中の取材となりました。これでおよその骨格はできたので、全体を微調整して早々にとりまとめたいと思います。ともあれ大変良い思い出となりました。

2012年6月12日 (火)  岩波企画打合せ

本の件で岩波書店の高村さんと磯崎邸に集まる。私担当の巻について磯崎さんと意見交換。だいたいの筋を確認して終了。スケジュールも確認。あとは原稿を書くのみ。だいたいのシナリオはあるが、書いてみないことにはなんとも言えない。流れで夕飯もごちそうになる。赤ワインはフランスのもの…だった気がする。ちと酒がまわった。

2012年5月16日 (水)  続・磯崎さんと

ご自宅におじゃまし、出版について打ち合わせ。企画の方向性を再度たしかめる。あっという間に2時間半。次回より本格的なインタビューに入ることで同意し、近くの蕎麦屋へ。芋焼酎をまじえながら、中国、北朝鮮ほかの珍(?)説を拝聴する。ともかく、お元気そうで何よりでした。

2012年5月8日 (火)  Seoul Techとのイベント

連休前に、ソウル科学技術大学校建築学科をお招きし、合同建築展および講評会を行いました。準備はものすごく大変でしたが、おかげさまで大変有意義な国際交流イベントになりました。次回はこちらがソウルへ乗り込む番です。末永くよいパートナーシップが続きますように。

2012年4月10日 (火)  『経調レビュー』に寄稿しました

ほぼ建築とは無縁(?)の『経調レビュー』に、アメリカ建築における日本趣味に関するエッセイを書きました。リチャードソンとオルムステッドが手がけた「ストーン・ハースト」訪問記をメインディッシュにして前後を肉付けした格好です。寒い時期だったので訪れる人も少なかった…だからこそ、こちらはめいっぱい堪能できたわけです。