宗箇山、宗箇松、三瀧寺(よしだっちの登山日記)
 
tree  宗箇山(そうこやま)、356m
場所広島市西区三滝山・安佐南区長束・山本 双子大岩からの展望
双子大岩からの展望
登山日/天気2006年6月24日(土) 曇り時々晴れ
メンバー私、H君
マップルート図 三瀧寺→Bコース→山頂→Aコース→三瀧寺
 登り:45分(比高285m)
 下り:56分(うち三瀧寺境内散策15分)


宗箇山
東側から。
中央が宗箇山、左手前が大原山。
宗箇山
南南東から。
中央奥が宗箇山。
登山口
三瀧寺内の登山口。
「← 三滝山散策 Aコース 」
「→ 三滝山散策 Bコース 」
宗箇山、地元の人は三滝山と呼ぶ。
右へ行く。
多宝塔
登山口横にある「多宝塔」。
大永6年(1526)創建。
双子の大岩
双子の大岩から二ヶ城山方面。
左から
・鬼ヶ城山 (737.3m)
・高鉢山  (705.8m)
・木ノ宗山 (413.1m)
・二ヶ城山 (483.0m)
・呉娑々宇山(682.2m)
・松笠山  (374.6m)
双子の大岩
同じく中区方面。
中央右にうっすらと似島の安芸小富士が...
双子の大岩
その双子の大岩。
山頂
山頂到着!
宗箇松
四代目宗箇松。(平成10年11月植樹)

初代は落雷で焼失、
二代目は戦時中、敵機の目標になるとの事で伐採、
三代目は松食い虫の被害で枯死。
宗箇松
三代目までの説明。

上田宗箇が、広島城内の茶室「和風堂」、
藩主の別宅(縮景園)の借景として松を植えたのが
宗箇松、そして宗箇山の語源。

(上田宗箇)
豊臣秀吉、丹羽長秀に仕えた戦国武将。
千利休に師事した「上田宗箇流」の祖。
関が原敗戦後、浪々とした後紀州浅野家に仕え、
その後、浅野家と伴に広島入りした。
藩主の命で縮景園を作った。
宗箇松
四代目の説明。
絵は土佐光芳(1700~1772)筆
宗箇山
山頂からの展望。(中区方面)
さっきよりさらに霞んできた。
宗箇山
恒例の1枚!
上の写真とは反対方向。晴れ間が見えている。
宗箇山
Aコースに向けて下山開始!
宗箇山
Aコース山頂近くは緩やかな尾根道が続く。
宗箇山
下山中、鉄塔の辺りから山頂を望む。
宗箇山
竹林と枯れ笹の絨毯。
宗箇山
20mくらいはあるだろうか?
宗箇山
下山口近くになると沢が...
これが三瀧寺境内まで流れ込む。
蛇
水辺で蛇発見!
宗箇山
ここを下って行く。
どう見ても沢。
10mくらいは苔むした岩の上を
水の流れを避けながら下る。
幽明の滝
下山。三瀧寺境内。
「幽明の滝」落差8m。
三瀧寺
石仏郡。
三瀧寺
先ほどの滝から水路を伝ってここに...
手前は水場。一口いただく。
三瀧寺
猫発見!
三瀧寺
石仏郡。
各所に点在。
三瀧寺
本道の下に、石仏郡と
先ほどの流れが水路を通って流れ出す。
梵音の滝
「普陀落の庭」。
「梵音の滝」落差30m。
三瀧寺
「十六羅漢」。
リアルな表情の石仏。
三瀧寺
戦争関係の慰霊碑。
三瀧寺案内図
三瀧寺案内図...
境内散策終了。
(まとめ・総評)
高さも距離も無く、かなり楽で初心者向き。(Bコースより入山)
しかし、双子の大岩少し先より山頂まではちょっと急登が続く。
下りは砂防ダムの所で少し迷いそう。
砂防ダムの手前で沢の右岸を歩き、ダム右側からダムを越える。
その下は10mくらい沢の中の様な道を歩くので、足元に注意。
下山後、三瀧寺境内を散策するなら登山前に案内板でチェックしておいた方がよい。
(Aコースを下りて来ると、幽明の滝の所に出て来る。)

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 参考資料: 山と溪谷社「広島県の山」、 H・L・C「広島近郊の山城と史跡」、 南々社「イラストで歩く 広島の山へ行こう!」