巻第七「清水冠者」(しみずのかんじゃ)

「なんのゆゑに御辺と義仲と中をたがうて、平家にわらはれんとは思ふべき。」

寿永二年(1183)3月上旬、頼朝義仲との間に不和が生じた。
頼朝が義仲追討と称して動いたので、義仲は乳母子の今井四郎兼平を頼朝のもとに遣わした。
兼平は、お互い平家追討が目的であって、義仲は頼朝に敵意を持っていないと弁明する。
頼朝はそれに取り合わず、討手を差し向けたので、
義仲は真に頼朝に敵意を持っていないことを示すため、嫡子の清水冠者義重(11歳)を頼朝のもとに遣わした。
これによって頼朝は義仲の真意を理解し、義重を連れて鎌倉へと戻った。



  


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