岡崎市では,ゲンジボタル・ヘイケボタル・ヒメボタル・クロマドボタル・オバボタル・ムネクリイロボタルなど6種類のホタルの採取記録が報告されている. そのうちゲンジボタルは岡崎市の各地,矢作川支流真福寺川(駒立町), 矢作川支流伊賀川(岩中町), 男川支流山綱川(竜泉寺町), 男川支流前川(鶇巣町), 河合地区男川・乙川流域(茅原沢町・生平町・蓬生町・秦梨町・才栗町・岩戸町・須渕町)などで生息している. 
 1935年に男川・山綱川流域のゲンジボタルが「生田ボタル」の名で国の天然記念物に指定され,1972年に「岡崎ゲンジボタル」の名称で指定区域拡張の追加指定を受け,現在は大平以東の男川・乙川流域が指定区域となつている. 全国では9地区のゲンジボタルが国の天然記念物に指定されている.

 岡崎ゲンジボタルは河合地区男川・乙川流域のほとんどの場所で生息しているが,ホタルの飛翔を鑑賞し易い場所は少ない. 「岡崎ゲンジボタルについて」という案内看板に蛍の飛ぶ場所が記されている. 須渕町須渕橋上流,岩戸町岩戸橋付近,秦梨町大橋上流,生平町学校橋付近,御所戸橋付近,蓬生町古部川沿いなどである.


ゲンジボタル幼虫放流式
 岡崎市立河合中学校理科部は古田忠久先生の指導のもと 1966年よりゲンジボタルの幼虫飼育に取り組んでいる. 196 8年に第一回ゲンジボタル幼虫放流式を行い,それ以後毎年4月に行っている.
 現在は各地でゲンジボタルの人工飼育が行われているが, 古田先生と河合中学の生徒たちが取り組み始めた頃は,人工飼育の方法などが確立されておらず, 苦労と失敗の積み重ねであった. その頃のことを古田先生は次のように述べておられる.
 ゲンジボタルの人工飼育が始まったのは,昭和41年(1966年)私が河合中学校に着任した年でした.夏休み前,当時,国の天然記念物に指定されていた,美合町の生田ボタルの増殖に取り組んでいた故栗田俊一郎氏が,乙川の大橋付近でのホタル鑑賞会に訪れました.その際,河合地区はホタルの成育に最適と勧められ,栗田さんから孵化したばかりの幼虫5,6百匹を譲り受けたのがきっかけです.
 始めは理科クラブの生徒達20人と取り組みました.しかし,ホタルに関する知識も技術,文献など全くない時でした. 譲り受けた幼虫を10日間で全滅させてしまいました.とにかく最初は失敗の連続でした.壁に突き当たると,生徒たちといっしょに川に入り,それこそホタルに聞き出そうとしたぐらいです.
 こうしたことを繰り返して,5年程して飼育活動も軌道に乗り,幼虫を放流できるようになりました.人工飼育の一番のポイントは,幼虫の餌になるカワニナの確保です.カワニナは清流でないと住めません.ホタルを守ることは,川を守ることでもあります.生徒たちはホタルの人工飼育を通して自然保護の大切さも学んでくれるはずです.
 当初は理科クラブ員が中心だった飼育活動も,全生徒さらに学区ないの全戸がホタル保存会員となる,地域ぐるみの活動へと広がりました. 昭和47年(1972年) 国の天然記念物の指定区域が河合地区まで拡大されました.
参考文献
ゲンジボタルの人工増殖 岡崎市教育委員会・岡崎市立河合中学校 編 1990.3発行

名所・旧跡を訪ねて 三河の国・額田の郷・河合の里
     河合地区総代会編集 1997発行