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中国武術理論 概論

方針イメージ 横浜武術院では関東首都圏のスポーツクラブとも提携し、中国武術段位制プログラム指導と普及を行い、
誰もが楽しめる中国武術、カンフーや気功運動を包括的に広めています。

拠点となる横浜市港北区では専門家養成・育成活動にて野外太極拳・五禽戯教室や、中国武術訓練の武術隊、武術班を創設し、指導者や拳士、功士などを育てていく指導を行っています。

その性質としては、本場中国国内と同様に国際統一基準の中国武術段位制のシステムと連動し、武術拳士、功士、錬士、教士、範士の育成など、幅広い普及活動を展開しています

レッスンプロとしての正式な中国武術・太極拳・健身気功などのフィットネス・インストラクターの養成、
資格取得もできる活動、指導を行っております

人生は一度きりです!
充実した毎日を過ごすには精神的にも肉体的にいつも「丈夫」でありたいものです。
あなたも是非、中国武術・カンフーで新たな将来を明るく切り開くための活動的ライフスタイルを・・・
もっともっと高めてみませんか!

ここでは中国武術理論概論を紹介します。
この中国武術理論概論は横浜武術院、中国武術功夫カンフー段位制の理論研修と連動しています。


1.攻防・文化・体育の重要性

中国武術の特徴として、「攻防動作」、「文化基礎」、「体育運動」この3つが含まれている。
この特徴を示す代表的な動作では、

・起勢
・包拳礼

が挙げられる。

これは中国武術の道、武徳においての「礼儀」の根本である。
2つとも攻防意識を伴わさなければ「形」にはなることはない。

起勢では「太極拳」ならば、上に両手を上げる動作は「提手」であり、両手の甲でいつでも不用意な攻撃にも対応できる意識を持つためである。

下へ降ろす動作は「按」である。
これは相手を信じていないのではなく、常に自分自身を守る意識をはたらかせておくためでもある。

包拳礼では、右拳は「努力」「鍛錬」「武力」を意味し、「左掌」はそれを覆う心持ちあるいは姿勢として、「忍耐」「守衛」「智力」の意味を含み、相手にその意思を表すのである。

これは武学的知識の無かった者が、有している「師」に就き「武芸・知行」を得られたことへの心から感謝の念を想う実践の連続性でもある。
そのことゆえ、「非礼・失礼」の無きように、と古人は戒めるのである。

包拳礼は元々古くは「保標」と呼ばれた重要人物や財宝を護送する役目の所謂「ボディーガード」が輸送時に多くの人々とすれ違う際、互いにその「礼」を行なったと伝えられており、こうすることで人に失礼のないようにしながらも「防衛意識」の心構えを持つ、という文化背景がある。

そして「体育」の面では「スポーツ」という概念と「運動」の概念は、「西洋的意識」と「東洋的意識」の異なる感覚がある。
これは、どちらが優れている、とかいう意味ではなく、異なる面を比較することも大切である。
西洋的意識感覚を持った「武道」としては「ボクシング」と「フェンシング」がある。
どちらも共通するのは「縦から」と「横からの」直線的に結んだ力を用いている。

東洋的意識感覚の「中国武術」の動作は丸い動き、螺旋運動を描き、「円圏」の途絶えることの無い運動法則を用いる、この面の特徴を顕著に表わしているのは「太極拳」や「八卦掌」である。

全身で行うひねり、ねじれる動きには、腰は内臓をほぐしやわらげる働きがあり余分な脂肪を取り除き、片足で立つ動作ではバランス平衡感覚を高め、歩く動作では 身体を支える力を強め「体育運動」あるいは「養生法」の面でも効果が大きく、現代でいうセルフ・メディケーションとして病気や不注意からくる怪我などから自らを守る 防衛体力も向上できる。

中国武術運動の特徴は、攻防技術・功法・套路の3つを含む心身強化術ということができる。
更に詳しく記せば、攻防技術は防身、功法は修身、套路運動は健身というように分かれており、「防身」は精神的にも肉体的にもわが身を防ぐ「守衛」の意味がある。


尚且つ東洋思想・哲学、武術精神としては孔子の説く 規範的な儒教意識、老子・荘子の説く捉われることなく自然体である心性は自由である道家思想、釈迦如来の説く、仏教的解釈性の大慈悲の合わせた概念が武術倫理道徳観となって、精神的・肉体的な充実を図り、こころもからだにも安心世界を構築することにある。

「健身」は、套路運動による継続的で安定して行える具体的なリフレッシュ効果のある体育運動としても目的意識がおかれている。
このように、総じて中国武術は「攻防動作」「文化基礎」「体育運動」を重要視し、体系化され伝承を受け、更に時代ごとに創編、創新し現代においても発展し続けている。


2.門派の概念について

中国武術には、たくさんの拳術、兵器(器械)があり、多くの流派が存在する。
中国武術協会では1980年代から、伝統武術の発掘調査を行い、「系統的」「理論的」「特性」「特点」に確立されたものを中国武術の「拳種」として129種の認定をした。

これは、もちろん人の数だけ武術は存在するとも言われるが、「系統的」「理論的」「特性」「特点」の傑出したものを基準にした、という。
武術界では、「一老師」=「一門」としており、武技を極め確立し、武徳に溢れ人格も優れ「家長」「親方」の概念にふさわしい存在になれてこそ「武術家」と呼ばれる。
その「家」につながるのが「門」であって、これが「一老師」「一門」の概念である。
その「門」が、その系統の武術に通じている流れを「流派」と呼ぶのである。


3.武術運動

中国武術の特徴としての武術運動は3つの方法にまとめられる。

▽功法

1、内功
 粧(かたちづくる)静、站椿(呼吸法 支力 精神力)、動功、歩法

2、硬功
 硬気功、少林七十二芸など

3、軽功 
 平衡、騰空能力 
 跳躍、翻転(飛んだり跳ねたり)


▽套路
 一動(一動作のみを連続して行う):形意五行拳、弾腿など

 単尚(動作の連続性がひとまとまりになるもの):翻子拳、形意連環拳など

 往返 (往復するもの:現在はこれが最も多い)
     一往復・二往復・三往復・四往復
     単練套路、対練套路(2〜複数)、集体套路(6人以上)

▽格闘
 散手、搏撃、長兵、短兵

これらの3種類の運動方法を総称し確立しているものが
中国武術として成り立たせているものである。


4.十八般武芸

日本では「武芸十八般」と呼ぶが、中国では十八般武芸の順である。
これは「拍打:徒手」+十七種の武芸をいう。

▽拍打の分類
拍打の技術特色は少林・武当・峨媚 南拳北腿など様々ある。

その技術は
 ・脚で蹴る 
 ・拳/掌で打つ 
 ・引っ掛け、投げる 
 ・関節を手/指で極める、である。

内功:内家拳、太極拳、武当拳、八卦掌、形意拳
外功:外家拳、少林拳 

▽各種機械
・長器械:身長より高いもの 
・短器械:身長より低いもの     
・双器械:双刀、双剣、双匕首、双鉤
・軟器械:九節鞭 三節棍 縄標
・長兵:棍、槍 
・短兵:刀、剣 格闘技術を意識して行う方法である。

観摩交流大会・比賽(競技会)などによって単練や対練、集体などの「比武」を行うのが、一般的な中国武術の慣例である。競賽(競技会)では自選、規定、其の他の項目として分かれている。
武術界で互いに実際に闘い 実戦し打ち合うことは、双方によっぽどの話し合いや文化的処理ができなくなった場合に、大勢の人を証人として集めて勝負を決することが近代までは多くあった。
しかし、「武術」の「武」という概念は、そもそも平和を願うためのものであり、「弋」を「止める」のがその存在である。孫子の兵法にある通り、最上のものは「非戦:戦わないこと」である。
これらは日本の「武道精神」とも一致し、武技を修めながらも「戦うその時」がこないことが最も良いことだと考えるものである


5、武術的効能

▽文化特色について

中国武術は長い歴史の中で格闘、文化、体育の面において発展し 
その中で、最も大事な精神性の部分についての説明です。

▽「整体」の意識思考

「整体」というと、日本では按摩やマッサージのイメージがあるが、実は、これは「身体を整える」という方法すべてを指し、針灸・推拿に加えて「導引」などの身体の歪みを直す「体育運動」までを含む。

その「整体」の意識の在り方や思考には「合一:天人合一」という考え方がある。
逆説的に言えば、これはつまり「合一」の反対は「分散」やまとまりの無さを指す。
自分自身の思考や人々のつながりからくる人間関係でも「一致団結」という言葉があるとおり、「まとまり」のないものは弱く、「まとまり」のあるものは強い、ということを示している。


▽「内外合一」

武術運動の中では武術原理では「内外合一」を守り、教学の原則では「内外相修」を示し武術訓練では「内外互導」を行わなければならない。それに合わせ「三尖相照」「五行三才」を意識しなければならない。

その「内外合一」であるが、「内三合」には「心」に結びついているのが

「意」:大脳のはたらき、命令=動作指令、意念
「気」:気感、呼吸法・時間と空間への意識作用
「力」:到達・伝達されるパワーのはたらき

「意」「気」「力」の統合された「心」のはたらきは、大脳の示す「精神力」が体内の中枢神経を伝わる命令感覚である。それを「神」と呼ぶこともある。

「外三合」では、順式・拗歩においての「肩と股関節」「肘と膝」「手首と足首」の連動をいう。
その「内外合一」の動作原理の中で「身械:身体と器械」の統合・統一を目指し、「身宇:身体と宇宙」大自然との融合と調和を図る。

中国武術は古代からの宇宙観による思想や哲学が含まれているのも大きな特徴であり、その中で、重要なものはやはり「陰陽」の考え方である。

「陰陽の思想」(対立 対応の概念) 
一陰一陽、これを「道」という、と老子は呼んだ。
その「道」の概念は、人の武術にも宿り、それがその人の「拳」である、という。
そこには「攻防」「進退」「剛柔」「曲伸」「開合」の意識が必ず現れていく。
そして、それに対し「対応」と「統一」を施すのである。
そして次に、転化と変化である。

中国武術には、古来の思考哲学が大きく影響したものがたくさんある。
「太極拳:陰陽学説」「八卦掌:八卦」「六合拳:六合」「五行拳:五行」などである。


▽「武術的効能」

中国武術は、功法・套路・格闘(攻防)の3つの運動の確立が大きな特徴である。
ここには、「健身」「防身」「修身」がある。

「健身」とは、極め尽くされた運動法則のことである。
「円」 :動作にはらせん状に動き、全身くまなく刺激を与え、全てを丸く収める。
「有気」:有酸素運動として、正しい呼吸法に基づいた鍛錬である。
「文化」:歴史的背景からくる思想と哲学の表れである。

・「防身」とは、「智者の術」である。

これは精神面や肉体的な感覚において「力量」「速度」「制御」能力をフル稼働し、ここには「防身自衛:身を防ぎ、自ずから守る」の考え方があり、自らの病気や不慮の事故などからの怪我などからも健康管理を施し、様々な状況や環境の中においてででも力強く生き抜く術でもある。

・「修身」とは、歴史文化の中に学ぶ、自己の心身の姿勢づくりである。

武術教育の中で歴来重視してきた考え方の中には「尚武崇徳」の精神がある。
「尚武崇徳」は「武」をたっとび「徳」をあがめる、ということである。
つまり「武」は争いを治めるための存在であり、「徳」とは大自然の万物を生成する「正しいはたらき」をいう。これは二千年以上前に書かれた「周易」の中に「天行健、君子以自強不息」「地勢坤、厚徳載物」と見られる。

・「自強不息」とは、

四季の暑さ寒さの中にも耐え、艱難や苦難や劣悪な環境をも乗り越え、身体を鍛え、精神力を磨き、弱きを支え、強きものの横暴をさせないことなのである。

・「厚徳載物」とは、

「以柔克剛」柔の精神で剛に克ち、「捨己従人」己を捨て、人の為に尽くすことである。
つまり「尚武崇徳」の精神とは「自強不息」「厚徳載物」の八文字に収縮されているのである。
その「礼」の形を武術界で表すのが「抱拳礼」である。

礼:抱拳礼 掌で拳を隠し、不敬にならぬように意識をはらうのである。
      その形は拳頭を覆い、掌は親指を曲げ「謙譲」の意を示す。
      (防御意識を持つために、両脇を45度に保つ)

「拳」は日々の苦しくとも辛い練習を乗り越えた「努力」と「忍耐」を「拳」に表す。
「掌」は五湖七海のように大らかで寛容の精神と「和」の意識を示している
     
6.中国武術「套路」の運動法則

中国武術の特徴は「套路」のように定まった運動法則を最大活用し発展させてきたところも大きいです。
それは何の拳術でも器械でも套路運動の中で攻防技術を行っていく上でそれぞれに相応しく姿勢が正しく的確で、方法は明晰であり、身体の扱い方も変化に富み、手と眼は連動していて、精神力は一貫しており、勁力は正しく届き、呼吸法もうまく活かせてあり、リズムも滑らかでスムーズである、など。
これらが相互に連係し合って、相互作用が整って一体化(整体)していることが高手であればあるほど洗練されている、ということができます。
これをまとめていくと、姿勢・技術方法・身体方法・眼法・精神・勁力・呼吸・リズムがあり、これらの8つの方法が極めて合理的で自身にまとめられるようになれることこそ「套路」の持つ役割であります。
「姿勢」には空中姿勢や静止した時、暫定的に静かに動いている時のそれぞれに相応しい、つまりは武術的に正しい身体状態のことをいいます。 
「技術方法」には動作技術において、拳掌などで衝く、脚で蹴る、投げる・受け身をとる、掴む。器械では振り回す、叩きつける、刺す、斬る などの技撃方法があります。
ここでは攻防技法を行う時スピーディーかつ正確であり、意識が技と完全に結びついている状態が望ましいです。
「身体方法」は身法のことであり、伸、縮、呑、吐、閃、展、冲、撞などの中国武術特有のありとあらゆる全身の部分を使う身体操作方法のことでもあります。
これには上半身・下半身は緊密に結合していて、足を進めれば身体をそれに随い、身体が動き出せば、足の歩もすぐさまに到達する。
腰法は身体の要でもある腰も技法に合わせて前屈やそらせたり、斜めに傾いたりを支えながら攻防に使います。
「眼法」は脳に近く、顔にある感覚器官の中で最も鋭敏な知覚を持っており、これを完全に制御できる方法が眼法です。
これには「手と眼が相し随い」を表すことであり「手眼相随」「手到眼到」という概念があり「眼」は精神、意識の表れるところだといいます。
「精神」は攻防・格闘の術に意識が集中しきっていることです。
勇敢であり、機敏、沈着冷静、怖れはすべて無い、という心持ちの状態です。
「形」は何のために作られるか、というのはこの心持ちが「武術」になったということです。
そのことで「形神兼備:形と精神力を兼ね備られている」と表されています。
「勁力」は武術運動の中で重要視されるところで、それは「力」「意」「気」が結合してきた一種の「活力:活き活きと動き出す力」のことを指します。
武術用語でいう「勁」とはこのことをいいます。
勁力は各々の技法によって剛柔があり、すべては内側から起こり外へと順達されていきます。そのことから「内外合一」が必要になります。
「呼吸」は外に出す「呼気:息を吐く」であり、内に取り入れることが「吸気:息を吸う」これが呼吸のことです。
武術にいおいては独特の規律があり、門派や動作によって特徴があります。それには深いもの、浅いもの、長いもの、短いもの。
あるいは吸気・呼気において途中で暫定的に停止するものがあり、動作性質やリズムによって使い分けられています。
これには所謂「拳勢呼吸」といっており、その性質には「提気」「托気」「聚気」「沈気」があります。
「リズム」は武術動作では大きな特徴があります。
これらには相互矛盾しているようで相互連係していくことで生み出され動きによっては勇猛の攻勢をしかける時や、奇をてらい、あるいは身を潜めて留まったり、静かに動き様子を探る・・など。
様々な状況変化に適応できる能力のことでもあります。
「動と静」「虚と実」「剛と柔」「疾と緩」があり、戦闘技法や美学など、そういった動物的闘争本能を人間が表すものといえます。

7.武徳

その名で表されているように「武術道徳」のことです。
すなわち武芸者たる人の持つ道徳修養の品質の習性が伝えられ続け今日に至る、ということができます。
それは個人の体得した武術精神での主体であり、個人の意志を尊重しながらも広い武術世界においての内在秩序でもあります。
個人の武徳の重要性は社会の秩序や規範が乱れ、人々の心に拠りどころが失われる時代にこそ更にその実践を強調するべき意義があります。
その武徳を理解、体得していくには、歴史から学び 練武、用武、授武、比武などの研鑽を怠らず武術活動を行うことが求められます。

8.武徳の起源と発展

中国武術における「武徳」は伝統文化の歴史的発展に伴ってきました。
殷周時期においての文献に最も早く「拳」の字が出てきます。
「詩経・小雅・巧言」には「無拳無勇、職為乱階」とあり、歴史的古典の中にも明確な武徳を内包する文章が出てきます。
「拳」とは攻防や格闘術のことを指し、「勇」とは「勇力」「勇敢」さの精神の品性が解かり、ここには原始的な武徳の内容を表しています。
三国時代、韋昭の注釈の「国語・斉語」には「大勇為拳、欠少徳行人、拳芸提高・・」とあります。
ここから教えられることは「無拳無徳」であり、あるいは「無徳者不如無拳」である、ということです。
「可能為武術 伝授之戒教」武術を伝授するということは「戒め」も教える、ということでもあります。
「武徳」の一字は最も古いものは3000年前に出てきます。記載されているのは西周から春秋時代の諸侯の国史の典籍である「国語」の中に説法においての記録に出てきます。
西周の時期には「礼制」があり、武事活動と「礼」が結合するようになり、射箭(弓矢)において人材と技術能力を見るには厳格な「礼儀」の等級と規定をおきました。
所謂「礼射」には「大射・賓射・燕射・郷射」の4種類の制度を設け、ここに「道徳礼教」の思想が起こりました。
春秋戦国時代には諸侯が相い争うようになり、重視されたのは「拳勇」「技撃」です。
唐の時代の社会では多くの文化が発展・繁栄し武術界でも大きな展開が起こりました。武挙制度が始まり、職業的武芸者が出現しました。
ここからは客観的な基準から武術各流派の人物を選別するようになり、武徳表現の形式も定められて「武徳」が系統化していくように向かっていくようになりました。
南北の両宋の時代。「尚武精神」が尊ばれ民間での武術活動がより活発化し能力は飛躍していきました。
ここで武徳は「武芸を学ぶ喜び」「師を尊ぶ」道を更に重視するようになりました。
宋の時代は多くの都市が商業的にも繁栄した時期で「諸色芸人」つまりは大道芸人が増え、人前で敬礼を表すことに拳礼を行い、礼儀方法も具体化していきました。
明清時代は中国武術の集大成した時代です。流派は林立し拳種も多く増えました。この時代に現代まで続く体系が完成したといえます。
この時代から新たな展開が起こり「一徒不能二師:一人は二人の師につくことはできない」「伝男不伝女:男性だけに伝承し女性には伝えない」「不伝外姓:違う姓の人には伝えない」などという保守的な概念を突破し 各流派で一つの武徳規範を持つようになりました。
清の時代「武技書」の「初学項目」の規定には「学拳以徳為先:拳を学ぶにあたっては、先に徳を学んでから」とあります。

これには恭敬や謙譲の精神があればこそ、人と争うようなことはなくなり、武芸をもって徳を失ったことから損をしたり、辱しめを受けたり、することがなく、防身や健身活動が生命の安全をずっと良好に保つことができる、ということを戒めとして教えてくれています。
「少林拳短打十戒」には10条があり、その中の6条に武徳に関する規定があります。武当拳にも「十伝十戒」があります。
どの流派にも共通しているのは「習武先習徳:武を習う前に徳を習わねばならない」そして、「短徳者不可与之学:短い徳の持ち主にはこれらを学ばせることはできない」というものです。
そして同じように強調しているのは、武芸者たるは「仁愛」「守礼」「忠誠」などの厚く寛大な「美徳」を大事にしていることです。
門戸を大きく開き、信念はそれぞれあっても誰でも受け入れ、師、門徒共々に成長・発展を願うものでもあります。
そしていつの世においても現存する「社会」の風潮や傾向などとも共存しなければならない時があり、その時には、その「社会秩序の矛盾」とも向き合い「何が害悪なのか」を考え、己においては「克己自律:己に打ち克ち、自律する」「兼善天下:天下が共に善くなることを願う」。
そして更に「善」の精神や概念を研鑽して努力を積み重ねていかねばならないことです。

9.伝統武徳の意識

中国武術における「武徳」は長き伝統思想や哲学に影響を受け、儒教的徳性、道教的心性、仏教的解釈性の3つが融合したものであります。
その性質としては「仁」「義」「礼」「智」「信」「勇」の道徳精神に集約されています。

10.導引と気功 五禽戯について

「馬王堆漢墓導引図」の解説です。
中国湖南省、長紗市郊外の馬王堆にある漢の時代の墳墓が発掘されたのは 1972〜74年のことです、それを「馬王堆漢墓」と呼び調査をしました。
ここには漢代初期の三基の墓があり、発掘調査の結果、葬られていたのは、 長紗国の丞相 利蒼(二号墓)その夫人 辛追50歳(一号墓)その子息30歳 (三号墓) であり、調査の結果、埋葬の時期は紀元前186年から160年にかけてのものと見られています。
二号墓は保存状態が悪かったが、 一号と三号墓は地下の宝物庫と称せられるほど見事な副葬品で埋まっていたとのことでした。
夫人の遺体が生きているかのような姿で発掘されたことが世界中の注目を集め、 以後馬王堆といえば真っ先にこのことが話題に上るようになりました。
しかし、豊富な副葬品の数々は、それ以上に多くのことを教えてくれたのです。
2100年以上前、前漢といえば日本の邪馬台国の卑弥呼が出現する前であり、 弥生時代の後期に相当し、その当時の中国の文化水準と地方有力者たちの豪華な生活を感じることが考古学上でも重要な意味を持つのです。
三号墓の墓主は男性であったので、武具なども納められていたが、 貴重なことはここから大量の木簡、竹簡、帛画が発見されたことです。 現在も整理作業は続いているのですが、 この中には老子などの哲学、歴史、医学、軍事、天文、占術などにも及ぶもので あり、 この馬王堆から出た帛画は全部で5幅出土し、4幅が三号墓からにあり、この中に男女の行う古代の健康体操を行っている絵画が44種あり、それが馬王堆導引図として世に出たのです。
その図に描かれた運動から後代に研究された導引の術であり、2世紀頃、後漢の華侘の編み出した五禽戯の誕生にとつながっていくのです。
「導引」とは、本来 「導気令和:気を導いて和やかな感覚に心をしたがわせ」 「引体令柔:体を引っ張るように伸ばしていくことで柔らかくできる」 の意味で用いられ、後の時代に「功法:はたらきを高めるわざ」として 「気功」という名称が使われるようになりました。



以下にその他の中国武術についての解説を紹介いたします。



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