正教会訳の晩堂大課で用いられる「イウデヤ王マナシヤの祝文(マナセの祈り)」 を掲載しました。できるだけ引用元である、日本ハリストス正教会教団発行の「大斎第一週間奉事式略」に使われている字と同じ ものを使用するようにしましたが、ワープロソフトで対応していない旧字体も多く、いくつかの字を やむなく平仮名にしたり新字体を用いたりするなどしています。解り易さを重視して段落を区切りましたが、 引用元正教会版の原文には段落分けはありません。HP管理人の判断で段落分けを施してありますことをおことわり申し上げます。
 多くの方に「大斎第一週間奉事式略」か「時課経」をおもとめ頂き、原文の美しさに触れて頂きたいと思います。

 なお、IE(インターネットエクスプローラ)ではルビ形式で読み仮名を表示することが出来ますが、IE以外のブラウザ では括弧表記で読み仮名が表現されてしまうケースがあることが確認済みです。括弧を煩雑に感じられるIE以外のブラウザを 使っていらっしゃる方のために、読み仮名無しの別ページをご用意しましたのでご利用 下さい。

イウデヤ王マナシヤの祝文(日本正教会版)

 ※ 日本ハリストス正教会教団発行 「大斎第一週間奉事式略」 184頁より

 読み仮名の無いものをご希望の方、ならびにIE以外のブラウザをお使いの方で読み仮名が括弧表記されているのを 避けたい方のための別ページ
 主全能者、先祖せんそ  アウラアム、イサアク、イアコフ、及びの義なるすえかみよ、なんじは 天地と其のすべての飾りを作り、なんじいましめの 言葉にて海をしばり、淵を閉ぢ、おそるべくして栄えたる なんじの名を以ってこれ封印ふういんせり、万物は其の名を恐れ、なんじが 力の前におののく、けだしなんじが光栄 の荘厳おごそかなるまえには誰も立つあたはず、 罪人ざいにんおけなんじきびしき いかりはがたし、 しかれどもなんじが 契約のあわれみははかがたく、 きわがたく、 きわがたし、 けだしなんじは仁慈にして寛忍かんにん鴻恩こうおんにして人の罪悪ざいあくうれふる至上しじょうの主なり。
 なんじ主よ、なんじ仁慈じんじの多きにりて、 なんじの前に罪を犯しし者に痛悔つうかいと謝罪とを契約し、 なんじ慈憐じれんの多きにりて、 罪人ざいにんため痛悔つうかいを定めてすくいを得しめたまへり。
 故になんじ主、義人の神よ、義にしてなんじの前に罪をおかさざりしアウラアム、 イサアク、イアコフの為には痛悔つうかいを立てず、 すなわち我罪人のためこれを立て給へり。
 けだし我罪を犯ししこと海のまさごの数よりも多し。
 主よ、我が不法は数へがたし、我が不法は数へがたし、 我は不義の多きにりて、仰ぎて天の高きを見るにへず。
 我は多くの鉄の鎖にてかがめられ、我がこうべを挙ぐるあたはず、 暫時しばしも安んずるあたはざるに至れり、 けだし我はなんじいからせ、 悪をなんじの前におかし、 なんじむねしたがはず、 なんじの命を守らず、けがれし事をおこない、 誘惑いざないを多くせり。
 今が心の膝をかがめて、  仁慈じんじたまふを祈る。
 主よ、われつみおかせり、 我罪を犯せり。
 我はが不法を知る、しかれども爾に祈りて求む、 主よ、我をゆるし給へ、我をゆるし給へ、 我を我が不法と共にほろぼすなかれ、 ながく我が悪をおもなかれ、 われ地獄じごくに定むるなかれ、 けだし神よ、 なんじ痛悔つうかいする者の神なり、 なんじ仁慈じんじかたぶけてが上にあらわし、 なんじの大いなるあわれみにりて我不当ふとうの者を救ひ給へ、 我生けるうちなんじあがめん、 けだし天の衆軍はなんじうたふ、 光栄はなんじ世々よよす、「アミン」。



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