フイリピン レイテ島 慰霊巡拝

慰霊地よりカンギポット山


父は 昭和20年5月フイリピンで戦死しました。  レイテ島.カンギポット山付近

念願だった 戦没地と言われている カンギポット慰霊地に行くことが出来ました。


レイテ島 タクロバン空港に到着。ガイド兼通訳の話を聞きながら、リモン峠を越えオルモックに向かう。
道中の慰霊地の巡拝、同行遺族関係の慰霊地では
1度目 護国神社の宮司による慰霊全員で、般若心経 唱歌ふるさとの合唱
2度目 遺児による追悼文朗読 般若心経 唱歌ふるさとの合唱
3度目 慰霊地関係者による 花束 そして全員での献花

 フイリピン レイテ島には 3回行きました。1度目は予備知識の無いままの訪問、初めての海外。
嬉しさ 珍しさで、 1週間はすぐに終わってしまいました。
2度目は(2年後)少しだけ余裕?も有り、ガイドの説明も少しだけ判るようになっていました。

2度目の訪問後、レイテ島の資料を集めている人の事を知りました。
その方は、堺市在住の 重松様です、お父上がレイテ島で戦死しており、何度も慰霊巡拝されてるとの事です。
重松様はフイリピン.レイテ関係の集会に出席しており、私も近くでの集会に呼んで頂きました。
また父の部隊に関係ある事項のコピ−を送って頂いています。父の所属部隊の書籍も、手配してもらいました。
そして、数少ない生還者、九州の、添田様に伝えて貰い、父の部隊の動向をを調べて頂きました。
同じ戦争遺児のために、資料を集め多くの遺児に、お知らせて頂いています。
私達戦争遺児にとっては大変有り難い御方です。

 多くの方の HPを見せてもらい。当時の事を思い出し、このHPを作りました。
 記憶をもとに、ガイドブックを参考に作りましたので、間違っている事も有るかも知れません。

レイテ島

カリラヤ                                 

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