必見!「ビデオ屋デート男」 − ラブ&ポップ −
大阪通信015 98/03/03
「ラブ&ポップ」は、主人公である女子高生ヒロミが、高価なトパーズの指輪に魅せられて、その購入資金のため援助交際をする、ある夏の日の1日の物語です。
「援助交際」というのは危険なショーバイですよね。
どこの誰とも知れない人間、しかも10代の女の子に何万ものお金を支払おうというロクでもない男と接触する訳ですから。
映画の中、ヒロインが出会う「客」達は深海魚の様なブキミさです。
少女が噛んだマスカットを収集する男。
ビデオ屋に一緒に行ってほしいと言う男。
ぬいぐるみと話をする男...。
このような男たちとの関わりを持つことに対し、彼女らはとても無防備です。
世の中の暗い場所にひそんでいる様な人々と出会い、奇妙な性癖や屈折した欲望にじかに触れることは、主人公ら女子高生にはハードすぎる体験である様に思われます。
しかし、自分に性的な目を向けるストレンジャーに、いちいちビクついたり傷ついたりするほど、彼女らはヤワじゃないみたいなのです。
自慢のきれいな手を、ビデオ屋デート男に汚されるヒロミ。
それでもその手にあの指輪をすることをあきらめることなく、次なる男とコンタクトをとろうとする姿には、ただの”世間知らず””無知”とはいいきれない様なエネルギーを感じます。
大人社会のヨゴレを浴びながら、自分の欲望のためその身を投げ出していく彼女ら。
見知らぬ人間に対する警戒心が薄く、ブキミな男たちとも、ふっと心をかよわせたりする瞬間があるのもまたオドロキです。
ぬいぐるみと話す男には、エライ目にあわされるけれども、結局主人公の素直なまごころが彼に届いていたあかしを目にすると、こういうムチャなやり方で世間とか人間とかを学んでいくというのもアリなのかなあ、なんて考えてしまうのです。
だって、ヒロインは「援助交際」という世界に足をふみ入れながら、何も失っていないみたいなのですから。
友人と対等でいたいという潔癖さや、今のこの瞬間の輝きやときめきがいつか色あせていくことをおそれるナイーブさ、そういう10代の少女らしいみずみずしさはそこなわれていないようなのです。
ワカモノの持つ潔癖さやナイーブさというのはズルくてキタナイ大人に向ける刃となるものではないかと私は思うわけです。だからこそワカモノのやらかす若さゆえのいろいろなおろかしいあやまちも、ときにカッコ良かったり輝いていたりするんではないか、と。
でもそういうのって大人が勝手に作りあげた幻想なのかも知れません。ピュアなハートを持ちながら、一方でよからぬ大人達との共存関係を結ぶことは、ワカモノにとって大したムジュンなどではないのかも...。
しかしそのことを主張するほどには、作り手は主人公の側に寄り添ってはいないと思うのです。主人公らは、どこか無機質で没個性的で、いわゆる”今どきの女子高生”としての顔しか与えられていないように見えます。
それにひきかえ、ヒロインが出会うブキミ男達は、一人一人リアルな生身の人間を感じさせます。(特に「ビデオ屋デート男」!!)
そういう両者の対比でうかびあがる、主人公の一人の少女としての深みの無さミリョクの乏しさが、ねらったものなのだとしたら、そして「ぬいぐるみと話す男」がヒロインにあびせた言葉が、作り手のメッセージを代弁したものなのだとしたら、ちょっと中途半端なお説教映画だなあと思うのです。
Emico Y.
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