こんなんみましてん[1] (『大地と自由』『罠』)

大阪通信006 97/05/04


●スランプ!

 前回,映画を語るときの立場について偉そうに書いたのですが,本当に自分の首を絞めている.もともと,たいした感想なんて書けやしないのに,自分の書いたことを気にしていたら,本当に書けなくなってしまった.
 ネット上に文章を置くことに,少し怯えていたのかもしれません.自分に対する予防線の張りすぎというか.
 で,もう深く考えるのをやめました.好き嫌いでもいい.とにかく書いてみようと.所詮素人なのだから.
 前回から,一月半くらいたったのですが,この間に少し映画を観ました.今回は,その感想を書きます.やっと映画関係のホームページらしくなりそう.こういう感じが続くよう,タイトルには[1]をつけました.


●『大地と自由』

 パンフレットによると,今まで作られたスペイン内戦に関する映画とは,切り口が違うらしい.どういう風に違うのかというと,この戦争を単にファシズム対民主主義の図式で語っていないところ(らしい).
 私は『誰が為に鐘は鳴る』も観ていなければ,スペイン内戦に関する書籍も読んだことがない.この映画で初めてスペイン内戦を知るわけだ.しかし,ケン・ローチのその切り口が,スペイン内戦を知らない私にも,熱いものを感じさせた.
 『大地と自由』はスペイン内戦を舞台にしているが,私を熱くさせたのは,この映画の青春映画としての普遍的な部分.そういう意味では,私には別にスペイン内戦でなくてもよかったのだが,作者はもっと政治的な主張もあって,この舞台を選んだのだと思う.
 で,青春映画としての『大地と自由』であるが,登場する若者達は皆,熱いものを胸に持っているわけである.打倒ファシズムでつながってはいるのだけれど,互いの主義主張が異なるため,連帯のなかにひびが生じ始める.
 このような経験は,激動の時代下の若者達だけが味わい得るものではなく,私たち平和ボケ世代にも,思い当たる青春の一場面(むろん彼らに比べるとたわいもないではあるが)があったりする.だから十分共感できるわけである.
 映画の中で,敵から解放した村の集会所で開かれる議論の様子が延々と描かれる.このシーンで,初めて彼らの主張の違いが明らかにされるのだが,主人公は,他の仲間ほど明確な主張があるわけでなく,ここで困惑し,その後自分の主義主張を求めてさまよう.
 主人公の歩む過程も,まさに誰もが経験する青春の紆余曲折である.
 最後は,やるせない結末を迎えるのだけれど,この映画のえらいところは,ここで青春を終わらせないところだ.主人公は,その後死ぬまで闘い続けた節があり,孫にまでその精神を受け継がせようとする.達観せずに,最後まで青春し続けたのである.
 青春は達観してしまった時点で終わる.年を重ねていくにしたがい,人は熱いものを失っていきがちであるが,いつまでも紆余曲折していたいものである.と,感じる私であった.
 とまあ,私は『大地と自由』を青春映画として観て,えらく感動したのだけれど,ケン・ローチには怒られるかもしれない.もっと,政治的なメッセージを受け取らないと.自分なりには受け取っているけれども,語るほど政治に詳しくないので,その辺は是非観ていただいて,各自受け取っていただければと思います.


●『罠』(ビデオ)

 何でこのビデオを借りようと思ったのか思い返してみた.
 観ていて眠くならないような映画.むちゃくちゃおもしろくなくてもよい,時間つぶしになる娯楽映画が欲しかった.字幕はかったるいので日本のもの.せっかくだから劇場用映画.
 観る方の怠慢によって選ばれた映画がこれであった(他にも候補があったんだけれど).
 観る前から判断してしまうのは良くないのだけれど,これはシリーズもので,一作目を観ていたので,まあそんなに変わるものではないだろうと判断したわけである.ということは,一作目がそういう映画だったというわけなんだけれど.
 で,観た結果やっぱり変わりばえしなかった.
 考えてみれば,このマイク濱シリーズに関わらず,林海象の映画が,私の中ではこのような位置づけにあるのだ.
 この人の娯楽映画は,キャスティングや企画が魅力的なのに,いつも期待はずれに終わる.
 どこが面白くないか考えてみると,やっぱりシナリオではないかと思うのである.娯楽映画でシナリオの出来が良くないのは致命的である.
 途中までは観られる.キャストが面白いから.この後どういう展開を見せるのかワクワク感で持ちこたえられる.しかし,いつも話が拡がっていかない.
 この映画にしてもそう.犯人は途中でわかってしまうし,動機も希薄.最後の永瀬対永瀬のシーンも,その前で話が萎えてしまっているから,クライマックスというより蛇足になってしまっている.
 そして,この人はずっと変わらない.いつもサーカスなのである.自分の趣味に走っている.本人が満足しているのはわかるけれど,普通の観客は,こういうのを娯楽映画と認めてくれるのかなあ.
 でも,認められているのか,このご時世でコンスタントに映画を撮り続けられるよなあ.また撮るんでしょ,『キャッツ・アイ』.でも,ちょっと観てみたい.



Toshiro Y.





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