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↓写真はクリックで拡大 |
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八月十日から十八日までの滞在であった。乗ってきたのは、十年近く使っているホンダライフ。ボディにはあちこち傷があるが、故障もせずに元気に走ってくれる。
逞しく山道を登っている写真……ではない。数年草刈りをしていない十七寮の駐車場である。 |
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八月十一日(木) 昼間は「クックラひるがの」に出かけた。昼食は、郡上味噌ラーメンと飛騨牛の串で済ませた。
写真は、帰って来て午後四時頃に撮ったもの。おんぼろ山荘も、こうして見るとなかなか……。写真が創り出す虚構のリアリズム。 |
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八月十二日(金) 晴 「あやめ沢湿原」を歩いた。と言っても、それを目的に出かけたわけではない。
コキアパーク(ひるがの高原スキー場)の駐車場に車を入れて、ふと見ると、古風な立て札のようなものが立っている(下左)。史跡でもあるのかと思ったが、そこが「あやめ沢湿原」の入り口であった。下右は、立て札の板面(クリックで拡大表示)。 |
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| 湿原植物園は有名だが、こちらは忘れられた雰囲気がある。実際、隣のコキアパークは賑わっていたが、木道を歩いて行く間、誰にも会わなかった(下写真)。 |
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| 木道の掲示に、平成十六年、合併により消滅した名称「高鷲村」が使われていたりする。 |
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| 展望デッキから見る湿原の様子(左写真)。ペンションやレストランの立ち並ぶ地域(下写真)に隣接しているとは思えない。 |
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| 後でネットで調べてみると、ひるが野高原には、現在もいくつかの湿原が点在しているようである。 |
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| 八月十三日(土) 晴 今日は一日、ニューパークを出なかった。スキー場の方へ上って写真を撮った。誰もいない。盛夏から晩夏へと移る季節。 |
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八月十四日(日) 晴 十日に来てから、連続的に木を叩く音を時々聞いた。啄木鳥がいるのだと思っていた。
この日の朝、初めてその姿を捉えることが出来た。山荘から道を隔てたところにある大きな木の幹を、あちこち移動しつつ喙で幹を打っている。窓から撮影することが出来た。
百科事典の記述やネット上の何葉かの写真を参考にすると、アオゲラの雌のようである。キツツキ目キツツキ科の鳥である。
長良川鉄道で郡上八幡に出かけた。新橋亭で食事をしながら、吉田側に飛び込む人々の様子を撮ることが出来た。 |
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| 八月十五日(月) 雨のち曇 終戦記念日。Mさんと一成に、残暑見舞いの葉書を出す。少し雨が収まってきたので、白鳥の簗場に出かけて、昼食は鮎料理。 |
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八月十六日(火) 午前三時頃、目が覚めて、梟らしき声を聴いた。ホ、ホ、と短く二回鳴き、少し間を置いて、ホー、ホー、と長く鳴く。これを数回繰り返した。
夜中に目が覚めるのは、寝返りを打つと左肩の関節が痛むからである。ヒアルロン酸の注射を打ちに形成外科に通っている。こちらに来てからも、塗り薬や貼り薬を買ったりした。六十を過ぎて四十肩。若いなあ、というのは冗談にもならない。
この日、お土産に買い忘れたものがあって、再び郡上八幡を訪れた。今回は高鷲インターから高速を利用。激しいにわか雨の中、たった一台分空いていた駐車場に滑り込む。
昼食は、「やなか水のこみち」の奥にある心味・花むらという店。大茄子の味噌田楽が中心の定食で九百円ほどだったか。茄子の田楽は、予想に違わず美味であった。 |
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| 八月十七日(水) 雨の風景を撮って、ちっともうまく撮れなかった写真が残っている。一日中降るわけではないが、三日続きの雨である。近所の別荘に駐めてあった車も、何時の間にかいなくなっている。こちらも、明日引き上げる予定。 |
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八月十八日(木) お盆休みが終わって、別荘地に滞在者が減ると、路肩の草刈りなどが行われる。十七寮の周辺も、朝から草刈り機の音がしている。こちらはこちらで、部屋の片付け、水道の水抜き、冷蔵庫の中身を保冷バッグに詰めるなど、撤退準備に忙しい。
昼頃にようやく完了し、車を駐車場から出していると、道路に出ていた母が呼ぶ。行ってみると、草刈りの終わった路肩の傍らの、灌木の陰に巨きな蝦蟇がいた。普段は草の中に隠れていたものであろう。やがて山は、山の生き物たちの世界に還る。 |
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