早春の高野倉

                  

柿木畑の福寿草が咲き始めましたよ…と、むじなさんから、お知らせをいただいた。
今年こそは、ぜひ、早春の高野倉を歩いてみたいと思っていた。

美しくも懐かしい里山、むじなさんのお住まいのある高野倉に、わたしは、いままでに5回訪問させていただいていた。
初夏の里山に麦秋が揺れ、田植えが終わった田んぼに早苗が光り、水無月の漆黒の川面に蛍の明滅が灯るころ。
晩夏の里山の畦や土手に色とりどりの花が揺れ、たおやかに蝶が舞い、涼やかな川べりにトンボたちが往く夏を歌い、
タカサゴユリの白い花に通り雨の雫が輝くころ。
初秋の里山に、黄金の穂が実り、稲架に並ぶ稲穂の上を吹く風に、畦に咲き出した彼岸花が揺れるころ。
晩秋の里山の楓林が色づき、はらはらと際限もなく散り敷いて、落ち葉を踏みしめながら野に歩けば、
懐かしい、かの冬鳥たちが渡り来る頃ころ。

そして、今度は早春の花、福寿草が咲き出す頃に訪れてみたい。
そう、明るくなった陽射しが枯れ野に春を迎えようとするころに…とずっと思っていた。
そんな念願が叶って、日曜日の午後に散策できることになった。

          

午前中の家事を終え、11時に家を出ると畑中の道を東京と埼玉の県境にある駅に向かい自転車を走らせた。
11時21分の電車に乗らなければ、次の電車は1時間後になってしまう…息を切らせ必死にペダルを踏んだ。
何とかセーフ。自転車に鍵を掛けると一足飛びのようにして歩道橋を駆け上り駆け下りた。

そこへゆっくりと2両編成の八高線が到着した。長閑なローカル線に乗り込んだ途端、どっと疲れが出た。。。
もっと早く家を出れば良かったといつも後悔する。
「だけど、もう少し、あれもこれも終わらせてから出かけたい」などと、ついつい欲張ってやっているうちに
ぎりぎりの出発になってしまうのだった。「主婦は辛いなぁ…」とつぶやいたりして(笑)

電車に乗ってしまえば一安心、わたしは車窓の景色を眺めつつ、心は高野倉へと想いを馳せている。
途中列車は、過ぎし秋の日に、セイタカアワダチソウの黄色い花の波と、ススキの歩の銀色の波が、穏やかな
午後の陽射しに輝いて、一面に揺れていた「セイタカアワダチソウの耕地」へと差し掛かる。
今は何処までも続く、枯れ色の原が、春の訪れを待っていた。

                 

やがて、目指す明覚駅に、ごっとんごっとんとゆっくりと列車は止まる。
この列車のドアは、押しボタン式なので、ドアを自分で開いてホームに降り立つ。電車のドアは自動で開閉するものと
思い込んでいる頭には、こんな事も新鮮に映るのだった。
何度来ても、この駅は素敵だ。多角形のログハウス風の駅舎は、爽やかな山の駅を思わせる。
昔の古い駅舎もきっと味わい深かったと思うが、わたしはそれを知らない。
新しい駅舎の中には、かつての駅の歴史を物語る写真が展示してあって、力強く、煙突から
煙を吐きながら走るSLの写真もあった。
味わい深いモノクロームの世界に、しばし過去にタイムスリップするのだった。
綺麗に清掃されたホームがとても感じが良くて、待合室には座り心地がいい手作りの座布団が敷かれていた。
前回訪ねた時には、このベンチの座布団の上で、大きな三毛猫くんが、お昼ねしていたりするくらい長閑だった。
この駅で降りた乗客はわたし一人だった。駅長さんが自ら改札口に立って切符を受け取ってくれた。

                  

駅舎から出ると、赤い丸ポストや、駅の名前を書いた古い木の看板がある。きっと旧駅舎の名残なのだろう。
そして駅舎を覆うような大きな桜の樹がある。
その木の下には、いつものタクシーが止まっていて運転手さんが所在なげにしているのだった。
向かい側には、もっと古い桜の樹があった。桜の頃はさぞ見事だろうなぁ…今度は桜の季節にも訪れてみたい。
早くも次回の訪問の時季を考え始めているわたしがいたりして…(笑)
数本の紅梅の樹が満開で、とても綺麗。わたしは早速カメラに収めた。


                  

いつものコンビニでお茶とおにぎりを調達し、双眼鏡を首からぶら下げ、カメラを片手に歩き出す。
もう、勝手知ったる我が町のような気持ちになっていた。
とは言いながらも、まっすぐに着かないのが、わたしのいつもの常なのだった(笑)

さて、第一の寄り道ポイントは都幾川に架かる橋。いつもセキレイやキセキレイ、
それに番のアヒルが迎えてくれるポイントだ。
今日はどうかな?と、わくわくしながら、木々に囲まれた坂道を曲がり降りていく。
いたいた、川原で仲良くアヒル君たちはお昼寝中、白い羽毛を時折、風が微かに揺らしている。
ウン?寝たふりなの?首も上げずに、一羽のアヒルが眼を開けて、わたしの顔を見上げていた。
キセキレイたちも翼の下の美しいレモンイエロー羽毛を、碧色の川面に映えさせて、忙しく飛び交いながら賑やかに囀り交わしていた。

                  

今回は、マガモたちがたくさんいた。オスの頭の綺麗なグリーンの羽毛が陽射しに輝いていた。
マガモたちが、羽ばたくと目の覚めるような翼のブルーが美しく輝いて見える。次々に川面に舞い降りては、
一列に並んで泳いでいったり、頭だけを水に突っ込んで魚を捕ったりしていた。
川の中州にある堤防の上には、のんびり日向ぼっこしているカモたちに混ざって一羽のカワウも長い首を伸ばしていた。

         
               マガモたちに混じってカワウの姿も…

         

第二の寄り道ポイント。小さなお寺の屋根が見える交差点。
初めて一人で高野倉に訪れた日、地図も忘れて、住所も知らず、右も左も判らないまま、それでも何とかなるさと歩いていた。
ちょうど、この交差点で、信号待ちをしている車が逢ったので道を訪ねたら、
『初めてでは判りづらいから、乗せて行って上げましょう』と高野倉まで送ってくださった親切な女性に出合った思い出の場所だ。

          


初夏の頃は、青空を仰いで、赤やピンクのタチアオイの花が農道沿いに咲き続いていた場所。
秋にはオミナエシの黄色い花が咲き、遠くに黄金色の稲穂が風に揺れている田んぼが、どこまでも続いているのが見える場所。

晩秋には、チガヤの白い穂が、まるで水の流れのように波打っている休耕田や、ニシキギの紅い実や、ムラサキシキブの薄紫
の実がたわわになっているのを見つけて思わず心惹かれた場所。

そして今は、鉢植えにして出荷するのだろうか?三色スミレの苗がたくさん栽培されていた。遠くの田畑は一面セピア色…。
小さな赤い屋根のお寺があって、保育園になっているらしく境内にには、いくつかの遊具がある。
なんだか仄々して、いい感じだなぁと思う。

          

          
  
         
                  春の野辺で働く農夫   

第3の寄り道ポイント、それは、カワセミがいた溜池。
今日はカイツブリの番がのんびり湖面を泳いでいた。
見ていると、時折羽ばたいてすごいスピードで湖面を蹴るように飛んだりする。
かと思うと、いきなり頭から水に潜り、今か今かと待っていると、とんでもなく離れた場所から顔を出す。
カイツブリはシュノーケルの天才かも…(笑)
見ていると飽きないんだけれど、どんどん遅くなってしまうのでこの辺で。

        
              寄り添って泳ぐ、カイツブリ…仲がいいね(^^♪

        
           静かな湖面に波紋を残して、カイツブリはさっと潜ってしまった。


        
                池の中ほどに、不思議なオブジェがあった。

今回は、寄り道3つ目までで、高野倉到着した。それでも、1時間ちょっとかかってしまった。
常緑樹の鬱蒼とした森に囲まれた坂道の彼方には、もう、明るい田園風景が見えている。
この坂を降りきって、右に曲がれば、心優しき里山が広がってわたしを迎えてくれるはず。
わたしの歩調は嬉しさに早くなった。坂道を駆け下りるように一路、高野倉へ。むじなさんに逢えるかしら?
         

畑中の道を自転車で行く子ら。いいなぁ、懐かしいような光景に胸がきゅんとなる。
一昔前のようなそんな長閑な時間にタイムスリップしそうだった。

         

大きな門構えのお屋敷。ここが、むじなさんの高野倉歳時記に出てくる旧山崎家かしら?

         

高野倉に来たら、真っ先に訪れる場所は此処。
八幡神社の入り口に祭られているイチイガシの巨樹。何度訪れても素晴らしいと思う。
大きく根を張り、枝を茂らせ、高野倉の田畑を見守っているように見える。
「また、来ましたよ。よろしくね」思わず話し掛けながら写真に収める。
この偉大な姿を上手く伝えられたらいいのだけれど。

  
  木の中ほどにある雨露に、アオバズクが住み着いていたことがあったという。

時間があったなら、裏山のモミの巨樹にも逢いたいけれど、もう、1時を回っているからまたこの次の機会かな。
公園になった広場を囲むような藪椿の巨木も、まだ花には早いようだった。

        

昨年の6月に蛍を見に訪れた時、キンケイギクが美しく咲いていた畑の中を横切る細い道に入っていく。
この道は、真夏の通り雨にミソハギの花がしっとりと紅紫に咲き濡れていた道だった。
わたしはこの時初めてミソハギという花を美しいと思って見つめた気がする。
瑞々しい稲の緑に染まる田の縁で、その花は一際大きな群落を作って咲いていた。
盆花の印象が強いからだろうか、先祖代々の人々の魂がこの土地を見守っているような気がしたのだった。
高野倉という土地に何故か懐かしさを感じ、心の居場所のような感覚を抱いたのはこの時からだったと思う。
初秋にはキバナコスモスや、色とりどりのコスモスが可憐に揺れていた道、遠くに笠山がぼんやりと春霞に霞んで見えていた。

         

ふと、猫柳の銀色の芽が視界に入った。大好きな猫柳だったから、当然、三脚を広げて丁寧にアングルを決めて撮り始めた。
萌え始めた早春の雰囲気を出したい。こうなるとわたしは夢中になってしまう。
無心でファインダーを覗きながら、被写体と向き合っている時が、とってもしあわせなのだった。
けして、上手くもないし、写真の技術もあまり良く判っていない素人だけど、一人前のカメラマンみたいな
素振りで撮っているように見えるかもしれない…ちょっと恥ずかしいのだけれど…(・・;)

        

あれこれ、夢中で撮っていたら、ゆっくりと進んでくる車がある。わたし、進路を邪魔しちゃってるのかしら?
慌てて顔を上げ三脚をどかそうとしたら、運転手さんは笑顔でこちらを見ている。
最近、目の悪いわたし、よくよく見たらむじなさんだった。
「こんにちわ〜♪」とご挨拶、車にはお嬢さんも乗っている様子、お出かけかしら?
むじなさんは、いつもの明るい笑顔を向けた。
『悪いね。あいにくこれから出かけちゃうんだよ。さっき柿の木畑を覗いたら、ちらほら咲き出していたよ』

                 

聞けば、PCのモデムが壊れてネットが繋がらなくなったとか。
わたしは、てっきりモデムの修理に向かわれるのかと勘違いしていたが、むじなさんはお母さんのお見舞い
に病院へ向かうところだったそうだ。
気の利いたお見舞いも申し上げられなかったが、お母様の病状も少し安定されているとの事、むじなさんの表情が明るかったのでほっとしたわたしだった。

                  

さて、今日の目的の福寿草を探しに行かなければ…。ところで、柿の木畑ってどこにあるの?
何となくむじなさんと暗黙のうちに、「柿の木畑の福寿草」で、話が通っていたけれど、よくよく考えて見たら
はっきりとしたその場所を教えて貰っていなかったのだった。
確か、稲刈りの頃、一人で高野倉を訪ねた時、むじなさんが栗の木畑へ連れて行ってくれ、栗の実を拾ってくれたことがあった。
わたしはずっとそこだと思い込んでいたけれど、ん?よく考えたら福寿草が咲いているのは、栗の木畑じゃない…柿の木畑だったのだ(汗)

               

もし、見つからなかったら…と一瞬、焦ったけど。すぐに持ち前の暢気なわたしに戻っていた。
「なんとかなるさ。どうしても見つからなかったら、誰かに聞いてみよう」
そして、テクテクとこちらと思う方角へ、あてずっぽうで歩いていった。

やっぱり〜(・・;)あの、栗の木畑には、福寿草の姿はなかった。(がっくり)
もう、2時を回っているし、お腹もすいてきた。もうちょっと行ってなかったら、まずはおにぎりでも食べて考えよう…。
すると、少し先の畑で作業をしている数人の農家の方がいるのが目に入った。
あの人たちにお聞きしてみよう。にわかに元気を取り戻して歩き始めた。「こんにちわ〜♪」元気良く挨拶をして下を見たら、あった〜♪

                  

なんと、その畑は柿の木畑だったのだ。
一列に並んだ柿の木の根元に、ほっこりと柔らかそうな枯草の中に、これまた一列に、たくさんの蕾をつけた福寿草が顔を出していた。
思っていた通り…まるで春の陽射しみたいにキラキラと輝くように咲いていたのだった。

この花に逢うために、はるばる青梅から来たのだ。しかも、2年越しの思いだった。
嬉しさに、思わず顔がほころんでいた。「お仕事中、すみません。福寿草を撮らせていただけませんか?」
作業をしていた方たちは、快く『どうぞ、どうぞ』と笑顔を向けてくれた。

「すいません、中に入ってもいいですか?」と、さらにずうずうしいお願いをする。
『構いませんよ。どうぞ、どこでも入ってください』やっぱり、優しい笑顔だった。
「ありがとうございます」わたしは、ぺこりとお辞儀をすると、すぐに撮影に取り掛かった。
高野倉の人たちは、本当に優しくて素敵な人たちだ。
気にしなくていいよというように、何も言わず、黙々と作業を続けてくれた。

わたしは、地面にめいっぱいカメラを近づけて、かがみこみながら、美しい福寿草の花と向い合えたのだった。
いま、開いたばかりのような、どこも痛んでいない瑞々しいレモン色の花が、緩やかな午後の陽射しの中で柔らかく歌っていた。
やっと出逢えたね。うれしいよ。あなたもうれしいのね?心の中でそんな風にささやきながら…夢中で写真を撮った。
お腹が空いたのも、もうすっかり忘れてしまっていた。

心ゆくまで撮らせていただき、ほんとうにありがたかった。
畑の方たちにお礼を言い、ちょっと名残惜しかったけれど福寿草たちに別れを告げた。

                                   

少し、農道を歩いてみたが、もう、3時になってしまったので、この辺から引き返すことにした。
少年の樹と名付けたミズキのそばで、その木を眺めながら遅めのお昼を食べることにした。
草の土手に腰を下ろしたら柔らかな春の匂いがした。

                

                                        少年の樹

                
                                    この樹もりっぱな樹、梅の木かな?

遠くで、枯草を焼いていた。野焼きの薄煙が、傾き始めた午後の陽射しの中を、ゆっくりと流れていた。
何とも言えない懐かしい匂いに、心の中のふるさとが揺り動かされたような気がした。

                 

                  

お堂山に差し掛かった時、紅梅の木の下の草薮で、聞き覚えのあるか細い鳴き声がした。
盛んに鳴き交わしている…わたしは、じっと耳を澄ませて聞き入っていた。この声は、ベニマシコかしら?
わたしは、双眼鏡を手にして、草叢に眼を凝らした。
しばらくして、赤いその鳥は藪の上に姿を見せた。やった〜♪
わたしは、ドキドキしながら双眼鏡を覗いた。やっぱり、とっても綺麗な雄のベニマシコだった。
近くにまだ、数羽いるようだった、微かにもう1羽の姿も草陰に見つけたが、なかなか上には上がってくれないので
はっきりとは判らないけれど雌のような気がした。
傾き始めた西日が、枯草をより暖かそうな色に輝かせていた。
まだ、ベニマシコたちは囀っていたけれど、そろそろタイムリミットだった。

残念だけれど、わたしは、高野倉に別れを告げて歩き始めた。
4時5分の電車に乗りたい。もう、3時半だった。
ゆっくり歩いて1時間の道のりを、30分で帰らなければならない。
またまた、いつもの癖でぎりぎりまで遊んでしまうから後がきつくなるんだよね。。。反省。

                   

わたしは、帰りはわき目も振らず、早足で歩き出した。何としてもその電車に乗りたい。
そうすれば5時半には家に帰れるはずだった。
半分ほど来た所で、むじなさんの車と行き会った。
「むじなさん、福寿草、見れましたよ」と、ご報告。少し立ち話をして別れた。
突然のお母様のご病気で、きっとご心労だったことと思っていた。
サイトのお友達たちもみなさん心配していたことだろう。
今日、こうして元気そうなむじなさんのお顔が見れて少しホッとした。
行きと帰りに2回も逢えるなんてラッキーだったと思う。

さあ、もう少し、わたしは、まるで地元の人のように、近道を覚えてしまっていた。
線路の土手に沿って、民家の間の細い路地に入り込む。4時5分前に駅に到着した♪
やったね!なんと25分で着いたことになる。凄いね。われながらびっくり(笑)

                   

最寄の駅で、家に電話を入れたら、息子が迎えに来てくれた。
そして、わたしの自転車ごと、愛車、エックストレイルに積み込んでくれた。ちょっと歩き疲れていたからありがたかった。
心地よい疲労感に包まれて、予定通り、5時半に我が家に辿り着いたのだった。
早春の高野倉の、暖かい思い出を胸に…

                                                                                        2006.02.19