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アケビの実                  

歓迎光臨

 
                    アケビ棚
   
鴻雁来・菊花開 - 通草実る

      山径にあけび喰うて秋深し      白鳥省吾

 いちいち数え上げるまでもなく、10月は一年の中でもっとも果物が豊富に出回る月だろう。そんな果物の中で、一番郷愁を感じるのが、アケビである。子供の頃、山の中に入って、あけびをとったことが未だに忘れなれない。それはまるで若い時代に夢中になった映画の名作に再びあいまみえたと同じ感動を呼び起こすのだ。

 アケビの薄紫の色がいい。ザクロのように実が裂けて果肉がむき出しになる姿も奇妙だ。ざくろは真紅の実が覗けるが、アケビの果肉は乳白色で、果皮の紫に合う。ざくろのように種が邪魔になるが、果肉は上品な甘さに満ちていて大好きだった。

  私は東京生まれの東京育ちで、里山近くに暮らす経験はわずかに先の大戦末期の一時期、東京の戦禍を避けて児童の集団疎開で茨城県水戸市から奥まった農村とそこも戦火に巻き込まれるおそれがあって、さらに遠く東北の秋田県と山形県の国ざかいにある鳥海山北麓の町に集団で疎開した一年あまりしか経験がない。

 この貴重な1年間ほどの期間に、山に入ってヤマツツジの赤い花を摘んできて塩漬けにして食したり、桑の実や蓮の実を食べたりしたが、多分この時期にアケビも食べたのであろう。そのあたりの記憶が定かでない割に、そのほのかな紫色、細長い果実が縦にパックリ割れた奇妙なな姿、何よりもましてその果肉の甘さが、脳裏に焼き付いて未だに忘れられないでいる。

  通草の実ふたつに割れてそのなかの乳色なすをわれは惜しめり

            ( 齋藤茂吉第12歌集「寒雲」 昭和13年-1938年)
    朝々に立つ市ありて紫ににほへる木通の実さへつらなむ
            (,齋藤茂吉第13歌集「のぼり路」昭和15年-1940.年 )
  * 通草、木通は「アケビ」と読む。漢名に由来する。文人、風流人により、詩、和歌、
   俳句などでよく用いられた。
  

 その後半世紀以上経過したが、その間わずかに茨城県のゴルフ場で、コース脇にアケビの棚があり、まだ青い実が成り下がっているのを見たが、それきりであった。

 それがなんと、たまたま9月下旬に近くのスーパーで数個のアケビが1個200円程で売られているのを見た。ただ、裂果していないので、店員に大丈夫かと聞いたが、店員はそんなこと知らず、分かんないということだったので、買わずじまいになった。それから数日後、通りすがりの道路脇で駐車中の宅配便の運転席のダッシュボード上に数個のアケビが無造作に置かれているのを見た。これらも裂果していないものばかりだった。だが、おそるべし。半世紀以上も一度しか目にすることのなかったアケビに、旬日を経ずしてそれも都会生活の只中で、2度もこの目でそれを見る機会があったということは、この稿をまとめている最中で、いつになく敏感になっていたのだろう。もしかして、普段ならこんなこと気づかずに通り過ぎていたかもしれない。有縁了!

 あけび一つ机の上に載せて見つ惜しみ居れども明日は食はむか
            
(斎藤茂吉第16歌集「白き山」昭和22年-1947年)
 斎藤茂吉には多くのアケビの歌があるが、彼の故郷は果実王国山形県、蔵王を仰ぐ金瓶(かなかめ)村(現上山市)で、14歳で上京するまで、自然を楽しみながらここで少年時代を過ごした。また、先の大戦終戦前後、1945-47年には、この古里に疎開している。上の歌は、この時期、近くの肘折温泉の温泉宿で病気療養中に詠ったものである。きっと幼い頃に味わったアケビを懐かしみ「惜しんで」眺めていたのであろう。今でもわずかに日本の流通市場に出回っているアケビの8,9割は山形県で栽培されたものである。

 斎藤茂吉は上京後、医学を学んで、養子縁組をした斉藤家の家業、精神病院を継いだが、その傍ら豊かな感性を活かし、和歌の道にも勤しみ、1906年、伊藤左千夫の門下となり、アララギ派の中心歌人のひとりとして活躍する。茂吉には果物天国山形県の木の実を歌った和歌が多い。それらの和歌は、必ずしも彼の代表的な和歌には選ばれていないが、いずれも素朴ながら、少年時代を過ごした故郷の思い出が溢れている。

 現在私が住んでいる千葉県松戸市の下矢切には、アララギ派の創始者であり、小説「野菊の墓」の名作を残した伊藤左千夫の記念碑がある。この名作の一節にこうある。* これまた奇しくも、伊藤左千夫の墓は、東京江東区の亀戸天神近くの妻の実家と背中合わせに立つ亀戸普門院(正式名は、福聚山善應寺)にある。

 ” 「ほんとに政夫さんの御厄介ですね……そんなにだだを言っては済まないから、ここで待ちましょう。あらア野葡萄(えびづる)があった」
 僕は水を汲んでの帰りに、水筒は腰に結いつけ、あたりを少し許り探って、『あけび』四五十と野葡萄一もくさを採り、竜胆(りんどう)の花の美しいのを五六本見つけて帰ってきた。”   * もくさ=もぐさ?えびづるの葉裏の褐色毛は艾(もぐさ)の代用になる。
 この切なくも悲しい小説は、つぎのこの余りにも感傷的な一節で終わっている。
  ” 民子は余儀なき結婚をして遂に世を去り、僕は余儀なき結婚をして長らえている。民子は僕の写真と僕の手紙とを胸を離さずに持って居よう。幽明遙(はる)けく隔つとも僕の心は一日も民子の上を去らぬ。”
 
 この小説の初出は「ホトトギス」誌の明治39年1月号 (1906年) である。全くの創作とも思えないので、明治半ばでも東京から江戸川をまたいだだけの矢切で、「少し計り探って」あけびが四五十も簡単に採れたとは、東京近郊の都市化が急速に進んだものだな、と感慨深い。
                                                         (2017.10.10記)   
 
 2018年の旧暦正月1日の春節は2月16日、中国政府はまだ公式発表をしていないが、台湾政府は既に発表済みで、それによると2月15日の大晦日を含めて、2/15-2/20までを春節の6連休としている。中国政府はこれまで春節を7連休としているので、おそらく2018年も2/21までを休日とすると予想されるが、中国政府は年末までに正式発表を行う。
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Updated: Oct., 2017 .

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