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東西南北と三角定規の斜辺 80520−1

日本のレイラインのデータ


新聖地相学世界編「風水先生レイラインを行く」荒俣 宏著

第14章 大和にこもれる(太陽の道)

鹿島神宮の本殿は、他にあまり類を見ない古い造りの建物といわれる。

伊勢神宮をはじめとして、ふつう神社本殿は南を向き、また御神体も南向きになるのがならわしなのに、ここは北を向いている。

しかも、内に安置された御神体は、なんと東を向いているのだ。

諏訪ー鹿島レイラインの研究   比叡山延暦寺と天智天皇陵

太陽の道   鹿島神宮 2 鹿島ー諏訪レイライン

東西線と緯線の違い

対  象 北 緯,東 経 方位角(逆)/距離 備  考
出雲大社
洛陽駅前
352406.8,1324108.0
344112.5,1122546.4
273°25
(81°43′)
1,847(km)
真西より北に
3°25偏す
出雲大社
出雲大社真西
352406.8,1324108.0
334109.2,1122546.4
270°00
(78°26′)
1,866(km)
洛陽駅前
と同経度


御来光の道に関するデータ

対象 北緯,東経 方位角(逆)/距離 →玉前神社 日出時
玉前神社 352233.8,1402138.1      
寒川神社
玉前神社
352246.6,1392259.9
352233.8,1402138.1
89°58′
(270°32′)
89(km)
89°58′
(270°32′)
89(km)
 
富士山
寒川神社
352146.4,1384353.2
352246.6,1392259.9
88°01′
(268°24′)
59(km)
88°58′
(269°54′)
148(km)
 
敬慎院
富士山
352235.2,1382128.1
352146.4,1384353.1
92°26′
(272°39′)
34(km)
89°26′
(270°36′)
182(km)
 
伊吹山
敬慎院
352504.2,1362422.7
352235.2,1382128.1
90°55′
(272°03′)
177(km)
89°36′
(271°53′)
359(km)
 
都久夫須麻神社
伊吹山
352513.1,1360839.0
352504.2,1362422.7
90°35′
(270°44′)
24(km)
89°31′
(271°57′)
383(km)
 
皇大神社(福知山市)
都久夫須麻神社
352548.5,1350916.1
352513.1,1360839.0
90°25′
(270°59′)
90(km)
89°13′
(272°14′)
473(km)
 
大山
皇大神社(福知山市)
352223.7,1333243.2
352548.5,1350916.1
87°04′
(268°00′)
146(km)
88°00′
(271°57′)
619(km)
 
荒神谷遺跡
大山
352235.4,1325109.3
352223.7,1333243.2
90°08′
(270°32′)
63(km)
87°50
(272°11′)
682(km)
 
出雲大社
大山
352406.8,1324108.0
352223.7,1333243.2
92°05′
(272°35′)
78(km)
88°01′
(272°28′)
697(km)
 

観察地点
御来光方向
出雲大社
大山
荒神谷
大山
大山
皇大神社
皇大神社
竹生島
竹生島
伊吹山
伊吹山
敬慎院
敬慎院
富士山
富士山
寒川神社
寒川神社
玉前神社
北緯(度 35 24 35 23 35 22 35 26 35 25 35 25 35 23 35 22 35 23
東経(度 分) 132 41 132 51 133 33 135 09 136 09 136 24 138 21 138 44 139 23
日出時刻 06:13 06:12 06:09 06:03 05:59 05:58 05:50 05:49 05:46
距離 78km 63km 146km 90km 24km 177km 34km 59km 89km

方位角

92°05′ 90°08′ 87°04′ 90°25′ 90°35′ 90°55 92°26′ 88°01′ 89°58′

玉前神社
への方位

88°01′ 87°50′ 88°00′ 89°13′ 89°31′ 89°36′ 89°26′ 88°58′ 89°58′
玉前神社
への距離
697km 682km 619km 473km 383km 359km 182km 148km 89km
創建年の目安
以前↑・以後↓
出雲大社
765年↑
大神山神社
867年↑
皇大神社
877年↑
竹生島神社
724年↓
敬慎院
1297年↓
浅間神社
853年↑
寒川神社
927年↑
玉前神社
884年↑

〔創建年の目安〕 岡田米夫著「神社」を参照し、「延喜式 神名帳」=「平安時代の律・令・格の施行細則を集成した法典で、醍醐天皇により延喜五年(905)八月に編纂を開始、二十二年後の延長五年
(927)十二月に完成した」より古い記録がないものについては、「927年↑」とした。

日出時刻は、日月出没時刻方位サービスにより、2008年3月20日(春分の日)の観察地点における、眼高4.6m地点から見た太陽上辺と水(地)平線が一致する瞬間を求めたもの。


    御来光の道の西端に位置する出雲大社  
南を向いた参道の真横から、 春分の太陽が昇ってくる

七面山敬慎院前の御来光広場から
2006年.3月21日に撮影したダイヤモンド富士

歴史

玉前神社

千葉県一宮(いちのみや)町にある神社。祭神は玉埼神(たまさきのかみ)(玉依姫命(たまよりひめのみこと))。上総国の一の宮。九月一三日の例祭に行われる裸祭りは有名。

永禄年間(1558年〜1570年)の戦火により社殿および古記録等が焼失したため、創建年代は不明であるが、少なくとも鎮座以来1200年以上経過していることは間違いないといわれる。

寒川神社

神奈川県高座郡寒川町にある旧国幣中社。祭神は寒川比古命・寒川比女命。北条・徳川氏など武家の崇敬をうけた。相模国一の宮。

神亀4年(727年)に社殿建立と伝える記録があるが、公式には承和13年(846年)に仁明天皇から従五位下を授るという記録(続日本後紀)がある。

宝厳寺

現在は宝厳寺と都久夫須麻神社という「寺」と「神社」に分かれているが、このように区別されるようになったのは、明治時代初期の神仏分離令以降のことであり、竹生島では平安時代から近世まで神仏習合の信仰が行われていた。

延喜式神名帳には、近江国浅井郡の社として都久夫須麻神社の名があり、祭神は浅井姫命(あざいひめのみこと)とされていた。

浅井姫命は、浅井氏の氏神とも言われ、湖水を支配する神とも言われるが、平安時代末期頃から、この神は仏教の弁才天(元来はインド起源の河神)と同一視されるようになったようである。

近世には宝厳寺は観音と弁才天の霊場として栄える一方で、都久夫須麻神社は宝厳寺と一体化し、寺と神社の区別はなくなっていた。

宝厳寺は奈良時代、聖武天皇の命により、僧・行基が開創したとされている。

行基は出身地の河内国(大阪府南部)を中心に多くの寺を建て、架橋、治水灌漑などの社会事業にも尽くし、民衆の絶大な支持を得ていたとされる僧であり、近畿一円に行基開創を伝える寺院は多い。

宝厳寺の寺伝によれば神亀元年(724年)、行基が竹生島を訪れ、弁才天を祀ったのが起源とされているが、承平元年(931年)成立の『竹生島縁起』には、行基の来島は天平10年(738年)で、小堂を建てて四天王を祀ったのが始まりという。

同縁起によれば、天平勝宝5年(753年)、近江国浅井郡大領の浅井直馬養(あざいのあたいうまかい)という人物が、千手観音を造立して安置したとある。

当初は竹生島大神宮寺と称し、東大寺の支配下にあったが、平安時代前期、10世紀頃から近江国の他の多くの寺院同様、比叡山延暦寺の傘下に入り、天台寺院となった。

以降、島は天台宗の僧の修行の場となった。また、平安時代末期頃からは観音と弁才天信仰の島として栄えた。

中世以降、貞永元年(1232年)、享徳3年(1454年)、永禄元年(1558年)などに大火があったが、その都度復興している。

永禄元年の大火後、慶長7年−8年(1602−1603年)、豊臣秀頼片桐且元に命じて伽藍を復興している。

この際復興されたのが唐門、渡廊、観音堂、ならびに弁才天社(現・都久夫須麻神社本殿)である。

中でも唐門と都久夫須麻神社本殿は、豊国廟(京都東山にあった豊臣秀吉の霊廟)または伏見城の遺構を移築したものといわれる。

甲州身延山・ダイヤモンド富士

『関東の富士見百景』にも選定されている身延山山頂からの眺望。霊峰富士は季節毎に様々な表情を見せ、見る者を飽きさせる事がありません。とりわけ、春(3月中旬)秋(9月下旬〜10月初旬)のほんの数日間富士山頂中央部から朝日が昇り、ダイヤモンドリングのように輝く珍しい自然現象 ──「ダイヤモンド富士」は幽玄かつ神秘。そのダイヤモンド富士を、身延山ロープウェイでは手軽に観る事が出来ます。

冬の七面山オオガレ遠望。身延山奥の院より望む。

奥之院からの眺め

山梨県身延町身延山山頂からの富士山

身延山は、日蓮宗総本山の久遠寺の代名詞として昔から知られた山です。

1153mの山頂には奥の院の思親閣があり、東側の展望所からは毛無山山塊の上に富士山、眼下に身延の町並みや蛇行して流れる富士川が見渡せます。

西側の展望所からは七面山や荒川三山・白峰三山・鳳凰三山などの南アルプスの山々や早川渓谷の好展望が楽しめます。

 富士山までの距離:28.5km/方向:98.1° 

撮影日:平成13年9月24日
<写真提供:静岡県富士市 黒川道雄さん>

寒川神社(方位線と歴史)

対  象 北 緯,東 経 方位角(逆)/距離 備  考
寒川神社
玉前神社
352246.6,1392259.9
352233.8,1402138.1
89°58′
(270°32′)
89(km)
 
寒川神社
富士山
352246.6,1392259.9
352146.4,1384353.2
268°24′
(88°01′)
59(km)
 
寒川神社
大山
352246.6,1392259.9
   
寒川神社
鷹取山
352246.6,1392259.9
   
寒川神社
平塚八幡宮
352246.6,1392259.9
   

影嚮石の「影嚮」について、大辞林には次のようにあります。

ようごう[やうがう] 0 【影向・響・嚮】
仏・菩薩また神などが仮の姿をとって人々の眼前に現れること。また、その姿。

富士山頂から昇る日の出が観測できるエリアと期間

場所 標高 期間
竜ヶ岳 1,485m 12月 3日?1月 9日頃
高 下 △611m? 12月22日?1月 3日頃
富士見山 1,640m  2月 9日頃 11月 4日頃
毛無山 1,964m  2月16日頃 10月28日頃
身延山 1,153m  3月12日頃 10月 3日頃
七面山 1,989m  3月22日頃  9月23日頃
八紘嶺 1,918m  4月 6日頃  9月 8日頃
三石山 1,173m  4月10日頃  9月 4日頃
山 伏 2,014m  4月12日頃  9月 1日頃
長者ヶ岳 1,336m  4月19日頃  8月26日頃
思親山 1,031m  5月17日頃  7月28日頃
十枚山 1,726m  5月15日頃  7月31日頃
篠井山 1.394m  6月 5日頃  7月 9日頃

身延山頂東側展望台より望む駿河湾・伊豆半島(房総半島までは無理?)

絵で読む日蓮聖人のご生涯

敬慎院―久遠寺―富士山

対  象 北 緯,東 経 方位角(逆)/距離 備  考
影嚮石
富士山
352303.4,1382125.8
352146.4,1384353.1
93°52′59″
(274°05′59″)
34,091(m)
 
敬慎院
富士山
352235.2,1382128.1
352146.4,1384353.1
92°25′41″
(272°38′40″)
33,985(m)
春分・秋分
3月21日頃
9月23日頃
身延山
富士山
352351.1,1382458.5
352146.4,1384353.1
97°33′08″
(277°44′05″)
28,894(m)
3月12日頃
10月3日頃
奥ノ院
富士山
352350.3,1382501.3
352146.4,1384353.1
97°31′21″
(277°42′16″)
28,821(m)
 
久遠寺
富士山
352254.9,1382533.1
352146.4,1384353.1
94°15′34″
(274°26′10″)
27,847(m)
 
敬慎院
久遠寺
352235.2,1382128.1
352254.9,1382533.1
84°22′23″
(264°24′45″)
6,214(m)
 
久遠寺
高座石
352254.9,1382533.1
352258.9,1382451.1
276°38′12″
(96°37′48″)
1,067(m)
 
久遠寺
影嚮石
352254.9,1382533.1
352303.4,1382125.8
272°25′23″
(92°23′00″)
6,247(m)
 
高座石
影嚮石
352258.9,1382451.1
352303.4,1382125.8
271°32′59″
(91°31′00″)
5,183(m)
 
身延山
影嚮石
352351.1,1382458.5
352303.4,1382125.8
254°42′05″
(74°40′02″)
5,565(m)
 
身延山
敬慎院
352351.1,1382458.5
352235.2,1382128.1
246°14′34″
(66°12′32″)
5,802(m)
 
身延山
七面山
352351.1,1382458.5
352213.4,1382102
243°15′03″
(63°12′46″)
6,685(m)
 

御来光の道と五芒星

地図を開けば、遺跡が一列に並んでいるように見える直線を見つけることはそう難しいことではない。

にもかかわらず、レイラインの存在を認める動きは学術的には主流とは言えない。

その理由としては、レイラインが実在するならば、古代の人々がどうしてそのような直線性を持たせたのかが不明であり、さらには存在するかに見えるその直線性はまったくの偶然にでも発生するのではないかという疑いをぬぐえないためである。

こうした事態について解釈を試みる領域はいくつかあり、次のとおりである。

晴明神社(せいめいじんじゃ)

寛弘2年(1005年)に晴明が亡くなると、時の一条天皇は晴明の遺業を賛え、晴明は稲荷神の生まれ変わりであるとして、寛弘4年(1007年)、その屋敷跡に晴明を祀る神社を創建した。当地の社地は広大なものであったが、戦火や豊臣秀吉の都市整備などにより次第に縮小し、社殿も荒れたままの状態となった。幕末以降、氏子らが中心となって社殿・境内の整備が行われ、昭和25年(1950年)には堀川通に面するように境内地が拡張された。

安部清明あべの せいめい/はるあきら/はれあき、延喜21年(921年)? - 寛弘2年9月26日(1005年10月31日))は、平安時代の最も有名な陰陽師の一人であり、鎌倉時代から明治時代初めまで陰陽寮を統括した安倍氏土御門家)の祖である。

当時最先端の呪術・科学であった「天文道」や占いなどの陰陽道の技術に関して卓越した知識を持ったエキスパートであり、平安貴族たちの信頼を受けた大陰陽師で、その事跡は神秘化されて数多くの伝説的逸話を生んでいった。道摩法師(蘆屋道満)とはライバル関係にあった。また、平将門の子の平将国が安倍晴明ではないかという説もある。

後世に陰陽道の経典となる秘伝書『??内伝』(ほきないでん、別名『金烏玉兎集』)の著者に仮託されている。実際の晴明の著作としては土御門家に伝わった占事略决がある。

特に近年では夢枕獏の小説(のち漫画・映画化)のヒットにより、京都にある晴明神社が人であふれかえるほどの大ブームとなった。

浮かび上がる五芒星の謎

近畿地方の相互に関連する聖地を結ぶと現われる五芒星。五角形の一辺110kmでそれに内接する五芒星の一辺は180km

 五角形の上辺は、「御来光の道」の一部を成し、五芒星の中心では、富士山‐伊弉諾神社、出雲大社‐伊勢内宮を結んだそれぞれ約350kmのライン、そして熊野本宮‐明日香京‐平城京‐平安京ラインが交差する。

 いったい、誰がこんな「設計図」を引いたのか?

大地に描かれた「五芒星」    五芒星(ウイキペディア)

レイライン     近畿の五芒星を巡る    民俗・地理学のフィールドから

富士山を巡る不思議なパワー   寒川レイライン   レイライン(否定的解説)

レイラインと地震光(参考書を読んでいる)

伊勢・元伊勢ライン浮かび上がる五芒星の謎 


スピリチュアル カウンセリングと神社・聖地の情報より


伊勢・元伊勢ライン 「浮かび上がる五芒星の謎」より


上図についての検討

対  象 北 緯,東 経 方位角(逆)/距離 備  考
伊弉諾神宮
皇大神社(元伊勢)
342736.8,1345109.0
352548.5,1350916.1
14°18′
(194°29′)
111(km)
111(km)
伊弉諾神宮
伊吹山
342736.8,1345109.0
352504.2,1362422.7
52°45′
(233°38′)
177(km)
 
伊弉諾神宮
富士山
342736.8,1345109.0
352146.4,1384353.2
73°07′
(255°20′)
368(km)
東17度
368(km)
伊弉諾神宮
皇大神宮(内宮)
342736.8,1345109.0
342717.6,1364333.0
89°40′
(270°44′)
172,(km)

緯度差19秒
伊弉諾神宮
熊野本宮大社
342736.8,1345109.0
335025.7,1354624.1
128°44′
(309°15′)
109(km)
109(km)
皇大神宮(内宮)
伊吹山
342717.6,1364333.0
352504.2,1362422.7
344°48′
(164°37′)
111(km)
111(km)
皇大神宮(内宮)
皇大神社(元伊勢)
342717.6,1364333.0
352548.5,1350916.1
307°27′
(126°33′)
180(km)
 
皇大神宮(内宮)
出雲大社
342717.6,1364333.0
352406.8,1324108.0
287°02′
(104°43′)
384(km)
西17度
384(km)
皇大神宮(内宮)
熊野本宮大社
342717.6,1364333.0
335025.7,1354624.1
232°28′
(51°56′)
112(km)
112(km)
熊野本宮大社
伊吹山
335025.7,1354624.1
352504.2,1362422.7
18°10′
(198°32′)
184(km)
 
熊野本宮大社
皇大神社(元伊勢)
335025.7,1354624.1
352548.5,1350916.1
342°20′
(161°59′)
185(km)
 
皇大神社(元伊勢)
伊吹山
352548.5,1350916.1
352504.2,1362422.7
90°20′
(271°03′)
114(km)
緯度差44秒

114(km)
皇大神宮(内宮)
富士山
342717.6,1364333.0
352146.4,1384353.2
60°38′
(241°47′)
209(km)
伊弉諾神宮
出雲大社
342736.8,1345109.0
352406.8,1324108.0
298°26′
(117°12′)
224(km)
熊野大社(島根)
伊弉諾神宮
352224,1330413.6
342736.8,1345109.0
121°22
(302°24′)
192(km)
須我神社
伊弉諾神宮
352114.2,1330153.9
342736.8,1345109.0
120°16′
(301°18′)
194(km)
出雲大社
富士山
352406.8,1324108.0
352146.4,1384353.2
88°42′
(272°12′)
549(km)
熊野大社(島根)
富士山
352224,1330413.6
352146.4,1384353.2
88°29
(271°46′)
514,(m)

緯度差38秒
須我神社
富士山
352114.2,1330153.9
352146.4,1384353.2
88°14′
(271°32)
518(km)

緯度差32秒

          世界測地系 → 日本測地系
熊野本宮大社  335025.7,1354624.1→335013.6,1354634.3

楕円体 緯度経度の入力値 GRS80
北緯 33°50′25.70000″
東経 135°46′24.10000″
 
楕円体 緯度経度計算結果 Bessel
北緯 33°50′13.62173″
東経 135°46′34.25929″

∴熊野三山  335026,1354627.2→335013.9,1354637.4

御来光の道と五芒星


山岳信仰

金剛證寺本堂 金剛證寺本堂

この地方の最高峰の朝熊山は古くから山岳信仰の対象となり、825年(天長2年)に空海が真言密教道場として南峯東腹に金剛證寺を建立したと伝えられている。1392年(明徳3年)に鎌倉建長寺5世の東岳文c(とうがくぶんいく)が金剛證寺の再興に尽力したため、真言宗から臨済宗に改宗した。

室町時代には神仏習合から伊勢神宮の鬼門にあたる丑寅(北東)に位置する金剛證寺が伊勢信仰と結びつき、「伊勢へ参らば朝熊を駆けよ、朝熊駆けねば片参り」とされ、入山者が増えることになる。戦国時代から江戸時代初期には統治権力が及ばないアジールとなっており、豊臣秀吉の勘気を受けた尾藤知宣の潜伏先として選ばれた。


本居宣長  奥墓

宣長の墓所。松阪市山室町字高峯にある。
 奥墓(オクツキ)とは墓のこと。宣長は『万葉集』4096番歌「於久都奇(オクツキ)」に、「墓ナリ」と書き添える(『寛永版本万葉和歌集』手沢本)。樹敬寺が一族の墓で夫婦合葬であるのに対し、奥墓は個人の墓で宣長はここに埋葬される。
  「本居宣長之奥墓」と自書した墓石は南面、碑の後ろには山桜が植えられる。墓石以外は、明治8年の山室山神社創祀等度々の改変があり当初の姿を想像することは困難。当初の構想は『遺言書』に図解されるが、その後更に手を加え「改正墳墓図」を作成。碑面文字も『遺言書』の「奥津紀」から、碑面下書「奥墓」と文字を改める。
  奥墓の準備の記録上の初見は寛政12年7月、『遺言書』の執筆に始まる。秋某日、宣長より大平に山室へ墓地の下見に行く相談があったが、大平は吉事でもなく古意に背くと疑義を申し立てた。9月16日夜、講釈終了後、宣長より門弟に明朝5つ(午前7時頃)に下見に出発する旨告げられる。翌17日、12、3人を従え妙楽寺を訪ね、山内に自らの墓所を定める。予定地は「山室山奥墓図」に略図で示す。当日の詠として「山室行詠草」15首が残る。10月4日、土地代1分支払う(『諸用帳』)。寺との交渉は門人三井高蔭が仲介し、譲渡面積の拡張と場所の変更が決定される。10月付本居中衛宛譲り渡し状一札が届けられる。11月17日、住職法誉宛書簡執筆し、礼を述べ和歌山行きのため参上できないことを謝罪。同20日、石屋喜兵衛に石碑代として金1両2分を払う(『諸用帳』)。同日、和歌山に出立し、造営は高蔭が監督した(『夏衣』)。
  翌享和元年3月、和歌山から帰宅後、花見を兼ね山室山に行き植えた桜の花に満足する。また「山室に千年の春のやとしめて風にしられぬ花をこそ見め」はこの頃の心境を詠んだ歌であろう。
  9月29日宣長死去。10月1日夜、この奥墓に埋葬された。『山室の図』の春庭賛(美濃書)によれば、日によっては富士山を眺望することも出来たという。脇には平田篤胤、下がった所に植松有信の歌碑がある。

出雲分院


伊弉諾神宮を中心とした太陽の運行図

伊弉諾神宮
出石神社
342736.8,1345109.0
352855.3,1345213
0°49′
(180°50′)
113(km)
89°11′と
90°0′の
差 49′
伊弉諾神宮
諏訪大社上社本宮
342736.8,1345109.0
355953.8,1380710.2
59°13′
(241°06′)
343(km)
伊弉諾神宮
諏訪大社上社前宮
342736.8,1345109.0
359928.2,1380800.2
59°26′
(241°20′)
344(km)
伊弉諾神宮
諏訪大社秋宮
342736.8,1345109.0
360431.7,1380528.7
57°46′
(239°38′)
345(km)
夏至日の出
29°30′
との差2°44′
伊弉諾神宮
諏訪大社春宮
342736.8,1345109.0
360456.1,1380455.8
57°35′
(239°27′)
345(km)
夏至日の出
29°30′
との差2°55′
伊弉諾神宮
皇大神宮(伊勢内宮)
342736.8,1345109.0
342717.6,1364333.0
89°40′
(270°44′)
172,133(m)
真東
0度との
差 20′
伊弉諾神宮
那智大滝
342736.8,1345109.0
334030.9,1355313.6
132°0351
(312°3838″)
129,238(m)
冬至日の出
28°30′
との差13°38′
伊弉諾神宮
熊野那智大社
342736.8,1345109.0
334007.3,1355324.3
132°13′
(312°48′)
130(km)
冬至日の出
28°30′
との差13°56′
伊弉諾神宮
諭鶴羽神社
342736.8,1345109.0
341351.2,1344854.7
187°42′
(7°40′)
26(km)
真南
180°との
差7°42′
伊弉諾神宮
高千穂神社
342736.8,1345109.0
324223.1,1311805.5
240°27′
(58°29′)
383(km)
伊弉諾神宮
海神神社
342736.8,1345109.0
342751.2,1291659.3
271°38′
(88°28′)
512(m)
真西
270
°との
差1°38′
伊弉諾神宮
出雲大社
342736.8,1345109.0
352406.8,1324108.0
298°26′
(117°12′)
2249(km)
夏至日の入
29
°30′
との差1°4′
伊弉諾神宮
日御碕神社
342736.8,1345109.0
352546.8,1323745.7
298°32′
(117°16′)
230(km)
夏至日の入
29
°30′
との差 58′
須我神社
伊弉諾神宮
352114.2,1330153.9
342736.8,1345109.0
120°16′
(301°18′)
194(km)

出雲大社
熊野本宮大社
352406.8,1324108.0
335025.7,1354624.1
120°34
(302°19′)
332(km)

日御碕神社
熊野本宮大社
352546.8,1323745.7
335025.7,1354624.1
120°33′
(302°20′)
338(km)

熊野大社(島根)
熊野本宮大社
352224,1330413.6
335025.7,1354624.1
123°40′
(305°12′)
301(km)



対  象 北 緯,東 経 方位角(逆)/距離 備  考
伊勢神宮(内宮)
富士山
342717.6,1364333.0
352146.4,1384353.2
60°38′
(241°47′)
209(km)
二見興玉神社
富士山
343031.3,1364716.4
352146.4,1384353.2
61°21′
(242°28′)
201(km)
夏至の日頃
富士山頂から
太陽が昇る
夫婦岩
富士山
343033.5,1364718.2
352146.4,1384353.2
61°22′
(242°29′)
201(km)
夏至の日頃
富士山頂から
太陽が昇る
本居宣長墓
富士山
343127.6,1363011.2
352146.4,1384353.2
64°48′
(246°05′)
224(km)
晴れた日に
富士山が見え
ることがある
朝熊ヶ岳
富士山
342740.1,1364653.6
352146.4,1384353.2
60°08′
(241°15′)
204(km)

----------------------------------------------
日出没・正中時刻及び方位角・高度角計算

計算条件
年 月 2008 年 06 月
地点名 <任意。
緯 度 +034 31 00    経 度 +136 47 00
標準時差 +09:00
----------------------------------------------

月 日    日 出       日  没        日 正 中  
        h  m 方位    h  m 方位    h  m  高度  
 6  1  04:41 ( 62)  19:01 (298)  11:51 ( 78)  
 6  2  04:41 ( 62)  19:01 (298)  11:51 ( 78)  
 6  3  04:40 ( 62)  19:02 (298)  11:51 ( 78)  
 6  4  04:40 ( 62)  19:02 (298)  11:51 ( 78)  
 6  5  04:40 ( 62)  19:03 (299)  11:51 ( 78)  
 6  6  04:40 ( 61)  19:03 (299)  11:52 ( 78)  
 6  7  04:40 ( 61)  19:04 (299)  11:52 ( 78)  
 6  8  04:40 ( 61)  19:04 (299)  11:52 ( 78)  
 6  9  04:39 ( 61)  19:05 (299)  11:52 ( 78)  
 6 10  04:39 ( 61)  19:05 (299)  11:52 ( 79)  
 6 11  04:39 ( 61)  19:06 (299)  11:53 ( 79)  
 6 12  04:39 ( 61)  19:06 (299)  11:53 ( 79)  
 6 13  04:39 ( 61)  19:07 (299)  11:53 ( 79)  
 6 14  04:39 ( 61)  19:07 (299)  11:53 ( 79)  
 6 15  04:39 ( 61)  19:07 (299)  11:53 ( 79)  
 6 16  04:39 ( 61)  19:08 (299)  11:54 ( 79)  
 6 17  04:40 ( 60)  19:08 (300)  11:54 ( 79)  
 6 18  04:40 ( 60)  19:08 (300)  11:54 ( 79)  
 6 19  04:40 ( 60)  19:09 (300)  11:54 ( 79)  
 6 20  04:40 ( 60)  19:09 (300)  11:54 ( 79)  
 6 21  04:40 ( 60)  19:09 (300)  11:55 ( 79)  
 6 22  04:40 ( 60)  19:09 (300)  11:55 ( 79)  
 6 23  04:41 ( 60)  19:09 (300)  11:55 ( 79)  
 6 24  04:41 ( 60)  19:10 (300)  11:55 ( 79)  
 6 25  04:41 ( 60)  19:10 (299)  11:55 ( 79)  
 6 26  04:42 ( 61)  19:10 (299)  11:56 ( 79)  
 6 27  04:42 ( 61)  19:10 (299)  11:56 ( 79)  
 6 28  04:42 ( 61)  19:10 (299)  11:56 ( 79)  
 6 29  04:43 ( 61)  19:10 (299)  11:56 ( 79)  
 6 30  04:43 ( 61)  19:10 (299)  11:57 ( 79)  
-------------------------------------------------


 解 説:出没・・太陽、月の場合は上辺が地平線に接する瞬間
    :方位・・北を0度とし、東回りに測った角度(単位°)
    :高度・・天頂を90度、水平方向を0度として測った角度
    :正中・・その地の子午線を天体が通過する瞬間。
    (高度、方位、正中は、全て天体の中心位置についての値)

 注 意:** のように表示されている場合は、その日に出没、
     正中等が無いことを表します。
    : 高緯度地方では、出没時刻が正確に計算出来ない場合
     があります。ご了承下さい。

対  象 北 緯,東 経 方位角(逆)/距離 備  考
出雲大社
富士山
352406.8,1324108.0
352146.4,1384353.2
88°42′
(272°12′)
549(km)
熊野大社(島根)
富士山
352224,1330413.6
352146.4,1384353.2
88°29
(271°46′)
514,(m)

緯度差38秒
須我神社
富士山
352114.2,1330153.9
352146.4,1384353.2
88°14′
(271°32)
518(km)

緯度差32秒

↑兵庫県淡路市にある伊弉諾神宮の石碑。

なお、伊弉諾神宮は、旧官幣大社。祭神は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)。

国土を生み終えて、この地で亡くなった伊弉諾尊の幽宮(かくれのみや)に始まるという。
淡路国一の宮。多賀大明神

緯度経度の入力値

楕円体 GRS80
北緯

34°2736.80000

東経 134°5109.00000


緯度経度計算結果

楕円体 Bessel
北緯 34°2725.02699
東経 134°5118.89815
伊弉諾神社の神門の手前には、面白いものがある。直径10mほどの日時計で、その影が指し示す位置にはめ込まれたレリーフには、各地の著名な聖地の名が掘り込まれている。

夏至の日の出=諏訪神社、

真北=但馬一宮出石神社、

夏至の日没=出雲大社・日御碕神社、

真西(春分秋分)の日没=対馬海神神社、

冬至の日没=高千穂神社・天岩戸神社、

真南=諭鶴羽神社・沼島(オノコロ島)、

冬至の日没=熊野那智大社、

真東(春分秋分)の日の出=伊勢内宮・藤原京・葛城山。まさに、伊弉諾神社がレイラインの要に位置していることを証明しているわけだ。

須我神社(すがじんじゃ)は、島根県雲南市にある神社である。旧社格は県社。須佐之男命が八岐大蛇退治の後に建てた宮殿が神社になったものと伝え、「日本初宮(にほんはつのみや)」と通称される。

須佐之男命と妻の稲田比売命、両神の子の清之湯山主三名狭漏彦八島野命(すがのゆやまぬしみなさろひこやしまのみこと。八島土奴美神)を主祭神とし、諏訪大社の分霊の武御名方命を配祀する。

じんみょう‐ちょう【神名帳】
神社とその祭神の名を記した帳簿。特に、延喜式の巻9と巻10をさし、朝廷から祈年祭(としごいのまつり)の奉幣にあずかる3132座の祭神、2861の神社を国郡別に登載する。しんめいちょう。

箸墓の秘密に関連するデータ

対  象 北 緯,東 経 方位角(逆)/距離 緯度の差
伊勢久留麻神社
箸墓後円部中心
343028.1,1345521.3
343220.9,1355028.3
  1分53秒
伊勢ノ森
箸墓後円部中心
343031.3,1345521.8
343220.9,1355028.3
87°26′
(267°58′)
84(km)
1分49秒
北淡東中
箸墓後円部中心
343234.4,1345525.7
343220.9,1355028.3
90°01
(270°33′)
84(km)
14秒
舟木
箸墓後円部中心
343229.9,1345703.9
343220.9,1355028.3
89°57′
(270°27′)
82(km)
9秒
伊勢久留麻神社
箸墓後円部中心
343127.7,1345918.8
343220.9,1355028.3
88°34′
(269°03′)
78(km)
53秒
大鳥神社
箸墓後円部中心
343211.5,1352737.4
343220.9,1355028.3
89°25
(269°38′″)
35(km)
9秒
日置荘西町三
箸墓後円部中心
343223.4,1353158.2
343220.9,1355028.3
90°04
(270°15′)
28(km)
3秒
広陵町役場
箸墓後円部中心
343234,1354503.3
343220.9,1355028.3
92°46′
(272°49′)
8(km)
13秒
天照皇大神社
箸墓後円部中心
343221,1354410.8
343220.9,1355028.3
89°59
(270°03′)
10(km)
0秒
箸墓後円部中心 343220.9,1355028.3   基準
三輪山
箸墓後円部中心
343206.2,1355200.5
343220.9,1355028.3
280°55′
(100°54′)
2(km)
15秒
長谷寺
箸墓後円部中心
343209,1355424.4
343220.9,1355028.3
273°30
(93°28′)
6(km)
12秒
天神山
箸墓後円部中心
343220.9,1355453.3
3432
20.9,1355028.3
270°01′
(89°59′)
7(km)
0秒
春日宮天皇妃陵
箸墓後円部中心
343221,1355629.5
3432
20.9,1355028.3
270°01′
(89°57′)
9(km)
0秒
室生寺
箸墓後円部中心
343216.4,1360226.3
343220.9,1355028.3
270°29
(90°23′)
18(km)
15秒
倶留尊山
箸墓後円部中心
343151.4,1361013.3
343220.9,1355028.3
271°49′
(91°38′)
30(km)
30秒
堀坂山
箸墓後円部中心
343247.5,1362558.7
343220.9,1355028.3
269°18
(88°58′)
54(km)
27秒
丹生寺
箸墓後円部中心
343250.2,1363917.9
343220.9,1355028.3
269°32
(89°05′)
75(km)
29秒
斎宮跡
箸墓後円部中心
343225.6,1363646.7
343220.9,1355028.3
270°06
(89°40′)
71(km)
5秒
神島
箸墓後円部中心
343248.5,1365856.8
343220.9,1355028.3
269°52′
(89°13′)
105(km)
28秒

対  象 北 緯,東 経 方位角(逆)/距離 備  考
熊野本宮大社 335025.7,1354624.1    
市尾墓山古墳 342638.0,1354628.5    
桓武天皇陵 345624.2,1354629.6    
加茂御祖神社境内 350219.1,1354622.1    

対  象 北 緯,東 経 方位角(逆)/距離 備  考
倭迹々日百襲姫墓
斎宮跡
343220.9,1355026.7
343225.6,1363646.7
89°3950.5″
(270°0606.7″)
70,887(m)
緯度1秒の長さ=30.9m
差4.7秒なら
距離は145.23m
倭迹々日百襲姫墓
検証用斎宮跡
343220.9,1355026.7
343220.9,1363646.7
89°4651.9
(270°1308.1″)
70,888(m)
方位角の差47′-40′
70889*sin(7/60)°=144m
倭迹々日百襲姫墓
検証用箸墓接線
343220.9,1355026.7
343212.1,1363646.7
90°0000.9
(270°2617.1″)
70,88
9(m)
方位角の差90°-89°40
70889*sin(20/60)°=412m

対象 北緯,東経 方位角/(逆)/距離 北緯/差
大山
出雲大社
352223.7,1333243.2
352406.8,1324108.0
272°35′
(92°05′)
78,180(m)
35°24′
1′43″
大山
大山,出雲大社
352223.7,1333243.2
352223.7,1324108.0
270°14′55.92″
(89°45′04.08″)
78,129(m)
35°22′23.7″
0′0″
玉前神社
出雲大社
352233.8,1402138.1
352406.8,1324108.0
272°21′
(88°01′)
697(km)
35°24′
1′33″
玉前神社
玉前,出雲大社
352233.8,1402138.1
352233.8,1324108.0
272°13′26.09″
(87°46′33.91″)
697,244(m)
35°22′33.8″
0′0″
玉前神社
出雲大社
352233.8,1402138.1
352406.8,1324108.0
05:42 ( 90)経度差461分
06:13 ( 90)時差30分44秒
経度差1分につき
時差12/180分
玉前神社
出雲大社
35 23,140 22
35 24,132 41
05:42 ( 90)
06:13 ( 90)
時差31分

日の出に関してだけであれば、緯度が同じであることは意味がない

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多胡碑と縁がある様々な謎   目 次   源氏物語千年紀に相応しい発見