伊藤博氏から頂いた絵葉書の謎

 

1994年に、私は、伊藤博氏から、上のような、茨城県新治郡新治村の武者塚古墳から出土した三累環頭太刀の写真が載る絵葉書を頂きました。

しかし、残念ながら、そのときの私には、伊藤氏が何故このような絵葉書を下さったのか、分かりませんでした。

ところが、それから10年経過した今になって、鈴木棠三(とうぞう)氏の著書「日本のなぞなぞ」
(岩波ジュニア新書)で、次のような「『万葉集』の戯書」に関する解説を読み返し、伊藤氏が、私の著書に興味を感じてくださったことに、ようやく気付いたのです。

戯書というのは、文字通りたわむれて書いたもの、遊戯的な気持ちで書いたものです。

たとえば、「し」という音を表わすためには、之・志・斯・芝・思・旨などいく通りもの漢字が使われました。

そのなかには、四もあります。ところが、四の代わりに二二とか、重二、また並二と書いた例、つまりダブル二なのです。これが戯書です。

たとえば、『万葉集』巻九、笠金村(かさのかなむら)の長歌の一節に、

……毎見(みるごとに) 恋者雖益(こひはまされど) 色二山上復有山者(いろにいでば)
一可知美(ひとしりぬべみ) ……                          (巻九−1787)

とあります。「山上復有山」は、山の上に山がある、すなわち「」の戯書なのです。

でも、これは単なるナゾ遊びではなく、、伝統ある文学的遊戯だったのです。

中国の南斉(なんせい)という国の文人王融(おうゆう 468−494)の作といわれる「藁砧(こうちん)」(わらを打つ台)の詩は、ナゾを詩に作ったものです。

  藁砧今何在 山上復有山 何当大刀頭 破鏡飛上天

藁砧は別の名を「石夫」(ふ)といった。このフから同音の「夫」と解く。山上復有山で「出」

大刀の頭には玉環を飾りにつけるので、環と同音の「還」。破鏡は、鏡のような円い月が半分に割れることだから、「半月」と解く。

全体で、「夫半月」(私の夫は家を出て遠くへ行ったが、半月たたぬと還ってこない)と解けます。

万葉歌人は、こういう中国の古詩をよく知っていて、その知識を示すために、わざと使ってみせたのです。

拙著『「いろは歌」の暗号』は、三つの字母歌「いろは」「たゐに」「あめつち」に、万葉歌人山上憶良の名が暗号として組み込まれていることを問題にしています。

すると、伊藤氏が三累環頭太刀の写真が載る絵葉書を下さったのは、環と同音の」を「大刀頭」によって表わす「藁砧」が、万葉集で「」の戯書に用いられた「山上復有山」というナゾの原詩であることを意識してのこととなるはずです。

もし、伊藤氏が、拙著の内容にある程度の関心を示さなければ、このようなことをするはずがない、と考えることは、勝手読みに過ぎないでしょうか。


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