くろチャリ
小学4年の時(1992年)に買った、生まれてから第3番目の自転車である。前の2台は子供用だったが、この自転車はれっきとしたシティサイクルだ。内装3段変速も装備され、小4当時の私にはウルトラスーパー自転車に見えたものだ。同級生が変速付の自転車乗っているのを見て、今度自転車買ってもらうときには切り換え付きだとねだった。切り換えは(スピードが出すぎて)危ないと家族は思っていたらしいが、やはり切り換えにはこだわった。変速付の自転車に乗ることがステータスでもあったからだ(ああ、なんか今になって田舎だったんだなぁとも)。この変速があったことが長く使われた要因のひとつでもあった。初めて乗ったときちょっとふらふらしたがすぐに鳴れたこともはっきり覚えている。
そして、当然のことながら直ちに主力車となりバリバリ活躍を始める。小学高学年時代はこの自転車とともにあった。夜須町内のあちこちをこの自転車で駆けめぐった。野市や安芸にも臨時ながら進出した。ただし、このころは自転車をメンテナンスする習慣がなかったので、次第にチェーンは錆び、車体は汚れ、中学2年のときくらいには切り換えがまともに作動しなくなっていた。当然、後継のGATEWAY購入後はそれにとってかわられ、高知初進出もこの自転車は果たさなかった。しばらくは夜須町内ちょい乗り専用にまで陥っていた。それでも、廃車にせずに使い分けていたことは自転車好きだった証拠なのだろう。
だが、中学3年のときには、きちっと注油するようになり調子を取り戻した。夏休みには汚くなっていたフレームや泥除けなどをおじいさんと再塗装しピカピカになった!このときは蘇った自転車に感動したものだ!次第に愛着がわくようになりきちっとメンテナンスするようになる。意識してGATEWAYと併用して使われるようになった。
高校1年のときには、GATEWAYが妹の中学通学用になってしまい、再び主力車として君臨するようになる。後輪のブレーキも交換し、切り換えも正常に作動するようになった。高知にもこれで進出するようになり、今まで以上の活躍をするようになった。この自転車、スムーズな滑るような走りが特徴であった。加速もよくスピードもかなり出る。30km/hでの巡航など楽勝であった。’99年2月ごろにはスピードメーターまで装備されるようになる。今、思い返せば、本格的なスポーツ自転車の世界を全く知らずに自転車を楽しんでいた自分がいた。ただのシティサイクルでなんでこんなに楽しめたのだろう。少なくとも切り換えなしの自転車だったらここまで楽しめなかったと思う。
高校2年の7月にはGATEWAYの代わりとなるラクッションを購入した。くろチャリを置き換えるというよりは、くろチャリの負担を軽減させる目的でもあった。高知への進出は原則ラクッションで、野市へは両方を、夜須町内ではくろチャリをと、はっきり役割分担をするようになった。それでも時にはくろチャリが高知までのロングラン運用をこなすこともあったし、ラクッションを夜須町内チョイ乗りに使うことも稀にあった。小まめに塗装を繰り替えし、独特の風貌をかもし出すようになる。見た目は結構きれいになり、ボロ自転車ではなくなったいた。
予備校時代は、ラクッションと共に夜須〜後免駅の通学に使用された。概ね週1,2回担当した。GATEWAYが盗難にあったときは高知市内で使う自転車としても一時的に使われた。
またしても、この自転車に転機がおとづれる。なんと、大学入学時つくばに持っていったのである。GATEWAYでもラクッションでもなく。GATEWAYは原則として妹と共用で選択からはほぼ除外されていたが、ラクッションはあの自転車の特性からして平坦な道をあまり止まらずに一定速度で走行するのに向いているが、急な勾配やカーブが多いようなところは向いていない。それほど、登坂や加速が苦手だ。その反面、くろチャリはそれも難なくこなせ高速定速走行も向いているなど万能であった。ただのシティサイクルにしてはかなり優秀だったわけだ。これからも使用することを考慮して、2002年3月に徹底したリニューアルを施した。再塗装はもちろんのこと、タイヤ・チューブの交換、チェーンの交換など妥協なしの改修工事を実施。そのため改修費用は1万円を超えていた。だれがどう見てもつくばで新車を買ったほうが安上がりである。よほどの愛着や信念があったわけだ。2年後のGATEWAYのリニューアルにおいては塗装工程の簡略、中古部品の使用などかなりコスト面を意識した内容となった。
さて、大学入学後は普段の生活で大活躍する。それどころかこれで東京に行ったり、不動峠越えにも使われた。購入後10年にして大活躍である。私も、くろチャリを買った当時ここまでの活躍ぶりは想像だにできなかった。最初は何の変哲もない自転車だと思っていたが、ここまで潜在能力があったとは正直驚きだ。手持ちの自転車でも上手にその能力を引き出せばすごい威力を発揮することを身にしみて覚えた。
だが、2003年になるとほとんど晩年の様相を呈しだす。何しろ高知時代の通学での毎日1往復・それも毎日は稼動しないという比較的マッタリした使い方でなく、毎日動きしかもほぼ一日中という過酷な使用に10年を経過したくろチャリには耐えられなくなり、ただでさえ歪んでいたフレームがさらに金属疲労をおこすなど末期的症状を呈していた。本当に1年でボロボロになった。
そこで、さすがに引退させる方針で、’03年5月より使用をやめアパートの駐輪場に保管していた。年末あたりに輪行袋に入れて実家に戻し、安眠させる予定でいた。だが、夏に帰省から戻ると、駐輪場からくろチャリが消えていた・・・・。不動産屋に問い合わせると、帰省中に草刈が実施され、ゴミや廃棄物は処分したとのこと。くろチャリはドロヨケ、チェーンケース、カゴなどを外した状態で置いていたのでどうやらゴミと間違えられたらしい。これが、くろチャリの最後の様相である。小学生時代('92年)から大学時代('03年)まで実に11年にわたり活躍。愛着もあっただけに行方不明となってしまったことが惜しまれる。
くろチャリは長期における様々な耐久試験、分解、塗装、リニューアル改造などの実験台でもあった。急制動実験にはじまり、下り坂道高速走行実験、工事現場の砂利道疾走試験、夜須〜野市間の信号無視当たり前のタイムアタック試験(7kmを12分という記録を出した)、フレーム等の再塗装試験、高知市への進出にも使用、タイヤ交換やパンク修理等のメンテナンス習得、スピードメーター取り付け実験、延命改造試験、10年越しの酷使実験など多岐に渡る。
くろチャリで培った様々な経験、教訓はGATEWAY、ラクッション、PEUGEOT、VOODOOなどの後継に確実に活かされている。そのため、11年経過したGATEWAYはかなりの良好な状態であるし、ラクッションは購入当初からしっかりメンテナンスしてきたために9年が経過した現在でも、きれいな状態を保ち特に不具合もなく活躍している。
| スペック |
| メーカー | DEKI(出来鉄工) |
| 車種 | シティサイクル |
| 購入年月日 | 1992年7月30日 |
| 廃車年月日 | 2003年8月(処分された?) |
| 購入店 | サイクルいちかわ(高知市) |
| 価格 | 約25000円 |
| 重量 | 不明 |
| フレーム | ハイテンション鋼 |
| カラー | ブラック |
| パーツ | シマノ |
| シフト | 内装3段 |
| ブレーキ | ママチャリ式 |
| タイヤサイズ | 24×13/8 |
| 他の装備 | サイクルコンピュータを装備していた時代、ボトルゲージを
装備していた時代、高性能ライトを装備していた時代いろいろあった。 |
| 評価 |
| 加速−★★★★☆ | 高速性能−★★★☆☆ |
| 登坂−★★★☆☆ | 乗り心地−★★★★☆ |
[くろチャリの主な履歴]
'92年7月30日 サイクルいちかわにて購入
'96年夏 野市に進出回数激増
'97年夏 初めての再塗装
'98年5月ごろ くろチャリ高知市内へ初進出
'98年6月 後輪ブレーキの交換
'98年9月 くろチャリ安芸市内へ初進出
'99年2月 一部再塗装、サイクルコンピュータ設置
'99年秋 再塗装、タイヤ・チューブ交換
'00年1月 ハンドルにライトを設置
'02年3月 大修繕を施す
'02年4月 つくばに旅立つ
'02年5月 東京に進出
'02年9月 不動峠に登る
'03年4月 サイクルコンピュータ再設置
'03年6月 ブレーキ故障で休車 里帰り待ちに・・・
'03年8月 行方不明に 11年の歴史に幕
ハンドル回り 晩年サイクルコンピュータが装備されていた
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