ムー大陸最後の日のこと

チャーチワードはムー大陸が火山が爆発し、大地震と津波で一夜のうちに海の底へ沈んでしまったと主張している。理由として、大陸の下には巨大な空洞があり、ひとたびそれが崩れると広範囲が一気に陥没する地質的特徴を持っていた、という説を展開している。
トロアノ古写本より
カンノ6年、11ムルク、サクの月に恐ろしい地震が始まり、13チュエンまでやむことなく続いた。地の丘の国−ムー大陸は犠牲の運命にあった。地下の火の作用により、大地は絶え間なくうち震え、各地で盛り上がり、また沈んだ。10の国々(民族)は四散した。かくして6400万の住民はその国と共に没した。この書を編むに先立つこと8060年前のことである。
ラサ記録より
平野には水が充満し、街はみんな沈んだ。苦しみの叫びが天に満ちた。神殿や宮殿に向かって人々は逃げ場を求めたが、たちまち火焔と黒煙とに追い出されてしまった。

イースター島が「ムー大陸の一部」と考えられたわけ
絶海の孤島にしては立派な遺跡がありすぎる。
ポリネシア人は位置的にムー大陸の生き残りだと考えられる。
太平洋の島々に「ムー大陸の沈没」と同様な「洪水伝説」が残っている。
太平洋にのこる島々はムー大陸の残りの一部に違いない。

ムー大陸は存在しなかったという主張

古代エジプト「死者の書」について 解釈の違いであって、ムー大陸の事を具体的に指しているとは考えにくい。
12000年前ということについて ポリネシアの古代遺跡は1000年〜数100年前のものであり、決して一万年以上前の民族が作ったものではない。
イースター島のモアイの歴史は1000年程度。 明らかに時代が新しすぎる。
ポリネシア人の祖先は東南アジアから渡ってきたことが、言語学、民俗学等の研究により明らかになっており、渡ってきた時代を考えても1000年前程度だ。
また、太平洋のほとんどの島は、火山活動で海底が盛り上がってできた「洋島」であり、イースターも火山島である。
大陸から切り離された「陸島」と考えるムー大陸とは明らかに間違っている。

そして現在出されている結論
残念ながら現在は「ムー大陸は存在しなかった」というのが、多数考古学者の意見。
現代「ムー大陸は絶対に存在した」と主張する人はほとんどいないが、太古のロマンと点において残念でならない。しかし、イースターの地に立ち、チャーチワードのムー大陸への思いを考えると感慨深いものがあるだろう。


戻る