87.格差大国アメリカの貧困 
      (
2008年2月27日記載)

 過去3回にわたって北欧諸国を中心に、日米英独仏との比較を試みた。今回は、世界最大の経済大国であり、軍事大国でもあるアメリカの貧困について分析する。なお、ここで示すデータは、参考文献の欄に示すように、全て、WEBで得られたものである。
 なお、このコラムで用いている用語の定義については、アメリカ国勢調査局(US Census Bureau)の Current Population Survey (CPS) - Definitions and Explanations- を参照ください。

1.貧困ライン(図1)

 アメリカ国勢調査局が発表しているデータに基づき、1959年から2006年までの貧困ラインの推移を下の図1に示す。「貧困ライン」とは、その金額以下の年間収入(税引前)の個人、または、家族・世帯を「貧困」と定義するための区分ラインであり、家族の人数に応じて定められている。そして、貧困ラインは、毎年、消費者物価指数に応じて見直されるとの事である。
 注: このグラフは、参考文献3のデータから作成した。




(1)独り暮しの貧困ライン

 独り暮しの個人の貧困ラインは、図1の4本の折れ線グラフのうち、一番下のグラフのように推移した。

 1959年には1,467ドルであったが、1971年に、2,010ドルとなり、2,000ドルを超えた。その後、上昇のテンポは速まり、1977年には3,075ドル、1980年には4,190ドルとなって、1981年まで急速に増大した。
 その後は、やや上昇のテンポは鈍ったものの、ほぼ一直線上に増え続けた。1983年には5,061ドル、1988年には6.022ドル、1992年には7,143ドル、1997年には8,183ドル、2001年には9,039ドル、2006年には10,294ドル、というように、4~5年毎に、千ドルづつ増えていった。
 結局、独り暮しの個人の場合、貧困ラインは、1959年から2006年までの47年間で、7.02倍に増えた。

(2)二人家族の貧困ライン

 二人家族の場合、二人合わせた年収がここで定めた貧困ライン以下の場合、「貧困」と区分される。

 1959年には1,894ドル(独り暮しの1.29倍)であったが、1964年には2,015ドルとなって2,00ドルを超え、1974年には3,211ドルとなって3,000ドルを超えた。そして、その後は上昇のテンポが速まり、4,000ドルを超えたのが1980年(4,190ドル)、5,000ドルを超えたのが1980年、6,000ドルを超えたのが1982年(6,281ドル)であった。
 ②
その後はやや上昇テンポは鈍ったが、ほぼ一直線で上昇した。1986年には7,138ドル、1989年には8.076ドル、1992年には9,137ドル、1996年には10,233ドル、2000年には11,235ドル、2003年には12,015ドル、2006年には13,167ドル(独り暮しの1.28倍)まで増えていった。
 ③
二人家族の場合、貧困ラインは、1959年から2006年までの47年間で、6.90倍になった。

(3)三人家族の貧困ライン

  三人家族の場合も、二人家族の場合と同じく、三人合わせた年収がここで定めた貧困ライン以下の場合、「貧困」と区分される。

 1959年の貧困ラインは2,324ドルであり、独り暮しの1.58倍であった。1970年には3,099ドルとなって、3,000ドルを超えた。その後、上昇テンポが速まり、1975年には4,293ドルとなって4,000ドルを超え、1978年には5,201ドルとなって5,000ドルを超え、1980年には6,565ドルで6,000ドルを超え、1981年には7,250ドルとなって7,000ドルを超えた。
 ②
それ以降は上昇テンポはやや緩やかになったが、引き続き上昇を続けた。そして、2006年には16,079ドル(独り暮しの1.56倍)となって、16,000ドルを超え、1959年と比べて6.92倍となった。

(4)四人家族、及び、五人以上家族の貧困ライン

 四人家族の場合も。それ以上の家族の場合も考え方は同じである。

 図1を見れば分かるとおり、四人家族の貧困ラインの上昇トレンドは、他のケースと、ほぼ同じ同じである。
 ②
四人家族の場合、1959年の貧困ラインは、2,973ドル(独り暮しの2.03倍)であったが、47年後の2006年には20,614ドル(独り暮しの2.00倍)となり、6.93倍に増えた
 ③
5人以上の家族については、図示していないが、類似の考え方で貧困ラインが設定され、毎年更新されている。
 ④5人以上の家族の貧困ラインについて、1959年と2006年のデータを下の表1にまとめて示す。

表1 5人以上家族の貧困ライン
5人家族 6人家族 7人家族 8人家族 9人以上家族
1959年 3,506ドル 3,944ドル 4,849ドル 4,849ドル 4,849ドル
2006年 24,382ドル 27,560ドル 31,205ドル 34,774ドル 41,449ドル
倍率 6.95倍 6.99倍 6.44倍 7.17倍 8.55倍

 注: 1959年から1980年まで、7人以上の家族の貧困ラインは同じであった。
 
    1980年以降、7人家族以上という区分は、7人家族、8人家族、9人以上家族、という三つの区分に分けられた。

貧困者数と貧困率(図2) 

 年収が貧困ライン以下の個人は「貧困者」と区分される。(二人家族の場合は二人とも「貧困者」、三人家族の場合は三人が「貧困者」となる)。その貧困者数と貧困率(「貧困者数」が「総人口」に占める割合)の推移を、総人口の下の図2に示す。
  注: このグラフは、参考文献3のデータから作成した。



(1)総人口(黒の折れ線グラフ

 アメリカは移民受け入れに積極的である。その成果と思えるが、アメリカの人口は、ほぼ一直線で増加している。
 ②
1959年には1億7,660万人であったアメリカの人口は、2006年には2億9,640万人となり、47年間で1.68倍に増加した。

(2)貧困者数(青の折れ線グラフ)

 1959年には3,949万人、翌年には3,985万人と若干増え、さらに1962年でも3,863万人と高い水準だった。だが、1963年からは減少に転じ、1969年には2,415万人となって、一旦底を打った。
 ②
1970年以降1978年まで、貧困者数は若干の増減を繰り返しながら、2,297万(1973年)から2,588万(1975年)の間で推移した。
 ③
1979年から再び急激に上昇に転じ、1983年に3,530万人で一旦ピークに達した。
 ④
そして、その翌年(1984年)から緩やかに減少し始め、1989年に3,153万人で底を打った。
 ⑤
その後、1990年から、また、上昇し始め、1993年には3,927万人となりピークに達した。
 ⑥
その後、2000年に3,158万人となって底に達するまで減少を続けた。
 そして、2001年から増え始め、2004年に3,704万人に達してからは徐々に減少に転じ、2006年には3,646万人となっている。

(3)貧困率(赤の折れ線グラフ)

 ①
1959年の貧困率は22.4%で、5人に1人以上が貧困ライン以下であった。その後、人口は増えたのに貧困者数が減少傾向に転じたので、貧困率は劇的に低下し、1969年には12.1%となり、1959年の貧困率の半分となり、一旦底を打った。
 ②
そして、1979年の11.7%まで、若干の上下を繰り返しながら、ほぼ横ばいで推移した。
 ③
そして、1980年からは、1983年に15.2%となってピークに達するまで、上昇を続けた。その後、減少に転じ、1989年には12.8%となって、再び底を打った。
 ④
1990年からは1993年に15.1%に達するまで、貧困率は上昇を続け、そして、1994年からは2000年に11.3%にさがるまでは減少を続けた。このように、貧困率は、1980年以降、11%強から15%強の間で上昇と下降を繰り返しながら、推移している。
 ⑤
2006年の貧困率は、12.3%となっている。

(4)貧困者数と貧困率の推移から言えること

 図2をみればわかるように、1962年以降、1960年代を通じて貧困者数は激減し、貧困率も大幅に改善した。そして、その改善された状態は1970年代後半まで続いた。
 しかし、1979年以降、貧困者数は増加と減少とを繰り返してはいるが、1990年代前半まではは増加傾向にあった、と言える。そして、1990年代後半からは、貧困者数は減少し始め、2000年で底を打った後、21世紀になってから、再び上昇傾向に転じた。
 一方、貧困率でみると、人口が増加し続けている関係から、1979年以降、若干上昇したが、その後は上下に緩やかに変動しながら、ほぼ横ばいの状態で推移している。

3.貧困家族数と貧困家族の割合(図3)

 貧困ライン以下にある家族数と、その貧困家族数が層家族数に占める割合の推移について、下の図3に示す。
 なお、Current Population Survey (CPS) の定義によれば、「家族(Family)」とは、二人以上の血縁関係(養子、婚姻等の関係も含む)にある者が同居している(そして、そのうちの一人が「世帯主」となっている)グループをさす事になっている。したがって、独り暮しの人はこの数字には含まれていない。
  注: このグラフは、参考文献3のデータから作成した。



(1)総家族数赤の折れ線グラフ)

 1959年の家族数は4,505万であった。人口が一直線で増加するのに比例して家族数も一直線で増加した。
 ②
2006年には7,845万家族となり、47年間で1.74倍となった。この倍数は、人口の倍率(1.68倍)よりも若干多い。

(2)貧困家族数(黒の折れ線グラフ

 ①
1959年には832万家族であったが、1962年でも808万家族であり、800万を越す高い水準であった。しかし、1963年以降、減少に転じ、1969年に501万家族となって、底を打つまで、減り続けた。
 ②
1970年以降、1979年まで、貧困家族数は、483万(1973年)と546万(1979年)の間を上下しながら、ほぼ横ばいで推移した。
 ③
1980年から1983年までは、貧困家族数は上昇トレンドとなり、1983年に765万家族となってピークに達した。
 ④
1984年からは、1989年に678万家族となるまで減少を続けたが、その後、増加に転じ、1993年に839万家族となって、ピークとなった。なお、この839万家族は、1961年と同じ家族数である。
 ⑤
その後は2000年に640万家族となるまで減少に転じたが、2001年からは再び増加し、2004年に784万家族となり、それからは、ほぼ横ばいとなっている。2006年の貧困家族数は767万であった。

(3)貧困家族の割合(緑色の折れ線グラフ

 貧困家族の割合は、1959年には18.5%であった。この割合の推移のトレンドは、貧困家族数の推移トレンドと極めて類似している。
 ②
節目のデータを記すと以下の通りである。
  ⅰ)1969年: 9.7%まで減少して一旦底をうった。その後、1979年まで、8.8%(1973年と1974年)と10.1%(1970年)の間を上下しながら、ほぼ横ばいで推移した。
  ⅱ)1983年: 12.3%となって、一旦ピークに達した。翌年からは再び減少に転じた。
  ⅲ)1989年: 10.3%で底をうった。
  ⅳ)1993年: 12.3%でピークとなった。
  ⅴ)2000年: 8.7%となり、1959年から2006年までの47年間で最低の比率を記録した。
 ③
2001年からは、10.2%となる2004年までは上昇を続けたが、その後は、2005年、2006年と連続して低下した。2006年は9.8%となった。

(4)貧困家族数と貧困家族の割合の推移から言えること

 ①
図3を一瞥すればわかるように、1960年代を通じて貧困家族数は減少し、貧困家族の割合も低下した。このトレンドは、貧困者数の推移トレンドとほぼ同じである。
 ②
1979年以降、貧困家族数と貧困家族数の割合は上昇傾向に転じたが、1980年代半ばから1990年代前半までは、ほぼ横ばいとなった。
 ③
1990年代後半から若干減少傾向となったが、21世紀に入ってからは再び、上昇傾向になっている。

   表2 2006年 貧困率が一桁         (比較的貧困者が少ない)の州
順位 州  名 貧困率 備  考
1 ニューハンプシャー 5.4 建国13州
2 ヴァーモント 7.8 北部東部
3 コネティカット 8.0 建国13州
3 ワシントン 8.0 北部西部
5 ミネソタ 8.2 北部中央部
6 メリーランド 8.4 建国13州
7 ヴァージニア 8.6 建国13州
8 ニュージャージー 8.8 建国13州
9 アラスカ 8.9 最北端
10 ハワイ 9.2 太平洋の島
11 デラウェア 9.3 建国13州
11 ユタ 9.3 北西部
13 アイダホ 9.5 北西部
13 ネバダ 9.5 西部
15 コロラド 9.7 西部中央部

4.州別の貧困率

 次に、2006年におけるアメリカ50州の州別の貧困率をみてみよう。
  注: 以下に記す表2・3・4・5は、参考文献3のデータから作成した。

(1)貧困率が一桁の州(表2)

 2006年の貧困率が一桁台の州(それだけ貧困者が少なく豊かな州)は、右の表2に示す通り、全部で15州ある。
 表2を一瞥するとわかるように、貧困者が少なく豊かな州のうち6州(ニューハンプシャー、コネティカット、メリーランド、ヴァージニア、ニュージャージー、デラウェア)は、米国建国時の13州に入っていた州である。
 ③
次に目に付くのが北部の5州(ヴァーモント、ワシントン、ミネソタ、ユタ、アイダホ)である。
 ④
15州のうち、アラスカ、ハワイ、ネバダ、コロラドの4州だけが、上記の分類に含まれない州である
 ⑤
表2から、東部・北部の諸州が比較的豊かであると言える。

表3 建国13州の貧困率
順位 州  名 貧困率
1 ニューハンプシャー 5.4
3 コネティカット 8.0
6 メリーランド 8.4
7 ヴァージニア 8.6
8 ニュージャージー 8.8
11 デラウェア 9.3
21 ロ-ドアイランド 10.5
25 サウスカロライナ 11.2
26 ペンシルヴェニア 11.3
31 マサチューセッツ 12.0
34 ジョージア 12.6
38 ノースカロライナ 13.8
39 ニューヨーク 14.0
44 ウェストバージニア 15.3

(2)建国13州の貧困率(表3)

 米国建国13州の全てが豊かであるとは限らない。その13州の、2006年の貧困率を左の表3に示す。
 ヴァージニア、サウスカロライナ、ジョージア、ノースカロライナの4州は、南部に属するので、茶色の枠内に入れて区別した。
 ②
ウェストヴァージニア州は、元々はヴァージニア州に含まれていたが、南北戦争の際、奴隷制度に反対して北部に加わるために、ヴァージニア州から分離した。
 ③
建国13州のうち、米国全体の平均値12.3%を上回る貧困率の州は、左の表3からわかるように、4州である。ヴァージニア州から分離したウェストヴァージニア州の貧困率が際立って高い。

    表4 2006年 貧困率が平均以上        (貧困者が多い)の州
順位 州  名 貧困率 備  考
34 ジョージア 12.6 南部、建国13州
35 カンザス 12.8 中部で中央部
36 ミシガン 13.3 北部で東部寄り
37 モンタナ 13.5 北部で西部寄り
38 ノースカロライナ 13.8 南部、建国13州
39 ニューヨーク 14.0 建国13州
40 アラバマ 14.3 南部
41 アリゾナ 14.4 南部で西部寄り
42 テネシー 14.9 南部
43 オクラホマ 15.2 南部
44 ウェストヴァージニア 15.3 建国13州(*)
45 テキサス 16.4 南部
46 ケンタッキー 16.8 南部
47 ニューメキシコ 16.9 南部で西部寄り
48 ルイジアナ 17.0 南部
49 アーカンソー 17.7 南部
50 ミシシッピー 20.6 南部
*注: ウェストヴァージニア州は、元々はヴァージニア州の1部だったが、南北戦争時に奴隷制度に反対してヴァージニア州から分離した。

(3)貧困率が米国の平均値を上回る州(表4)

 2006年の貧困率が、米国全体の平均値12.3%を上回る(それだけ、貧困者が多い)州は、右の表4に示すように、全部で17州である。
 ②
表4を一瞥すればわかるように、南部の州が圧倒的多い。38位以下の13州のうち、ニューヨーク、アリゾナ、ウェストバージニア、ニューメキシコの4州を除く九つの州は、すべて南部に属する州である。
 ③
この4州のうち、アリゾナとニューメキシコも地理的には南部に属しているし、ウェストヴァージニアも、元々は南部のヴァージニア州の一部であった州である。
 ④
このように考えると、米国の貧困者は南部に多いことがよくわかる。2005年8月のハリケーン・カトリーナで大被害を蒙ったルイジアナ州も、貧困率ワースト3に含まれる貧乏な州である。

表5 南部12州の貧困率
順位 州  名 貧困率
7 ヴァージニア 8.6
25 サウスカロライナ 11.2
29 フロリダ 11.5
34 ジョージア 12.6
38 ノースカロライナ 13.8
40 アラバマ 14.3
42 テネシー 14.9
45 テキサス 16.4
46 ケンタッキー 16.8
48 ルイジアナ 17.0
49 アーカンソー 17.7
50 ミシシッピー 20.6

(4)南部12州の貧困率(表5)

 南北戦争の際に奴隷制度を守るために連合した南部11州と、地理的に南部に含められるケンタッキー州を加えた12州の、2006年の貧困率を、左の表5に示す。
 ②
建国13州に含まれるヴァージニア州とサウスカロライナ州、および、保養地として知られるフロリダ州の3州を除く10州が、平均値を上回る貧困率である。
 ③
その10州の中でも、建国13州に含まれるジョージア州とノースカロライナ州の貧困率は、平均値よりはそれほど高くはない
 ④
しかし、それ以外の7州の貧困率は14%以上であり、とくに、ルイジアナ州、アーカンソー州、ミシシッピー州は17%を超えている。

(5)州別の貧困率から言えること

 以上の分析から、東部・北部の諸州は比較的豊かな州が多いことがわかる。
 それに対し、南部の諸州は、比較的貧困者の多い地域である、と言える。
 これは、南北戦争のあおりで、敗者となった南部は産業の発展から見放された、ということを意味するのであろうか?それとも、元々、南部には奴隷出身の貧しい人が多かったために、昔からある貧富の差が、未だに埋まっていない、ということを意味するのであろうか?興味深いも問題ではある。

5.GDPと貧困ライン(図4)

 貧困ラインの推移と、その貧困ラインで区分される貧困者数と貧困率がどのように推移してきたかを分析してきた。それをみると、貧困率は改善されたものの、人口が増大した関係から、貧困者数は再び、4千万人に迫ろうとしており、47年前と比べてほとんど減っていない。
 ここで、その貧困者を「区分するための「貧困ライン」が適正に設定されている、と言えるのかどうかを、GDPとの関連で分析してみよう。
 名目GDP、一人当りGDP、及び、一人暮らしの貧困ラインの推移を下の図4に示す。
  注: このグラフの貧困ラインは、参考文献3のデータから、GDPと一人当りGDPのグラフは、参考文献4のデータから作成した。



(1)名目GDP濃茶色の折れ線グラフ)

 1959年の名目GDPは、5千70億ドルであったが、その後は、緩やかに上昇を続け、1970年代以降は、ほぼ一直線で上昇を続けた。
 そして、2006年には1兆3千196億ドルとなり、47年間で26倍に増加した。

(2)一人当りGDP青の折れ線グラフ)

 1959年の一人当りGDPは、2,860ドルであったが、名目GDPと同じく、その後は緩やかに上昇し、1970年代以降は、ほぼ一直線で上昇した。
 そして、2006年には44,007ドルとなり、47年間で15.4倍に増えた。

(3)独り暮しの貧困ライン赤の折れ線グラフ)

 独り暮らしの貧困ラインは、第1項(1)で述べたように、47年間で7.02倍に増えたが、この同じ期間に、一人当りGDPは15.4倍となって、独り暮しの貧困ラインの2倍以上の伸び率である。。
 また、名目GDPは47年間で27倍となり、独り暮しの貧困ラインの3倍以上に伸びた。
 このように、貧困ラインの伸びは、経済規模の成長と比べると、2分の1、3分の1という少なさである。したがって、「独り暮らしの貧困ライン」と「一人当りGDP」の比率は、1959年には51.3%であったが、2006年には23.4%となり、半減した。
 貧困ラインを低く抑えれば、自動的に貧困率は小さく抑えられる。その意味で、貧困率が1970年代以降、ほぼ横ばいで推移していると言っても、あまり、喜ぶべき現象とは言えないのではなかろうか?。とくに、2006年で考えた場合、独り暮しであれば年収10,294ドル(日本円で115万円弱)、4人家族であれば年収230万円を超えれば、もはや貧困ではない、というのは余りにもひどすぎるのではなかろうか?

6.「一人当りGDP」と「独り暮らしの貧困ライン」の対前年比伸び率

 「独り暮らしの貧困ライン」の伸びと、「一人当りGDP」の伸びとを比べるために、それぞれの「対前年比伸び率を記載したグラフを下の図5に示す。
  注: このグラフは、参考文献4のデータから作成した。



 ①1960年代は、「独り暮しの貧困ライン」の対前年比伸び率が、「一人当りGDP」の対前年比伸び率を大きく下回った10年間であった。
  ⅰ)1969年の一人当りGDPは4,857ドルで、1959年の1.70倍となった。
  ⅱ)この間の「独り暮しの貧困ライン」の伸びは、1,467ドル(1959年)から1,840ドル(1969年)で、1.25倍である。
  ⅲ)なお、この間の消費者物価指数の伸びは、1.26倍であり、独り暮しの貧困ラインの伸びとほぼ一致している。
 ②1970年代に入ると、独り暮しの貧困ラインの伸び率が一人当りGDPの伸び率を上回る年が4回(1970年、1974年、1975年、1979年)あった。しかし、それでも1969年から1979年の伸び率で見ると、、独り暮しの貧困ラインの伸び率は、一人当りGDPの伸び率を下回った。
  ⅰ)1979年の一人当りGDPは11,387ドルで、1969年の2.34倍となった。
  ⅱ)一方、1979年の独り暮しの貧困ラインは3,689ドルで、1969年の2.01倍であり、一人当りGDPの伸びよりは低い。
  ⅲ)また、この間の消費者物価指数の伸びは、1.98倍であった。
 ③1980年代では、独り暮しの貧困ラインの伸び率が、一人当りGDPの伸び率を上回る年は2回(1980年、1982年)のみであった。このため、この間の独り暮しの貧困ラインの伸び率は、一人当りGDPの伸び率を下回った。
  ⅰ)1989年の一人当りGDPは22,169ドルで、1979年の1.95倍となった。
  ⅱ)一方、1989年の独り暮しの貧困ラインは6,310ドルで、1979年の1.71倍であり、一人当りGDPの伸びよりは低い。
  ⅲ)また、この間の消費者物価指数の伸びは、1.71倍であった。
 ④1990年代では、独り暮しの貧困ラインの伸び率が、一人当りGDPの伸び率を上回る年は2回(1990年、1991年)のみであった。このため、この間の独り暮しの貧困ラインの伸び率は、またしても、一人当りGDPの伸び率を下回った。
  ⅰ)1999年の一人当りGDPは33,181ドルで、1989年の1.50倍となった。
  ⅱ)一方、1999年の独り暮しの貧困ラインは8,499ドルで、1989年の1.35倍であり、一人当りGDPの伸びよりは低い。
  ⅲ)また、この間の消費者物価指数の伸びは、1.34倍であった。
 ⑤2000年代
に入ると、2006年までの間で独り暮しの貧困ラインの伸び率が、一人当りGDPの伸び率を上回る年は1回(2001年)のみであった。この結果、この間の独り暮しの貧困ラインの伸び率は、やはり、一人当りGDPの伸び率を下回った。
  ⅰ)2006年の一人当りGDPは44,007ドルで、1999年の1.33倍となった。
  ⅱ)2006年の独り暮しの貧困ラインは10,294ドルで、1999年の1.21倍であり、一人当りGDPの伸びよりは低い。
  ⅲ)また、この間の消費者物価指数の伸びは、1.21倍であった。
 ⑥
上記の分析からわかるように、対前年度の伸び率を単年度でみると、独り暮しの貧困ラインの伸び率が、一人当たりGDPの伸び率を上回る年もあったが、10年後との刻みで見た場合、独り暮しの貧困ラインの伸び率は、一人当たりGDPの伸び率をいつも下回っている。ただし、独り暮しの貧困ラインの伸び率は、消費者物価指数の伸び率とほぼ一致しており、この点から言えば、貧困ラインの設定は、法律の趣旨どおり適性に行われている、と言える。
 この事は、
マクロで見た場合の経済規模の拡大(名目GDPや一人当りGDPの成長)が、必ずしも、ミクロレベル(個人単位)の豊かさの向上とは結びつかない、と言えるのではなかろうか?

7.個人所得

 所得の状況をみるために、15歳以上の2億3千6百万人について、2006年における個人の年間所得の区分別分布状況を右の図6に示す。図6の左側から、所得が5千ドル未満、5千ドル以上1万ドル未満、1万ドル以上2万5千ドル未満、2万5千ドル以上5万ドル未満、5万ドル以上7万5千ドル未満、7万5千ドル以上10万ドル未満、10万ドル以上、の7つの所得区分で区分した。
 注: この分布は、参考文献4のデータから作成した。

(1)所得区分別人数比

 5千ドル未満(空色) 20.3%(4,782万人)の個人が、年間所得5千ドル(日本円で約55万円)未満という、低収入である。
 5千ドル以上1万ドル未満(赤色) 9.1%(2,153万人)の個人が、この区分に属する。①の区分とあわせると、年間所得が1万ドル(日本円で約110万円)に満たない個人が29.4%(6,935万人)もいる。これは、第2項(2)で述べた貧困者数(3,646万人)よりもはるかに多い。これは、貧困ライン以下の年間所得であっても、裕福な家族(または、世帯)に属していれば、その個人は貧困者に区分されないからである。
 1万ドル以上2万5千ドル未満(黄色) 25.2%(5,939万人)の個人がこの区分であり、①②と合わせると、54.6%(1億2千875万人)の個人が年間所得2万5千ドル(日本円で約275万円)未満という低所得なのである。
 2万5千ドル以上5万ドル未満(薄いブルー) 24.9%(5,887万人)の個人がこの区分であり、①②③と合わせると、じつに、79.5%(1億8千762万人)の個人が年間所得5万ドル(日本円で約550万円)未満である。
 ⑤5万ドル以上7万5千ドル未満(紫色)
 11.0%(2,600万人)の個人がこの区分に属している。
 ⑥7万5千ドル以上10万ドル未満(緑色)
: 4.2%(1,002万人)の個人がこの区分に属する。
 10万ドル以上(青色) 5.2%(1,239万人)の個人の年間所得は、10万ドル(日本円で約1,100万円)以上であった。

(2)メディアン、平均値、ジニ係数

 メディアン 図6の分布でメディアン(中央値)は、25,795ドルである。
 平均値 そして、平均値は、37,517ドルである。
 ジニ係数 個人所得でのジニ係数は、0.502である。

(3)個人所得分布から言えること

 図6からまず言える事は、低所得者がいかに多いか、という事である。全体の5人に1人が年間所得5千ドル未満であり、年間所得1万ドル未満の人も全体の3割を占めている。
 個人所得レベルで、5万ドル未満を下流、5万ドルから10万ドルを中流、10万ドル以上を上流、というように、分類してみると、以下の比率となる。
  ⅰ)下流(5万ドル未満) 実に、79.5%(1億8千762万人)の個人が、下流階級に分類される。特に、最下層とも言える、年間所得1万ドル未満の個人が3割以上存在する、ということは、ある意味、驚きである。
  ⅱ)中流(5万ドルから10万ドル) わずかに、15.2%(3,602万人)の個人が、この中流階級に分類される。中流に属する個人の少なさにも驚かされる
  ⅲ)上流(10万ドル以上) わずか5.2%(1,239万人)の個人が、上流階級である。
 このことから、アメリカでは、ごく一部の人だけが高額の所得を得ており、ほとんどの個人が低所得に甘んじている、と言える。そして、中流階級も極めて少ない。健全な経済発展は、分厚い中流階級があってこそ可能である、とも言われているが、アメリカでは、中流階級が次々と下流階級に「没落」してゆく、という厳しい現実がある、ということを示しているのであろう。中流階級の没落、という問題については、また機会を新たにして取り上げたい。

8.世帯所得

 所得格差の状況をみるには、個人所得でみるよりは、世帯所得で調べたほうが実態を反映している、と言える。所得区分別世帯数の割合と、その区分に属する世帯全体の所得金額が、全部の所得金額に占める割合とをまとめて、右の図7に示す。
 注: 「世帯」とは、「一つ屋根の下」で暮らしているグループのことで、血縁関係の有無は問わない。また、「世帯」には、独り暮しの個人も含まれる。その点が「家族」と異なる点である。
詳しい定義については、アメリカ国勢調査局(US Census Bureau)の Current Population Survey (CPS) - Definitions and Explanations- を参照ください。

(1)所得区分別世帯数と所得額の割合

 それぞれの所得区分の世帯数の比率を図7の下の棒グラフ(世帯数比)で、また、各区分が、どれだけの所得金額を占めているかの割合を上の棒グラフ(所得額比)で示す

 ①1万ドル未満(空色)
  ⅰ)7.5%(869万)の世帯が、年間所得1万ドル(日本円で約110万円)未満という、低収入である。なお、このクラスの平均所得額は、5,111ドルである。
  ⅱ)また、このクラスの年間所得の合計額は、全体のわずか0.6%にすぎない。
つまり、最下層の7.5%の世帯の稼ぎを合計しても全体の稼ぎの0.6%にすぎなかった、ということであり、世帯数と所得額の比率の違いは10倍以上であ。
 ②1万ドル以上2万5千ドル未満(桃色)

  ⅰ)17.8%(2,062万)の世帯が、この区分に属する。なお、このクラスの平均所得額は、17,279ドルである。①の区分とあわせると、年間所得が2万5千ドル(日本円で約275万円)に満たない世帯が25.3%(2,930万世帯)となる。
  ⅱ)このクラスの場合、年間所得額の合計が全体に占める割合は、4.6%となっている。つまり、17.8%の世帯で、全体の4.6%の所得を稼いだ、という事である。①の区分とあわせると、下層クラスの25.3%の世帯で稼ぎ出す所得は、全体の5.2%に過ぎない。

 ③2万5千ドル以上5万ドル未満(黄色)

  ⅰ)26.1%(3,028万)の世帯がこの区分である。なお、このクラスの平均所得額は、36,421ドルである。①②と合わせると、51.4%(5,931万)の世帯が年間所得5万ドル(日本円で約550万円)未満の世帯所得なのである。
  ⅱ)このクラスでは、年間所得額の合計が全体に占める割合は、14.3%である。つまり、26.1%の世帯で、全体の14.3%を稼ぎ出した、というわけである。①②と合わせると、年間所得5万ドル以下の51.4%(5,931万)の世帯の合計所得金額は、全体の19.5%にすぎない、ということがわかる

 
5万ドル以上7万5千ドル未満(薄いブルー)
 
 ⅰ)18.2%(2,115万)の世帯がこの区分である。なお、このクラスの平均所得額は、61,096ドルである。
  ⅱ)
このクラスでは、年間所得額の合計が全体に占める割合は、16.7%である。つまり、18.2%の世帯で、全体の16.7%を稼ぎ出した、というわけである。
 7万5千ドル以上10万ドル未満(紫色)
  ⅰ)11.3%(1,312万)の世帯がこの区分に属している。なお、このクラスの平均所得額は、86,009ドルである。

  ⅱ)
このクラスでは、年間所得額の合計が全体に占める割合は、14.6%である。つまり、11.3%の世帯で、全体の14.6%を稼ぎ出した、というわけである。
 ⑥10万ドル以上15万ドル未満(薄いオレンジ色)
 
 ⅰ)11.5%(1,339万)の世帯がこの区分に属する。なお、このクラスの平均所得額は、119,461ドルである。
  ⅱ)このクラスでは、年間所得額の合計が全体に占める割合は、20.7%である。つまり、11.5%の世帯で、全体の20.7%を稼ぎ出した、というわけである。
 15万ドル以上20万ドル未満(青色)
 
 ⅰ)4.1%(475万)の世帯がこの区分に属する。なお、このクラスの平均所得額は、169,054ドルである。
  ⅱ)このクラスでは、年間所得額の合計が全体に占める割合は、10.4%である。つまり、わずか4.1%の世帯で、全体の1割以上(10.4%)を稼ぎ出した、というわけである。

 20万ドル以上25万ドル未満(灰色)
 
 ⅰ)1.5%(178万)の世帯がこの区分に属する。なお、このクラスの平均所得額は、219,377ドルである。
  
ⅱ)このクラスでは、年間所得額の合計が全体に占める割合は、5.0%である。つまり、1.5%の世帯で、全体の5.0%を稼ぎ出した、というわけである
 25万ドル以上(赤色)
 
 ⅰ)1.9%(224万)の世帯が、年間所得で25万ドル(日本円で約2,750万円)である。なお、このクラスの平均所得額は、448,687ドルである。
  
ⅱ)
1.9%(224万)の世帯が、 このクラスでは、年間所得額の合計が全体に占める割合は、13.0%である。つまり、わずか1.9%の世帯で、全体の13.0%を稼ぎ出した、というわけである。


 なお、2006年の総世帯数は、1億1,600万世帯、平均の世帯所得額は年間で66,572ドルであった。

(3)世帯所得分布から言えること

表6 世帯員数別比率とジニ係数
単位:千世帯 世帯数 構成比 ジニ係数
独り暮し 31,132 26.8% 0.472
二人世帯 38,580 33.3% 0.416
三人世帯 18,808 16.2% 0.406
四人世帯 16,172 13.9% 0.366
五人世帯 7,202 6.2% 0.384
六人世帯 2,702 2.3% 0.397
七人以上世帯 1,415 1.2% 0.364
全体 116,011 100.0% 0.447
 注: 1世帯の平均人数: 2.56人

 図7からは、世帯単位でも、所得の格差は大きい、ということが分かる。
 世帯所得レベルで、5万ドル未満を下流、5万ドルから15万ドルを中流、15万ドル以上を上流、というように、分類してみると、以下の比率となる。
  ⅰ)下流(5万ドル未満) 過半数を上回る51.4%(5,931万)の世帯が、下流階級に分類される。世帯数では過半数だが、稼ぎ出す所得金額では、19.5%を占めるにすぎない。
  ⅱ)中流(5万ドルから15万ドル) 41.0%(4,766万)の世帯が、この中流階級に分類される。この4割強の中流階級が稼ぐ所得金額は、全体の過半数をやや上回る52.0%である。
  ⅲ)上流(15万ドル以上) わずか7.5%(877万)の世帯が、上流階級である。この7.5%の上流階級が稼ぐ所得金額は、全体の4分の1を上回る28.4%である。
 世帯単位でみると個人レベルよりは格差が縮小している、と言えるが、やはり、アメリカは、格差社会だといえる。


(4)世帯サイズとジニ係数

 世帯の構成人数別の比率とジニ係数を右上の表6に示す。

表7 世帯タイプ別比率とジニ係数
単位:千世帯 世帯数 構成比 ジニ係数
家族型世帯 78,425 67.6 0.407
非家族型世帯 37,587 32.4 0.476
  独り暮し世帯 31,132 26.8 0.472
  その他 6,455 5.6
全体 116,012 100.0 0.447

 ①二人世帯が最も多くて、全体の33.3%(3,858万世帯)、ジニ係数は0.416である。
 ②次に多いのが、独り暮しである。全体の26.8%(3,113万世帯)で、ジニ係数は0.472。独り暮しでは、格差が相当大きくなっている。


 ③それに次ぐのが3人世帯で、16.2%(1,881万世帯)、ジニ係数は0.406。
後は、世帯員数が増えるにつれて、世帯数は減り、ジニ係数も小さくなって格差も縮小する。(ただし、5人世帯、6人世帯のジニ係数は、4人世帯よりも大きい)。
 ④世帯平均で見た場合、世帯員数は2.56人、ジニ係数は0.447である。


(5)家族と世帯

 家族と世帯の関係について、世帯タイプ別の比率とジニ係数を右上の表7に示す。

 ①家族型の世帯は、全体の67.6%(7,843万世帯)、ジニ係数は0.407。
 ②非家族型の世帯は、全体の32.4%(3,759万世帯)で、ジニ係数は0.476であり、格差は家族型世帯よりも大きい。
 ③非家族型世帯のうち、5.6%(646万世帯)は、特殊な形態の世帯となっている。

9.最低賃金と貧困ライン

 貧困ラインの設定が、経済成長に比べて不十分である、ということ、および、その結果か否かは分析してはいないが、現在のアメリカの所得格差は極めて大きい、ということをみてきた。そこで最後の分析ポイントとして、連邦最低賃金と貧困ラインの推移を下の図8に示す。



(1)連邦最低賃金と貧困ラインの推移(図8)

 ①1959年に1ドルであった連邦最低賃金は、貧困ラインの引き上げと連動するような形で上昇していった。
 しかし、1981年に3ドル35セントに引き上げられて以来、1989年まで、そのままで据え置かれた。この間、貧困ラインは、消費者物価指数の上昇に連動して上昇している。1981年と1989年で比較すると以下のようになる。
  ⅰ)1981年: 貧困ラインは4,620ドル、最低賃金は3ドル35セント。その比率は、“1,379.1対1”である。
  ⅱ)1989年: 貧困ラインは6,310ドルと1.37倍に増えたのに、最低賃金は据え置きのままであった。このため、比率は、“1,883.6対1”へと広がった。
 最低賃金はその後、1990年、1991年と連続して引き上げられたので、1991年の貧困ライン(6,932ドル)と最低賃金(4ドル25セント)の比は、”1,631.1対1”へと多少は縮まった。
 1991年から1995年まで、最低賃金は5年間据え置かれた。その結果、1995年の貧困ライン(7,763ドル)と最低賃金(4ドル25セント)の比率は、“1,826.6対1”へと再び広がった。

表8 米国歴代大統領
歴代 大統領名 政党 就任年 在職期間
34代 アイゼンハワー 共和党 1953 8年間
35代 ケネディー 民主党 1961 2年間
36代 ジョンソン 民主党 1963 6年間
37代 ニクソン 共和党 1969 5年間
38代 フォード 共和党 1974 3年間
39代 カーター 民主党 1977 4年間
40代 レーガン 共和党 1981 8年間
41代 ブッシュ 共和党 1989 4年間
42代 クリントン 民主党 1993 8年間
43代 ブッシュJr. 共和党 2001 現職

 その後、1996年、1997年と連続して最低賃金が引き上げられた結果、1997年の貧困ライン(8,183ドル)と最低賃金(5ドル15セント)の比は、”1,588.9対1”へと再び縮まった。
 しかし、1997年から2006年まで、最低賃金は据え置かれたままであった。このため、2006年における貧困ライン(10,294ドル)と最低賃金(5ドル15セント)の比率は、“1,998.8対1”へと再び大きく広がった。つまり、貧困ラインは7.02倍になったのに、連邦最低賃金は5.15倍にしかならなかった、ということである。
 この長く据え置かれた最低賃金が、いわゆる「ワーキングプア」の大きな原因とも言える。このため、2007年以降、2009年まで、以下のごとく、連邦最低賃金を引き上げる事が決められた。
 ⅰ)2007年: 5ドル85セント、 ⅱ)2008年: 6ドル55セント、 ⅲ)2009年: 7ドル25セント


(2)歴代大統領

 連邦最低賃金の推移と、歴代大統領の関係をみてみよう。右の表8に1959年から2006根までの歴代大統領を示す。この表と、図8から面白いことがわかる。

 連邦最低賃金のh上昇と貧困ラインの伸びとが乖離し始めた1981年以降8年間、大統領を務めたのは共和党のレーガンである。
 1997年から4年間は民主党のクリントン大統領だったが、2001年以降の大統領はは共和党のブッシュJrであり、連邦最低賃金はその間、ずっと据え置かれた。
 レーガンもブッシュJrも、いわゆる新自由主義とも称される「市場原理」と「自己責任」を強調した経済政策が採られた。この政策は、経済を成長させたかもしれないが、同時に貧富の差を拡大した、といわれている。
 日本も、バブル経済崩壊後、失われた10年を取り戻すために、このアメリカ型市場主義経済がとられてきた。その結果が、「回復感なき経済成長」であり、「格差の拡大」であった。


 注: 新自由主義についてはここをクリックしてください

9.最後に

 今回は、世界最大の経済大国であり、軍事大国でもあるアメリカの格差と貧困に着眼して、「貧困ライン」を中心に据えて分析した。アメリカは、新自由主義を標榜して、経済を発展させてきた。日本も、中曽根改革以降、小泉改革に至るまで、この米国の路線に追随してきた。しかし、ここで分析したように、経済は拡大しても、その恩恵を受けるのは一部の富裕層に限られ、貧困層は切り捨てられてしまい、結果として、所得格差は拡大する、という事がわかってきた。
 これに対し、北欧の経済成長を分析した際に、北欧諸国は、経済成長と格差の縮小とを両立させていることをみてきた。日本でも、そろそろ、アメリカ追随をやめて、北欧諸国を見習うべきではなかろうか?さもないと、10年後には、日本は今のアメリカのように貧富の差の大きな社会になってしまう恐れがある。

参考文献: 1.「ルポ 貧困大国アメリカ」、堤 未果、岩波新書
         2.アメリカ国勢調査局(US Census Bureau)のホームページ
         3.アメリカ国勢調査局(US Census Bureau)の貧困に関するデータ
         4.アメリカ国勢調査局(US Census Bureau)の所得に関するデータ
         5.米国のGDPの推移に関するWEB(Measuring Worth)
         6.貧困大国アメリカ



北欧に関するコラムは以下の通り。

84.福祉国家の経済成長-北欧の挑戦と日本の凋落
85.北欧諸国と日米英独仏の比較
86.北欧諸国の教育・福祉制度


格差に関するコラムは以下の通り。

33.データから見る格差 34.新しい階級社会の誕生 35.様々な格差
36.老人格差 44.ワーキング・プア 53.所得格差と国際比較
59.教育格差と格差の世襲 60.教育格差の現状 61.教育格差と国際比較
64.団塊の世代と団塊格差  65.団塊ジュニアとその格差 
66.団塊ジュニアの結婚格差と少子化問題 79.所得格差と格差拡大税制
80.国民負担率と国際比較


格差問題の背景としてのグローバル化と日本型雇用の崩壊に関するコラムは以下の通り。

46.経済のグローバル化 47.正社員システムの崩壊  48.年功序列賃金の崩壊?
49.労働組合の衰退 50.多様化する雇用形態 52.いじめられるサラリーマン
54.フラット化する世界(1) 55.フラット化する世界(2) 57.フラット化する世界(3)
58.フラット化する世界(4) 22.雇用状況の変遷


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