75.医療制度の国際比較(3) アメリカの医療制度(2) 
               (
2007年7月13日記載)

 前回は、アメリカの医療制度の現状と問題点のうち、マネジドケアの抱える問題を中心に分析した。今回は、アメリカの医療制度について、医療の質の問題や、アメリカの医療費がなぜ世界一高いのか、といった問題を中心に検討する。

1.アメリカの医療保険制度の概要

(1)医療保険のフレームワーク

 アメリカの医療保険のフレームワークを下の図に示す。
 (この図は、右のURLより引用:「見る!北米医療シリーズ 1.保険と医療費」)



 @高齢者と退職者に対しては、公的保険としてのメディケアがある。
 A貧困者と障害者に対しては、公的保険としてのメディケイドがある。
 B一般のサラリーマンや民間の組織で働いている人、および、学生や自営業者は、HMO、PPO等のマネジドケアや別の形態の民間の保険に加入する。
 C連邦・地方の公務員には、公務員を対象とした公的保険が別途用意されている。
   注: 連邦公務員向けのプランは、FEHBP (Federal Employee Health Benefit Program)
      地方公務員向けのプランは、SEHBP (State Employee Health Benefit Program)

表1 医療費の支払方法
PPS/DRG 疾病診断群予見定額払制度 1983年、メディケア入院費用の償還方法として導入。
RVS(RBRVS) 資源準拠相対評価方法 1951年、ブルーシールドが開発、1993年にRBRVSとしてメディケア医師に適用。診療費、事務管理費、医療過誤費の相対係数によって各医師の償還額を決定。
RUG 資源利用グループ別費用支払方法 長期ケアニーズ分類(MDS評価)に基づく、メディケア、メディケイド、ナーシング・ホームへの償還方法
AAPCC メディケアHMO加入者1人当り平均医療費の修正方法 年齢、性別、移住地域、メディケイドの有無、事業主保険の有無などを変数として、出来高の95%部分に適用(入院・外来2本立て)
PMPM 加入者1人当り1ヶ月当り定額支払方法 HMOにおける医師の定額給付水準を設定するための医師評価方法。プライマリケア医(主治医)と専門医を別々に評価する。
UCR/CPR 医師への出来高給付設定法 UCRは民間出来高保険。CPRはメディケアが採用。個別医師の請求額と移住地域の90%の同僚医師が請求する額を比較し、低いほうを給付
HHA/PPS ホームケア提供者予見定額支払制度 2000年、メディケア在宅医療費の償還方式として採用。在宅ケアニーズに基づいて患者を88分類しそれぞれに予見定額を設定。

(2)医療費の支払方法

 医療費の支払方法は多岐にわたるが、その概要を右の表1でまとめて示す。
 略称とフルネームを以下に示すが、大体が定額方式での支払い方法である。

 @PPS/DRGProspective Payment System/Diagnosis Rlated Group
 ARVS(RBAVS)Relative Value System (Resource Based Relative Value System)
 BRUGResource Utilization Group
 CAAPCCAdjusted Average Per Capita Cost
 DPMPMPer Member Per Month
 EUCR/CPRUsual Customary Reasonable / Customary prevailing Reasonable
 FHHA/PPSHome Health Agency / Prospective Payment System

(3)医療保険への加入状況 

 2002年現在で、3億1,140万人いるアメリカ人の、公的私的な医療保険プランへの加入状況を、下の図1に示す。
 (この図は、前記のURLから引用)。


(3−1)公的保険プラン

 以下の3種類で、合計38.0%、約1億1,820万人

 @メディケア: 12.2%、約3,800万人 
 Aメディケード: 13.2%、約4,100万人 
 B公務員向け: 12.6%、 約3,920万人。その内訳は下記の通り。
  @.連邦公務員向け(FEHBP): 5.6%、 1,730万人
  A.地方公務員向け(SEHBP): 7.0%、 2,190万人

(3−2)私的(民間)保険プラン 

 以下の3種類で、合計47.8%、約1億4,920万人

 @企業団体保険: 38.5%、約1億2千万人
 A企業退職保険: 4.2%、約1,320万人
 B個人民間保険: 5.1%、約1,600万人

(3−3)無保険者 

 メディケアやメディケードの対象とはならないが、民間の医療保険にも加入しない(できない)人達は無保険者となってしまう。この無保険者は、14.2%、約4,400万人

(4)サラリーマンの加入状況 

 2002年における企業従業員(いわゆるサラリーマン)の保険プラン別加入者分布は右の図2の通りである。
 (この図は、前記のURLから引用)。

 @もっとも多いのがHMOの30%である。
 A次に多いのがPPOで、シェアは27%
 B3番目がPOSで、シェアは20%
 C4番目がPPOとFFSの組み合わせで、シェアは18%である。。
 D完全出来高制が、一番シェアが少なくて、わずか5%である。(完全出来高制は、最高の医療サービスを受けられるが、保険料も、一番高い)。

注1: HMO、PPO、POSについては、前回のコラム(「74.医療制度の国際比較(2):アメリカの医療制度(1)」を参照ください)。
注2: FFS:Fee for Service Plan、 出来高払いで払う方式。

(5)保険プラン別医療費の構成比 

 2002年における保険プランごとの医療費の構成を右の図3に示す。(この図は、前記のURLから引用)。

 @もっともシェアの多いのが、HMOやPPO、POSといったマネジドケア向けで、全体の39%
 A次がメディケアの17%
 B3番目が、メディケイドの16%。メディケアとメディケイドの両方を合わせても、33%であり、マネジドケアの39%には及ばない。
 C公務員向けのFEHBPとSEHBPは、4番目でシェアは11%
 D出来高払方式(FFS)は、さらにそれより少なくシェアは9%。
 E残りの8%は、自己負担分である。


(6)サービス別医療費の構成 

 医療サービス別の医療費の構成比が、2002年でどうであったかを、下の図4に示す。

 @もっとも多いのが“入院費用”で23%。
 A次が“医師への支払”で20%。(前回のコラム(「74.医療制度の国際比較(2): アメリカの医療制度(1)」で説明したように、アメリカでは、病院と医師が雇用関係に無いケースが多く、その場合には、病院と医師が別々に請求する事となる)
 B3番目が“外来”で16%。
 C4番目が“医薬品”の15%。(アメリカでは、完全な医薬分業であり、医薬品代は薬局に支払われる)。
 D5番目が“歯科”向けの15%。
 E6番目が”リハビリ”の9%。
 F最後の7番目が“ナーシングホーム”の8%。
注: アメリカには、「介護保険」はない。このため、高齢者の介護が大きな社会問題になりつつある。ただ、貧困者向け公的保険のメディケイドでは、ナーシングホームでの費用をカバーしている。アメリカの介護問題については、別の機会で取り上げることにしたい。

(7)代表的マネジドケアの収益規模 

 HMO、PPOといったマネジドケアを運営している団体、企業の収益規模はどうなっているのであろうか。
 代表的なマネジドケアについて、下の表2にまとめて示す。

表2 代表的マネジドケアの収益規模
保険者 加入者(万人) 収入 (億ドル) 純益 (億ドル) 利益率 備考
Blue Cross & Blue Shield 19,700 1,260.0 229.0 18.2 全米最大の非営利HMO&PPO(個人加入)
Aetna US HealthCare 1,300 198.9 25.2 12.7 エトナ保険会社とUSヘルスケア(HMO)の合併
CIGNA Healthcare 940 193.5 -4.0 -2.1 シグナ保険会社のHMO&PPO
Kaiser Permanente 840 225.3 28.6 12.7 全米最古のスタッフHMO
Humana Care Plus 640 109.3 1.4 1.3 株式会社病院チェーンのHMO&PPO

 @CIGNA Healthcare 社のみが赤字であるが、その原因は、9.11同時多発テロの再保険補償に伴う支払のためである。
 A全米最大の非営利マネジドケア企業であるブルークロス・ブルーシールド社(以下、BCBS社)は、1982年に、ブルークロス協会ブルーシールド協会が合併して発足した。
 Bブルークロス協会は、1930年以降、アメリカ病院協会の支持を受けて、病院保険の非営利法人として、全米各州に設立されていった。
 C一方、ブルーシールド協会は、1940年以降、アメリカ医師会に支持されて、医師診療保険の非営利法人として、全米各州で設立された。
 D各州の保険者は、病院保険・医師保険を問わず、BCBSから認定を受けとることで「ブルーズ」の名を冠することができる。
 Eつまり、「ブルークロス・ブルーシールド」との名称は、ライセンスであり、ブランド名である。したがって、各州のBCBS社には各々の持ち味があり、経営のスタンスも微妙に違う。カリフォルニア州BCBS社は営利企業形態に転換したが、マサチューセッツ州では非営利組織のまま運営されている。
 FエトナUSヘルスケア社は、営利保険会社であるが、これは、全米屈指の保険会社であるエトナ社が、医療保険事業を営むプルデンシャル社および、USヘルスケア社を買収した上で、事業を集約し、新たに設立した会社である。


市場主義医療の問題点 

 アメリカは、先進諸国の中で、唯一、市場主義で医療制度を運営している国である。アメリカの医療の「光」と「影」もこの「市場主義」の結果として生まれている。ここでは、その影の部分をいくつか取り上げる。

(1)公的医療保険も食い物とする民間保険会社 

 アメリカ政府は、年々高騰するメディケアやメディケイドへの財政抑制支出を抑制するために、1986年から1991年にかけて、公的保険にも民間保険HMOの参入を認めた。それぞれ、メディケアHMO、メディケイドHMOと呼ばれている。このうち、メディケアHMOの浸透振りを右の図表11に示す。(この図表は、参考文献1から引用)。

 @全米での浸透率は、1990年の5.7%から1999年の16.5%まで、3倍近くに急増した。
 Aその理由として、HMOは、メディケアがカバーしていない薬剤費をカバーしたり、窓口の自己負担を安くしたり、という加入者へのメリットを提供した事があげられる。
 Bところが、この話には裏がある。HMOが加入を勧めたのは「元気老人」だけなのである。病弱な老人がHMOに加入できないようにあの手この手の対策を立てている。
 Cその結果、メディケア財政は、当初目論んだ5%削減どころか、かえって支出増になってしまった。
 D政府は、メディケアでの高齢者一人当りの平均医療費の95%で、HMOに丸投げした。したがって、HMOが全員を引き受けてくれれば、5%の経費削減になるはずであった。ところが、HMO側は、元々、医療費のかからない「元気老人」だけを「さくらんぼ摘み」したために、医療費のかかる病弱老人のみがメディケアに残り、かえって、経費増となってしまった、というわけである。

(2)市場主義が生み出す「負担の逆進性」 

 市場原理の下では、財力の乏しい患者がアクセスや質の差別を受けるばかりではなく、「負担の逆進性」(「条件の悪い人ほど重い負担を負わされる」)という大きな問題も生み出している。

 @保険料負担の逆進性 日本の場合、収入の多い人ほど保険料を多く払うということが当たり前になっている。しかし、アメリカの場合は、企業による医療保険提供が「優秀な人材をスカウトするための手段」として成立したという経緯もあり、企業の地位が上がるほど(つまり、収入が増えるほど)保険料が安くなる、という「負担の逆進性」が当たり前になっている。
 A医療負担の逆進性 財力の無い人ほど、保険に加入できない。このため、ひとたび病気にかかると、医師や病院から高い医療費を請求されるのである。というのも、市場原理の下では大口顧客ほど価格交渉力が強くなるから、多数の加入者を抱えている保険会社は、医師や病院と交渉して大幅な値引きを獲得することができる。ところが、無保険者の場合、そういった「後ろ盾」がないので、極めて高い「定価」で医療費を請求され、それを払わざるを得なくなるからである。
 B負担の逆進性がもたらす「低保険」の問題 右の図6に示すように、医療保険料が、2000年以降急激に上昇した。(この図は、参考文献2から引用)。
 そのため、ミドルクラス以下の人達は、保険料の支払に耐えかねて、給付制限がたくさんある「より安い保険」に加入するようになった。こうした「低保険」の結果、病気になった場合に、治療内容によっては、無保険となり、より高い治療費を負担しなければ、その治療を受けられなくなるのである。
 C保険料高騰の背景としては、以下の3点があげられている。

 @.マネジドケアの効果にかげりがでてきた マネジドケアの問題点として指摘された「医療内容への介入」と「患者のアクセス制限」について、国民からの不満が高まり、様々な法的規制がかけられるようになった。



 A.新薬の膨大な開発費や医療の技術革新 カイザー財団が、医療コストの内訳を医療サービス別に、1990年と2000年とで比較調査した。その結果を右の図7に示す。薬代だけが、5.8%から9.4%(1.6倍)へと大幅に上昇している。
 注: 薬代が高くなっている背景には、「一錠10年」と言われるほどの新薬の開発に膨大な費用をかけていることが大きい。
 製薬会社はこうして高い費用をかけて開発した薬をつかってもらうために医師を接待したり、業界に有利な政策をとるよう政界に働きかけたりした。こうした開発費、接待費、政治工作費を回収するために、薬代はどうしても高くなってしまうのである。
 B.高齢化で医療コストが上昇した 人口の高齢化は、老人の慢性的医療にかかる費用の上昇をもたらす。

(3)利潤追求で暴走する株式会社の病院 

 @アメリカでも株式会社が経営している病院は全体の10%そこそこにすぎない。しかし、地域に「サービスの質を落としてでも価格をさげて利潤を追求する」医療企業が参入すると、「サービスの質を追求する」病院もその企業の経営手法をまねないと競争に負けて潰されてしまう。この現象は、吸血鬼にかまれたものが吸血鬼になるということで、「バンパイア(吸血鬼)効果」とよばれている。
 Aアメリカの株式会社病院の実態は恐ろしい。テネット社という有数の病院チェーン、売り上げは1兆7000億円、利益が1200億円という優良な経営をしてきた。どうやって大きくなり、利益をあげたのか。
  @.まず、競合相手の病院を買収して閉鎖すると言うことまでして強引な寡占化をする。競争相手がなくなると、非営利病院の何倍近い定価で医療を行っても他に病院がないので患者が来る。
  A.次に、看護師を辞めさせ看護助手という無資格者を雇う。不採算部門の科を閉鎖する。
  B.ついには、病院ぐるみによる不正請求も行う。テネット社も不正請求が発覚し株価が暴落したが、その後さらに、チェーン病院の一つで何の病気もない何百人もの人に冠動脈のバイパス手術をしていたことが発覚してFBIの強制捜査を受けた。
  C.このテネット社を作ったCEO、ジェフリー・バーバコウがストックオプションで得た株を1億2,000万ドルで売却し巨大な利益を得た。当然株主は怒ってぼろ儲けした金を返せと株主訴訟を起こしたが、返さないと拒否した。こういう人がアメリカの株式会社病院を経営している。
 B企業犯罪が多いといったが、HCAという非常に大きな病院チェーンでは不正請求で政府と2000年に970億円、2002年にも1,050億円と高額示談を二度も行った。
  @.HCAを創設したトマス・フリストJrの弟も外科医でビル・フリストというが共和党の上院院内総務で、日本に株式会社病院の規制緩和を要求している。2005年6月にHCAの株が暴落する前に株を売り抜けインサイダー取引の疑いをもたれた。
  A.
こういう人たちがアメリカの政府上層部にいて対日要求をしてきているのだ
 C次のようなデータもある。
  @.非営利病院が株式会社病院に変わると、平均死亡率が0.266から0.387へと50%も増加
、逆に株式会社から非営利に変わった病院は、死亡率が下がっている。
  A.入院費用は、非営利病院が株式会社病院に変わると、8,379ドルが10,807ドルへと2割近くも上昇。逆に、株式会社が非営利に変わっても、7,204ドルが7,486ドルへと余り変わらない。
  B.つまり死亡率が上るし、お金も高くなり、良いことは何も起こらない。
規制改革会議の方々の主張(病院を株式会社にすれば、医療サービスの効率化が達成され、より良いサービスがより安く提供される)とは正反対のデータが出ている
 注: アメリカの株式会社病院の代表的なもの下の表に示す。
    HCAは全米でトップテネット社は全米第2位の巨大な株式会社病院である。

      

 注1: 上の表は、右のURLより引用: 見る!北米医療シリーズ 3.病院・医師&スタッフ
 注2: アメリカの病院についての体験談は、右のブログ参照: ワクチン騒動とアメリカの病院システム

マネジドケアと医療の質

 @医療分野を営利市場に開放すると、医療の質はどうなるのだろうか?すでに、上で述べたように、“非営利病院が株式会社病院に変わると、平均死亡率が0.266から0.387へと50%も増加”したというデータがある。(逆に株式会社から非営利に変わった病院は、死亡率が下がっている)。
 A老人患者と貧困患者についてHMOかFFSかで、病状の悪化、改善を調べたデータを右の図表15に示す。(この図表は、参考文献1から引用)。
  @.老人患者の場合 病状の改善度合いを比べるとHMOとFFSでは差が無いが、病状の悪化度合いを比べると、明らかにHMO加入者のほうが悪い結果を示している。
  A.貧困患者の場合 病状の改善度合いを比べると、明らかにFFSのほうが良い結果を示している。また、病状の悪化度合いを比べると、明らかにHMO加入者のほうが悪い結果を示している。
 Bある営利のHMO会社は、冠動脈バイパス術を受ける患者を、ニューヨークで前年度もっとも成績の悪かった病院に送っている。その理由は、成績の悪い病院は手術料を値切って契約できるからである。
 CHMOの加入者が、総合病院のER(救命救急質)で治療を受ける場合、治療内容については、HMOも干渉できない。しかし、治療が終わって、いざ入院という段になると、病院の質とか治療成績等とは無関係に、HMOが契約している病院の中でもっとも安い病院に入院させるように、と干渉してくるのである。
 D上記の分析からわかるように、
営利主義で施される医療の質は明らかに悪い、ということが言える。

4.アメリカの医療費はなぜ、世界一高いのか?

 アメリカの医療費は世界一高い。アメリカは、高騰する医療費を抑制するために、マネジドケア、定額制支払、市場主義の導入等々、様々な対策を講じてきた。しかし、打つ手打つ手が裏目に出て、かえって、医療費を押し上げる、という悪循環にはまっている。ここで、アメリカの医療費がなぜ、世界一高いのか、その原因を分析してみよう。

(1)市場主義の失敗 

 何度も述べているように、アメリカの医療制度は、「市場主義」を導入している。その狙いは、医療を効率化し、安価で高品質な医療を提供しよう、というものである。ところが、現実はその通りにならず、高価で低品質な医療となってしまった。「市場主義」が思惑通りにいかなかった、原因としては以下の事が考えられる。

 
@保険者による「さくらんぼ摘み」が行われ、結果として、医療費の総額が増える。(これは、既に述べた)。
 A利益優先の企業によって「バンパイヤ効果」が起こり、医療の質が低下する。(これは、既に述べた)。
 B市場関係者によるパワーゲームの結果、必ずしも、患者に最適な結果が生まれるとは限らない。これは、前回のコラム「74.医療費の国際比較(2):アメリカの医療制度(1)」で述べたが、保険購入者と保険会社、医療機関との力関係から、結局、治療費が高くなり、そのため、医療保険料が高くなり、全体としての効率化にはつながらず、コストアップとなってしまった。
 C市場経済の管理・事務コストが膨大になり、それが、医療費に跳ね返り、結果として医療費のアップを引き起こしている。なぜ、管理・事務コストが膨大になるかというと、以下のようになるからである。
  @.アメリカには千数百の民間医療保険会社があるが、各保険会社によって、また、同じ保険会社でも保険の種類によって契約内容は異なる。(日本は、診療報酬体系で一本化されているから、このような事はない)。
  A.医療機関が請求書を作成する際には、各患者がどの保険会社のどんな種類の保険に入っているかを一つ一つ調べなければならない。この事務量が大変である。約800床のマサチューセッツ総合病院では、請求事務だけを行う事務職員が350名以上いる。一方、国民皆保険制度をとっているカナダの場合、同規模の病院では請求事務担当の職員は10人足らずで充分との事。
 D医療費が、医療以外の分野に流れる。病院も保険会社も、株式会社の場合には、利益が株主への配当とか、経営者への特別ボーナス等の形で支払われる。非営利組織の場合には、利益はこのように外部に流出することはなく、すべて、医療の分野で再投資される。つまり、市場主義の場合、医療分野で獲得した利益が、医療費の引き下げとか医療の質の向上といった分野以外に流れてしまうのである。

(2)多すぎる医療過誤訴訟 

 @アメリカは弁護士の数が90万人(議員になっている人も多いので実働60万人くらい)と非常に多く、訴訟社会となっている(日本の弁護士の数は2万人足らず)。医療の世界でも例外ではなく、弁護士は患者に積極的に医療過誤訴訟を促しており、医師は常に、医療過誤訴訟におびえている。(勝訴した時は、補償金の3〜5割は弁護士がもらうことになっている)。
 A医師もいつ訴えられるかわからないので、ほとんどの医師が訴訟に備えて保険に入っている。その保険料が数百万ドルにものぼるのだ。というのは、近年、医療過誤訴訟の補償額が上昇しているので、保険料も高くなっているのである。
 B一般に内科系は安いが外科系は相当高くなっていて、最低でも年収の1〜2割が医療過誤保険料となっている。とくに、悲惨なのが産婦人科で、年間保険料が1000万円から2000万円にのぼるものもある。(眼科は、医療過誤で訴えられる危険性が低いにもかかわらず、高度治療で多額の報酬が得られるそうである。このため、学生の人気は眼科に集中しているとの事)。
 Cそこで、医師は訴えられないように、必要以上に検査をし、専門医の診察を受けさせようとするとともに、多数の書類に患者の同意を求めて署名捺印させ、それを万一に備えて整理保管しておく。
 Dさらに、高騰する医療保険の支払に耐え切れない医師が廃業に追い込まれる場合がある。コネティカット州では、2002年から2003年にかけて28人の産婦人科医が廃業したそうである。
 Eこうした事態に対応するため、州によっては損害賠償額の上限を定めるところが出てきた。(損害賠償額の平均額は、1995年から1997年までは200万ドルだった。ところが、1998年には300万ドル、2001年には400万ドルと急激に増加したそうである)。
 F医師によっては、上限額の定めのない州から、上限額のある州へと移住する場合もあるそうである。
 Gこういった費用のすべては回りまわって医療費を押し上げる大きな要因となるとともに、医療の現場に大きな混乱を生み出している。

(3)医療施設の利用効率の低下 

 @アメリカの医療制度の下では、マネジドケアにより患者に対するケアを制限しておきながら、医療施設、医療従事者は充分に余っている。たとえば、病院のベッドの3分の1はいつも空いているし、医師の数も多すぎるのだ。しかし、それは、「需要」が不足しているからではない。
 A「負担の逆進性」のところで述べたように、無保険者、あるいは、「低保険者」は、必要な医療を「金銭的理由」から受けられないのだ。病院の施設利用効率を上げる事だけを考えれば、こうした人達を対象に安く提供すればよさそうなものだが、そうはいかない。HMO等の保険者がそのような行為を許さないからだ。(もし、そのような事をすれば、契約医療機関リストからはずされ、HMO等に加入している患者がこなくなる)。
 B医療施設の無駄遣いは、回り回って医療費のアップへとつながってゆく。

(4)家庭へのコストシフト 

表3 ある保険会社が認めて   いる入院期間
病名 入院期間
脳卒中 1日
肺炎 2日
心筋梗塞 4日
冠動脈バイパス術 4日
自然分娩 2日
乳がん手術 1日

 @民間保険会社にとって、患者の入院期間は短いほど利益が上がる。また、病院においても、DRG/PPS等の「定額払い」が適応されている患者は、入院期間が短いほど病院の収入になる。このため、アメリカの入院日数は右の表3に例示するごとく、驚くほど短い。(表3は、ある民間保険会社が認めている入院期間である)。
 A入院期間が短い、ということは、その期間で完治する、ということではない。(表3の入院期間は、医療保険のコンサルタント会社がエビデンスもなく決めたとのこと)。したがって、退院後は家庭で治療を続けることになる。
 Bたとえば、乳がん患者は、手術翌日にはドレーンをつけたまま退院させられて、患者家族が術後のケアをしている。こうした家族が負担する看護・介護の費用は、医療費統計には表れてこないので、実際の医療費負担は、データ以上に大きいということである。
 C自然分娩の入院期間も、最初は1日であった。しかし、それでは「ドライブ・スルー出産」あるいは「特急出産」であって、母子の安全が確保できないのではないか、という不安から、市民運動がおこり、その結果、2日に延びたのである。
 Dこのように、アメリカの「入院期間は短いが、それは、患者や家族にとっては困った話」なのである。また、病院にとっても、前の「(3)医療施設の利用効率の低下」のところで述べたように、結局は医療施設の無駄につながり、医療費を引き上げる結果をもたらしているのだ。


5.アメリカの医療制度と日本の医療改革

 @日本の医療は憲法25条に基づく社会保障の一環として行われ、公平平等を基本理念としている。これは、医療分野をビジネスの場として考えているアメリカの医療とは、基本的に相容れない理念である。
 Aしかるに、日本政府は、この日本の医療にもアメリカのような市場原理を導入し、株式会社病院のみならず、混合診療の解禁、公的保険の内外に営利民間保険の参入容認等の、「規制改革」を推し進めようとしている。
 Bこのコラムで分析したように、アメリカの市場主義医療制度は完全に破綻している、と言い切れる。コストは世界一高いし、医療へのアクセスは日本とは比較にならないくらい悪い、さらに、「医療の質」そのものも、優れているとはいいにくい。そのような「破綻したアメリカ型医療」への転換には、断固反対しなければならない。
  注: たとえば、右のURL参照: 日本の医療を食い物にするアメリカ
 C参考文献3によれば、医療費高騰と効率低下を同時に招いた普遍性の高い失敗例として、以下の4例が挙げられているが、日本が進めている医療改革の政策はこの失敗例を忠実に踏襲しようとしている。この悪しき流れをどこかで断ち切らないと、日本の医療制度は、アメリカやイギリスの医療制度のように、崩壊してしまう。
  @.保険組織の民営化、すなわち、公的医療保険制度の役割を縮小し、営利保険企業の役割を増大させる改革案:
  A.医療機関へ営利企業の参入を認める改革案:
  B.医療機関への診療報酬を一律に引き下げる改革案:
  C.患者の窓口負担増等により、経済的動機付けでコスト削減を目指す改革案:

6.最後に

 アメリカの医療制度の概要と問題点について、前回のコラムとは別の角度から分析してきた。
 そして、現在進められている日本の医療改革の方向の誤りを指摘し、路線転換の必要性を指摘した。
 しかし、これだけ問題の多いアメリカの医療制度に対して、改革の動きはどうなっているのであろうか?
 実は、アメリカ国内でも、マネジドケアの見直しや、国民皆保険制度を目指して戦っている医師たちのグループがある。
 次回は、そうしたアメリカの医療制度の改革を求める運動を分析していきたい。

参考文献: 1.「市場原理のアメリカ医療レポート」、三浦清春、かもがわ出版
         2.「介護地獄アメリカ」、大津和夫、日本評論社
         3.「苦悩する市場原理のアメリカ医療」、アメリカ医療視察団、あけび書房
         4.「超・格差社会アメリカの真実」、小林由美、日経BP社
         5.「市場原理が医療を亡ぼす」、李啓充、医学書院


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日本の医療に関するコラムは以下の通り。

38.日本の医療(1)制度と問題点 39.日本の医療(2)医療機関と医者
40.日本の医療(3)医療従事者と患者 41.日本の医療(4)医療機関の経営状況(1)
42.日本の医療(5)医療機関の経営状況(2) 43.日本の医療(6)医療保険制度
67.医療崩壊の現状(1)病院勤務医の急減  68.医療崩壊の現状(2)看護師争奪戦
69.医療崩壊の現状(3)医療難民 70.医療崩壊の現状(4)介護難民
71.(5)自治体病院と地域医療 72.(6)厚生労働省の失政
73.医療制度の国際比較(1)医療費 74.(2)アメリカの医療制度(1)
76.(4)アメリカの医療制度(3) 77.(5)医療資源
78.(6)医療資源と利用状況


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