36.格差社会(4)老人格差 (2006年10月17日記載)

 今回は、高齢者の格差の問題を取り上げる。
 高齢者になった時に生じている格差は、もう挽回のチャンスはほとんど無い。それにもかかわらず、その格差はこれからみるように極めて大きいのである。ここでは、表題として「老人格差」としたが、「シニア・ディバイド」という、新しい言葉も生まれつつある。

T.経済格差

T-1.現役時代に拡大した格差:

 既に、取り上げたように、社会人になる時に、どんな業種のどんな会社にどんな雇用形態で勤務したのか、そして、その後、どのように勤務状況を変遷したかで、働いている間にもらえる生涯給料に大きな差がつくことがわかっている。つまり、現役時代に、既に大きな格差がついているのである。繰り返しになるが、その経済的格差を確認してみよう。

 (1)正規雇用と非正規雇用 既に、「格差社会(2)」の中で、正規雇用と非正規雇用の場合での、生涯賃金の差を比較した(正規雇用の男子は、約2億5千万円、非正規雇用の女子は、約5千万円と5倍の開きがある。
 (2)勤務先企業と業種 同じ正規雇用でも、就職した企業によって、生涯給料に大きな格差があることを、
「格差社会(3)の中で示した。最大の企業では、平均の生涯給料(22歳から59歳までにもらえる給料)は6億円を超えるが、最小の企業では1億円そこそこであった。
 (3)企業規模と性別 格差社会(2)、(3)で取り上げた統計と違った統計ではあるが、「嫌老社会−老いを拒絶する社会」(長沼行太郎、ソフトバンク新書)に載っていたグラフを左に示す。これにより、正規雇用社員でも、どれくらいの格差が生じうるかを別の観点から見ることができる。左図は、企業規模、職種、性別による年齢階層毎の平均月収をグラフにしたものである。
 グラフからわかるように、製造業男子の場合は、年齢が60歳に達するまで月収は着実に上昇する。とくに、大企業ホワイトカラーの上昇は著しい。一方、同じ製造業でもブルーカラー女子の場合は、若いときの月収が低いにも関わらず、年齢を重ねても、あまり月収は上昇しない。
 
 以上、(1)(2)(3)でみてきたように、もらう給料にこれだけの差があるのだから、高齢者になった時の経済的蓄積には、個人の努力・能力を超えて、大きな差がつくのは自明であろう。

T-2.貯蓄格差:

 年齢階層別の貯蓄状況の推移について、金融広報中央委員会の調査データに基づき、二つの図表を次に示す。

図表1.世帯主年齢別貯蓄ゼロの世帯比率の推移: 右下に、図表1として、世帯主年齢階層別に貯蓄ゼロの世帯比率の推移を示す。 このグラフでわかるように、貯蓄ゼロの世帯数の比率は、2000年代に入って、各年齢層で大きく上昇してきたが、とくに、世帯主が20歳代の世帯において、貯蓄ゼロになった世帯比率は、ほぼ3倍に増大している。。
図表2.貯蓄保有額が3千万円以上の世帯数の推移:  左下に、図表2として、世帯主年齢別に貯蓄保有額が3千万円以上の世帯比率の推移を示す。この表からわかるように、若干の変動はあるが、ほぼ同じレベルで推移している。























 この二つの図表からわかることは、3千万円以上の貯蓄を保有している世帯比率は変わらない(つまり、余裕のある世帯比率は、ほぼ一定である)のに対して、貯蓄ゼロの世帯比率はどの年齢層でも大幅に増えている(つまり、生活に余裕の無い世帯比率が大きく増えている)、ということである。
 ただし、世帯主は70歳以上の世帯においては、3千万円以上の貯蓄を保有している世帯比率が、2005年度に減少しており、これは、生活に余裕のある高齢者世帯でも、貯蓄の食いつぶしがある、ということの傍証になるであろう。    


T-3.年金格差

 個人が、どの公的年金に加入していたか(加入させられていたか)で、老後に受け取れる公的年金額に大きな開きが出てくる。

1.公的年金制度

 現在の年金制度は以下のように3階建てとなっている。
  @1階部分: 最低限の保障を行う国民年金(基礎年金)。
  A2階部分: 現役時代の収入に比例した年金を支給する厚生年金・共済年金。
  B3階部分: 企業年金(厚生年金基金、税制適格年金等)。
 これを、加入者の立場からみれば、以下のようになる。
  @第1号被保険者(個人事業主、無職者(学生を含む)、パート・アルバイト等の厚生年金加入基準を満たさない給与所得者): 国民年金に加入し、1階部分の基礎年金だけが給付される。
  A第2号被保険者(公務員等、および、民間企業の正規雇用社員か、一定の基準を満たす非正規雇用社員): 共済年金(公務員等の場合)か、厚生年金(民間の企業で働く場合)に加入する。1階部分の基礎年金と、2階部分の共済年金(または、厚生年金)が給付される。
  B第3号被保険者(第2号被保険者の被扶養配偶者): 国民年金に加入したものとみなされ、1階部分の基礎年金が給付される。
 注: 3階部分の企業年金は、その制度を導入している企業の社員のみが加入できる制度であり、第1号被保険者は、どのみち、加入できない。今回は、3階部分は分析対象からはずした。

2.厚生年金の給付額

表1 厚生年金給付水準の試算 (単位:万円)
世帯類型 基礎年金 厚生年金 合計 世帯計
標準世帯 夫(40年加入) 6.7 10.4 17.1 23.8
妻(専業主婦) 6.7 0.0 6.7
共働き-1 夫(40年加入) 6.7 10.4 17.1 29.9
妻(40年加入) 6.7 6.1 12.8
共働き-2 夫(40年加入) 6.7 10.4 17.1 27.4
妻(23年9月加入) 6.7 3.6 10.3
男性単身 40年加入 6.7 10.4 17.1 17.1
女性単身 40年加入 6.7 6.1 12.8 12.8
国民年金のみ40年加入 6.7 0.0 6.7

 様々な世帯類型における、厚生年金の給付水準を、モデル年金で試算すると右の表1のようになる。
 (1)夫が厚生年金に40年加入していた世帯であれば、妻が専業主婦であっても、月額で23万8千円、年間で285万円強の給付がもらえる。
 (2)それに対し、第1号被保険者の夫婦の場合には、40年加入の場合で、月額で13万4千円、年間で160万円強の給付となり、厚生年金の56%ほどの給付水準にとどまる。
 (3)なお、共済年金の場合には、3階部分に当たる給付も受けられるので、厚生年金よりも支給額が増える。これは、「官民格差」であるとして、年金改革の一つのテーマになっている。
 (4)年金毎に給付額に差があるのは、各個人の負担額に差があるからであり、ある程度は、やむをえない。問題は、第1号被保険者の場合、給付額が老後の生活を維持するのに充分では無い、ということと、それにもかかわらず、毎月の保険料を払わない人が急激に増えている、ということである。この点は、次の第3項で分析する。

3.公的年金の危機


 何年も前から、「年金崩壊」、ということが言われている。そして、さきほど成立した安倍政権に、国民がもっとも期待しているのは、世論調査によれば、「年金改革」だそうである。少子高齢化の進行により、今までの年金制度はやがては崩壊する恐れがある。「年金崩壊」の問題は多方面で取り上げられているので、ここでは、国民年金保険料の未納者の問題だけを取り上げる。
 第1号被保険者が強制的に加入させられる国民年金が、この未納者の急増で、危機に瀕している。
 そして、国民年金の危機は、年金制度の「1階部分」の危機であり、その結果、年金制度全体の危機につながるのである。







(1)国民年金保険料納付率の推移
 国民年金保険料納付率の推移を上の図表2-1に示す。
 この表からわかるように、1980年代前半までは、問題は無かった。
 しかし、1985年改正で、基礎年金を導入し、「第3号被保険者」として、専業主婦を位置づけてから、納付率が約10%低下した。バブル経済と共に、若干上向いたが、バブルの崩壊によって、1990年代後半からは、一気に納付率が低下し今は、6割そこそこである。
 ということは、本来、国民年金に加入すべき人達の3分の1以上の人が未加入だということである。これをさらに、年齢別にみると、左の図5-5のようになる。

 (2)年齢別国民年金未納率
 2002年度の年齢別国民年金未納率を左の図5−5に示す。 
 驚くべきことに、20代の未納率が50%を超えているのだ。そして、30代でも40%を超えている。このことは、年金制度の維持に大きな問題を投げかけると共に、将来、今の20代・30代の若者が年金受給者の年齢になった時に、大量の無年金層(すなわち、国民年金をもらえない貧困層)が生まれる、という深刻な事態になってしまう。

T-4.所得格差  

 今までに述べた様々な格差があるから、高齢者の所得格差は極めて大きくなる。

(1)高齢者世帯の年間所得 
 高齢者世帯の2003年度の年間所得の分布は右の図表2-6の通りである。2003年度における高齢者世帯の年間所得の平均値は290万9千円で、これは、全世帯の年間平均所得579万7千円のほぼ半額である。
 右のグラフからわかるように、年間所得が200万円未満の世帯が42.6%であり、ほぼ半数は、200万円以下の所得で暮らしていることとなる。さらに、15.2%の世帯は、年間所得が100万円にも満たない。
 その反面、600万円以上の世帯は、8%、そして、1,000万円以上の所得を得ている世帯は、わずか2.1%である。。
 なお、高齢者世帯の平均所得は、290万9千円であるが、これをを種類別にみると、「公的年金・恩給」が209万3千円(72%)、「稼働所得」51万2千円(17.6%)、「財産所得」(家賃・地代等)15万7千円(5.4%)となっている。
 公的年金・恩給を受給している高齢者世帯のなかで、「公的年金・恩給」が総所得の全てである世帯は、全体の64.2%にのぼる。その頼りの年金が、国民年金だけの場合、「T−3.年金格差」の第2項で述べたように、極めて少ない。このため、高齢者だけの世帯においては、貧困層が増大している。

 (2)世帯類型別の貧困率























 世帯類型別の貧困率の推移を上の図表3-1に示す。 ここでの貧困の定義は、「等価可処分所得(世帯人数を考慮した一人当たり所得水準)の中央値の50%以下、という相対概念によるもの」である。
 この表からわかるように、母子世帯と高齢者単身世帯の貧困率が極めて高い。また、高齢者二人以上の世帯も、全世帯よりは、高い貧困率となっている。
 一方、三世代世帯は、貧困率が低い。これは、生活に余裕があるから、三世代で同居出来る、ということでもあろう。

 (3)生活保護世帯数の推移

 所得が少ない高齢者世帯は、生活保護に頼らなければ生活が出来ない状態に追いやられる。
 生活保護世帯数の推移を下の図表3-2に示す。
 図に示すように、生活保護を受ける高齢者世帯は、近年、大幅に増大しており、さらに、増え続けている。

























U.医療格差

 日本国民は、普通、何らかの健康保険に加入して、決められた保険料を支払い、万が一、病気や怪我をした場合には、その保険で、治療費の大半をカバーできるようになっている。
 そして、退職した高齢者は、ほとんど例外なく国民健康保険に加入することとなっている。(国民健康保険は、年金の第1号被保険者の世帯が加入する健康保険である、と言ってほぼ、間違いない)。
 ところが、貧困のために、その国民健康保険料を払えない世帯が、右の図5-4に示すように急増しているのだ。
 国民健康保険料を払っていない場合、病気になって病院に行けば、医療費を100%払わなくてはならない。ところが、その治療費が払えないために病院に行かない(行けない)。自分の体力で回復できれば良いが、そうでなければ、病院にも行けずに死んでしまう、ということになりかねない。
 貧しい高齢者は、国民健康保険からも見捨てられる。その一方で、保険外治療で手厚い医療を受けている裕福な高齢者もいる。ここでも格差の拡大は深刻だ。

V.介護格差

 高齢者は、自力で生活できなくなり、家族も面倒をみれなくなった場合には、施設で療養することとなる。その施設での療養も、経済力で、大きな格差がつくのである。
 一般的に言って、現在は、高齢者とは言っても64歳までは、労働力としてカウントされるそして、65歳から74歳までの高齢者(第1ステージの老人)は、元気な老人が多く、あまり、介護の心配はいらない。しかし、75歳以上の高齢者(第2ステージの老人)は、次第に介護を必要とするようになる。そこで、どのような介護を受けれるか、どんな施設に入れるかは、経済的な力が大きく影響する。

W.最後に

 
人間は、どのような環境でこの世に生まれてくるかは、「自己責任」で決めるわけにはいかない。金持ちの家に生まれるのか、優しい両親のもとに生まれるのか、誰にもわからない。その意味で、出生の時は、明らかに「機会の不平等」がある。しかし、出生の時の不平等が、そのまま、老人格差に直結することは無い。教育・就職・結婚・・・・といったライフサイクルで、どんな人生を送ったか、により、格差が生まれてくる。
 
「格差問題」を議論する場合、常に問題となるのは、そこで議論されている「結果の不平等」が「機会の不平等」で生まれたのか、あるいは、「機会が平等」であるにもかかわらず、本人の努力等の自己責任の結果として生まれたのか、ということである。そして、もし、自己責任のせいであれば、「負け組」に対して、「再チャレンジ」の機会を与えることにより、「勝ち組」になるよう努力を促すことが公正な方法であろう。ところが、今回取り上げた老人格差は、もはや、「再チャレンジ」できない年齢になってからの格差であるから、最終的な「結果の不平等」であると言える。この格差を埋めるために、「公正な」セーフティネットは、何なのか?今後、充分な議論が必要であろう。
 とくに、「結果の不平等」は誰の目にもある程度は明らかだが、「機会の不平等」はよくわからないし、その人の立場によっても、見解が変わってくる。その意味からも、「公正」なセーフティネットの構築は、難しいけれども、なされなければならない、といえるであろう。

参考文献: 1.「格差社会−何が問題なのか」、橘木俊詔、岩波新書
        2.「嫌老社会−老いを拒絶する社会」、長沼行太郎、ソフトバンク新書
        3.「老人駆除−誰も語らない少子高齢社会の本質」、竹本善次、光文社ペーパーバックス
        4.「新平等社会−希望格差を超えて」、山田昌弘、文藝春秋


格差に関するコラムは以下の通り。

33.データから見る格差 34.新しい階級社会の誕生 35.様々な格差
36.老人格差 44.ワーキング・プア 53.所得格差と国際比較
59.教育格差と格差の世襲 60.教育格差の現状 61.教育格差と国際比較
62.教育格差と大学格差(1) 63.教育格差と大学格差(2)
64.団塊の世代と団塊格差  65.団塊ジュニアとその格差 
66.団塊ジュニアの結婚格差と少子化問題
79.所得格差と格差拡大税制 80.国民負担率と国際比較
84.福祉国家の経済成長−北欧の挑戦と日本の凋落

格差問題の背景としてのグローバル化と日本型雇用の崩壊に関するコラムは以下の通り。

46.経済のグローバル化 47.正社員システムの崩壊  48.年功序列賃金の崩壊?
49.労働組合の衰退 50.多様化する雇用形態 52.いじめられるサラリーマン
54.フラット化する世界(1) 55.フラット化する世界(2) 57.フラット化する世界(3)
58.フラット化する世界(4) 22.雇用状況の変遷


   独り言の目次に戻る

   全体の目次に戻る