124.NHK(1):NHKの現状  (2010年3月17日記載)

 前回までは、民間テレビ業界の苦境について、五大キー局や準キー局、ローカル局の経営状況を中心に分析し、放送業界の状況をみてきた。
 今回は、広告費の現象とは無縁の世界で経営しているNHKの現状を分析する事とする。

 今回のコラムに用いたデータ等は、最後の参考文献に記載した書籍やURLから引用した。


1.NHKのあゆみ

1-1NHKの設立と全国ネット

 まず最初にNHKの成立の経緯と発展の足跡をみてみよう。

 NHKは、1926年に社団法人日本放送協会として、それまであった下記三つの社団法人のラジオ局を統合する形で発足した。
  ⅰ)東京放送局: 1924年11月、新聞社・通信社・無線メーカーなどが共同して設立し、1925年3月に日本で初めて試験放送を開始した。最初は、設立にかかわった新聞社や通信社(読売、東京日日、毎夕、東京朝日、都、日本電報通信、国民、中外、帝国通信、時事新報、報知)が、毎日、2~3回、交替でニュースを放送した。
  ⅱ)名古屋放送局: 1925年1月、同じく、地元の新聞社・通信社が関与して設立され、6月から試験放送を開始した。
  ⅲ)大阪放送局: 設立は1925年2月と、名古屋放送局よりは遅いが、試験放送は5月から開始している。設立に当たっては、やはり、地元の新聞社や通信社がかかわっている。
 東京・名古屋・大阪の三つの放送局はいずれも非営利の公益法人で、広告はなく受信料で経営されていたが、民営であった。しかし、それにもかかわらず、短期間で著しく発展し、大きな影響力を持つようになってきた。それをみた、政府は、その三局を統合して、「社団法人日本放送協会」を設立し、全国統一の機構に改める事とした。既存の三局はいずれもこの統合に猛烈に反対したが、政府が「無線法」に基づく接収命令を出すに至り、ついに三局は解散し、1926年8月20日、新たに社団法人日本放送協会(NHK)が発足する事となった。
 三局の解散時で、各局毎のラジオ台数は、東京で約22万2千台、名古屋で約4万1千台、大阪で約7万5千台であった、と言われている。
 NHKの最初の大仕事は、全国にラジオを普及させるために、全国ネットワークを完成させることであった。そして、大正天皇の崩御に引き続く、昭和天皇のご大典の式典(1928年11月6日)を全国放送する事となったために、全国ネットワークの整備は急ピッチで進められた。
 その結果、式典の前日までに、札幌・仙台・東京・名古屋・大阪・広島・福岡・熊本の日本縦断主要都市間中継ラインが完成した。その後、日本海側、四国、東九州と整備が進み、日本全国をカバーするネットワークが完成した。

1-2ラジオ時代の思い出

 ラジオによって、全国一斉にニュースが伝わる、というのは日本社会にまさに劇的な変化をもたらした。その中で、思い出に残る名放送のいくつかを紹介する。

 兵に次ぐ 1936年2月26日未明、いわゆる「二・二六事件」が勃発した。この時、反乱軍を鎮圧するために、最後の手段としてラジオによる呼びかけを行った。これが、有名な「兵に告ぐ」の放送である。
  “勅令が発せられたのである。・・・おまえたちが飽くまでも抵抗したならば、それは勅令に反する事になり逆族とならなければならない。・・・”
 この呼びかけで、反乱軍も次々と原隊に復帰し、事件は収拾に向かった。
 前畑頑張れ 同じ年の8月、ベルリンオリンピックで、200メートル平泳ぎを実況中継していた河西アナウンサーが、途中から興奮のあまり、「前畑頑張れ、前畑頑張れ」と、20回以上も絶叫し、真夜中にラジオを聞いていた日本人を熱狂させた。
この放送を聴いていた名古屋新聞浜支局の支局長が興奮のあまりショック死してしまうという事件も起こった。なお、河西は、中継開始予定時刻の午前0時を過ぎたため「スイッチを切らないでください」という言葉から放送を始めたそうである。
 東京ローズ 太平洋戦争がはじまると、NHKは軍部の宣伝機関と化してしまった。南太平洋の米軍向けに女性アナウンサーが甘い声で呼びかけ評判になった。米軍将兵は、彼女らを東京ローズと呼んでいたが、その中でも米国籍のアイヴァ・トグリ・ダキノは人気が高く、東京ローズといえば彼女が代表的であった。戦後、彼女は、国家反逆罪に問われて刑務所送りとなったが、1977年大統領特赦により市民権を回復した。
 
玉音放送録音盤奪取未遂事件 1945年8月15日、日本はついにポツダム条件をのんで無条件降伏する事となったが、それを告げる陛下の詔勅録音盤が、8月14日に奪われそうになる、という事件が起こった。しかし無事、その録音盤は守られ、8月15日正午に、妨害電波にあいながらも放送され、ようやく終戦を迎える事ができた。
 
真相はかうだ、真相箱 GHQは、占領の正当性と日本軍の非道さを日本国民に周知徹底させるために、NHKラジオを使って、1945年12月9日から、「真相はかうだ」という番組をはじめた。ところが、これが国民の批判を浴びたために、10回で打ち切り、1946年2月から「真相箱」という番組に変え、質問に答える、という形で巧みに洗脳放送をおこなった。その結果、「大東亜戦争」という言葉が抹殺され、それに代って「太平洋戦争」という言葉が一般化された。言葉の変換により、それが持つ意味、価値観が入れ替えられることとなった。櫻井よしこや保阪正康はこれら一連のGHQによる歴史観は、現在の主流派の根底を占めることになっているとの見解を示している。
 
ゼネスト中止 1947年、労働条件を巡る政府と官公労の戦いは最終局面となり、共闘委員会は2月1日にゼネストを行う事を決定した。しかし、ゼネストに伴う社会の混乱を心配したマッカーサーはゼネスト中止命令を出し、1月31日に伊井委員長を呼び出して無理やりゼネスト中止を放送させた。伊井委員長は、マイクの前で泣きながら、組合員にたいしてゼネスト中止を告げた。この放送は、GHQの方針転換を象徴する出来事であった。

1-2.NHK 年度別受信契約数の推移(図1-1)

 ここで、NHKの発足以来、現代にいたるまでの年度別受信契約数の推移を見てみよう。参考文献3(「最新 放送メディア入門」)と4(NHK業務報告書)からのデータに基づいて、下の図1-1に示す。なお、詳細データについては、右をクリック: 
NHK受信契約数の推移

図1-1 NHK 年度別受信契約数の推移

 ラジオの受信契約
  ⅰ)1925年、NHKが正式発足する前の受信契約は、わずか5,455件であったが、設立初年度の1926年で258,507件となった。この時点での契約率(全世帯のうち、受信契約をしている世帯の割合)は、たったの2.1%であった。
  ⅱ)受信契約数は、終戦の年(1945年)まで順調に増え続け、1945年に747万強で一旦ピークとなった。この年の契約率は、50.4%で、初めて半数を超す世帯が受信契約をした。しかし、敗戦で受信契約数は減少し、1947年に571万件弱で底をうった。
  ⅲ)1948年以降、受信契約数は再び増加に転じ、1953年にテレビ放送が始まってもまだまだ増加を続けた。契約数が1千万件を超したのはテレビ放送が始まった1953年(10,539,593件)であるが、契約率は58.6%に過ぎず、まだ4割以上の世帯がラジオを持っていなかった、というわけである。
  ⅳ)ラジオの受信契約件数がピークとなるのは、1959年で14,606千件。その翌年から、テレビのない家庭のみがラジオの受信契約をする事となったために、ラジオの受信契約数は急激に減少した。
  ⅴ)テレビが急速に普及するのをみて、1968年を最後に、ラジオの受信料は廃止された。
 
地上波テレビの受信契約
  ⅰ)1953年、地上波テレビが始まった年、受信契約数は、たったの1,485件、契約率は0.009%という低さであった。その後も、受信契約はあまり伸びず、100万件に近づいたのは5年後の1958年(908,710件)であった。テレビの普及を妨げたのは、テレビ受像機の価格の高さであった。大卒の初任給が1万円たらずであるのに、17インチ型で23万円前後もしたのであるから、庶民にとっては、まさに高嶺の花であった。
  ⅱ)しかし、高度成長による所得上昇、大量生産によるテレビ受像機の価格低下が良い方向にかみ合い、さらに、街頭テレビによるプロレスの放映(力道山の活躍)等を通じて、テレビの魅力が一般大衆をとらえることとなり、テレビの受信契約数は、爆発的に増加した。受信契約数が1千万件を超えたのは1962年、その年の契約率は46.4%で、ほぼ、半分の世帯にテレビが普及したのである。こうした爆発的普及に貢献したのは、初期の「力道山」、1959年の「皇太子ご成婚」、ならびに、1964年の「東京オリンピック」の開催である。
  ⅲ)テレビの受信契約数は、その後も着実に増え続け、1968年には2千万件を突破し(20,270,487件)、1983年には3千万件を突破した(30,403,046件)。そして、契約率も、1979年には8割を突破し(80.3%)、大多数の世帯にテレビが普及するようになった。
  ⅳ)しかし、地上波テレビの受信契約数が増え続けたのは、バブル経済絶頂期の1989年までで、1989年の32,839,193件をピークに減少に転じた。地上波テレビの受信契約数が減少に転じた理由の一つが衛星放送の開始である。衛星放送の契約をすれば、地上波契約は解約されるからである。
 
衛星放送の受信契約 衛星放送が始まる数年前から現在に至るまでの受信契約の推移を下の図1-2に再掲する。
  (薄い青色の棒グラフは、地上波テレビ契約と衛星契約の合計数を示す)。

図1-2 NHK 年度別受信契約数の推移(1983年以降)

  ⅰ)1989年でピークとなった地上波テレビの受信契約件数は、1990年の衛星放送の開始の後、じりじりと減り続けた。しかし、地上波テレビの解約件数以上に、衛星放送の契約件数がが増加したので、合計件数でみると、2003年までは順調に増え続けた。
  ⅱ)ところが、2004年以降、衛星放送契約数の伸びが、地上波テレビの解約件数を下回るようになり、2004年から2006年にかけて、合計件数が減少に転じた。とくに、2006年には地上波テレビの解約件数が170万件に迫る勢いとなり、合計件数も130万件以上減少した。
  ⅲ)地上波テレビの解約件数が急増した背景には、2004年7月のNHKの不祥事発覚がある。紅白歌合戦等の看板番組のチーフ・プロデュ-サーが番組制作費の一部(というかほぼ半分)を「ネコババ」していた、というスキャンダルを週刊文春が発表し、NHKもしぶしぶその事実を認める、という大事件が発生した。
  ⅳ)調査を進めるにつれ、NHKの隠ぺい体質と腐敗体質が明らかになったが、NHKの対応はきわめてまずく、多くの視聴者の怒りを買った。最終的には、当時の海老沢会長が引責辞任し、技術担当の役員が会長に就任して、徐々に沈静化していったが、その過程で、NHKの受信料不払い運動も過熱化し、NHKは苦しい立場に追いやられた。
  ⅴ)そうしたNHKへの不平不満が、受信契約件数の急減という形で現れたのである。その後、若干、増えてはいるが、2008年現在、まだ、急減直前の2005年のレベルには戻っていない。さらに、2008年にNHK職員が業務上知りえた情報を利用して株式のインサイダー取引をしていた、という新たなスキャンダルが暴露された。こうした事を考えると受信契約数を回復するのは、それほど簡単ではないと思われる。
  ⅵ)なお、受信契約件数の減少は、当然のことながら、受信料収入の減少をもたらしたが、それについては、次項で分析する。

 注: 
NHKのスキャンダルについては、次回以降のNHKの問題点を検討する過程で分析します

1.3.NHK 年度別受信料収入と名目GDPの推移(図1-3)


 NHKの受信料収入は、民間企業の売上にほぼ相当する収入である。テレビが開局する少し前の1951年から現在までの受信料収入の年度別推移を、名目GDPの推移と比較して、下の図1-3で示す。NHKの年度別受信料は、参考文献3(「最新 放送メディア入門」)と4(NHK業務報告書)、及び、6(「視聴者が動いた 巨大NHKがなくなる」)からのデータに基づいて作成した。なお、詳細データについては、右をクリック: NHK受信料収入と名目GDPの推移 

図1-3 NHK 年度別受信料収入の推移(1951年以降)と名目GDPの推移(1955年以降)

 受信料収入の推移は「黒の折れ線グラフ(金額は億円で左目盛)」で、名目GDPの推移は「赤の折れ線グラフ(金額は兆円で右目盛)」で示す。

 図1-3を概観すると以下の特徴が見て取れる。
  ⅰ)名目GDPは、バブル経済崩壊まで(1991年まで)は、なめらかな上昇曲線で増加しているのに対し、受信料収入のカーブはかなり、ジグザグである(ただし、減少はしていない)。
  ⅱ)とくに、1976年、1980年、1984年、1990年には、受信料収入が急増している。それは、右下の表1に示すように、受信料を値上げしたからである。
  ⅲ)1992年以降、名目GDPの伸びは縮小し、1990年代末からは減少気味の横ばいで推移している。
  ⅳ)一方、受信料収入は2004年までは増加を続けていたが、2005年に史上初めて減少した。その原因は、前述したNHKの不祥事に対する抗議として始まった「受信料不払い運動」である。

 注:  受信料改訂の内容については右下の表1を参照ください。

表1 NHK受信料(月額)改訂の歴史
年 月 ラジオ 白黒テレビ カラーテレビ 衛星放送  備  考
1953.2 50 200 テレビ試験放送開始
1954.3 67 300 テレビ本放送開始
1959.4 85 300
1962.4 50 330
1968.4 廃止 315 465 カラー放送開始に伴い、
ラジオ受信料廃止
1976.6 420 710
1980.5 520 840
1984.4 680 1,040
1989.8 680 1,040 2,000 衛星放送開始
1990.4 890 1,370 2,300
1997.4 905 1,395 2,340 消費税値上げ
2007.10 - - 1,395 2,340 白黒テレビとカラー
テレビの受信料を統合
2008.10 - - 1,345 2,290 口座振替に一本化

 1953年2月、テレビの試験放送開始に伴い、ラジオの受信料は50円のまま据え置かれたが、テレビの受信料は200円と定められた。この年の受信料収入は66億円であった。翌年(1954年)3月にテレビの本放送が始まり、ラジオ・テレビともに、受信料は値上げされた。そして、受信料収入は、95億円に増加した。
 受信料収入が500億円を超えたのは、1963年(593億円)。それまでに2回受信料は値上げされている(1959年4月にラジオの受信料、1962年4月にテレビの受信料)
 その後も受信料収入は増え続けたが、1968年には前年に比べわずか5億円の増加に留まった。これは、1968年4月からカラーテレビの放送が始まったので、白黒テレビの受信料を値下げし、さらに、ラジオの受信料を廃止した(つまり、無料とした)ためである。しかし、翌年以降、再び順調に増加し、1972年に1000億円を超えた(1,079億円)。
 前述の通り、1976年、1980年、1984年の受信料値上げの年には、受信料収入が急増している。しかし、その翌年からは、受信料収入の伸びは大幅に縮小している
 ところが、1989年の衛星放送開始以降、受信料収入は大幅に増え、一挙に5千億円台、6千億円台を、次々と突破して、7千億円をも超えそうな勢いとなった。(1991年に5,135億円、1997年に6,117億円となって、それぞれ、5千億円、6千億円を超えた)。
 こうした、受信料収入の上昇傾向に水を差したのは、NHKの不祥事発覚であり、いわば、自業自得の結果である。
 NHKの不祥事はなぜ発生したのか、その背景追及は、次回以降の分析に委ねたいが、1990年代の受信料収入の急増がもたらした「腐敗堕落」の結果である事は間違いない。ジャーナリストとしての気概を持たず、公共放送としての倫理観・使命感を持たない経営トップが築きあげたNHKの体質が生み出したものである、と言いきれるであろう。
 要するに、急増した受信料収入を番組の質の向上に使うのではなく、政治家への働きかけや、自己の欲望充足に使うような輩が、次々とNHKのトップに居座り続けた結果である。その体質は、現在も改善されてはいない。だから、若者のNHK離れ(広く言えば、テレビ離れ)が起きているのであろう。ところが、そうした事態に危機感を抱いているNHKマンやテレビマンは余りにも少ないように思うのは私だけであろうか?


2.NHKの経営状況の推移

表2 NHKの収支項目
大項目 中項目 小項目 構成比(%)
経常事業 経常事業収入(A) 受信料 98.2
交付金収入 0.5
副次収入 1.3
経常事業支出(B) 国内放送費 43.4
国際放送費 1.7
契約収納費 9.4
受信対策費 0.3
広報費 0.5
調査研究費 1.6
給与 19.8
退職手当・厚生費 8.6
一般管理費 1.9
減価償却費 11.1
未収受信料欠損償却費 1.7
経常事業収支差金(C=A-B)
経常事業外 経常事業外収入(D) 財務収入 (1.4%)
雑収入 (0.4%)
経常事業外支出(E) 財務費 (2.5%)
経常事業外収支差金(F=D-E)
経常収支差金(G=C+F)
特別収支(H=I-J) 特別収入(I) (0.3%)
特別支出(J) (0.5%)
当期事業収支差金(K=G+H)
その他(N=L+M) 資本支出充当(L)
建設積立金繰入れ(M)
事業収支剰余金(O=K-N)


 それでは、NHKの経営成績はどうなっているのであろうか?
 ここで、NHKの事業成績の推移をみてみよう。

2-1.NHKの収支項目(表2)

 NHKの損益計算書に当たる収支算出項目は、平成20年度(2008年度)の業務報告書をみると、右の表2のようになっている。株式会社の場合とは若干異なっているが、これは、NHKが放送法に基づく公益法人であって、株式会社ではないからである。
 表2右端の構成比(%)は、平成20年度(2008年度)の場合の比率である。

 経常事業収入 NHK本来の事業から得られる収入でそのほとんど(98.2%)は、受信料収入である。
 
経常事業支出 NHK本来の事業を行うために必要な支出である。
  ⅰ)一番多いのが、国内放送費で、経常事業支出全体の約4割強(43%)を占めている。
  ⅱ)次が給与で、経常事業支出全体の約2割(19.8%)、これと、退職手当・厚生費を合わせると、経常事業支出全体の約3割(28.4%)になる。
  ⅲ)三番目が減価償却費で、経常事業支出全体の約1割強(11.1%)である
  ⅳ)契約収納費も、1割近い比率を占めている(9.4%)。これは、受信契約の管理と受信料の収納管理のためにかかる費用である。
  ⅴ)一番下に「未収受信料欠損償却費」という項目があるが、これは、受信料不払いに伴う損金の処理の項目である。
 経常事業収支差金 経常事業収入と経常事業支出の差額で、株式会社の「経常利益」に相当するものである。。
 
経常事業外収入と経常事業外支出 経常事業の遂行に伴う資金の運用・借り入れ等の結果として発生する収支である。この収入は、2008年度の場合、経常事業収入に対して1.8%であり、一方、支出は、経常事業支出に対して2.5%となっている。
 経常事業外収入と経常事業支出との差を「
経常事業外収支差金」と呼び、これと、前出の「経常事業収支差金」との和を「経常収支差金」と呼んでいる。
 さらに、特別収入・支出があるが、経常事業収入・支出と比べると、1%にも満たない少額である。
 このほかに、資本支出充当金、建設積立金繰入れ、という耳慣れない項目がある
 なお、表2の項目のすべては、昔からあったものではない。ただ、経常事業に関する項目は、昔からあった項目であり比較が可能なので、経営状況の分析には、それを用いて行う。

2-2.経常事業収支の推移(図2-1)


 NHKの経常事業収入と経常事業支出の推移を下の図2-1に示す。このデータは、図1-3の場合と同じく、参考文献3(「最新 放送メディア入門」)と4(NHK業務報告書)、及び、6(「視聴者が動いた 巨大NHKがなくなる」)からのデータに基づいて作成した。なお、詳細データについては、右をクリック: NHK経常事業収支の推移

図2-1 NHK 年度別経常事業収入と支出の推移(1951年以降)

 経常事業収入の推移は「黒の折れ線グラフ」で、経常事業支出の推移は「赤の折れ線グラフ」で示す。
 経常事業収入のほとんどは、受信料収入であるから、経常事業収入の推移と、受信料収入の推移は、極めてよくにている。

 経常事業収入と支出の差である「経常事業収支差金」の推移を下の図2-2に示す。

図2-2 NHK 年度別経常事業収支差金の推移(1951年以降)

 図2-1と図1958年までは、2-2を概観すると、大きく四つの時代に分けて分析する事ができる。

 
事業収支が黒字で推移した時代(1951年から1971年まで)
  ⅰ)1951年から1958年までは、1953年に一度だけ小幅ながら赤字に転落した年を除けば、小幅ながらも黒字を維持できた。
  ⅱ)そして、1959年から黒字幅は拡大し、
1963年から1965年までの3年間は、100億円超の黒字を確保した。この頃は、NHKの経営にとって第1次バブル期みたいなもので、白黒テレビの受信契約がどんどん増えて、受信料収入が大幅に増えた時期であった。。
  ⅲ)1966年以降、黒字幅は縮小に向かい、とくに1968年以降は黒字幅が急減した。これは、ある意味、いつまでも受信料収入が大幅に増え続けると思って、放漫経営を続けたツケが回ってきた結果である。
 
赤字転落に悩み受信料の値上げを繰り返した時代(1972年から1989年まで)
  ⅰ)1972年、経常事業収支差金は赤字となり、しかも赤字幅は年々拡大し、1975年には150億円を超す大幅赤字となった。この原因としては、教育テレビの開設等、業務拡大を続けたツケがまわってきた、という事があげられる。
  ⅱ)そこで、1976年に受信料を値上げしてようやく黒字に転ずる事が出来た。ところが、その効果も長続きせず、3年後の1979年には100億円を超す赤字になってしまった。
  ⅲ)1980年に再び受信料が値上げされ、赤字から脱却したが、やはり
、3年後の1983年には、50億円を超す赤字に転落した。
  ⅳ)1984年、またしても受信料が値上げされ、黒字へと転換できた。しかし、受信料値上げの効果が続いたのはやはり3年間であり、3年後の1987年に赤字になってしまった。
  ⅴ)しかし、今度はすぐに受信料を値上げする、という対策がとれなかったため、赤字幅は年々拡大し、1989年にはついに200億円を超す赤字となった。
 
受信料収入も増え、大幅な黒字を享受した時代(1990年から2004年まで)
  ⅰ)赤字状態を打破したのが衛星放送の開始である。1989年8月から衛星放送が開始され、それにかこつけて、1990年4月に大幅な受信料値上げが実施され、一挙に450億円を超す黒字となった。
  ⅱ)衛星放送の受信契約は順調に増え続け、受信料収入も伸びたが、経常事業支出の伸びが収入の伸びを上回り、黒字幅は年々縮小し、1995年には100億円を割り込んでしまった。
  ⅲ)1997年以降、衛星放送の契約件数が大きく増加し始め、経費削減努力とも相まって、1997年以降、黒字幅は再び大きくなった。1998年から2000年までの3年間は200億円を超す黒字であった。
  ⅳ)しかし、黒字幅は再び縮小に向かい、2004年には、またしても100億円を割り込んでしまった。
 
黒字は続いたが、受信料収入は伸び悩んでいる時代(2005年以降)
  ⅰ)既述の通り、2004年7月に発覚したNHKの不祥事を発端とする一連のスキャンダルの結果、受信料不払い運動が拡大し、2005年にはついに、経常事業収入が前年を下回ってしまった。
  ⅱ)経常事業収入は2006年・2007年と連続して増加したが、2008年には再び減少してしまった。
  ⅲ)収入は減少したが、コスト削減の効果もあって経常事業支出は年々減少し、結果として200億円を超す黒字を計上出来ている。

2-3.経常事業支出の内訳の推移(図2-3)

 参考文献4(NHK業務報告書)から、1992年以降の経常事業支出の内訳のデータが得られる。それに基づき、経常事業支出を、人件費(「給与」と「退職手当・厚生費」)と、放送費(「国内放送費」と「国際放送費」)、および、その他(残りの項目すべて)の3種類に分類して、それらの推移を下の図2-3(金額の推移)と図2-4(構成比の推移)に示す。

図2-3 NHK 経常事業支出金額(億円)
(人件費、放送費、その他)の推移(1992年以降)
図2-4 NHK 経常事業支出構成比
(人件費、放送費、その他)の推移(1992年以降)

 人件費は青の棒グラフ、放送費は赤の棒グラフ、その他は緑の棒グラフで、示されている。

図2-5 NHK 人員数の推移

 人件費
  
ⅰ)金額: 図2-3からわかるように、1992年の1,896億円から2003年の2,058億円まで、若干の上下動はあるもののほぼ毎年増え続けた。しかし、2004年以降は減少に転じ、2008年には1,785億円まで落ち込んだ。
  ⅱ)構成比: 図2-4をみると、1992年の37.3%から、2008年の28.4%まで、多少の凹凸はあるものの、下がり続けている。NHKもそれなりに人件費の削減に努力している、ということであろうか?
  ⅲ)
人員数の推移(図2-5) 人員数の推移をみると、人件費削減努力の状況が推測できる。右の図2-5に1994年以降の人員数の推移を示す。このデータは、参考文献4(NHK業務報告書)から得られたものである。
 ⅲ-1) 1994年、NHKで働く人は1万3千人に届きそうな数であった(1万2,970人)。
 ⅲ-2) その後、年々人員は削減され、2002年には1万2千人を割り込んだ(1万1,815人)。
 ⅲ-3) 2005年まで、人員削減のペースはゆるやかになったが、2006年以降人、員削減は加速され、2008年には、1万464人となった。
 ⅲ-4) つまり、1994年から2008年までの14年間で、2,506人も削減した。これは、1994年の人員数の約2割(19.3%)に匹敵する数である。
 ⅲ-5)NHKで働く人員数が減ったのは、もちろん、NHK本体のスリム化を目指したものであるが、減らされた人員はどこにいったのか、というと、じつは、NHKの子会社へと転籍・天下りしたのであって、NHKグループ全体で人員のスリム化が進んだかどうかは、なんとも言えない。NHKの子会社の状況については、項目を改めて分析する。
 
放送費
  ⅰ)金額: 図2-3からわかるように、1992年の1,887億円から2002年の2,805億円まで、1998年に若干下がったのを除けば毎年増加し続けた。しかし、2003年から減少に転じ、2005年に2,518億円で底を打つまで3年間下がりつけた。2006年からはまた増加に転じ、2008年には2,833億円で最高を記録した。
  ⅱ)構成比: 図2-4をみると、1992年の37.1%から、2001年の43.0%まで、若干の上下動はあるものの増え続けた後、2003年から2005年までは下がり続けた。そして、2006年からは増加に転じ、2008年には45.1%まで増えた。

図2-6 NHK その他支出の明細項目別の推移

 その他 (経常事業支出から人件費と放送費を除いたものを「その他」として一括してとらえる)
  ⅰ)金額: 図2-3からわかるように、1992年の1,297億円から2005年の2,207億円まで、若干の上下動はあるもののほぼ毎年増え続けた。とくに、2002年から2005年までは毎年大幅に増加している。しかし、2006年以降は減少に転じ、2008年には1,671億円まで落ち込んだ。
  ⅱ)構成比: 図2-4をみると、1992年から2002年までは25%台で推移している。ところが、金額の急増に合わせるよう、2002年から構成比も急増し、2005年には33.1%となって、全体の3分の1を占めるようになった。2006年からは、構成比も減少に向かって、2008年には26.6%となった。
  ⅲ)
「その他」の内訳の推移(図2-6) ここまでの分析でわかるように、2003年から経常事業収支差金が大幅に減ったのは、経常事業収入が減っただけではなく、「その他」の支出が増えた事も原因である事がわかった。そこで、「その他」を、さらに次の5項目に細分して金額の推移を調べてみると、右の図2-6が得られる:「契約収納費」「一般管理費」「減価償却費」「未収受信料欠損償却費」「その他」。
  ⅲ-1) 図2-6からわかるように、2002年以降、図2-5の「その他」支出が増加したのは、「減価償却費」と「未収受信料欠損償却額」が急増したためである。
  ⅲ-2) 減価償却費が増えたのは、地上デジタル放送推進のための設備投資のためである。この投資は、2011年7月タイムリミットを目前にして増加し続けており、そのため、減価償却費は、2008年でも、697億円という大きさである。
  ⅲ-3) 一方、未収受信料欠損償却費は、2005年に611億まで急増した後、減少に向かい、2008年には、たったの(?)108億円まで急減した。このあたりのからくりを次項で分析する。

2-4.未収受信料欠損償却費について

 「未収受信料欠損償却費」とは、 NHKの決算書に於いて、当年度末の受信料未収額のうち、翌年度における収納不能見込額を「未収受信料欠損引当金」 として計上しているのだが、その引当金を損益計算上で費用として計上するものである。その金額は、過去の実績率により計上しているそうである。

図2-6 NHK 受信料収入と収納額、未収金の推移

 そこで、受信料未収額がどのように推移してきたかを、参考文献4(NHK業務報告書)のデータに基づいて、図示すると、右の図2-7のようになる

 ①受信料収入(青の折れ線で左目盛)は、すでに、図1-3で分析したごとく、2004年までは増え続けたが、不祥事の発覚で2005年に減少した。その後、持ち直したが、2008年に再び減少に向かった。これは、図1-2に示すように、受信契約数は増えたものの、受信料収入の計上方法の見直しにより受信料が減少したためである。
 ②当年度収納額(赤の折れ線で左目盛)は、受信料収入と類似のカーブで推移しているように見えるが、細かく見ると以下の違いがある事に気がつく。
  ⅰ)1994年から2003年まで収納額も増えてがいるが、その伸びが、2002年頃から受信料の伸びを次第に下回りはじめ、2003年には1994年と比べ、収納率が低下している(1994年の収納率は96.8%、2003年の収納率は96.0%)。
  ⅱ)2004年には受信料が増えているにも関わらず、当年収納額は減少した。そして、その翌年にはさらに大きく落ち込んだ(2005年の収納率は90.5%にまで落ちた)。。
  ⅲ)一方、2008年には受信料が前年比で減ったにも関わらず、当年収納額は前年よりは増えている。したがって、2008年には収納率が97.6%となって大幅に改善した。
 ③当年度未収金は、1996年以降2003年まで、じりじりと増え続けたが、2004年以降一気に増え、2005年には641億円に達してしまった。これは、2004年7月のNHKの不祥事発覚に端を発した受信料不払い運動の拡大を裏付けるものである。
 受信料不払い運動に手を焼いたNHKは、結局、海老沢会長を交代させることで、事態の鎮静化を図った。そのおかげで、2008年度の未収金が一気に159億円にまで減少した、と思える。しかし、未収金が減少したもう一つの理由としては、2008年度から受信料収入の計上方法を見直して受信料そのものを減らした事があげられる
 こうした努力(?)により、2008年度の収納率は97.6%と劇的に改善し、未収受信料欠損償却費も、前年の4分の1に近い105億円ですんだわけである。しかし、これは、見た目には改善には映っても、NHKの受信料の増収とは関係のない話であるから、NHKの経営状況を抜本的に改善するものではない。

3.NHKグループ

 NHKは単体でも年間収入額が6千億円を超す巨大企業であるが、その周りに、多数の子会社と関連企業、関連団体を保有する巨大企業グループでもある。そこで、NHKグループの現状をみてみよう。

3-1.NHKの関連団体(図3-1)

 NHKは、設立当初から、「外部への発注は、NHKの自主性を損ねる」という考え方からすべての番組を自社内で製作しようとしてきた。しかし、図2-2で示すように、1970年代に入って、赤字に悩むようになると、赤字体質からの脱却を目指して、NHKも営利事業へ出資できるように放送法の改正を働きかけるようになった。その結果、1982年に放送法が改正され、NHKも営利事業に出資できるようになった。。それ以来、番組製作の外部発注が行われるようになり、1985年1月には、外部製作関連会社「NHKエンタープライズ(株)」が設立された。そして、今では、下の図3-1に示すように、子会社が15社、関連公益法人等が9団体、関連会社が5団体、という巨大なNHKグループが形成されている。

図3-1 NHK 関連団体系統図

 図3-1に記載した関連団体のうち、NHKに営利事業への出資を認めた1982年の放送法改正までに存在していた関連団体は以下の通りである。
  ⅰ)子会社:
 下記の5社。
    
 (株)日本放送出版協会
    
 (株)NHK美術センター(現NHKアート)
    
 全日本テレビサービス(株)(現NHKアイテック)
    
 (株)NHKプロモートサービス(現NHKプロモーション)
    
 (株)NHK文化センター。
  ⅱ)関連公益法人等: 下記の7団体。
    
 (財)NHK交響楽団
    
 (福)NHK厚生文化事業団
    
 (学)日本放送協会学園
    
 (財)NHKサービスセンター
    
 (財)日本放送協会共済会
    
 日本放送協会健康保険組合
    
 (財)NHKインターナショナル。
 したがって、1982年の放送法の改正によって設立された子会社は10社、関連会社は5社、関連公益法人等は2団体となる。

3-2
NHK関連団体の企業規模等(表3、表4、表5、表6)


 関連団体の企業規模を見てみると、さすがNHKと思わせる規模の会社がいくつかある事がわかる。以下、子会社、関連会社、関連公益法人、の順に企業規模等を分析する。

(1)NHKの子会社(表3)


 NHKの子会社15社の概要を、2008年度の売上高順で下の表3にまとめて示す。

表3 NHKの子会社一覧表(2008年度末現在)
会 社 名    2008年度
売上高

(億円)
従業員
うち
NHK
OB
役員数 うち
NHK
OB
主 要 な 事 業            
NHKエンタープライズ 465.42 449 113 15 8 NHKの委託による放送番組の制作、購入、販売
NHKアイテック 457.74 769 159 14 6 NHKの委託による放送設備、共同受信設備の建設、保全
NHKメディア
テクノロジー
262.80 1,107 305 13 9 NHKの委託による放送番組の制作に係る技術業務
、コンピューターシステムの管理・運用、情報処理
、ソフトウェアの開発、コンサレティング
日本放送出版協会 214.39 295 23 10 6 NHKの放送番組に係るテキストの発行、関連する
図書・雑誌の出版
NHKエデュケーショナル 199.57 208 38 9 7 NHKの委託による教育・教養番組の制作、購入
NHK情報ネットワーク 152.30 292 100 11 8 NHKの委託によるニュース・スポーツ番組の制作、購入
NHKアート 149.19 234 10 8 4 NHKの委託による放送番組の制作に係る美術業務
NHK文化センター 95.45 194 53 8 5 教養、趣味、実用、健康等の各種講座の運営を通じた
NHKの放送番組の利用促進
NHK営業サービス 85.26 621 126 8 6 NHKの委託による受信料関係の事務、情報処理
、受信相談の受付等
NHKプラネット 80.88 195 36 9 5 NHKの委託による主に地域文化・社会を素材とした
番組の制作
NHK共同ビジネス 61.92 262 48 10 7 NHKの建物・設備等の総合管理業務
NHKプロモーション 59.03 48 6 10 6 NHKの放送番組に関連した催し物の企画・実施
NHKオフィス企画 42.02 167 13 8 4 NHKの委託による編成に関する各種データの処理
日本文字放送 16.01 35 13 6 3 NHKの委託による補完放送番組の制作
日本国際放送 7.63 34 5 12 4 NHKの委託による外国人向け番組の制作、送出
小  計 2,349.61 4,910  1,048 151 88   -
NHKエンタープライズ
・アメリカ
1,838万
ドル
16 0 3 3 アメリカ地域におけるNHK関連番組の制作と
その支援業務
NHKエンタープライズ
・ヨーロッパ
481万
ユーロ
10 0 3 3 ヨーロッパ地域におけるNHK関連番組の制作と
その支援業務
合  計 4,936 1,048 157 94   -

 表3に、「うちNHK OB」とあるのは、NHKを退職してから該当企業に従業員として(あるいは役員として)、再就職した人数である

 図3-1と表3を比べると、図3で下記2社が新たに記載されているのがわかる。これらの2社は、2009年4月1日に、表3に記載のある会社が合併して出来たものである。したがって、表3では、子会社は17社になっているが、図3-1では、15社となっている。
  ⅰ)NHKグローバル・メディア・サービス: 「NHK情報ネットワーク」と「日本文字放送」が合併してできた会社。2008年度末のデータを足し合わせれば、売上高は168.31億円、従業員数は327名(うちNHK OBは113名)となる。
  ⅱ)NHKビジネス・クリエイト: 「NHK共同ビジネス」と「NHKオフィス企画」が合併してできた会社。2008年度末のデータを足し合わせれば、売上高は103.94億円、従業員数は429名(うちNHK OBは61名)となる。
 ②売上高トップの子会社は、「NHKエンタープライズ」で、465億円強。前回のコラム(123.「苦境に立つテレビ業界(1):放送業界とテレビ業界」でも述べたが、この売上高は番組制作会社の中では、ダントツのトップである。
  注: 「NHKエンタープライズ」は、2005年4月1日に「NHKソフトウェア」と「NHKエンタープライズ21」が合併してできた会社である。
 ③年間売上高が100億円を超す子会社は、15社の半分に迫る7社である。細かく見ていくと、400億円台が2社、200億円台が2社、100億円台が3社となっている。
 日本にある子会社15社の売上高の合計は、2350億円弱、NHK本体の経常事業収入6,616億円の3分の1強(35.5%)に当たる金額である。
 子会社15社の従業員数を合計すると、4,910人、そのうち1,048人(合計数の21.3%)はNHKのOBである。役員数では、15社合計151人のうち、58%にあたる88人がNHKのOBである。なお、海外の2社では、NHKのOBが従業員にはなっていないが、役員はすべてNHKのOBである。
 図2-5で、NHKの人員数が年々減少している状況をみてきたが、子会社と後で述べる関連会社、関連公益法人が、退職する彼らの受け入れ先となっている実態がみてとれる。とくに、役員だけに限ってみれば、6割近くがNHKのOBであるから、NHKの幹部社員の天下り先になっている、と言えるであろう
 とくに、海外の2社をみると、役員はすべてNHKのOBであり、完全にNHK幹部社員の天下り先となっている。

(2)NHKの関連会社(表4)

 NHKの関連会社5社の概要を、2008年度の売上高順で以下の表4にまとめて示す。

表4 NHKの関連会社一覧表(2008年度末現在)
 会社・団体名 売上高
(億円)
従業員
うち
NHK
OB
役員数 うち
NHK
OB
 主 要 な 事 業
放送衛星システム 89.54 57 15 16 3 放送衛星の調達・管制、中継器の譲渡・リース
NHK名古屋ビル
システムズ
6.46 6 3 8 1 NHK名古屋放送センタービル施設の維持
・管理・運営等
総合ビジョン 29.10 12 2 9 5 放送、有線テレビ、ビデオソフト用映像素材
の企画、制作、販売等
ビーエス・コンディショナル
・アクセス・システムズ
98.25 13 3 12 1 BSデジタル放送の有料放送等や、デジタル放送の
著作権保護等に使う限定受信方式の統括的な運用・管理等
 小  計 223.35 88 23 45 10 -
ジャパン・ネットワーク
・グループ
1,281万
ドル
18 0 9 5 北米地域における衛星、ケーブルテレビ等を利用した
番組供給事業等
ジャパン・サテライトTV
(ヨーロッパ)
668万
ユーロ
14 0 8 5 ヨーロッパ地域における衛星、ケーブルテレビ等を利用した
番組供給事業等
 合  計 120 23 62 20

 図3-1には、「NHK名古屋ビルシステムズ」が記載されていないが、2008年度のNHK業務報告書には記載されていたので、表4に掲げた。

 国内の4社を合計した、売上高は223億円強、従業員数は88名(うちNHKのOBは23名(26.1%))、役員数は45名(うちNHKのOBは10名(22.2%))である。NHKのOBが、従業員数、役員数ともに4分の1前後を占めている。。
 海外の2社の役員数をみると、17名のうち10名がNHKのOBであり、海外の関連会社はNHKの幹部社員の天下り先になっている実態がよくわかる。

(3)NHKの関連公益法人等(表5)

 NHKの関連公益法人等9団体の概要を、2008年度の事業収入順で以下の表4にまとめて示す。

表5 NHKの関連公益法人一覧表(2008年度末現在)
 会社・団体名 事業収入
(億円)
従業員
うち
NHK
OB
役員数 うち
NHK
OB
 主 要 な 事 業
NHKサービス・センター 123.36 274 106 13 3 NHKの委託による番組情報誌の発行
及び番組公開、展示、広報業務
NHKインターナショナル 17.91 27 11 10 3 NHKの委託による外国の放送事業者等
への放送番組の提供
NHKエンジニアリング
・サービス
16.19 58 19 11 3 NHKの委託によるNHKの研究開発に
基づく技術移転、特許の周知、あっせん
NHK放送研修センター 15.86 70 37 13 3 NHKの委託によるNHK職員に対する研修
日本放送協会学園 43.49 127 8 9 4 NHKの放送を利用する通信制高等学校の
運営、生涯学習通信講座の実施等
NHK交響楽団 30.26 133 1 11 3 NHKの放送での利用を目的とする演奏の
実施、公開演奏会の実施等
NHK厚生文化事業団 5.32 15 6 12 4 障害者、高齢者福祉事業への助成、NHKの
社会福祉番組普及、周知及び制作協力等
日本放送教会共済会 41.62 169 17 20 5 NHK役職員への福利厚生事務等
 合  計 294.01 873 205 99 28
上記のほかに、健康保険法に基づく日本放送協会健康保険組合がある

 日本放送協会健康保険組合については、2008年度のNHK業務報告書に概要は記載されていない。

 事業収入が100億円を超しているのは、NHKサービス・センター。従業員数も300名に迫る274名、そのうちの3分の1強の106名がNHKのOBである。。
 日本放送協会健康保険組合を除く8団体の合計は、事業収入で294億円強、従業員数で873名(うちNHKのOBは205名(23.5%))、役員数は99名(うちNHKのOBは28名(28.3%))である。この事からも、NHKの関連公益法人も、NHKの退職社員の受け入れ先として機能していると言える

(4)NHKの関連団体のまとめ(表6)

 表3・4・5を総合して下の表6にまとめて示す。ただし、海外子会社・海外関連会社の従業員数・役員数は含めるが、売上高は含めていない。

表6 NHKの関連団体の総計表(2008年度末現在)
団体数 売上高・事業収入(億円) 従業員数 うちNHKのOB 比率 役員数 うちNHKのOB 比率
子会社 17社 2,349.61 4,920 1,048 21.3 154 91 59.1
関連会社 6社 223.35 120 23 19.2 62 20 32.3
公益法人 8団体 294.01 873 205 23.5 99 28 28.3
総計 31団体 2,866.97 5,913 1,276 21.6 315 139 44.1

 2008年度末で、NHKの関連団体の売上高・事業収入の合計額は3千億円に迫る2,867億円強となっている。これは、NHK本体の経常事業収入6,616億円の4割を超える(43.3%)金額である。
 従業員数の合計は5,913名、そのうちNHKのOBは2割強の1,276名。一方、役員数は315名、そのうちNHKのOBは、5割に迫る(44.1%)139名。
 NHKが受信料として徴収した収入が、これらグループ企業に流れ、そこでNHKのOBが天下って働いている。これは、今、問題となっている官庁の天下りと同じ構図である、と言える。受信料として、半ば強制的に徴収したお金を、身内のために使う、という事がこのまま許されていいのだろうか?。
 実は、NHKの場合、受信契約は義務付けられているが、受信料の支払いは義務付けられていないのだ。NHKが模範としている(模範としていた?)イギリスの場合、受信料の支払いは義務であり、支払わなければ当然、罰せられる。ところが、NHKの場合、受信料を払わない人を罰する事は出来ない。ここに、「公共放送」に対する、日本とイギリスの取り組み方の大きな違いがある。
 NHKの常套句に「皆さまのNHK」というフレーズがある。この言葉は、2004年の不祥事発覚以降の受信料不払い騒動の際によく使われた。しかし、「のど元過ぎれば熱さを忘れる」、の例え通り、最近はあまり聞かれなくなってしまった。

5.最後に

 今回はNHKの現状を、戦前の発足時にさかのぼって分析した。
 そこでわかった事は、以下の通りである。

 NHKは、生まれた時から、「政府のスポークスマン」という体質を背負っていた。戦後、GHQの指導のもと、民主化された時期もあったが、その後は、政府与党の圧力に負け、次第に、「政府のスポークスマン」へと体質を変えてきた。
 NHKは、その過程で、政府与党と取引をすることにより、多くの「権益」を獲得した。(受信料の値上げ、営利事業にも進出出来るようになった放送法の改正(1982年)、衛星放送の開始、営利事業を目的とする子会社の設立等々)。
 しかし、そうした視聴者を無視して権力に媚びるような体質の中から、番組制作料のキックバックを要求するようなプロデューサーを生み出し、2005年の600億円を超す受信料の不払い騒動を巻き起こした。
 受信料の不払い運動に手を焼いたNHKは会長を交代し、体質を改正するための体制作りに着手した。そうした努力のおかげか、視聴者の忘れっぽさのおかげか、不払い運動も次第に下火になった。しかし、受信料収入は伸び悩んでおり、NHKの経営状況の将来は必ずしも明るいとは言えない。

 NHKの将来を考える上で、公共放送とは何か、という原点に立ち返ったうえで、現在の受信料制度の在り方を見直す事が必要になるであろう。受信契約は義務となっているにも関わらず、受信契約をしていない世帯が1割以上存在している。さらに、受信契約をしている世帯でも受信料を払っていない世帯も存在する。
 このような事態を放置しておくと、「正直者が馬鹿を見る」という状況が続く事になる。それを打開し、NHKの経営安定につなげるために、受信契約ばかりでなく受信料の支払いも義務化する、という動きは今までも何回かあったが、今までは実現できなかった。

 次回は、NHKの問題点を分析し、公共放送の在り方を検討してみたい。


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参考文献: 1.「マスゴミ崩壊」、三橋 貴明、扶桑社
        2.「図説 日本のマスメディア」(第二版)、藤竹 暁、NHK Books
        3.「最新 放送メディア入門」、稲田 植輝、社会評論社
        4.NHK業務報告書
        5.
「放送業界の動向とカラクリがよくわかる本」、中野 明、秀和システム
        6.「視聴者が動いた 巨大NHKがなくなる」、田原 茂行、草思社 
        7.「NHK 問われる公共放送」、松田 浩、岩波新書



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