120.存亡の機を迎えた新聞(1)  (2009年12月9日記載)

 ついこの前まで、マスメディアは「第四の権力」と恐れられ、とくに新聞は、マスメディアの中でも「社会の公器」として厳然たる地位を保っていた。しかし、いまや、そのマスコミの崩壊が話題になるようになり、新聞がなくなるのでは、と心配されるようになった。10月19日付の朝日新聞 GLOBE によると、オバマ大統領がマスメディアの無力化を心配しているそうである。権力の横暴を監視する役割を期待されていたマスメデアが、監視するべき権力側から心配されるようになった。記事の詳細は右をクリック:朝日新聞 GLOBEへのリンク
 そこで、今回は新聞業界の現状について分析してみた。

 今回のコラムに用いたデータ等は、最後の参考文献に記載した書籍やURLから引用した。

1.新聞大国日本

 日本の新聞産業は後で述べるように、年々、発行部数と売り上げは減少し、今では赤字体質になってしまった、といっても過言ではない。つまり、日本の新聞産業の未来は暗いのである。しかし、発行部数と普及率を世界各国と比べてみると、日本は今でも、新聞大国である。その状況を日刊紙の発行総数と、人口千人当たりの発行部数の国際比較でみてみよう。

1-1.2006年 上位10ヶ国の日刊紙発行総数(図1-1)

図1-1 2006年 上位10ヶ国の日刊紙発行総数(単位:百万部)

 日本新聞協会が、WAN「World Press Trends」(2008年版)に基づいてまとめた世界各国の2006年の日刊紙発行総数の表から上位10ヶ国の結果を右の図1-1に示す。16位のカナダを載せたのは、かってのG7と総称された7カ国の中で、カナダだけが上位10ヶ国に入っていなかったからである。

①トップは人口大国でもあり、近年経済成長著しい中国である。中国だけが唯一1億部を突破している(1億4百万部弱)。
②2位は人口でも世界第2位のインドである。1億部には届かないが、9千万部弱の堂々たる発行部数である。
③3位は、人口では中国の10分の1、アメリカの半分にも満たない日本である。7千万部を若干下回っているが堂々の発行部数ではある。なお、日本の発行部数は、朝刊と夕刊をそれぞれ1部としてカウントしている。

④4位は、世界1の経済大国アメリカである。(発行総数は5,500万部強)。この4ヶ国までは、発行総数が5千万部を超えており、第5位以下を大きく引き離して新聞大国4ヶ国となっている。
⑤5位以下は、アメリカの発行部数の半分以下でありさらに、トップ中国の2割以下である。
⑥アメリカ以外のG7諸国を見てみると、以下のとおりである。
 ⅰ)ドイツ: 第5位で
、発行部数は、2,100万部強。
 ⅱ)イギリス: 第6位で
、発行部数は、1,800万部弱。
 ⅲ)イタリア: 第8位で
、発行部数は、900万部強。
 ⅳ)フランス: 第9位で
、発行部数はイタリアとほぼ同じ900万部強。
 ⅴ)カナダ: ベスト10にも入らないで第16位。
発行部数は、600万部強。

1-2.新聞大国4ヶ国の発行部数推移(図1-2)

図1-2 新聞大国4ヶ国の日刊紙発行総数の推移(単位:百万部)

 新聞発行部数の世界トップは中国、第2位はインドであるが、この両国は経済面でも発展著しく、いまでは人口大国&経済大国となりつつある。一方、第3位の日本は、1990年代初頭のバブル経済崩壊以降、経済面でも振るわず、人口も減少状態となって、いまや、没落寸前の経済大国、といったところである。また、第4位のアメリカも、イラク・アフガニスタン戦争の泥沼化やリーマンショック等により、世界唯一の覇権国の地位を失いつつある。
 これら新聞大国4ヶ国の発行部数の推移をみてゆくと、その勢いの違いがそのまま表れている右の図1‐2に、2003年から2007年までの発行部数の推移を示す。(中国の2007年のデータは不明です)。

 ①トップの中国は2003年の8,866万部から2006年の1億362万部まで、3年間で1,496万部増加したが、これは、(2003年に対して16.9%の増加率である。
 ②2位のインドは2003年には7,294万部であったのが、4年後の2007年には9,884万部となった。4年間で2,590万部増加したが、2003年に比べて35.5%の増加である。
 ③中国とインドは、両国ともに発行部数は増加中であるが、3位の日本と4位のアメリカの場合は、減少傾向となっている。
 ④3位の日本は、2003年から2004年にかけて3万部ほどではあるが、わずかに上昇した。しかし、その後はじりじりと減少し、2007年には6,852万部となって、2003年に比べ、190万部(2.7%)減少した。この詳細については、第2項以降で分析する。
 ⑤4位のアメリカも日本と同じように、2003年から2004年にかけては15万部ほどではあるが増加したが、その後は減少に転じた。2007年の発行部数は5,388万部であり、2003年に比べると237万部(4.2%)の減少となった。。
 日本の状況は第2項以降で分析するが、アメリカの新聞業界では下記に例示するように、日本の新聞の暗い将来を予測させるような状況が続いている
  ⅰ)アメリカの知性を代表する新聞の一つである「ニューヨークタイムズ」が経営危機にあえいでいる。(
NYTimesに関する新聞記事 へのリンク)。ニューヨークタイムズは2007年までは好調であったが、2007年に新社屋を完成して以来、一転して経営状況が悪化した。その最大の原因は、広告収入の急激な減少である。
  ⅱ)世界最大のマスコミ王と言われるルパート・マードック経営の「ニューズ社」は2008年第4四半期に64億ドルを超す赤字を計上したが、その原因はFOXテレビの広告減収と、「ダウ・ジョーンズ」や「ウォールストリート・ジャーナル」などの新聞メディアの大幅な売り上げ減少である。
  ⅲ)「USAトゥデイ」など85の新聞を発行し、23局のテレビを経営している米新聞大手グループのガネット社は、経営不振を切り抜けるために10%の人員削減に加えて、5日間の無給休暇の導入を決めた。
  ⅳ)「ロスアンゼルス・タイムス」、「シカゴ・トリビューン」をはじめ、過去3年間で10紙が経営破綻に陥り、日本の民事再生法にあたる米連邦破産法11条の適用を申請した。

1-3.2006年 人口千人当たりの発行部数(図1-3) 

図1-3 2006年 人口千人当たりの発行部数(単位:部)

 新聞の発行総数ではなく、2006年の人口千人当たりの発行部数での世界各国のランキングを右の図1-3に示す。(ベスト10の10ヶ国と、G7各国を合わせた16ヶ国の状況を示したものである)。

 注: 新聞は各個人が買って読む、というよりは、各家庭で購入して読む、というのが一般的である。したがって、新聞の普及率を比べる時は、個人別よりは世帯別のほうが望ましい、と言える。しかし、世帯別普及率のデータがないので、ここでは個人別(人口当たり)普及率で比較をしている。

 ①トップはダントツでアイスランド。人口千人当たり882.6部が発行されており、人口当たりの普及率でいうと88.3%である。
 ②2位はデンマークで647.4部(人口当たりの普及率でいうと64.7%)、トップには235.2部も引き離されており、極めて大きな差である。
 ③日本は624.9部(人口当たりの普及率でいうと62.5%)で3位であるが、G7諸国の中ではダントツのトップでとなっている。
 ④北欧4ヶ国は、2位のデンマークを先頭に、4位のスウェーデン(601.4部)、5位のノルウェー(580.3部)、8位のフィンランド(548.9部)と、4カ国すべてがベスト10にランクインしている。また、アイスランドも北欧4ヶ国に近い島国であるから、北欧諸国では、人口当たりの普及率が高い、と言える。
 ⑤6位はスイス(575.9部)であるが、西欧諸国でベスト10に入っているのは、このスイスだけである。
 ⑥東アジア諸国に注目すると、3位の日本を先頭に、7位の香港(569.5部)、9位のシンガポール(509,9部)、10位のマカオ(491.0部)と、4ヶ国がランクインしている。
 人口当たりの普及率で見ると、北欧から5カ国、東アジアから4ヶ国であり、この両地域で新聞がよく普及していることがわかる。(ちなみに、韓国は409.2部で12位である)。
 ⑧G7の残り6ヶ国をみてみると、それほど普及率は高くない事がわかる。
  ⅰ)普及率が300部台なのは、イギリスだけで、358.4部で全体の14位につけている。
  ⅱ)普及率が200部台なのは、次の4ヶ国である: ドイツ(292.2部で21位)、カナダ(231.6部で29位)、アメリカ(225.8部で32位)、フランス(205.4部で38位)。
  ⅲ)イタリアは、200部にわずかに届かず、193.4部で第40位である。
 ちなみにBRICs4ヶ国をみると、以下の通りで、普及率はかなり低いと言える。(今回のランキングは世界109カ国のデータで比較したものである)。
  ⅰ)BRICsのトップは、インドで134.5部(52位)、次は中国で108.2部(58位)。この両国が100部台である。
  ⅱ)3番目がブラジルで61.5部(77位)。
  ⅲ)最後がロシアであるが、わずか9.5部で全体の106位であり、普及率の低さには驚かされる。

1-4.世界各国との比較から 

 
今までに分析した世界各国との比較から以下の事が言える。

 日本の新聞発行部数は、発行総数でも、人口当たりの発行数でも世界第3位であり、新聞大国であると言える。
 ただし、その将来をみると、必ずしも明るいとは言えず、どうも暗い未来が待ち受けているようである。その辺のところをこれから分析していく。

2.日本の新聞発行部数と普及率の推移

 
日本の新聞発行部数と世帯普及率の推移を、参考文献2(「図説 日本のマスメディア」(第二版)、藤竹 暁、NHK Books)と日本新聞協会ホームページから得られるデータをもとに分析する。

図2-1 日刊紙の発行部数と人口の推移

2-1.新聞発行部数と人口の推移(図2-1)

 右の図2-1に、1950年から2008年までの日刊紙の発行部数と人口の推移を示す。データについては右をクリック: 発行部数と人口の推移表へのリンク

 注: 発行部数は朝夕刊セットを1部として計算しているので、図1-1の数字よりは少ない。。 

(1)日刊紙の発行部数の推移(左目盛)

 日刊紙の発行部数は、1950年の1,418万部から1999年の5,376万部まで、ほぼ直線状で増加してきた。
 しかし、発行部数の増加トレンドは1999年ピークを打った後は終わりとなり、2003年の5,302万部までは、ほぼ横ばいで推移した。
 2005年以降、人口が減少トレンドに転じたのに合わせるように、発行部数は減少トレンドとなり、2008年には5,149万部となって5200万部を下回った。
 つまり、21世紀に入ってからの9年間で、発行部数は、227万部減少した事になる(1999年のピークに対して4.2%の減少)。この原因として、あげられるのがインターネットの普及であるが、詳しい分析は後ほど行う。

(2)人口の推移(右目盛)

 人口は、1950年の8,320万人から直線状で増加し続け、2004年に1億2,779万人でピークとなった。
 2005年から人口は緩やかに減少傾向に転じ、2008年には1億2,757万人となって、4年間でわずかではあるが、22万人減少した。
 図2-1をみるとわかるように、1985年以降人口の推移カーブと、発行部数の推移カーブとに乖離が生じており、その乖離は年々大きくなっている。
 つまり、1950年から1985年までは、人口の増加と並行して新聞の発行部数も増加したが、1985年以降2004年までは、人口の増加率ほど新聞の発行部数は増加せず、さらに、2005年以降は、人口の減少ペースを上回って新聞の発行部数が減少している、と言う事である。

2-2.新聞の世帯普及率と世帯数の推移(図2-2)

図2-2 世帯普及率と世帯数の推移

 次に、新聞の世帯普及率と世帯数の推移を右の図2-2に示す。

 注: 世帯普及率とは、世帯数と発行部数との比率で、1.0を超えていれば、平均的にみて、各世帯では新聞を1部以上購入している、という事を示す。逆に、1.0を下回っていれば、新聞を購入していない世帯がある、という事である。


(1)新聞の世帯普及率の推移(左目盛)

 1955年から1990年までは、1960年を除けば、世帯普及率は1.2を上回る水準でほぼ横ばいで推移した。
 しかし、1995年以降、世帯普及率は坂道を転げ落ちるように減少していった。2002年には、1.1を下回り、そして、2008年にはついに1.0を下回った。
 つまり、2008年には、ついに、平均的に見て、新聞を読まない世帯が出現したのだ。

(2)世帯数の推移(右目盛)

 1955年から1995年までの世帯数は、国勢調査のデータにもとづいている。そして、1998年以降の世帯数は、各年3月31日現在の住民基本台帳による。

 世帯数は、人口の増加率が鈍り、人口が減少するようになったにも関わらず、1955年以降2008年までほぼ直線状で増加している。
 人口が減っているのに、世帯数が増えているのは、「81.独り暮らし社会」の中で分析したように、世帯構成が変化し、独り世帯が増えてきたためである。
 世帯数が増えているのに、発行部数は減少している、この事は、新聞を購入しない世帯が増えている事を示し、結果として、世帯普及率の低下を招いている。
 若い人を中心に、独り暮らしをしている人たちが、新聞を買わずにインターネットでニュースを読む、という傾向が増えている。こうした事が、世帯普及率低下の背景にあるものと思われる。

2-3.2008年 都道府県別世帯普及率(図2-3) 

図2-3 2008年 都道府県別世帯普及率

 2008年の世帯普及率の都道府県ランキングを右の図2-3に示す。図2-3をみると、都道府県毎に、世帯普及率にはかなりのばらつきがある、という事がよくわかる。

(1)トップ10の県

 47都道府県のトップは奈良県であり、世帯普及率は1.35、2位以下を大きく引き離している。
 ②2位は、トップよりやや離れて1.20の群馬県、そして3位は富山県で1.18である。
 ③4位は、1.15で福井県と鳥取県6位は1.14で山形県である。
 ④7位は、1.12で滋賀県と島根県、そして、9位は1.11で4県(福島県、栃木県、石川県、長野県)が同率で並んでいる。
 これら13県の地方別分布をみると、以下の通りで、日本の中央部分にあたる県がランクインしている事がわかる。
  ⅰ)関西: 2県(奈良県、滋賀県)、なお、和歌山県は15位である。
  ⅱ)北関東: 2県(群馬県、栃木県)、なお、茨城県は14位である。
  ⅲ)北陸: 3県(富山県、福井県、石川県)
  ⅳ)山陰: 2県(鳥取県、島根県)
  ⅴ)南東北: 2県(山形県、福島県)
  ⅵ)中部: 2県(長野県、岐阜県)。

(2)最下位10の道県

 ①最下位(47位)は鹿児島県で0.65、トップの奈良県の半分以下であり、46位とも大きく離されている。
 ②46位の宮崎県(0.73)、45位の熊本県(0.76)、44位の高知県(0.77)の3県が、世帯普及率7割台である。
 残りの6道県はいずれも帯普及率8割台である:北海道と長崎県が0.82の同率で42位、沖縄県が0.84で41位、宮城県が0.87で40位、愛媛県と大分県が0.88の同率で38位。
 これら10道県の分布をみると、日本の北と南に分かれているが、とくに九州・沖縄に集中している事がわかる。
  ⅰ)九州・沖縄: 6県 (鹿児島県、宮崎県、熊本県、長崎県、沖縄県、大分県)
  ⅱ)四国: 2県 (高知県、愛媛県)
  ⅲ)北海道・東北: 2 (北海道、宮城県)。

(3)三大都市圏の世帯普及率

 上記をみるとわかるように、三大都市圏の主要都府県は、ベスト10にも最下位10にも含まれていない。そこで、三大都市圏の状況を図2-3で調べてみよう。

 ①首都圏4都県: 4都県ともに、全国平均を下回っている。
  ⅰ)埼玉県と千葉県の世帯普及率は、福岡県と同じく、0.97で、全国平均を少し下回り30位となっている。
  ⅱ)東京都が0.95で、次に続き、33位である。
  ⅲ)神奈川県はさらに少なくて、岩手県と同じく、0.90であり、35位である。
 ②東海2県: 愛知県(1.04で21位)と静岡県(1.02で23位)は、ともに、全国平均を上回っている。
 ③関西主要3府県: 京都府と大阪府は、山口県とともに、1.06で15位であり、兵庫県は愛知県と同じく、1.04で21位である。

3.新聞業界の総売上の推移

 新聞業界の総売り上げの推移を下右の図3-1に示す。
 データは、第2項と同じ日本新聞協会ホームページから引用した。
 新聞業界の総売上は、新聞そのものを売る事による「販売収入」と、新聞に掲載する広告から得られる「広告収入」と、それ以外の「その他収入」の三つの項目から構成される。
 図3-1では、それら3項目ごとの収入額の推移を表示している。

3-1.総売上高の推移(図3-1)

 日本の新聞業界の1998年以降の総売上高の推移を図3-1の棒グラフで示す。各年ごとの売上高は一番右端の数字で示す。

図3-1 新聞業界の売り上げの推移(単位:千億円)

 1998年に2兆4,848億円であった総売上高は、翌年に若干下がった後、2000年に2兆5,223億円となってピークをうった。
 しかし、2001年から3年連続で減少に転じ、2003年には2兆3,576億円で一旦底をうった。
 その後、2004年・2005年と連続して上昇し、2005年には2兆4,189億円となって2兆4千億円台を回復した。
 ところが、2006年以降は、毎年売り上げが1,000億円前後減少するようになり、2008年には2兆1,400億円となってしまった。この売上減少の最大の原因は、図3-1を見ればわかるように、広告収入の急速な減少である。

3-2.販売収入の推移(図3-1の青い棒グラフ)

 図3-1をみればわかるように、新聞そのものを売ることによる「販売収入」は、減少はしているものの、落ち込みはわずかである。

 1998年の販売収入は、1兆2,927億円で、総売り上げの52.0%を占めていた。しかし、1999年・2000年と連続して減少し、2000年には、総売り上げに占める比重も50.9%まで低下した。
 2001年には、前年比19億円(対前年上昇率0.15%)とわずかではあるが上昇したが、その後、減少に転じ、毎年少しずつ、販売収入は低下している。
 2008年の販売収入は1兆2,308億円となって、1998年と比べると619億円(1998年比で4.8%)減少した。ただし、総売り上げが大きく減少したために、販売収入が総売り上げに占める割合は57.5%にまで上昇した。

3-3.広告収入の推移(図3-1の黄色い棒グラフ)

 広告収入は、ピーク時と比べると大きく落ち込んでおり、これが、総売り上げの減少を招き、さらには、新聞業界の経営環境を大きく悪化させているのである。

 広告収入は、2000年に9,012億円となって、ピークを記録した。その年の広告収入が総売上高に占める割合は35.7%であった。しかし、その後は減少に転じ、2004年に若干持ち直した(7,550億円となって、前年に対して6億円増加)ものの、減少傾向は止まらないままである。
 さらに、2005年以降の減少ペースは、年々大きくなり、2008年には5,655億円まで減少した。これは、2000年のピーク時に比べると、3,357億円(減少率は37.3%)の減少である。2008年の広告費は前年に比べると、991億円もの減少(比率でいうと14.9%の減少)であり、これが後述するが、いくつかの新聞が赤字に転落した原因となっている。
 ③広告収入が減少した原因は、別の機会に分析してみたいと思っているが、現時点では下記のような要因をあげる事ができるであろう。
  ⅰ)広告を依頼する企業側が不景気のために、新聞のみならず、テレビ等も含め、広告費用そのものを減らしている。
  ⅱ)企業側は、広告の費用対効果に極めて敏感となり、とくに新聞への広告は大きく減らしている(詳しくは後ほど分析する)。広告の費用対効果という観点からいうと、近年成長著しいのがインターネットであるが、それについては、別の機会で分析するつもりである。

3-4.その他収入の推移(図3-1の赤い棒グラフ)

 新聞社は、新聞の販売以外にもいろいろと手がけている。たとえば、一般紙と全国紙の系列関係、放送局との系列関係、雑誌の発行、広告業への進出等々、情報産業コングロマリット(複合体)として生き残りを図っている。そうした関連事業から得られる収入を「その他収入」としてまとめたものを図3-1に示した。

 1998年に3,337億円であった(総売上の13.4%)が、2003年までは、ほぼ横ばいのままで推移した。
 その後、2004年・2005年と連続して増加し、「販売収入」や「広告収入」の落ち込みをカバーして、総売上の上昇に寄与した。2005年には、総売上の17.3%を占めるまでになった。
 しかし、それからは2006年・2007年と連続して減少するようになった。2008年には3,437億円となって、前年比で21億円の上昇となり、若干持ち直したが、「販売収入」や「広告収入」の落ち込みをカバーするほどの増加とはならなかった。

4.新聞への広告費の推移

 第3-3項では広告費を新聞社への収入という観点からとらえて、その推移を分析したが、ここでは、広告を依頼する企業側が新聞広告費として出費した額の推移を分析する。(ここで分析する「広告費」と、第3-3項で分析した「広告収入」との差額は、広告代理店等の収入となっている)。
 1985年から2008年までの新聞への広告費と、それが広告費全体に占める比率(構成比率)の推移を下の表1と図4-1に示す。
 これらのデータは、「電通の日本の広告費」に基づいている。

表1 新聞への広告費(単位:千億円)
と構成比率(%)の推移
図4-1 新聞への広告費(単位:千億円)
と構成比率(%)の推移
新聞への
広告費
(千億円)
構成
比率
(%)
1985 8.887 25.36
1986 9.145 25.07
1987 9.882 25.05
1988 11.267 25.51
1989 12.725 25.09
1990 13.592 24.42
1991 13.445 23.48
1992 12.172 22.29
1993 11.087 21.62
1994 11.211 21.69
1995 11.657 21.48
1996 12.379 21.45
1997 12.636 21.07
新聞への
広告費
(千億円
構成
比率
(%)
1998 11.787 20.42
1999 11.535 20.24
2000 12.474 20.42
2001 12.027 19.85
2002 10.707 18.77
2003 10.500 18.47
2004 10.559 18.03
2005 10.377 17.40
2006 9.986 16.66
*2005 10.377 15.21
*2006 9.986 14.39
2007 9.462 13.48
2008 8.276 12.37

注: 2005年と2006年で二つのデータがあるのは、電通が、2007年に「日本の広告費」の推定範囲を2005年に遡及して改訂したためである。
   (新聞への広告費の絶対値は変わらなかったが、広告費全体の数値が増えたために、構成比率は低下した)。

4-1.新聞への広告費(図4-1の青い線グラフ)

 1985年の8,887億円から1990年の1兆3,592億円まで、新聞への広告費は1.5倍以上となり一気に増加した。しかし、バブル経済の崩壊とともに新聞への広告費も減少し、1993年には1兆1,087億円まで落ち込んだ。
 その後、日本経済は低迷したにもかかわらず、新聞への広告費は増加し、1997年の1兆2,636億円で再度ピークとなった。それから、1999年までは低下したが、2000年に3度目のピークを迎えた。
 新聞への広告費は、その2000年のピークを最後に減少に転じ、毎年低下し続けている。とくに、2007年から2008年にかけては、1,200億円近くも落ち込んでしまった
 新聞への広告費がこのように落ち込んだのには、発行部数の減少という構造的な問題と、広告を依頼する企業側が「費用対効果」に次第に敏感になり、新聞広告の効果に疑問を抱き始めた、という根本的な問題がある。この問題については、別のコラムで検討する事としたい。

4-2.新聞への広告費が広告費全体に占める比率(構成比率)の推移

 新聞への広告費は金額の絶対値で見ると上の4-1項で分析したような状況だが、それを、広告費全体に占める比率、という観点から分析すると、以下のようになる。

 1985年以降、構成比率は大体25%強の水準でほぼ横ばいで推移していた。しかし、構成比率は、1990年に24.42%となって25%を割り込んで以来、2008年までほぼ毎年低下し続けている。
 この事は、2000年頃までは、広告費全体の伸び率と新聞への広告費の伸び率が同じように推移したのに、2000年以降は、新聞への広告費が、全体の広告費の減少以上に減少している、という事をしめしている。とくに、2007年の広告費の推定範囲の見直し以来、構成比率の減少は著しい。
 これは、インターネットやフリー・ペーパーといった、今までには存在しなかったメディアが登場するようになり、広告が新しいメディア分散するようになってきた、という面もあるし、新聞の広告が、どれだけ販売促進に効果的か、企業側が懐疑的になってきた、という事の証明でもある。。

5.全国紙の経営成績

 ここまで、日本は世界的にみて新聞大国ではあるが、近年にいたって、発行部数は減少し、広告収入の減少によって売上も減り、苦しい状況に追い込まれている、という事をみてきた。そこで、ここでは、全国に販売網を持っている五つの全国紙(読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞、産経新聞)の経営成績の推移を分析してみよう。

注: 「新聞」と一言でいうが、日本では様々な種類の新聞がある。
 1.情報内容で分類すると、以下の3種類になる。
  ⅰ)一般紙: 政治、経済、社会、スポーツ、文化など、広い分野の情報を総合的に編集した新聞。
  ⅱ)スポーツ紙: スポーツに関する情報を中心に編集した新聞。
  ⅲ)専門紙・業界紙: 経済など特定の情報分野や、特定の業界に関する情報を中心に編集した新聞。
 2.上記の中の「一般紙」を「発行エリア」でみると、下記二つに分けられる。
  ⅰ)全国紙: 日本全国に販売網を持つ新聞(前述の五紙)。
  ⅱ)地方紙: 特定の地域内に販売網を持つ新聞。これはさらに、以下の三つに分類される。
   ⅱ-1)ブロック紙: 複数の県に販売網がまたがるなど、とくに規模の大きい新聞(北海道新聞、中日新聞、西日本新聞の三紙)。
   ⅱ-2)県紙: 特定の都道府県全域で発行・販売されている新聞。
   ⅱ-3)地域紙: 一つの都道府県よりは狭い範囲で発行・販売されている新聞。

 ここでのデータは、参考文献1(「マスゴミ崩壊」、三橋 貴明、扶桑社)と2(「図説 日本のマスメディア」(第二版)、藤竹 暁、NHK Books)、および、9(読売新聞広告ガイドから得られたものである。

図5-1 全国紙の朝刊発行部数(単位:百万部)の推移

5-1.全国紙の発行部数の推移(図5-1)

 五つの全国紙の1970年以降の朝刊の発行部数の推移を右の図5-1に示す。図5-1の右端の数字は、5紙の合計発行部数である。

(1)5紙の合計発行部数の推移

 1970年には、5紙合計で1,946万部であったが、その後は順調に増え続け、2000年に2,757万部(1970年に比べて1.42倍)となってピークに達した。
 しかし、2004年までの4年間ではわずか8万部ではあるが減少した。そして、2008年までのその後の4年間では、74万部減少し、減少ペースが早まってきた。
 発行部数を1970年と2008年で比べると、1.37倍に増加したが、ピーク時の2000年を基準に考えると、1970年から2000年までは1.42倍に増えたが、2000年から2008年までに0・97倍にまで減少した

(2)各新聞毎の発行部数と順位の推移

 ①1970年: この年のトップは朝日新聞で599万部、2位は読売新聞(551万部)、3位は毎日新聞(466万部)、4位は産経新聞(202万部)、5位は日本経済新聞(128万部)。3紙の合計は、1,616万部、この3紙は3大紙としての地位を誇っていた。
 ②1975年: この年も部数の変動はあったが、順位に変動はなかった。ただ、1970年に比べて、朝日・読売・日経の3紙は部数を増やしたが、毎日と産経の2紙は部数を減らした。
 ③1980年: この年には1975年に比べて、産経以外の4紙は、いずれも部数を増やした。産経も同数で減少は免れた。ただし、読売新聞(847万部)が朝日新聞(739万部)を抜いてトップに立った
 ④1985年: 毎日以外の4紙は発行部数を増やしたが、読売と朝日の差は、1980年の108万部から131万部と広がり、読売はトップの座を固めた。また、日経(219万部)が産経(199万部)を抜いて4位に上がった。
 ⑤1990年: この年も毎日以外の4紙は発行部数を増やした。読売は朝日以上に部数を増やして、差を163万部に広げたし、日経は産経以上に部数を増やして、差を20万部から81万部へと広げた。
 ⑥1995年: この年は読売と朝日だけが発行部数を増やし、とくに、読売は1000万部を突破した。
 ⑦2000年: 毎日新聞は、1995年と同じレベルを維持したが、残りの4紙は発行部数を増やした。そして、日経(304万部)は300万部を突破し、産経(201万部)は200万部を回復した。読売と朝日は、この年が発行部数のピークであり、以降は減らし続けている。
 ⑧2004年: この年は、2000年と比べて、それまで不振であった毎日と産経が発行部数を増やし、逆に、読売、朝日、日経の3紙が発行部数を減らした。
 ⑨2008年: この年は、2004年と比べると、日経だけが発行部数を増やし、他の4紙はいずれも発行部数を減らした。
 1970年と2008年を比べると、毎日と産経以外の3紙は発行部数を増やしている。これら3紙の増加率を見ると、トップは日経で2.39倍、次は読売で1.82倍、3位は朝日で1.34倍である。一方、毎日は0.82倍、産経は0.91倍である。また、朝日と読売がピークとなり、5紙合計でもピークとなった2000年と2008年を比べると、発行部数が増えたのは日経だけで、他の4紙はいずれも発行部数を減らしている。こうして通算して眺めてみると、日経は大いに健闘して部数を増やし、毎日は逆に低迷し続けた、という事がわかる。

図5-2 全国紙の売上高(単位:1千億円)の推移
5-2.全国紙の売上推移(図5-2)

 次に、全国紙の売上推移をみてみよう。参考文献1(「マスゴミ崩壊」、三橋 貴明、扶桑社)から得られるデータに基づき、2003年から2008年までの売上高の推移をグラフ化して右の図5-2に示す。図5-2の右端の数字は、5社の合計売上である。
 注1: 読売新聞のみ連結決算で他は単独決算
 注2: 会計年度は、日経が1月-12月で他は4月-3月。

(1)5紙合計の売上高

 2,003年の1兆4,185億円から2005年にかけて、合計の売上高は年々緩やかに売上高は減少し、2005年には1兆4,038億円となった。
 2006年以降売上の減少ペースは速くなり、2008年には、1兆3千億円を割り込んで1兆2,415億円となって、2003年と比べると、金額で1,770億円減少した(減少率は12.5%)。
 全国紙の売り上げが近年このように急激に落ち込んでいる最大の原因は、すでにふれた広告収入の落ち込みである。広告収入は、新聞業界の利益を支えていた収入であるから、広告が減るという事は、利益が大幅に減る、という事なのである。利益の変動については、4-2項で分析する。

(2)各社ごとの売上の推移


 ①読売新聞: 2003年から2005年にかけては、わずかながらではあるが、売上は増加した。しかし、2006年以降は売上が落ち込み、2008年には4,553億円となって、5年前の2003年と比べて、241億円落ち込んだ(減少率5.0%)。
 ②朝日新聞: 2003年から2004年にかけて、7億円だけ上昇したが、2005年以降は、じりりじりと減少し、2008年には3,442億円となって、2003年と比べると、619億円減少した(減少率15.2%)。
 ③毎日新聞: 発行部数では3位であるが、売上では日本経済新聞に抜かれて4位となっている。毎日新聞も朝日新聞と同じ売上のトレンドである。つまり、2003年から2004年にかけて上昇したが、2005年以降減少に転じ、2008年には2003年との比較で160億円減少した(減少率10.4%)。
 ④日本経済新聞: 2004年には2003年に対して201億円減少した(減少率8.1%)後、2006年まで少しずつではあるが増加した。しかし、2007年以降は再び減少に転じ、2008年には1,971億円となって、2003年に対して507億円減少した(減少率20.5%)。
 ⑤産経新聞: 2003年の1,310億円から年々減少し、2008年には1,067億円となった。これは、2003年と比べると、金額では243億円の減少となった(減少率18.5%)。
図5-3 全国紙の最終損益(単位:億円)の推移

 2003年と2008年を比べた場合、5紙すべてで売上が減少した。金額で最も落ち込んだのは朝日新聞(619億円)であるが、比率でみると、日本経済新聞(20.5%)がもっとも減少率が大きい。売上では、落ち込みの大きい日本経済新聞ではあるが、利益面では最も奮闘している。

5-3.全国紙の利益推移(表5-5)

 続いて、5紙の最終損益の推移を見てみよう。5-2項と同じく、参考文献1から引用したデータに基づいて作成したグラフを、右に図5-3として示す。
 注1: 読売新聞のみ連結決算で他は単独決算
 注2: 会計年度は、日経が1月-12月で他は4月-3月。


 ①読売新聞: 2003年に116億円だった最終損益は2005年に645億円に急上昇する。その後、2006年には175億円、2007年には163億円と黒字が続いたが、2008年に、突如、80億円の赤字へと転落する。
 ②朝日新聞: 2003年には92億円、その後も変動はするが、黒字を維持した。しかし、2008年の最終損益は28億円となり、2003年以降では最低である。
 ③毎日新聞: 2003年はわずか3億円の黒字であったが、2004年には63億円の赤字に転落する。2005年から2006年は、それでも1~2億円でぎりぎりの黒字であったが、2008年には再び18億円の赤字に転落してしまう。
 ④日本経済新聞: 2003年には83億円の黒字、その後、2006年の180億円まで、黒字額は拡大した。しかし、2007年・2008年と連続して黒字額は減少に向かい、2008年には35億円となった。しかし、35億円でも2008年でみると、5紙の中ではトップの利益額である。
 ⑤産経新聞: 2003年以降2008年までわずかではあるが黒字を維持している。しかし、2008年の黒字額はわずか1億円である。
 5紙の最終損益をみると、近年、経営環境が厳しくなっている事が見て取れる。とくに、2008年には、読売が赤字に転落し、毎日新聞も再度赤字となった。さらに、黒字となった3社を見ても、2007年と比べると、いずれも大幅な減益となっている。
 これを、単体決算ではなく、連結決算でみるとその苦しい状況がもっと鮮明に見えてくる。

5-4.2008年 全国紙の連結決算:

図5-4 2008年 全国紙の連結決算の最終損益(単位:億円)

 同じく、参考文献1のデータに基づいて、2008年の5紙の連結決算での最終損益を右の図5-4に示す。

  図5-4を見ればわかるように、日本経済新聞以外の4紙は、すべて連結決算の最終損益で赤字である。日本経済新聞も黒字であるが、前年度と比べると、77.7%もの減益となっている。
 全国紙すべてが、前年度と比べると壊滅的と言ってもいいくらいに落ち込んだのには、リーマンショックによる広告収入の減少が大きく響いている。
 とくに、朝日新聞が139億円もの赤字になったのは、新聞業界に大きな衝撃をもたらした。朝日新聞は、連結決算を公表し始めた2000年以来、ずっと黒字を維持してきたのであるが、それが、2008年になって、突如100億円を超す赤字を計上したのだから、各界に与えたショックも大きかったわけである。(2006年は116億円、2007年には46億円の黒字であった)。
 連結決算で赤字に転落した朝日新聞と読売新聞は、こうした苦境を脱却するために、聖域とされてきた人件費に手をつける事とした。しかし、この両社の労働組合は日本新聞労働組合連合(新聞労連)に加盟しており、人件費のカットには強力に反対している。人件費カットが、すんなりと行くか否か、新聞界の将来を左右しかねない問題でもある。
 産経新聞は、2008年から人件費に手をつけ、社内のリストラに着手した。それは、産経新聞の労働組合が新聞労連に加盟していないから可能となったのだ。残り4紙の労組はすべて新聞労連に加盟している。新聞労連は、ある意味、20世紀の遺物であり、強力な保守勢力であり、改革に対する抵抗勢力である。その反対を押し切って、新しい時代に生き残れるような改革を進める事が出来るのか、新聞は今、試されているのだ。

7.最後に

 今回は存亡の淵に立つ新聞業界の現状をを分析した。新聞が売れなくなった(読まれなくなってきた)のは日本だけの状況ではなく。アメリカでもイギリスでも同じような苦境に立たされている。アメリカの状況は1-2項でも触れたが、イギリスのデイリー・ミラーやタイムズも発行部数を減らしている。
 これらの原因としては、インターネットの普及と、構造改革の流れがあるそれらの影響を列記すると、下記があげられる

 インターネットの普及により、新聞が読まれなくなったし、広告がインターネットに食われてしまった。その結果、新聞の利益のほとんどを稼いでいた広告収入が激減し、結果として、新聞経営が赤字体質へと変化していった。
 今までは一般市民の目に触れなかった「欺瞞的な記事」がインターネットによって衆目にさらされる事となり、大きな批判をうみだすようになった。その典型的な事例が2008年に起きた毎日新聞の「WaiWai変態ねつ造事件」である。これは、インターネットで毎日新聞のねつ造記事が指摘され、最初はしらをきっていた毎日新聞もついに謝罪した、という事件である。この事件は、インターネット上では大問題となり、最終的には毎日新聞の謝罪にまで発展した事件であるにもかかわらず、他のマスコミ(新聞、テレビ、ラジオ等)では一切報じられていない。日本のマスコミは、身内の不祥事を隠蔽する体質である、ということが証明されてしまった。
 注: 毎日新聞の「WaiWai変態ねつ造事件」とは、毎日新聞の海外向けホームページのコラム「WaiWai」において、「日本の母親は受験シーズンを迎えた息子の成績が上がるように、息子の性処理を引き受けている」という記事を英語で全世界に配信した。これは、驚くべき記事であり、この誤りを指摘し抗議したインターネットユーザーに対し、毎日新聞は最初は強圧的態度で脅しできたが、最終的には謝罪した、という事件である。
 構造改革の流れの中で、今までのビジネスモデルが成り立たなくなってきた。新聞に限らずテレビも同じであるが、今までは様々な規制により守られてきた。たとえば、
  ⅰ)記者クラブによる情報ソースの独占。
  ⅱ)宅配システムによる流通チャネルの独占。
  ⅲ)再販売価格維持制度と独占禁止法の新聞特殊指定による価格競争の制限。
といった事である。これらの制度は、現在、いろんな方面から見直しを求められており、それが結果として新聞社の経営を圧迫している。。
 

 次回は、日本の新聞業界に的を絞って、その危機の本質を分析していきたい

参考文献: 1.「マスゴミ崩壊」、三橋 貴明、扶桑社
        2.「図説 日本のマスメディア」(第二版)、藤竹 暁、NHK Books
        3.「朝日新聞がなくなる日」、宮崎 正弘、WAC
        4.「2011年 新聞・テレビ消滅」、佐々木 俊尚、文春新書
        5.「グーグルが日本を破壊する」、竹内 一正、PHP新書
        6.「グーグル・アマゾン化する社会」、森 健、光文社新書
        7.日本新聞協会ホームページ
        8.電通:「日本の広告費
        9.
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