103.格差社会と世襲エリート  (2008年9月11日記載)

 9月1日夜、福田首相が突如辞意を表明した。自民党の首相による政権投げ出しは、前年の安部首相に続いて2年連続である。国民無視のまったくひどい話である。このような無責任極まる2人の国家リーダーに共通点がある。それは、二人とも世襲議員だということである。小泉改革以来、日本は格差社会になった、という論議が盛り上がっている。それに対して、格差があるのは当然であり、格差社会のどこが悪いのか、といった「開き直った」議論も聞かれる。
 私も、格差そのものの存在は当然であると思っているが、もし、社会に以下の2点が認められるならば、それは、「格差社会」として糾弾されなければならない、と思っている。
  ①「上流」の「吹き抜け」と、「下流」の「底抜け」により、格差が拡大している。
  ②格差が固定し、かつ、世襲されている。
 この観点から、分析してみると、どうも、日本社会は、糾弾されるべき「格差社会」へと変質しているのではないか、と疑わざるを得ない。今回は、第2の観点である、「格差の世襲」問題について、国会議員や高級官僚、企業経営者といった「エリート層」の世襲問題について分析してみたい。
 なお、今回のコラムは、主として、参考文献1の記述に基づいてまとめた。

1.世襲議員

 日本社会全体が、糾弾されるべミ「格差社会」になっているかどうかは、まだ議論の余地はあるが、永田町、すなわち、日本の政治そのものは、世襲議員がひしめく「格差社会」になっている、と言える。その実態を様々な角度から分析してみよう。

表1 1980年以降の歴代総理大臣
連番 氏 名 就任時
年齢
在職期間 通算
在職日数
出生県 出身分野 所属政党 世襲
1 鈴木 善幸 69歳 '80.07~'82.11 864 岩手県 党人派 自由民主党 無し
2 中曽根 康弘 64歳 '82.11~'87.11 1,806 群馬県 官僚 自由民主党 無し
3 竹下 登 63歳 '87.11~'89.06 576 島根県 党人派 自由民主党 二世
4 宇野 宗佑 66歳 '89.06~'89.08 69 滋賀県 党人派 自由民主党 無し
5 海部 俊樹 58歳 '89.08~'91.11 818 愛知県 党人派 自由民主党 無し
6 宮澤 喜一 72歳 '91.11~ '93.08 644 広島県 官僚 自由民主党 二世
7 細川 護煕 55歳 '93.08~'94.04 263 東京都 党人派 日本新党 二世
8 羽田 孜 58歳 '94.04~'94.06 64 東京都 党人派 新生党 二世
9 村山 富市 70歳 '94.06~'96.01 561 大分県 党人派 日本社会党 無し
10 橋本 龍太郎 58歳 '96.01~'98.07 932 岡山県 党人派 自由民主党 二世
11 小渕 恵三 61歳 '98.07~'00.04 616 群馬県 党人派 自由民主党 二世
12 森 喜朗 62歳 '00.04~'01.04 387 石川県 党人派 自由民主党 三世
13 小泉 純一郎 59歳 '01.04~'06.09 1,980 神奈川県 党人派 自由民主党 三世
14 安倍 晋三 52歳 '06.09~'07.09 366 東京都 党人派 自由民主党 三世
15 福田 康夫 71歳 '07.09.26 から 東京都 党人派 自由民主党 二世

(1)総理大臣

 終戦直後の公職追放の影響もあって、高度経済成長期までは、保守的な世襲議員が台頭する余地は少なかった。しかし、高度成長も終わって、世の中が安定成長期に入った1980年代以降は、世襲議員が跋扈するようになる。その変化は、歴代総理大臣を眺めてみれば一目瞭然である。
 1980年以降、28年間で15人の総理大臣が誕生した。その内訳を右の表1に示す。


 ①15人の首相のうち、10人が世襲議員である。しかし、1980年代の5人の首相のうち、竹下登以外の4人は世襲議員ではない。また、竹下も父親は国会議員ではなく、県会議員であるから、国会議員2世ではない。
 ②1990年代
には、6人の首相が生まれたが、村山首相以外の5人はすべて「世襲議員」である。ただし、細川護煕の場合、父方の祖父(細川護立)が貴族院議員、母方の祖父(近衛文麿)が戦前の首相経験者という事で、直接ではなく、「孫」という形での二世ではある。こう考えてみても、1980年代と1990年代の10年間で、世襲議員が「のさばりだした」という感じが強まった。
 ③
21世紀に入ってからは、4人の首相が生まれたが、すべて「世襲議員」である。しかも、今回の福田首相以外の3人は、「三世」議員であり、それだけ、世襲が深まった、と言える。
 ④
さらに、福田首相の後継総裁として名乗りを上げているメンバー(9月11日現在で5名)を見ても、小池百合子以外の4名は世襲議員である。そして、最有力候補は、現時点では麻生太郎であり、次の首相も「世襲議員」になる可能性が高い
 ⑤
また、野党第一党の党首である小沢一郎も、二世議員である。そうなると、もし、次の衆議院選挙で民主党が勝った場合でも、世襲議員が首相になる、という事であり、21世紀の首相は当分は、すべて、世襲議員という事になってしまう。

表2 党派別世襲議員の比率
2000年6月 2003年11月
自民党 議席数 241 244
世襲議員数 126 126
世襲議員の比率 52.3% 51.6%
民主党 議席数 125 176
世襲議員数 32 48
世襲議員の比率 25.6% 27.3%
公明党 議席数 31 34
世襲議員数 2 3
世襲議員の比率 6.5% 8.8%
共産党 議席数 20 9
世襲議員数 2 2
世襲議員の比率 10.0% 22.2%
社民党 議席数 18 6
世襲議員数 1 0
世襲議員の比率 5.6% 0.0%
その他 議席数 43 10
世襲議員数 18 6
世襲議員の比率 41.9% 60.0%
合 計 議席数 478 479
世襲議員数 181 185
世襲議員の比率 37.9% 38.6%
 2000年6月の「その他」には 自由党、保守新党を含む。 

(2)衆議院議員

 衆議院議員のうち、世襲議員がどれくらいいるのかについて、
「世論力テレビWEB」の分析に基づいて分析する。

(2-1)党派別世襲議員の比率(表2)

 各政党別の世襲議員比率を右の表2に示す。直近の郵政選挙(2005年9月)の分析結果が見つからなかったので、その前2回の結果に基づく分析である。なお、定員は480名であるが、調査結果では、欠員がある。

 各政党別の世襲議員比率をみると、自民党が圧倒的な世襲政党であることがわかる。
   ⅰ)自民党: 過半数が世襲議員である。これは、自民党そのものが、一般国民に開かれた政党ではなく、もはや世襲政党に堕してしまった、という事の証明でもある。実際、従来は、高級官僚は退官後、あるいは退官間近に、自民党から出馬して政界に転出する、という事例が圧倒的であったのが、最近では、民主党からの出馬が増えているそうである。
   ⅱ)民主党: 4分の1が世襲議員である。自民党に比べれば少ないが、世間的にみれば、多いという印象である。
   ⅲ)公明党、共産党、社民党: この3党では、世襲議員は少ない。
   ⅳ)その他: 保守系無所属議員が含まれる関係で半数前後が世襲議員である。

表3 地区別
世襲議員の比率
2000年
6月
2003年
11月
北海道 33.3% 35.0%
東北 47.5% 53.8%
北関東 41.1% 44.2%
南関東 48.1% 39.3%
東京 21.4% 16.7%
北陸信越 45.2% 45.2%
東海 30.9% 35.2%
近畿 28.6% 33.8%
中国 56.3% 58.1%
四国 63.2% 57.9%
九州 23.8% 28.8%

 ②衆議院議員全体でみると、4割近くが世襲議員である。これは、第一党である自民党議員の過半数が世襲議員であるためである。
 
現職の議員のうち、主要な議員の一覧表を右にまとめて示す。(右をクリック:党派別主要世襲議員一覧表)。この表をみればわかるように、自民党の有力議員のほとんどは世襲議員であり、世襲議員でない有力者を探すのが難しいくらいである。たとえば、小泉内閣から今回の福田改造内閣まで、自民党の三役には、16人が就任したが、世襲議員でないのは、わずか3人である。
  注: 歴代の自民党執行部については、ここをクリック
  
 ④
有力議員に世襲議員が多いのは、当選回数が多くなるほど、世襲議員の比率が多くなる、という事実がある。2003年11月の選挙で、8回以上当選者は50人中36人(72%)、10回以上当選者は22人中17人(77.3%)もいる。世襲議員は、それだけ選挙に強いのだ。そして、現在の「小選挙区比例代表並立制」が、現職議員、とくに世襲議員に有利に働いているからである。

(2-2)地区別世襲議員の比率(表3)


 地区別の世襲議員比率を左の表3に示す。

 地区別に世襲議員比率をみると、2003年11月の選挙で東北、中国、四国、の3地区で50%を超えている事がわかる。
 ②2003年11月の選挙で世襲議員の比率が40%台なのが、北関東と北陸信越の2地区である。 
 ③
北海道、南関東、東海、近畿の4地区は、2003年11月の選挙で、30%台の比率である。
 ④九州地区は、2003年11月の選挙では20%台で下から2番目である。
 ⑤世襲議員の比率が最も少ない地区は東京で、2003年11月の選挙では16.7%であった

表4 大阪市議会の党派別世襲議員の比率
議員数 世襲議員数 比率
自由民主党・市民クラブ 32 20 62.5%
民主党・市民連合 20 1 5.0%
公明党 20 0 0.0%
日本共産党 16 0 0.0%
自民クラブ 1 1 100.0%
合計 89 22 24.7%

(3)地方議員

 世襲議員の増加は、国会議員ばかりではなく、地方議員の間にも広がっている。日本社会では国会議員のみならず、地方議員も“家業”のように子孫に継承されるべき事業となりつつあるのだ。それも過疎地の農山漁村だけでなく、大都市においても起きつつある。一つの事例としてここでは大阪市議会を取り上げる。
 
大阪市議会の党派別世襲議員の比率を右の表4に示す。

 ①自由民主党・市民クラブは、6割以上が世襲議員であり、自民クラブの1名も世襲議員である。ところが、この2会派以外は、世襲議員は、わずか1名である。
 ②
大阪市議会の場合、保守系議員のほとんどは世襲議員である、と言える。このように、「市議会議員」という職業がまるで家業のように世襲されるのには、次の理由が考えられる。
  ⅰ)議員への厚遇 大阪市議の議員報酬は月102万円、これに、期末手当や政務調査費を合わせると、議員の年収は2,403万円と極めて優遇されている。一期4年で1億円近い「現金」が手に入る計算である。一般のサラリーマンと比べても、また、市会議員としての働きぶりからみても、「法外に高い」報酬であると言わざるをえない。
  ⅱ)選挙制度と有権者の意識 大阪市の場合、中選挙区制をとっており、1区当たり2~6人が選ばれる。ところが、一般市民の市政への関心は極めて低く、投票率は4割台に過ぎない。この事は、「浮動票」がほとんどなく、特定の組織や団体、後援会などをがっちりと押さえておけば、当選できるのだ。実際に大阪市議会は、自民党系世襲議員と、労働組合推薦者、公明党、共産党でほぼ埋め尽くされている。したがって、大阪市議は、広く大阪のため、というよりは自分を支持してくれる団体や組織への利益誘導に奔走する「御用聞き」となってしまう。だからこそ、世襲議員が一向に減らないどころか、増え続けてしまうのであろう。
 ③
ここでは、大阪市議会を取り上げたが、「有権者の意識」という点では、全国の地方議会すべてに当てはまる、といってもいいくらいである。地方選挙で、投票率が6割を超すような都道府県・市町村はあまり多くない。とくに、大都市に限ってみれば、ほとんど無い、と言っても良いくらいである。この「有権者の意識」が変わらない限り、世襲議員は増殖し続けるかもしれない

注: 世襲議員については、たとえば、右をクリックしてください: 世襲議員一覧表

図1 世襲外交官一族
図2 七光財務官僚

世襲官僚 

 政治家ばかりではなく、実は役人の世界にも「世襲官僚」が存在するのである。役人になるためには、「採用試験」に合格しなければならないわけだから、世襲官僚がいて、何が悪い、という意見もあろう。しかし、「採用試験」に合格するには、それなりの「一流大学」を卒業せねばならず、そのためには、親の経済力も必要である。さらに、役人になって以降の出世競争に勝ち抜くには、何と言っても、「親の7光」が極めて有効な武器となりうる。こういった点から、世襲官僚の存在は、「機会の平等」が崩壊しつつある、一つの兆候ととらえる事も可能であろう。

(1)世襲外交官(図1)

 2001年度以前、外交官は国家公務員試験ではなく外交官試験に合格しなければならなかった。この「外交官試験」というのが曲者で、筆記試験で50人程度に絞り込んだ後、面接で約半分を合格させる、という方法がとられていた。面接試験というのは恣意が働きやすく、そのため、毎年1~2割は親や親戚が外交官などの縁故を持つものが採用されていた。

 以前は、青木家、東郷家、本野家を「外務省の御三家」と呼んでいたそうである。(青木家、東郷家の初代外交官は、いずれも「外務大臣」をつとめた)。
 ②
今、この御三家以外にも、外交官を輩出するので有名な一族が生まれている(右の図1参照)。雅子さまの実家である小和田家、北朝鮮との交渉に当たっている斉木局長の斉木家、外交官の親族を着々と増やしている大鷹家、が新しい御三家になりつつあるようだ。
 ③
親と同じ官庁に入省するという事例は、外務省以外はほとんど無いそうである。外務省の場合には、鈴木宗雄事件の時に面白おかしく指摘されたような「特殊サークル」があって、「血統」の正しくない「雑種」に分類される「普通の人」の外交官はいずらい、という雰囲気があるらしい。
 ④
ただし、2001年以降、外交官試験が国家公務員試験に統合されたので、「普通の人」が外交官になるようになり、雰囲気は変わりつつあるらしい。それが、世襲外交官を減らすのか増やすのか、今後の動向に注目したい。

(2)七光財務官僚(図2)

 “官の中の官”と呼ばれる財務省でも、外務省ほどではないが、閨閥による省内格差は確実に存在しているそうだ。“大物”の父を持つ現役の財務官僚を「七光財務官僚」として、右の表2に示す。

 表2に示したのは、実際の親子関係の例だが、大物官僚(政治家)の娘婿となって、その七光で同期を圧倒して「出世」する官僚も多いらしい。
 ②省幹部の息子や娘婿がなぜ、出世に有利
なのか?それは、官僚の仕事を円滑にこなすには、政界、財界、官界に幅広い人脈が必要とされているからだ。つまり、省益につながる法案や政策を実現するためには、他省庁と調整しながら、政治家を動かさねばならない。その際に、「人脈」は決定的な役割を果たす
 ③
地方から来た「普通」の役人は、いくら優秀でも、「人脈」がない。そのため、「根回し」をうまく進められず、仕事を円滑にこなすことが難しくなる。しかし、娘婿となれば、岳父が陰に日向にサポートしてくれるし、経験から修得した「ノウハウ」も教えてくれる。こうしたところから、「出世力」に差がつくわけである。
 ④
超難関の国家公務員一種試験を突破するには、相当な学力が必要であり、そこで、「霞が関で石を投げれば東大卒に当たる」と言われるくらい東大卒が多いわけである。そして、今の時代、東大に入学するためには、学力のみならず、親の経済力が必要とされるのだ。(たとえば、59.教育格差と格差の世襲60.教育格差の現状を参照ください)。
 ⑤
こうした環境では、霞が関においては、東大卒だけではもはやたいした武器にはならない。そこで要求されるのは、閨閥のほかに「出身中高」閥なのだそうだ。つまり、有名私立進学校の同窓生の絆が大きな役割を果たすらしい。こうした傾向の悪影響からか、近年、霞が関から優秀な若手が流出しているらしい(とくに、外資系の民間企業へ)。

(3)コネで採用される地方公務員

 地方公務員の場合には、いわゆる「コネ」による採用が問題となる。とくに、そのコネによる採用が金銭の授受と結びつくと、贈収賄事件として司直の手を煩わせることになってしまう。
 ②
最も記憶に新しい事件としては大分県の教員不正採用事件がある。「親が教員でないとなかなか合格できない」という噂は10年以上も前からあったそうである。それが、長い間放置されて、今や大事件となってしまった。不良債権処理を先送りして、「失われた10年」を生み出した日本社会の悪しき伝統がここでも生きていた(?)わけである。
 ③
10年前と言えば、和歌山市長が、職員採用試験で賄賂を受け取っていた、という驚くべき事件があった。収賄側は、二人の受験者の親族でいずれも市職員であった。この事件をきっかけに、人事課が主導(?)する市役所ぐるみの不正採用が明らかになった。市議や県議の口添えがあったり、市の幹部職員の親族だったりした受験者は優先的に採用されていたのだ。
 ④
2005年には、奈良県の中和広域消防組合(橿原市等の5市町村で構成)で、職員の不正採用が明らかになった。採用された23人中19人が裏口合格。市議の口利きを受けた消防長が、受験者の親から一人につき50万円の賄賂をもらって、人事課長に得点の水増しを指示していたのだ。問題は、こうして不正を働いた公人に対する罰則があまりに軽すぎることである。この事件では、口利きした市議5人と消防長ら2人が起訴されたが、いずれも執行猶予付きの判決で終わっている。
 ⑤
同じ奈良県の桜井市では、職員の不祥事が続発している。ここ一年で、業務上横領や窃盗、覚せい剤の使用・所持等で9人もの職員(臨時も含む)が逮捕されている。ここも、ご他聞に洩れず、コネ採用がはびこっている、と思われる。というのは、市職員592人のうち、15組が親子や兄弟だそうである。
 このように、コネがはびこると、「公僕」というよりは、住民の上に君臨する「お上」という特権意識を持った公務員になりかねない。このような世襲議員やコネ採用の公務員を撲滅するには、制度改革もさることながら、やはり、住民が意識を持って行動し、選挙で自らの意思を表明する、というのが回り道のように見えるが、民主主義社会における「王道」であろう。

図3 同族経営の企業例

3.世襲経営者

 議員や公務員だけではなく、会社を私物化して世襲させる経営者一族も目に付く。零細・中小企業なら、当然ともいえるが、上場大企業でも、創業者一族が経営権を握って離さない、という例が多数見られる。 上場企業の主要な世襲経営者を、右の図3に示す

(1)世襲でうまくいっている例(図3)

 経営権が世襲される事は、必ずしも悪い事ばかりではない。以下に記す企業は、世襲によって発展成長してきた同族経営の企業例である。

 図3のトップに記載されている「鹿島」は、世襲経営で有名な一族企業である。社長一族に有能な男子がいない場合には、有能な社員を娘婿として経営者に抜擢する。そうした手法によって、1840年(天保11年)創業の会社(江戸時代には、「会社」とは呼ばなかったが)を現在に至るまで、160年以上、一族の手で守り続けてきた。
 ②「キッコーマン」も一族経営で有名
である。1917年(大正6年)の創業以来、創業者茂木家の一族が、ずっと経営権を握っており、千葉県野田市の一地方企業から、世界に君臨するグローバル企業へと見事な発展を遂げさせた。
 ③
流通業界で「セブン&アイ・ホ-ルディングズ」に僅差の2位で続く「イオン」も一族経営である。「イオン」の前身は、1758年(宝暦8年)に今の三重県四日市市で創業した小間物屋「篠原屋」である。それが、1926年(大正15年)に(株)岡田屋呉服店となった。(イオンの創立年は1926年とされている)。現在の社長(岡田元也)は、「篠原屋」を創業した岡田惣左衛門から数えて6代目である。(元也の弟、岡田克也は民主党の副代表)。
 ④
GMを抜いて、世界一の自動車会社となった「トヨタ」も同族会社的色彩は薄まったものの、創業者の一族が経営陣に名を連ねている。1995年に豊田章一郎が社長を退いて以降、現在まで、奥田碩、張富士夫、渡辺捷昭らの専門経営陣が会社経営を全面的に担当してきた。しかし、来年にも「大政奉還」が断行されて、章一郎の長男、章男が社長になるであろう、と予想されている。

(2)世襲で失敗した例(表5)

表5 同族経営で失敗した企業例
企業名 創業年 創業者 同族経営消滅年
 ダイエー   1957年(昭和32年)  中内 功  2005年 会社更生法申請 
西武鉄道  1945年(昭和20年)  堤 康次郎  2004年 不祥事から上場廃止
不二家  1910年(明治43年)  藤井 林右衛門   2007年 不祥事発覚
三洋電機  1947年(昭和22年)  井植 歳男  2007年 不祥事発覚

 世襲に基づく同族経営は、失敗する例も多い。同族経営が行き詰まって、経営陣から追放された例を右の表5に示す。

 私が、同族経営の失敗例でまず思い浮かべるのが「ダイエー」である。(「9.中内功の死に思う」で、松下幸之助との対比で私見を述べた)。創業者の中内功は、会社を息子に継がせたいばっかりに、優秀な後継者を次々と会社から追放した。その結果、息子は社長にはなったものの、周りはイエスマンばかりで、結局は経営に行き詰まり、2005年に会社更生法を申請して、同族経営に終止符をうった。  
 ②
次が、西武鉄道である。戦後、一貫して堤一族が支配してきたが、2004年になって、春に総会屋への利益供与問題、10月に有価証券報告書虚偽記載問題が相次いで浮上し、西武鉄道の株式は上場廃止に追い込まれた。そして、翌年、堤義明(創業者の長男で会社の実質的トップ)が逮捕されて、同族経営は終焉を迎えた。
 ③
不祥事から同族経営が終了させられた例としては、「不二家」と「三洋電機」もあげられる。
  ⅰ)不二家: 1910年創業の名門洋菓子企業も、2007年に発覚した「消費期限切れ」の材料を使用していた、という不祥事が発覚して、藤井一族は経営陣から追放された。
  ⅱ)三洋電機: 戦後間もなく、松下幸之助の義弟が設立した「三洋電機」も、2007年に不適切な会計処理が問題化し、経営不振が連続していたこともあって、創業者の井植一族は、経営陣から一掃され、新たな外部の血によって、再建を図る事となった。

(3)同族経営からうまく脱皮した企業

 同族経営から経営専門家による経営へとうまく切り替わった企業も多数ある。その中から、以下の2社を取り上げる。

 大成建設 戦後、GHQによって強行された財閥解体により、大倉財閥の一翼を担っていた大蔵土木は、公職追放で経営陣がいなくなった。そこで、新経営陣を社員の選挙で選ぶ、という斬新なアイデアで危機を切り抜けた。選挙で選ばれた経営陣は大倉一族とは無関係であったので、ここから、同族経営から脱皮して大成建設が誕生したわけである。
 ②松下電器
 家電業界のトップ企業である松下電器も1990年代のバブル崩壊後、経営不振となり、同族経営によるしがらみからの脱皮を強く求められていた。その期待を担って登場したのが、2000年に社長に就任した中村邦夫である。彼は、創業者の松下幸之助以来続いた「家族主義的経営」に決別し、松下一族とも手を切って、松下電器を再生させた。その後継社長である大坪文雄は、2008年10月から、「パナソニック」を統一ブランドにする事とし、松下幸之助が作りだして長い間親しまれてきた「ナショナル」ブランドを廃止する事とした。これにより、松下グループは、今後はパナソニック・グループとなり、名実ともに、同族経営と決別する事となった。

表6 同族経営で運営されている代表的な学校法人
グループ 創業年 創業者 傘下の
学校数
大学 短大 専門
学校
高校 中学
中高
一貫校
小学
幼稚園
保育園
海外
帝京大学 1931年(昭和6年) 沖永 荘兵衛 40 3 4 7 8 5 1 1 7 4
都築学園 1956年(昭和31年) 都築 賴助 44 7 2 24 3 1 0 1 6 0
加計学園 1955年(昭和30年) 加計 勉 34
5
1 19 4 2 0 1 2 0
東海大学 1943年(昭和18年) 松前 重義 37 3 3 0 15 8 0 2 5 1


(4)学校法人の同族経営(表6)

 じつは、学校法人にも同族経営のグループ法人がある。代表的な三つのグループを右の表6にまとめて示す(表6の「専門学校」には、予備校や学習塾も含む)。

 帝京大学グループ 本部は、東京都板橋区にあり、日本国内外に8つ学校法人を傘下におさめ、グループ全体で運営している学校は40校(幼稚園から大学まで:表6参照)という巨大な総合教育グループである。それらの法人や学校のトップ人事は、すべて創業者の沖永一族に牛耳られている。そのためか否かは不明だが、下記のごとく、このグループは不祥事が頻発した。
  ⅰ)2001年、医学部で裏口入学疑惑が持ち上がった。
  ⅱ)「安部英」を副学長として迎えて医学部の「強化」を図ったが、彼は、薬害エイズで責任を問われて刑事被告にとなった
  ⅲ)2003年には、冲永荘一前総長の妹の冲永公江帝京学園理事が東京国税局から、受験生の仲介手数料など2億円余りの所得隠しを指摘されていた事が判明した。
 ②都築学園グループ
 福岡県福岡市に本部を置き、9つの学校法人と1つの財団法人、44の学校機関(幼稚園から大学まで)を傘下におさめる巨大グループ。そして、
同族経営にありがちであるが、多くの学校で理事長や校長といった要職を都築家一族が独占しており、その結果というべきか、過去に以下のような不祥事が発生している。
  ⅰ)1991年第一経済大学の水増し入学: 第一経済大学(現・福岡経済大学)で入学定員の12倍にあたる5,954人を入学させ、体育館で授業を受けることとなったり、地域住民とのトラブルが多発した。しかも当初は3,015人の入学であると虚偽の発表を行うなど教育機関としての姿勢が問われることとなった。
  ⅱ)2001年2法人で申告漏れ: グループの都築学園と俊英学園が福岡国税局の税務調査で法人取得1億6000万円の申告漏れを指摘され、修正申告を行う。
  ⅲ)2007年現職総長の逮捕: 2007年11月14日には、総長の都築泰壽が女性職員への強制わいせつ容疑で福岡県警に逮捕された。わいせつ行為は以前から繰り返し行われてきた疑いももたれている。なお、これを受け学園側は泰壽を逮捕翌日に総長職から解任し、妻の仁子を新総長としたが、同族経営の実態はまったく変わっていない。
 ③加計学園グループ
 1955年に設立された「予備校広島英数学館」が原点。1961年には岡山市に加計学園(グループ内で最初に設立された学園)を設立、その後、大きく発展し、今では、学校法人を8つ、社会福祉法人を一つ、34の学校機関を傘下におさめている。ただ、このグループは、予備校が原点である事を反映して、予備校が多い、という特徴を持っている。このグループには、今のところ、目立った不祥事のニュースは聞こえてこない。
 ④東海大学グループ
 学校法人東海大学の本部は東京都渋谷区。傘下に37の学校機関を持つ、教育グループであるが、専門学校は一つも持っていない。創業者の松前重義は、社会党右派の政治家でもあり、旧ソ連に強力なパイプを有していた。また、国際柔道連盟の会長を務めるなど、柔道の普及発展にも貢献し、柔道家の山下泰裕のパトロンとしても有名であった。東海グループ傘下の学校運営には、松前一族の強い影響力がいまだに及んでいる。

4.世襲の問題点

 議員であれ、役人であれ、はたまた、経営者であれ、実力があるから世襲出来るのであるから、世襲の何が悪いのだ、という「開き直った」意見も聞かれる。私なりに、議員や役人、経営者の「世襲」には以下の問題点があると思っている。

 機会の不平等 最大の問題は、「機会の平等」が保たれない、という事である。能力が同じでも、親族のひきが有るか無いかで大きな違いが出てしまう。イギリスでは、議員の世襲を防ぐために、法律によって親と同一選挙区からの政治家子女の立候補が制限されている。さらに、英国下院では、同一政治家の同一選挙区での連続立候補すらも「腐敗防止法」により制限されている。
 民主党の「世襲制限」の提言 日本でも野党民主党の政治改革推進本部(本部長は岡田克也)が、6月に公職選挙法見直しの中間報告を発表した。その中で、「国会議員の子女は、同一選挙区から立候補出来ない」という制限を提言している。これが、実現すれば、世襲議員は減るであろうし、仮に、二世でも、自分の力で当選した、と胸を張って言えるようになるであろう。(それでも、「親の七光」効果は否定できないが)。
 ③モラルの崩壊
 世襲が一般化すると、「権力は腐敗する」のたとえ通り、モラルが低下し、不祥事が続発するようになる。そして、組織の自浄能力もなくなり、警察沙汰とならない限り、なかなか是正されないようになってしまう。
 ④エリートとしての自覚の不足
 世襲によって「エリート層」を維持している人達は、「自分達は公平なレースを自分の実力で勝ち抜いてきた」、と誤解しており、いわゆる「ノブリス・オブリ-ジュ(高貴な義務)」を実践できない。そこが、特権階級を自任しているヨーロッパのエリート層とは違うところである。このため、日本のエリートは、弱者(敗者)に対する思いやりが欠け、格差の原因を「個人責任」に帰しやすくなる。。
 ⑤
格差の原因には、「生まれ」や「育ち」(家庭の経済力をも含め)、といった本人の努力ではいかんともしがたい部分がある。こうした、「自己責任」に依らない格差をいかにして縮小するべきかを「エリート」は考えなければならないのだが、日本の世襲エリートにはそのような発想が湧きにくいのだ。私は、この点が世襲がはびこる場合の大きな問題点である、と考えている。

5.最後に

 今回は、「格差社会」の最大の問題点とも言える、「格差の世襲」について、政官財のいわゆる「エリート層」の世襲の実態を分析した。その結果、私の個人的意見としては、日本はかなり危険な水準にある、という事がわかってきた。
 ①小泉改革の結果、今までははっきりと見えていなかった「格差」と「貧困」が顕在化してきた。その実態認識と原因分析について、様々な議論が活発化してきたが、現時点では、「格差は存在し、それを何とかしなければ、日本社会の将来は暗い」、という認識が多数派になりつつあるようだ。
 ②
ただ、その原因については、「個人責任」(つまり、努力が足りないから、下流に落ち込んだり、下流にとどまり続ける)なのか、「社会責任」(つまり、制度に問題があるから、下流から這い上がれない)なのか、といったところで。大きく議論が分かれており、そのため、対策についても、なかなかまとまらない。
 ③
「貧困」に悩む人達を細かく見れば、「個人責任」でそうなった人もいるであろうし、個人ではどうにもならない事象で貧乏になってしまった人もいるであろう。だから、「弱者(敗者)に優しい社会」を目指すのであれば、とりあえずは、「セーフティネット」を強化するべきであろう。ところが、小泉改革は、そのセーフティネットをズタズタにしてしまった、というのが私の評価である。
 ④
「セーフティネット」を再構築するためには、日本社会をリードしている「エリート層」の理解と協力が不可欠である。ところが、日本のエリート層には、「ノブリス・オブリ-ジュ(高貴な義務)」という感覚が抜けている。自分の力で今の地位を築いた、という意識が強く、弱者・敗者への配慮が弱い。その原因の一つに、ここで分析した「エリート層の世襲」があると思われる。
 ⑤
そうした問題点を解決するためには、大前研一の言う「ガラガラポン」が今こそ必要なのではないか、140年前の「明治維新」、63年前の「GHQによる昭和維新」に匹敵するような、「ガラガラポン」を実行しなければ、日本社会の再生は無理なのかもしれない。
 ⑥
そのためには、国民の意識改革も必要であろう。選挙の投票率が、どんな選挙でも70%台を超えるようになるのがその第一歩ではなかろうか?
 それと、マスコミの責任も大きい。前回選挙のように「刺客」騒動を盛り上げて、小泉劇場の宣伝に熱を上げているようでは、責任を果たしているとは言えない。今回の自民党総裁選挙の報道が、冷静な政策報道となるのか、それともお祭り騒ぎの報道になるのか、注目してゆきたい。


 日本社会の格差の実態は、だんだんと修復不可能なレベルになりつつある。今回は、それを「エリート層の世襲」という観点から分析した。次回は、今までも取り上げてきたが、「貧困層の底抜けと世襲」問題を、角度を変えて分析したい。


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参考文献: 1.「週刊ダイヤモンド 2008年8月30日号: 格差世襲」、ダイヤモンド社
         2.「週刊東洋経済 2008年5月17日号: 子ども格差」、東洋経済新報社
         3.「現代の貧困と不平等」、青木 紀、杉村 宏 編著、 明石書店

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