***** サバンナGT RX-3 *****







MAZDA SAVANNA GT ( RX-3 )

私の初めてのマイカーはサバンナGTでした。このサバンナGTは、2度目マイナーチェンジ後の昭和48年に発売されたクルマで、APになる直前の排気ガス規制未対策のモデルとなります。従って、エンジンスペックは初期のGTと同様で120PS版の12A型ロータリーを搭載しています。900kgを切る軽量ボディに120PS( gross )という事で、数値上はTE27カローラレビン辺りに近いパフォーマンスのように思われがちですが、実際には145PSを誇る18RG搭載のマークIIハードトップ2000GSSや150PSのL24ユニットを搭載したS30 240Z-Gですら敵わない、当時としては日本最速の加速性能を発揮していました。
当然、乗りにくさも天下一品で、足回りがパワーに負けて危険だったという 噂話も、一般のドライバーを対象にした場合は致し方ないようにも思います。この排気ガス対策を受ける前のロータリーエンジンはレース用と同じカーボンタイプのアペックスシールが装着されていたように記憶しています。私的には、けっこうこの事は「自慢」だったのですが(笑)、実際のところは、金属製のアペックスシールの2分割タイプよりも圧縮漏れや未燃焼ガスの滞留が多かった?ようで、性能アップに関しては、後の2分割や3分割タイプの方が良かったようです。( カーボンタイプは自らが潤滑機能を持っている為、オーバーレブ等の時に発生しやすい、ハウジング内のカジリ「悪魔の爪あと(w)」が発生しにくいという噂でした。当時のレース用ロータリーエンジンのアペックスシールは、すべて、このカーボンタイプだったようです。 )サバンナというクルマは、ロータリーエンジン専用のスポーツモデル、ファミリアロータリークーペの後継車として、1971年の9月に発表されました。発売当初は同じ10A型ロータリー( 491cc x 2 )エンジンを搭載するGS-II( S102A型 )というモデルがトップグレードとして設定されていました。
また、デビュー当時のうたい文句は「ロータリー専用車」というものだったのですが、実際には「グランドファミリア」というレシプロエンジン搭載の兄弟車もありました。考え方によっては、ロータリーモデル用の強化サス持つたベーシックモデルだった訳なので、安全性は高く良い?クルマだったのかも知れません。
サバンナのロータリーエンジンはファミリアロータリーのものより一段と高いチューニングが行われており、カタログ値でも100PS/7000rpmから、105PS/7000rpmへと5PS程度のパワーアップが行われ、トルクに関しても13.5kgm/ 3500rpmから13.7kgm/3500rpmへと0.2kgmの性能向上が計られました。このサバンナGS-IIは、5人乗車の状態でゼロヨン16.4秒( 2名乗車で15.9秒 )を誇り、最高速度は180km/hと発表されました。( 実質的にサバンナの先代モデルとも言えるファミリアロータリークーペは、サバンナより70kg軽い車体から全く同じ性能を公表していましたが、CG誌のテストでは184km/h以上の実測記録を残しています。)しかもこの性能は、4速マニュアルギヤでの性能であり、如何に車重が875kgしか無かったとはいえ、当時ではファミリアロータリーに続いて相変わらず群を抜いた高性能を誇示していました( 販売価格は75万円 )。


国内のレースフィールドで常勝スカイラインGT-R(KPGC10)を破ったサバンナGTは、US向け輸出モデルのMAZDA RX-3をベースにチューニングされたものと言われています。当時のロータリーファンからは、このRX-3を国内でも販売して欲しいという要望が殺到したという事です。その要望に応えて1972年9月に発売されたのが、カペラ用の12Aロータリーエンジンを搭載したサバンナGTだったのです。
このサバンナGTは軽量コンパクトなボディに、1クラス上であるカペラロータリークーペ用の12Aユニットを搭載した結果、性能的には120PS/6500rpm、16.0kgm/3500prmというスペックから0-400m15.6秒(2名乗車時)、最高速度は190km/hを誇っていました。元来カペラロータリーは、ファミリアとルーチェの間を埋めるべく上級パーソナルモデルとして発売されたモデルであり、ローレルやマーク2などをライバルとして視野入れたモデルです。余談ですが、当時の12Aロータリーは数値以上の圧倒的なパワーを誇っていて、カーグラフィック誌のテストでもほぼ190km/hの実測を記録しています。私が初めて助手席に乗せてもらったロータリーエンジンのクルマは、このカペラGS-IIだったのですが、その圧倒的なパワーは未だ鮮明な記憶として残っています・・・。
サバンナはGTモデルからは、5速マニュアルミッションが標準装備となり、サスペンションも従来のGR-IIからはフロントが2割、リヤサスは2.5割程、硬く締め上げられおり、ド・カルボンダンパーという、当時ではフェラーリや510型ブルーバード1800SSSなどにも採用されていた高性能ダンパーを装備。さらに扁平チューブレスタイヤを標準としました。1973年の6月には、フロント及びリヤのエクステリアを大幅に変更して、より精悍なデザインに変更、リヤテールランプも丸型からカペラと同じテーマの六角形のものに変更されました。この時には性能に関わる変更は殆ど無かったのですが、同年11月には、すべてのサバンナがAP対策車( AP=アンチポリュージョンの略 )となり、GTモデルのエンジンにも変更が加えられました。サバンナAPは同じ12Aロータリーから5馬力アップの125PS/7000rpmとなり、トルクも16.2kgm/ 4000rpmとパワーアップが図られました(公称されるスペックデータは以前と同一)。そして最終型というべき、REAPS-5( Rotary Engine Anti Polution System )が発売されて、同じ125PSながら、発生回転数を以前の6500prmに戻し、トルクは16.5kgm/4000prmへとアップしました。ちなみに サバンナRX-7(SA22C)に搭載された12Aユニットは、130PS/7000rpm、16.5kgm/4000rpm とさらなるパワーアップが施されています。
インパネのデザインは全体を通じてあまり変わらなかったように記憶しています。私のサバンナは8トラックカセットの中にセットするカセット再生機?が付いていました。クーペボディなのですが、小さなリヤウインドゥは巻き上げ式で全開に出来たため、意外にも後席での居住性は評判良かった記憶があります。 セールス上では、私が所有していたGTが発売された1973年が最高の販売台数を記録して、年間10万台を突破したという事です。以降( 特にGTモデル )は細々とした販売を、次期サバンナRX-7が発売される1977年迄続けていました。





私は、最終型のひとつ前のモデルであるAP対策( REAPS-4 )モデルのGT、フロントにリップスポイラーが付いたタイプの125PS版が欲しかったのですが、サバンナ自体が数も少なく、ましてGTというだけで希少モデル扱いでした。また、この当時は日産のL型ターボ車が全盛の頃でして、発売されたばかりのジャパンターボなどは総額230万円!もする、非常に高価なスポーツモデルでした。スカイラインの新車というのは、とても僕らのような若い人には手が出せるような乗り物では無かったように記憶しています。

しか〜し、栄光の100勝記録は伊達ではありません!(笑)、一度だけピカピカのジャパンターボとシグナルGPで競った事がありますが、セカンドに入った時点で勝敗は明らか、3速の時点ではバックミラーの中で“スカイライン”は大人しくしていました!(笑)。この頃は、依然として排気ガス規制前のモデルの方が速くて、速いクルマが欲しければ、中古車(大古車?)でスポーツモデルを買うというのが定番でした。ハコスカGTやケンメリGT-Xの排ガス対策前のモデル、S30型フェアレディZやSR311型フェアレディ2000、27レビンやセリカの1600GT-V、コロG(コロナ2000GT)、いづれも当時(昭和50年代半ば)の新車よりも段違いでパワフルで速かったのです。ちなみに私のサバンナGTは、ウルトラの強化コイルとフルトラ化、そして怪しいキャブチューン!(笑)を実施して、これまた出所不明のストレートマフラーという仕様でした。

とにかく、このサバンナで他車に負けた事はありません!。もし負けるとしたら、サバンナにドライバーが負けてしまって、踏めなくなる時くらいだったと思います(笑)。ゼロスタートをすれば、特別なクラッチワークを使わないでも、延々とホイルスピンをしていましたし、シフトアップ時にはテールが横に飛ぶ!。しかし、そのまま加速して行くと、150km/hで激しい振動が発生!( ホイルのアライメント等ではありません )。けっこう踏み続けるには@@@を掛ける必要があったように思う・・・。( 余談ですが、宿敵の箱スカHTGT-Rも、ドライブシャフトの精度が悪く4速の5600rpm ?! 辺りで激しい振動が発生するという事です。・・・ひょっとして、サバンナも同じような理由で振動が出ていたのかも知れません。)




Icon エンジン関係

水冷直列2ローターエンジン。
12A型 573cc×2

最高出力:120PS/6500rpm(gross)
最大トルク:16.0kgm/3500rpm(gross)

レシプロ流に言えば、総排気量1146ccです(w。
レースでは二乗されて、2292ccという換算になります。

最終モデルは125PS/6500rpm、
16.5kgm/4000rpmのスペックです。

Icon ボディ寸法、重量など

全長4065mm 全幅1595mm 全高1335mm。

車両重量885kg。


F:マクファーソンストラット。
R:リジット・リーフ(ワットリンク付き)。

Icon 駆動方式、その他

フロントエンジン、リヤドライブ方式。

最高速度190km/h。5人乗り、2ドアクーペ。

0-400m:15.6秒(2名乗車時)

5名乗車時は16.0秒が公称データです。

Icon よもやま話・・・

スペックを見る限り、ハコスカGT-Rと拮抗した性能を持つ、
サバンナGTが、何故、勝利する事が出来たのか?。

思うにポイントは最大トルクの発生回転だと思います。

ハコスカRが最近になって、実は270PS近くを叩き出していたと、
おおやけになってきましたが、当時のレース用GT-Rは最終型の
機械式燃料噴射版で240PS overと公表されていました。対して
RX-3はダンドラウェーバーのペリで約230PSという公表値です。

100勝目を挙げた、70年後半のモデルでも12Aレーシング
ロータリーは240PS辺りであったと云われています。
12Aの場合、計算値でも280PS辺りが限界と
言われていました(現在でも同じです)。

市販車では微速域のトルクが無いと問題になる一方で、
レースの世界では、中速域の幅広いトルクバンドが、
ライバルに勝利する武器になっていたようです。













Invincibility legend of Rotary Rocket !!




スカイラインの50連勝を阻止して、100勝記録の1勝目を樹立!。








Rotary Rocket!! 向かうところ、敵無し!!!。


ロータリーエンジンを搭載したマツダ車は、発売と同時に世界でもトップクラスのパフォーマンスを発揮、どのフィールドに行っても納得の行く結果を残していました。発売前のコスモスポーツでは当時、最も過酷な耐久レースと言われた、マラソン・デ・ラ・ルート( ニュルブルクリンク84時間耐久レース )に出場、常勝911ポルシェ連合やランチアフルビアに続いて、4位入賞という快挙を記録しました( 1968年 )。この時のコスモスポーツは、コンビネーションポートと呼ばれる吸気システムを導入しており、中低速はサイドポート吸気、高回転域はペリというもので、ブリッジポート発想の原点にもなっていると思われます。しかし、そのパワーは僅かに130PS/7000rpmであったと云われ、911ポルシェのレースマシン達が 軒並み200HPオーバーのスーパースペックであった事にに比べると、如何に耐久重視の低チューンエンジンであったかが判ります。


1968 year マラソン・デ・ラ・ルート  ( Nürburgring 48hours )
1 st   PORSCHE 911E   boxer 6cylinder 1991cc
2 nd   PORSCHE 911E   boxer 6cylinder 1991cc
3 nd   Lancia Fulvia 1.3HF  V4cylinder 1296cc
4 th   MAZDA Cosmo Sport 110S   2 Roter ( 491cc x2 )
5 th   PORSCHE 911   boxer 6cylinder 1991cc
6 th   MG C GT   In-line 6cylinder 2912cc
7 th   Lancia Fulvia 1.3HF  V4cylinder 1296cc
8 th   PORSCHE 911  boxer 6cylinder 1991cc
9 th   BMW 2002   In-line 4cylinder 1990cc




翌年の1969年には、ファミリアロータリークーペで、初戦となるシンガポールGPを総合優勝で収めて、同年7月には「ツーリングカーのル・マン」と呼ばれていた、スパ・フランコルシャン耐久レース( 24時間 )に出場しました。無敵を誇る911ポルシェにコスモスポーツのリベンジ戦を挑み、一時はトップを快走したものの、最終的にはトラブルで5,6位という結果に終わりました。しかし、既に世界最高峰のスポーツカーという名声を持つ911ポルシェのレーシングモデルを、パワー勝負で抑えて互角に戦ったロータリークーペの名声は、ヨーロッパ中に知れ渡りました。この時の10Aロータリーはペリフュラル型で200PSをマークしていたと云われます。対して911ポルシェは200HPオーバーで、一説では230HPのハイチューンマシン(911R)であったと言われています。結局、ファミリアとトップ争いを演じた911ポルシェ達も軒並みリタイヤしています。余談ですが、予選でポルシェを抑えて2位のポジションを得ていた、BMW2002TIK(ターボ)は275HPを引っさげてレース初デビューでしたが、やはりリタイヤしています。2002TIKは事実上、世界初の市販車ターボであった、BMW2002turboのパイロットモデルです。



1969 year スパ24時間 耐久レース ( Spa-Francorchamps 24hours )
1 st   PORSCHE 911   boxer 6cylinder 1991cc
2 nd   PORSCHE 911   boxer 6cylinder 1991cc
3 nd   PORSCHE 911   boxer 6cylinder 1991cc
4 th   PORSCHE 911    boxer 6cylinder 1991cc
5 th   MAZDA Familia M10A coupé  2 Roter ( 491cc x2 )
6 th   MAZDA Familia M10A coupé  2 Roter ( 491cc x2 )
7 th   PORSCHE 911   boxer 6cylinder 1991cc
8 th   Alfa Romeo 1300GTA  In-line 4cylinder 1290cc
9 th   BMW-ALPINA 2800CS  In-line 6cylinder 2788cc


翌1970年のスパには、勝利の感触を確信したマツダは4台ものワークスファミリアをスパに送り込みました。しかし1970年のスパには宿敵ポルシェワークスの姿は無く、代わりにBMW-ALPINA連合の2800CSがレースを支配していました。この3Lのモンスターマシンに対してファミリアは、ピークパワーで100馬力近いハンディを物ともせず互角の勝負を展開しましたが、次々とエンジンブローでリタイヤしてしまい、一時はトップグループの一角を占めていたファミリアは、結局残った1台が忍耐の走りを行い5位入賞を果たしました。 また、この1週間前に行われたニュルブルクリンクのスプリントレースでは、常勝アルファロメオのワークスマシンに続いて3台が4、5、6位に入賞しておる、その韋駄天ぶりをヨーロッパ全土に轟かしていただけに、残念な結果でした。


この1960年代後半から70年代初頭に掛け、ポルシェ、BMW、アルファロメオという世界のトップクラスと互角に渡り合った、マツダロータリーの功績はとても貴重なものだと思っています。
M10A FAMILIA ROTARY COUPE ( Max.spped : 180km/h、 0-400m : 16.4sec )


1970 year スパ24時間 耐久レース ( Spa-Francorchamps 24hours )
1 st   BMW-ALPINA 2800CS  In-line 6cylinder 2985cc
2 nd   Alfa Romeo 2000GTAm  In-line 4cylinder 1995cc
3 nd   Alfa Romeo 2000GTAm  In-line 4cylinder 1995cc
4 th   Alfa Romeo 2000GTAm  In-line 4cylinder 1995cc
5 th   MAZDA Familia M10A coupé  2 Roter ( 491cc x2 )
6 th   BMW 2002  In-line 4cylinder 1990cc
7 th   BMW-ALPINA 2800CS   In-line 6cylinder 2990cc
8 th   BMW 2800CS Gr,1   In-line 6cylinder 2788cc
9 th   Opel Commodore  In-line 6cylinder 2490cc






日本国内に眼を向ければ、ファミリアロータリークーペは、常勝スカイラインGT-Rを相手に唯一のライバルであり続け、1972年には新生サバンナRX-3が、無敵の帝王であったスカイライン2000GT-Rを破って優勝するに至りました。この後、サバンナGTが通算100勝の偉業は周知の通りです。( 余談ですが、レース用のワークス911ポルシェや、アルピナチューンのBMWのCSにパワー勝負で互角を誇っていたファミリアを抑え続けた、GT-Rというクルマも凄いポテンシャルを持っていると思います。歴史に「 if 」はあり得ないのですが、もしスカイライン2000GT-Rが海外に進出していれば、日本の自動車史は大きく進んでいた事でしょう )。

スカイラインVSロータリー。この日本の自動車史に残る名勝負に、優劣を問うクルマ好きは居ないと思います。スカイライン2000GT-Rに搭載された珠玉のエンジンユニットである、S20エンジンは、戦時中に中島飛行機で製作された誉や栄という戦闘機エンジンの伝統を正しく受け継ぐ世界最高峰のレシプロエンジンでした。当時、同じ2Lというキャパシティでは、ポルシェやフェラーリでさえもこのエンジンには敵わなかったように思います。
かたや、マツダのロータリーエンジンは発祥こそドイツなのですが、その世界随一の機械工作技術でさえ実用化に失敗したものを、同じく戦時中の名戦闘機である紫電改を生み出した川西飛行機出身の山本氏以下、47士が血の出るような努力の結果、実用化に成功した日本の誉れである事に疑いはありません。
まさしく当時の日本(世界)最高の技術と努力が互いに死闘を展開したのが、このロータリーvsスカイライン(プリンス)です。直線でパワーと空力の良さを生かして圧倒的なリードを持つロータリーサバンナと、優れたサスペンション、ボディを利して抜きん出たコーナリング性能を誇るスカイライン2000GT-R。欠点を潰して小さくまとまるのでは無く、トコトン利点を追求して五分の勝負を展開したのです。
この名勝負の後、ロータリー(マツダ)はコーナリング性能を執拗に追い求め、スカイラインは他を圧倒するパワーを得る事に執着したのは周知の通りです。




国内グラチャンレースでも、音量規制や重量ハンディなどの多くの足枷を課せられていても、2Lクラスでは無敵を誇ったBMWのM12型エンジンユニットを抑えて、優勝という結果を導き出しました。( BMWのM12ユニットは70年代、世界のフォーミュラークラスで無敵を誇ったエンジンで、80年代に入ってもブラバムF1ターボや、ベネトンF1に搭載されて、ホンダV6ターボが登場するまでは、F1でもトップクラスのパワーを誇っていました。 )



2Lクラス最強のBMW M12エンジンを破って、悲願のGC勝利!






最後には、日本のメーカーで唯一のルマン24時間レースの総合優勝をR26Bという4ロータエンジンを搭載したMAZDA767Bで獲得。強豪メルセデスのC11( しかし因縁めいた名前です )を破っての完全勝利。正に向うところ敵無し!です。しかしロータリーエンジンは、レースの世界でも常にパワーアップで苦労したという訳では無く、燃費向上や耐久性向上の為に耐久レースを好んで参戦し勝利を収め続けていました。しかし最後には、国内レースやルマン迄もが、レギュレーションによる出場禁止という理不尽な結果を施行しました。まァ、レシプロエンジンのメーカー達にとっては「Rotary」は迷惑な存在でしか無かったようです。



私の記憶では、向うところ敵なしのロータリーが、一度だけガチンコのパワー勝負で負けた過去があります。国内スーパーツーリングカー選手権(確か?)、S30フェアレディ240Z改です。LY28、クロスフローのL型レース用エンジンを搭載したセミワークスのZcar!、操るのはもちろん、Zcar マイスターの柳田選手でした!。

結局、過去から現在までにおいてニッサンの看板車(イメージリーダー)は、あくまでフェアレディであったと思います。今後のゴーンさんの新しいNISSANの看板車種は、Zcarなのか、GT-Rなのか、非常に興味あるところです。










1978年、RX-7で再び、スパ24時間レースへの挑戦!

スタートからトップを快走し、当時のトップクラスであるBMW530iや、
フォードカプリの3Lマシンを抑えて、総合優勝を勝ち取りました。




SA22C SAVANNA RX-7 GT DATA
MaxPower 130PS/7000rpm(gross)
MaxTorque 16.5kgm/4000rpm(gross)
0-400m 15.8sec(Two persons)
MaxSpeed 190km/h over(speed control release)
Weight 1005kg











ロータリーロケット!、アメリカでRX-3が賞賛されて付けられたニックネームは、
日本に逆輸入されて、SA22C型 SAVANNA RX-7 TURBO のカタログを飾りました。


SA22C SAVANNA RX-7 GT TURBO DATA
MaxPower 165PS/6500rpm(gross)
MaxTorque 23.0kgm/4000rpm(gross)
0-400m 14.91sec(Two persons)
MaxSpeed 220km/h(speed control release)
Weight 1020kg