NISSAN LAUREL HARDTOP 2000SGX ( Fast Type )



C130型ローレルは、1972年4月に発表された2代目のモデルになります。
1968年に登場した、初代のC30型ローレルは合併前のプリンス自動車の時にS50型スカイライン( 1500cc )の上級モデルとして立案、設計されたました。しかし日産との合併によって発売が延期、多くのパーツをP510型ブルーバードと共有する事を余儀なくされたたとも云われています。

しかし、そうした制約の中でもC10型スカイライン等と同じく、プリンス伝統のクロスフローSOHCユニットであるG18、G20という高性能エンジンや、全車種に4輪独立懸架サスペンション( フロント:ストラット、リヤ:セミトレーニングアーム )の採用。また欧州車でも当時は未だ少なかった、正確性の高いラック・アンド・ピニオン式のステアリングギヤ等を搭載して、プリンス自動車の進歩的な設計や優位性を誇示した良心的なクルマだったのですが、いつもの如く、後追いで発売されたコロナマークIIに販売で負けてしまったという悲劇的な結果を迎えたクルマでした。


C30 LAUREL HARDTOP 2000GX  日産初のハードトップモデルです。





この販売上の劣勢を挽回する為に作られたのが、C130型ローレルでした。このC130型ローレルは「 ゆっくり走ろう 」というキャッチコピーのCMを起用して、当時はけっこう話題となりました。そしてC110型ケンメリスカイラインと共に、販売上はヒットを飛ばした成功作として記憶されています。基本モデルであるセダンは、ミニセドリックというべき内容、デザインを採用して時流に合わせた改悪が行われてしまったのですが、ハードトップシリーズについては、先代の先進技術を踏襲していて、事実上スカイラインGTシリーズと同一というテクニカルスペックを持っていました。
これは、発売当初の2doorHT2000SGXの室内風景です。
このステアリングは、4doorSEDAN2000SGLにも同じものが装着されていました。兄弟車のC110型のスカイラインでは、2000GT-Xと1800GL_Superにも使用されています。スポーティーな丸型3連メーターは前期のHTシリーズとセダン2000GX-6のみに採用されたデザインで、これ以外は四角の3連メーターとなります。
尚、マイナーチェンジ後の後期モデルでは、四角の3連の枠に丸型に縁取ったメーターになっています。このグリーンメタリックのボディカラーも初期のC130ローレル用イメージカラーとなっています(後期からホワイトボディが前面に紹介されるようになりました)。 一説ではこの2doorHTのデザインはC110型ケンメリスカイラインの為にデザインされたスケッチであったという事です。


1972年の発売時点でのC130型ローレル、エンジンラインナップ
 L20 ツインキャブ  圧縮比9.5 有鉛ハイオク  130PS/6000rpm 17.5kgm/4400rpm
 L20 ツインキャブ  圧縮比8.6 レギュラー  125PS/6000rpm 17.0kgm/4400rpm
 L20 シングル  圧縮比8.6 レギュラー  115PS/5600rpm 16.5kgm/3600rpm
 G20 ツインキャブ  圧縮比9.7 有鉛ハイオク  125PS/5800rpm 17.5kgm/3600rpm
 G20 ツインキャブ  圧縮比8.3 レギュラー  120PS/5800rpm 17.0kgm/3600rpm
 G20 シングル  圧縮比8.3 レギュラー  110PS/5600rpm 16.5kgm/3200rpm
 G18 シングル  圧縮比8.3 レギュラー  105PS/5600rpm 15.3kgm/3600rpm



発表当初のC130型ローレル2doorHTのバリエーション
 2000SGX  L20ツイン  175km/h ( 車重:1205kg )
 2000GL-6  L20シングル  170km/h ( 車重:1185kg )
 2000カスタム6  L20シングル  170km/h ( 車重:1170kg )
 2000GX  G20ツイン  175km/h ( 車重:1140kg )
 2000カスタム  G20シングル  170km/h ( 車重:1125kg )
 1800カスタム  G18シングル  165km/h ( 車重:1120kg )
 1800デラックス  G18シングル  165km/h ( 車重:1115kg )
2000SGXの有鉛ハイオク仕様5Fモデルのみ、最高速度180km/h

余談ですが、KPGC110型(ケンメリ)スカイライン2000GT-Rの車重が1145kg。
KGC110型の(ケンメリ)スカイライン2doorHTの2000GT-Xの車重が1150kgですから、
当時としては相当な努力をして、同一ボディであるスカイラインの軽量化を実施している
事が判ります。KHC130ローレルHTとKGC110ケンメリは選ぶところな無い程、同一です。






表の数値を見ると判りますが、初代のC30型ハードトップ2000GXから、そのまま踏襲された高性能エンジンユニット、G20型SUツインキャブの有鉛ハイオク仕様のスペックデータが、トップグレードモデルのHT2000SGXをも脅かす存在になっている事が見て取れます( 実際にも、当時のCG誌では、0-400m加速で2000GXが2000SGXよりも1秒近くも速いタイムを記録しています )。さらにHT2000GXでは、車重もHT2000SGXより65kgも軽い為、パワーウエイトレシオでも、HT2000SGXより有利な数値になっています。さらに、このHT2000GXというモデルには、ブラック塗装された砲弾型フェンダーミラーや、スポーツ志向の皮巻き3本スポークステアリングにはセンターにGT-Rのような赤いバッジを配して、明らかにプリンスの伝統、スポーツ志向というものに拘っていたように思われます。シートなどに配された縫い目に赤ステッチというのも、プリンスの伝統?なのかも・・・
4ドアセダンラインナップで2ドアHTの2000GXに相当するスポーツモデルは、この2000GX-6というモデルになります。セダンでありながら、2ドアHTモデルと同じ丸型メーターのダッシュパネル(タコメーター付き)やHT2000GXと同一の革巻きステアリング、ブラック塗装の砲弾型ミラー、一連の2ドアHTモデルと同一形状のシート等が装着されていました。ミニセドリック的なセダンの中では異色の存在と感じられます。しかし、当時この2000GX-6をどのような人が乗っていたのか?。
また、この4doorSEDAN 2000GX-6には、G20型ツインキャブのエンジンユニットの変わりに2doorHT2000SGXと同じ6気筒のL20型SUツインキャブエンジンが搭載されており、有鉛ハイオク仕様の5Fモデルでは、最高速度180km/hを誇る、セダン唯一のスポーツモデルという位置づけでした。これがCLUB S のルーツという事になると思われますが、このクルマは流石に見かけた事がありません・・・。




セダンの最上級モデルである2000SGLは、シングルキャブのL20エンジンのみが搭載されて115PS/5600rpm、16.5kgm/3600rpmというスペックのみが用意されています。オプションの3速ATを選択した場合、最高速度が一律マイナス5km/hとなりますので、この2000SGLのAT車は165km/hが最高速度となります。
セダン2000SGLのステアリングは、2ドアハードトップの2000SGXや、KGC110型スカイラインの2000GT-Xと同一のものが装着されています。メーターが丸型から四角いものになり、タコメーターの変わりに時計が組み込まれています。パネルの木目調プリントシートはSGXと同一ものもですが、シートはファブリックのみの柔らかいセダン専用のものになっています(後期では2doorHTもこのシートになります)。この2代目ローレルで確立されたセダンのラインナップ構成は、これ以降、最終モデルの8代目C35ローレル迄、確実に踏襲されて行きます。





恐らくこれは、1800ccモデル(デラックスかカスタム辺り?)の内装風景だと思われます。しかし、簡略化された内装は、返ってクリーンな感じがして、個人的には非常に好感が持てる気がしています。前期に限っては、エンジンはプリンス製のG型ユニットだし、ハードトップを選択すればセミトレの4輪独立サスペンションがった訳なので、当時のC130ベーシックグレードを選択したオーナーは豊かなカーライフを送れたのでは?っと想像しています。。

















しかし、何回見ても恥ずかしい写真ダ!(w。









2000SGXや2000SGLという最上級モデルには、フェンダーアーチにメッキのモールドが付いている所です。このモールドによって、2000SGXとSGLのみ全幅が1680mmとなり、その他のグレードより10mm程(片側5mm)、幅広くなっています。その他のC130型ローレルは全幅が1670mmです。





























KHC130  LAUREL HARDTOP 2000SGX DATA  ( 1972year MODEL )
エンジン名称  L20(A)型 日立製SUキャブツイン装着
エンジン形式  水冷直列6気筒 SOHC 2バルブ チェーン駆動 
総排気量  1998cc ( 79mm x 69.7mm ) 9.5:1 有鉛ハイオク仕様
Max Power  130PS / 6000rpm ( JIS-gross )
Max Torque  17.5kgm / 4400rpm ( JIS-gross )
Front Suspention  マクファーソン・ストラット ( 独立式 )
Rear Suspention  セミ・トレーニングアーム ( 独立式 )
ステアリング  リサーキュレーティング・ボール ( 19.8 )
ブレーキ形式  Front: ソリッドディスク Rear: ドラム
車体寸法  W:1680mm、 H:1405mm、 L:4500mm
トレッド前後  Front: 1350mm、 Rear: 1330mm
ホイルベース  2670mm  ※( この値は6代目のC33まで同一。)
車両重量、他  1205kg。 定員5人。 最終減速比 : 3.900 「 5MT : 4.111 」
ギアレシオ 4MT : 1st:3.592、2nd:2.246、3rd:1.415、4th:1.000。
5MT : 1st:3.321、2nd:2.077、3rd:1.308、4th:1.000、5th:0.864。
性 能  最高速度175km/h ( 5F: 180km/h 3AT:170km/h )
価 格  東京店頭渡価格 103万円  ( OP: クーラー14万円 )

5速マニュアルは2万円、3ATは5万5千円のオプション設定です。
有鉛ハイオク、レギュラー仕様車の選択は同一価格で可能。





当時のカーグラフィック誌を見ると、
レギュラーガス仕様のHT2000SGX 5Fモデル( 125PS/17.0kgm )が0-400m19.1秒、
同じく2000GXの 4Fモデル( 120PS/17.0kgm )では、18.15秒という記録が残っています。

残念ながらHT2000SGXのハイオクタン仕様の記録が無いのですが、比較データとしては、ケンメリ2000GT-Xのハイオクタン仕様の3ATモデルのデータが残っています。それは 0-400mを19.67秒で走り、最高速度は170.21km/hを記録したという事です。従ってカタログスペック(3ATで170km/h)は十分クリアしています。当時の一般的な解釈では、ATモデルはマニュアルの約2秒落ちと言われていましたので、ハイオク仕様のL20ツインは0-400mを18秒フラット辺りであったと思われますので最高速度の値に関しても、カタログデーター値はクリアしていたように想像します。

現在の基準では性能的にはかなり低いように思われますが、後の排気ガス対策を受けたケンメリGT-XE Stype 5Fマニュアルが166.67km/h、GC210型ジャパンGT-ESの5Fで、168.62km/h、ジャパンターボの3ATモデルで165.1km/hという記録を見れば、L20型エンジンとしては排気ガス規制前のハイオクモデルが最も速かったという事になります。

これまた比較対照の想定での話ですが、0-400mを18秒で走り切ったと想定されるHT2000SGXの有鉛ハイオクモデルより、さらに1秒近く速いとされるHT2000GXのハイオク仕様では、0-400mを少なくとも16秒後半で走れたのではないかと想像されます。( これは16秒中盤のタイムを記録した、初期型セリカ1600GT などとほぼ同じであり、国産トップクラスのダッシュ力「除くロータリー」を持っていた事になります。 )





※ 比較参考データ( カーグラフィック誌 )
Model 0-400m time Max speed
 GC10 2000GT 4F   17.60sec   172.40km/h
 KGC110 2000GTX 3AT   19.67sec   170.21km/h
 KGC111 2000GTX-ES 5F   18.25sec   166.67km/h
 GC210 2000GT-ES 5F   17.95sec   168.62km/h
 HGC211 2000GT-EX TURBO 3AT   18.50sec   165.10km/h
 HGC211 2000GT-ES TURBO 5F   16.99sec   188.90km/h

 76year HS31 Fairlady2000Z-L 5F   17.46sec   175.70km/h


※ ジャパンターボの社内データ
Model 0-400m time Max speed
 HGC211 2000GT TURBO 3AT   19.10sec   160.00km/h
 HGC211 2000GT TURBO 5F   16.60sec   180.00km/h


以上のデータで読み取れる事は、排気ガス規制前にオートマモデルのカタログ値を超える170.21km/hの最高速度を記録した、ケンメリHT2000GT-X( 3AT ハイオク仕様 )モデルに比べて、ジャパンターボ( 3AT )でさえ、これより遅い165.10km/hという最高速度しか記録していないという事実です。

ちなみにCG10ハコスカ2000GTはL20シングルキャブのレギュラー仕様、4Fモデルですが、45年式のブローバイ還元装置がついていないモデルです。従って軽い車体もあって、良い記録を残しています。



ところで、スカイラインを名ばかりのGT・・・と呼んだ「あのクルマは」...
Model( 1976year ) 0-400m time Max speed
 CELICA LB2000GT 5F   17.17sec   177.78km/h




当時の記憶では、排ガス規制後のS30フェアレディZには加速勝負で難無く勝ちを収めて、当時、最高速度200km/hを豪語していたいすゞ117クーペとの加速競争では同じ速さであった我が家のSGXの実績?を考慮すれば、少なくとも排気ガス規制前に発売されたローレル(ケンメリ スカイライン)はカタログスペックはクリアしていたように思われます。(トップエンドの伸びで117クーペに負けたという話を父がしていたのですが、初期の117クーペはカーグラフィック誌によるとゼロヨン17.8秒、最高速度180km/hを記録しています。しかし追い風等の好条件があれば、最高速度はさらに伸びる傾向にあると書かれています。)
















発売開始の翌年にあたる1973年10月には、最初のマイナーチェンジが早くも行われました。装備の充実と公害対策、そして新たに最上級モデルとなる2600SGLの登場です。装備では待望のパワーステアリングがオプション設定され、ステアリングギヤ比もバリアブルレシオ化( 19.0から22.5の間 )されたものに変わりました。パーキングブレーキがステッキ型からサイド型に変わったのも大きな改良でしょう。オプションのクーラーも自動調整機能が付いたエアコンになりました。ここに至って、スカイラインとの明確な棲み分けが行われたのでした。




写真のHT26000SGLを見ても判ると思いますが、ホイールが4.5Jから5Jとワイド化されて、外観上にも安定したスタイリングになりました。この2600SGL には、L26型シングルキャブ、レギュラー仕様のエンジンが搭載されて 140PS/5200rpm、22.0kgm4000rpmというデーターを公表していました。しかし、中低速域の向上に主眼が置かれたセッティングの為、実質的なトップスピードなどは前期モデルの2000SGXに劣っていたという事です。このL26型シングルキャブには排気ガス対策前のL20ツインキャブ用のハイカム(俗にいう輸出用の68度カム)等も装着されていましたが、エンジンフィールなどはL20シングルと同じような感じだったという事です。

マイナーチェンジによって有意義な改良が多岐に渡った反面、骨抜きにされたエンジンは如何ともし難く、2.6Lエンジンを持ってしてもパワー不足は補えなかったようです。また、2ドアではGL-6が消滅してSGLとなり、4ドアには新たに2000SGXが登場しています。この時点で、セダン唯一のスポーツモデルであった、2000GX-6は消滅しました。発売当初はハードトップと4ドアで大きく差別化されていたラインナップは、このマイナーチェンジで平準化が行われたようです。翌年の50年規制の実施に伴っては、L28シングルキャブエンジン搭載のHT2800SGLが登場したという事です。




初代ローレルからのスポーティーブランドであった2000GX。そして2代目で登場した6気筒モデルの2000SGXというモデル名称は、続くC230では継承されませんでした。しかし、1980年に発売されたC31ローレルでは再び2000GX、2000SGXという名称が復活、スポーティーなローレルをアピールしたのです。さらにキャッチフレーズは「アウトバーンの旋風」というもので、空気抵抗係数0.38という空力の良さを
積極的にアピールした初めての日産車でもあります。この桜井氏が手がけたこのC31ローレルは国産車初のオートレベライザー(エアサスの元祖)を搭載した画期的なモデルだったのです。C31ローレルは優れた空力ボディとしなやかなサスペンションによる高いコーナリング性能、ターボエンジンによるトップクラスのパフォーマンスを持った比類なき高性能モデルだったのです。 しかし、残念ながらC31ローレルの先進性が理解出来なかった国内市場では、歴代最悪の販売台数を記録する事になり、マイナーチェンジ(1984年)には大幅なデザイン変更を余儀なくされました。欧州志向は国内では売れないという事を決定的にした出来事でした。
このC31ローレルが如何に優れたパッケージ、先進的なデザインを採用していたかを証明する一例としては、C31ローレルの発売後7年の後に発売されたBMW 7シリーズの2代目モデル(E32 1987年)を比較にすると良く判ります。このBMW 7シリーズは、C31ローレルに酷似したテールランプデザインを採用しているのです。私の記憶ではこのようなテールランプを採用したクルマは他に無く、BMW 7シリーズの発売後にちょっとした話題になったように記憶しています。桜井眞一郎氏は、
有名デザイナー等の関与を否定、全くの偶然であると笑い飛ばしたという事です(笑)。しかし、現在の価値観から見れば、いまだ古さを感じさせないC31ローレルが理解されなかったというのは残念に思います。やはりドメスティックな演歌調一色のクルマが良いのでしょうか?。













広島から島根に抜ける、国道54号線を通って山越え・・・