ブログ「かんにんブクロ」で書いた"ソケイヘルニア"の総集編です。


ソケイヘルニア(1)…


おいおい、「胃幽門狭窄症」のあとは「ソケイヘルニア」かよ〜。

これじゃぁ“病気のブログ”になっちゃうよ〜。

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そけいヘルニアとは…

本来ならお腹の中にある小腸などが、足の付け根の上(鼠径部)から

飛び出してくる病気です。

腸が飛び出すので、俗に脱腸と言われています。

こどもの脱腸は自然に治ることもありますが、大人の場合は自然には

治りません。放置しておくと、だんだん大きくなります。

手術が唯一の治療法です。詳しくはこちら

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2009年1月16日、朝9時入院。午後1時手術。そして夕方5時退院。

え〜!!!その日に退院?

そう、0泊1日の日帰り手術だ。左足の付け根の上を約4cmほど切っ

た。

歩いて家に帰ってきた。でも、まだちょっと痛みがある。

特に横になる時と、起き上がる時はイテテテッ!…と痛いのだ。



ソケイヘルニア(2)…


2008年の11月10日頃からだと思う。左下腹がボコッボコッっと、

変な音がする様になった。そのうち、ゴルフボール位の大きさに膨れ

あがってきた。指で押すと元にもどるし、痛みはないので気にはして

いなかった。

ところが、数日たってもボコッボコッっと音がするし、だんだん歩き

づらくなり「変な病気なのかなぁ…」とますます心配になってきた。


11月26日、胃潰瘍の薬が残り少なくなってきたので病院へ行った。

「胃の具合はどうですか?」と主治医が聞くので

「胃は調子いいです。でも、下腹のここらへんがちょっと変なんで

す」

主治医は、私の足の付け根の上を調べると言った。

「脱腸です。正式には“ソケイヘルニア“といいます。手術しないと

治りません」

「え〜!?手術するんですか?」

「そうです、薬では治らない病気なんです。N病院に紹介状を書きま

すので、行って下さい」


胃潰瘍が良くなってきたかと思ったら、今度は手術かよ〜。まいった

な〜。脱腸なんて、子供の頃よく聞いたけど大人もなるの?

私は歩きづらい身体で、トボトボとゆっくり歩きながら家に帰った。



ソケイヘルニア(3)…


椎間板(ついかんばん)ヘルニアはよく耳にするので知っていたが、

『ソケイヘルニア』は初めて聞いた病名だ。

『胃幽門狭窄症』の時もそうだったが、今回もインターネットで調べ

てみた。あるわ、あるわ。次から次と出て来る『ソケイヘルニア』の

文字にびっくりした。大人の『ソケイヘルニア』も、ずいぶん多いの

がわかった。

『ソケイヘルニア』は、女性より男性の方が多いのは、もともと男性

の鼠径部(そけいぶ)は、女性のより弱くできてるからだと書かれて

いた。ネットで調べるといろんな事がわかった。

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ヘルニアは、ラテン語で「はみ出した、飛び出した」という意味を

持っています。

つまり、ヘルニアとは「身体の一部が在るべき場所からはみ出ている

状態」が原因となっている病気のことなのです。脱腸もヘルニアの一

種で、正式には「鼠径ヘルニア」と呼ばれます。

「鼠径」とは太ももの付け根のややくぼんだ線より上にある三角状の

部分です。詳しくはこちら

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N病院の紹介状をもらったまま、忙しくて行けない日がしばらく続い

た。ネットでは“手術はかんたん”と書かれていたが、「手術なんて

やだなぁ〜!」

でも、ますます歩きづらくなってきたし、大きくならないうちに手術

をした方が良いと言われていたので、思いきって12月19日N病院に

行った。

病気の人が多いんだなぁ〜、待合い室には、若い人からお年寄りまで

沢山の患者がいた。

2時間位たってからやっと私の名前が呼ばれた。

主治医は「なるほど、なるほど」と言いながら私の鼠径部を調べて

いった。

「ソケイヘルニアです。日帰り手術をします」

手術は1月16日に決まった。

あ〜あ、やっぱり手術なんてやだなぁ〜。

私は又、小股でゆっくり歩きながらトボトボと家に帰った。



ソケイヘルニア(4)…


1月16日手術の日。

場所が場所だけに、私は風呂場で鼠径部をていねいに洗った。

「さあ!行くぞ!!」という気持ちで病院へ向かった。

手術がなんだ!ビクビクするな!!腹は決まった!


朝9時、病院に着いた。

4人部屋の病室に案内されてから、パジャマに着替えた。

手術室の看護師より、手術の説明があった。

「眠っているうちに、手術をしますか?」と聞くので、そうして下さ

いと頼んだ。その後、薬剤師が手術後の薬を渡し、説明してくれた。

あとは、ベッドに横になってリラックスムード。


11時、点滴が始まった。その後パンツだけになって、パジャマから手

術着に着替えた。1時の手術までは、かなり時間がある。

さあ、何でもこい!という気持ちだった。


1時頃、女性の看護師2人が迎えに来て言った。

「トイレに行って来てください」

トイレで排尿を済ませて、カガミを見たら、手術着を着た勇敢な?私

の姿があった。

2人の看護師の後ろについて、手術室まで歩いて行った。

いよいよだな。でも、手術の恐さはまったくなかった。

手術室へ入る前で、ビニールのボウシをかぶせられた。ここでも看護

師の言われるまま行動し、平常心だった。


ところが…

手術室のドアが開けられた瞬間、今までの冷静さが、いきなり無くな

ってしまった。

思っていたより広い部屋の真ん中に手術台がポツンとあり、マスクを

してる医師が2人いた。テレビのドラマかなんかで見た事のある場面

そのものだった。


手術台に上がると、麻酔をかけられ、背中に注射がうたれた。パンツ

は脱がされ、両手は縛られて身動きできない状態になった。いよいよ

手術が始まる。私は“まな板の上の鯉”になった。手術部位の除毛や

血栓防止用の包帯を足に巻き始めたのがわかった。

私は“早く麻酔がきいて眠らせてくれ”と祈るばかりだった。

看護師の一人が私の耳もとで

「yamacさん、がんばってくださいね」と声をかけてくれた。

医師が「大丈夫、大丈夫、落ち着いて」とか言ってるが、こっちはそ

れどころではない。

「助けてくれ〜〜!」



ソケイヘルニア(5)…


夢の中なのか、私の左側に女性の看護師、右側に男性の看護師がいて

私に何か話しかけている。


気が付くと私はベッドに寝ていた。でも、天井にはあの手術室独特の

無影灯はない。ベッドの廻りはカーテンが閉められていた。どうもこ

こは手術室ではなく、病室の様だ。と言う事は手術は終わったのだろ

うか。恐る恐る鼠径部あたりをさわってみると、何かガーゼの様なも

のがあった。

“手術は終わったのだ”私は眠っていて、手術が終わった事も、病室

に移された事も何も覚えていない。


今、何時だろうか?携帯電話を取り出そうと、起き上がろうとしたが

両足が全く動かなかった。腕だけの力で、なんとかベッドの下にある

バッグの中から携帯を取り出した。

時間は午後4時を過ぎていた。3時間近く眠っていたことになる。


しばらく横になっていると、看護師が来た。

「よく眠っていましたね。ご気分は悪くないですか?」

何度か様子を見に来ていたらしい。

「両足が全く動かないです」

「そろそろ麻酔がきれる頃なので、大丈夫ですよ」

「3時間近く眠っていたのですか?」

「そうです、でも手術が終わったあと“終わりましたよ”と声をかけ

たら、うなずいていましたよ」

……私に何か話しかけたあの場面は、夢ではなかったのだ……


「お小水したくなったら、ナースコールを押して下さいね。尿が出な

いと退院できないですから…」

看護師が帰ってしばらくすると、尿意を催し両足も動く様になった。


トイレで排尿を済ませてカガミを見たら、まるで戦に勝った兵士の様

に、手術着を着た凛々しい?私の姿があった。

(実際は“助けてくれ〜〜“と怖がっていたけど…)


病室に戻ると、看護師が点滴をはずしたり手術着をぬがしてくれた。

私は午後5時には退院するつもりだったので、看護師が病室を出てい

くと、すぐ服に着替え、帰る支度をした。

ベッドで休んでいると、主治医と看護師が来た。

「傷を診せてください」と言われて“ハッ”と思った。医師の診察後

問題がなければ帰宅できるのに、もう全部着替えてすでに帰る体勢に

なっていたからだ。


主治医は手術したところを見ると言った。

「出血もなく問題ありませんね。18日の午前11時に緊急外来を受診

して下さい」

主治医の言葉に、私は胸をなでおろした。

看護師がニコニコしながら主治医に話しかけた。

「3時間近く眠っていて、全然覚えていないんですって“手術終わり

ましたよ”と声をかけたらうなずいていたのに…」

「麻酔にかかりやすいんですね」

主治医が笑いながら言った。


主治医と看護師が帰ると、私は靴をはきバッグを持って病室を出た。

すると廊下で看護師にばったり会った。

「ちょうど5時ですね。日帰り手術で入院しても、5時に退院する人は

あまりいないんですよ。もう少し休んで様子をみてからとか、痛みが

心配で、1泊していくんですよ」

私は、別に痛みはないので“そうですか“と答えるだけだった。

「階段の上り下りはダメですよ。気をつけて帰ってくださいね」

最後まで、とても親切にしてくれた看護師さんだった。

私は「ありがとうございました」と挨拶してエレベーターに乗った。


その後、大変な事が起こるとは知らずに…




ソケイヘルニア(6)…


病院を出ると、傷口をかばいながらゆっくり歩いて家に帰った。

鼠径部を4cmほど切って、まだ数時間きりたっていないので、多少の

痛さはしかたない。


帰宅しても重い物を持ったりせず、椅子にすわったり、部屋の中を歩

いたりするのは痛みも少なく、何も問題はなかった。

ところが、床に横になる時と起き上がる時は傷口がすごく痛かった。

夕食から普通に食べていいのだが、飲酒は、手術前3日間と術後3日間

は控えるように言われていたので、酒は飲まなかった。


●1月17日(術後1日目)

朝、起き上がる時「イテテテテテテッ〜!」と大変な痛さだった。

とにかく痛くて起き上がれないのだ。でも、痛いのを我慢して、なん

とか起き上がった。

傷口を見るとだいぶ腫れていた。パット付きシートに少量の出血があ

った。起き上がったのはいいが、床に腰を下ろそうとすると又痛くて

座るのに一苦労。横になったら最後、起き上がるのがあまりにも辛い

ので一日中寝ていた。

こんなに痛いのがわかっていたら、もう少し様子を見てから退院すれ

ばよかった。


●1月18日(術後2日目)

午前11時前、病院へ行った。

看護師が私の名前を何度も呼んだが、こっちは診療室までスタスタ歩

けないのだ。ベッドに上がるにも、顔をしかめながらスローモーショ

ンの様にやっとこさ上がる始末。

看護師がパット付きシートをはがし、新しいのに変えてくれた。

「起き上がる時、すごく痛いんですが…」

「腹に力を入れないで、両腕の力で起き上がる様にして下さい」

医師はそう言うと、私の傷口の廻りを指で押したりしたので、

「イテテテテテテッ〜!」と思わず声を出してしまった。

“そんなところを押したたら痛いでしょ!”と言いたかった。

医師は別にあわてもせず言った。

「少し腫れてますが、数日たてば腫れもなくなります。術後数日は多

少痛みはあるんです。痛みが続くようでしたら、痛み止めの薬を余分

に出しますから飲んで下さい」

私は、腕の力だけで起き上がりベッドから下りた。

“こっちの痛さ、わかってんのかなぁ…”

私は小股でゆっくり歩きながら家に帰った。

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その後、数日痛みがあったが、数週間後にはまったく痛みはなくなっ

た。今では手術した箇所もわからなくなった。(完)


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