ブログ「かんにんブクロ」で書いた"脳梗塞"の総集編です。
(退院後 2011年9月26日〜12月21日に書いた日記)

脳梗塞(1)…


2011年9月10日の夕方、入浴後なんだか身体がだるく感じたので、 横になって休んだ。
しばらくして起き上がったが、いつもと違うだるさだった。
夜、左手の指が思うように動かないので早めに寝ることにした。【左手の指が動かない】 〈これが脳梗塞の始まりだったという事を後で知った〉後日追加

9月11日、充分睡眠をとってから起きた。
だが、左半身がやはりおかしい。
ズボンをはこうとしてもヨロヨロしてうまくはけない。
家の中を少し歩いただけでフラフラするし、ろれつが回らなくなっ た。
これは、もしかしたら脳梗塞かもしれないと思った。
そして、救急車でM病院へ運ばれた。
病院へ着くとすぐレントゲンを撮った。
「軽い脳梗塞です」と医師が言い、点滴をうたれた。

また入院生活が始まった。



脳梗塞(2)…


2008年9月に「胃幽門狭窄症」・ 2009年1月に「ソケイヘルニア」、そして今年は「脳梗塞」で入院。
3年間で3回も入院してしまった。

1階の急患診察室でいろいろ調べられ、ベッドに寝たまま点滴をされ た私は、その後2階の病室へ運ばれた。3人部屋だった。

「トイレに行きたくなったら、ナースコールして下さいね」
看護婦がそう言って、ナースコールの呼び出しボタンを枕元に置いて くれた。左半身が思うように動かないから、ベッドから降りるにも看 護婦の手伝いが必要だった。
トイレには、看護婦に車椅子を押してもらって行き、便座にすわって する様に言われた。
点滴をしてるせいか、トイレに何度も行くはめになった。
そのつどナースコールして呼んだ。

慣れてきたので、看護婦が来るまでの間に自分一人でベッドから降り ようとしていたら「なにしてるの!」と看護婦の叫ぶ声がした。



脳梗塞(3)…


「頭から落ちたらどうするの! 自分では出来ると思うかもしれない けど、まだ無理です。 頭を打ったら、もっと悪くなってしまいます よ!ここは病院です。言われた通りにして下さい!」

確かに自分では出来ると思っていても、思うように動かない身体だ。
病院にいる間は、看護婦の言う通りにした方がいい。そう思った。

左手が自由に動かないので、今迄出来た事が全て出来ない。
パジャマのボタンをかけたりはずしたり、ズボンをぬいだりはいたり するのも右手だけでするので時間がかかった。

9月12日の朝から食事が出た。
右手だけで食べた。口の左側から食べた物がポロポロ落ちた。
歯医者で麻酔をかけられた時の様だった。
顔の左半分がマヒしていて、顔がこわばっている感じが続いた。

午前11時、MRI<エム・アール・アイ>(脳の)検査があった。



脳梗塞(4)…


検査技師のいわれるままに、シートの上に仰向けになって横になると 今まで見た事のない装置の中に私の頭は入れられた。

「約15分で終わります。唾は飲み込んでいいですが頭は動かさないで 下さい」
「目は開けてていいんですか?」
「閉じ込められている感じがしますので、閉じていた方がいいです。 それでは始めます」

何も聞こえない時間が数分間続いた後、脳の中をコンピュータで情報 を拾い出しているのだろうか、
「トン・トン・トン・トン…」とか「ピッ・ピッ・ピッ・ピッ…」と いう様なコンピュータの音がした。
(たしかそうゆう音だったと思う)

更に耳をすまして聞いていると、クラシック音楽が流れているのがわ かった。多分、患者に不安を与えないで、リラックスさせる為だろう と思った。

そして、SF映画『2001年宇宙の旅』の宇宙船の中にいる様な気分に なり、なぜか一人で にんまりしてしまった。
コンピュータHAL9000(ハルきゅうせん)など、映画の場面を思い出していると、 また「トン・トン・トン・トン…」という音。
検査はそのくり返しだった。

しばらくクラシック音楽を、耳をすまして聞いていると、どこからか 声がした。
「はい、終わりました」
検査技師の声だった。

後日、「MRI」についてネットでいろいろ調べたら「ドンドン、ガ ンガン、ドンドン…」とか、工事現場みたいな大きな音がすると書い てあったが、それほど音は大きくなかった。
「トン・トン・トン・トン…」という音のバックに、小さな音でクラ シック音楽が聞こえたくらいだから…
(装置の発する騒音は、近年はかなり改善されてきている)

でも、装置が狭く閉所恐怖症の人は強い恐怖心を抱かせると思う。



脳梗塞(5)…


MRI検査の後は車椅子で部屋に戻り、点滴をしたままベッドで横に なり、一日中安静にしていた。

夜、看護婦さんが血圧や体温を測りにやって来て言った。
「yamacさん、バンザイをして下さい。
目をつぶってバンザイをしたまま10数えて下さい」
(その後も、この“バンザイ”は巡回にやって来るたびにやった)

ベッドに仰向けに寝たまま、手だけを上げて“バンザイ”をした。 自分ではちゃんと“バンザイ”をしているつもりでも、目を開けると 左手の指が曲がっていて、右手より下がっていた。

看護婦さんが「左手でグー・チョキ・パーをする様にして下さい」と言っ たが、5本指を伸ばす事さえ出来なかった。
右手の指で、左指をむりやり伸ばし「まっすぐ伸びろ!」と強く念じ ても、まっすぐに伸びず、自然にダラ〜ンと曲がってしまった。
なかなか左腕と左指に力が入らなくて辛かった。

そして、左足にも力が入らず、ベッドから降りる時と車椅子に乗る時 や降りる時に足がふらついた。



脳梗塞(6)…


9月13日(入院3日目)
朝、血圧を測りに来た看護婦さんが言った。
「きょうは、CT検査が終わってから、3階の部屋に移ります」
CT検査は午後3時からだった。

終了後、3時半から3階の9人部屋に移った。
2階の部屋の時は静かだったが、ここは違った。
ほとんどの患者が車椅子に乗り、部屋を出たり入ったり、患者どうし でしゃべったりして活気があった。

夜、看護婦さんが巡回に来て患者との会話の内容で、この部屋は足腰を痛 めて入院している患者が多いのだとわかった。

看護婦さんが私の所に来ると、いつもの様に「バンザイをして下さい」と 言った。左指は曲がったまま。左手は力なくダラ〜ンと下がった。
「腹筋をするみたいに、両足を上げて下さい」
すると、左手と違って、左足は右足と同じ位の高さにしばらく上げて いられる事が出来た。しかも看護婦に両足を上から押されても、右足 と同じくらい跳ね返す力があった。

……少しづつだが、左足に力が入る様になったのが嬉しかった。



脳梗塞(7)…


9月14日(入院4日目)
一人でベッドから降りられる様になったので、キャスター付き点滴棒 を持って少し歩いてみた。
右隣の私より年上の患者は、カーテンを開けっ放しにしていたので、 ろれつが回らなくてうまくしゃべれないけど、挨拶をした。

入院して3週間になるというその男性と、色々話す事が出来た。
(話すというより、聞いていた方が多いけど…)
雨の日、自転車から降りようとして、雨ガッパが自転車の一部にひっ かかり、尻から落ちて尻の骨を折ったらしい。
尻の部分を押えながら話してくれた。
(この患者とは、隣同志という事もあって、入院中よく話しをした)

この部屋には、いろんな患者がいた。
2メートルの崖から、後ろ向きにかかとから落ちて、救急車で運ばれ てきた男性。
野球のスライディングで足を怪我し、同じく救急車で運ばれて来たと いう若者。
バイクごと電信柱に突っ込み怪我をした10代の青年。etc.
……なんとまあ威勢のいい人達ばっかりだ。みんな痛い思いをしてい る。それに比べ、私は痛みはないが、自由に身体が動かないという辛 さがあった。

でも、皆足腰は悪いけど、口は達者だ。(私以外)
日がたつにつれて、各自のベッドに横になっていながら、冗談を言い 合う仲になっていった。



脳梗塞(8)…


9月15日(入院5日目)
ベッドから降り、キャスター付き点滴棒を持って部屋を出ようとすると、 隣の男性が声をかけてきた。
「ひも付きで、どこ行くの?」
「トイレです」
「もう歩けるの?」
「左手はまだダメだけど、ゆっくりなら歩けます」
隣の男性は、いつもカーテンを開けっ放しだ。
それにしても、点滴の事を“ひも付き”とはおもしろい事を言う人だ。

3階の一般のトイレ(車椅子用でない)は、一番遠いはしっこにあった。 長い距離を、車椅子でなく自分一人で歩けるまでになったのは、大きな進歩だ。 だが、トイレに行っても、全て右手でやるので相変わらず時間がかかった。

左手は、今だに自由がきかないけど、少しだけ良くなった事がある。
昨日まで、指を伸ばす事さえできず辛い毎日だったが、今日、“グー”から“パー”に ゆっくりだが、開ける様になった。でも、まだ物をつかむ事はできない。 握力がつくまでには、時間がかかりそうだ。



脳梗塞(9)…


9月16日(入院6日目)
今まで右手だけで顔を洗っていたが、左手も使って洗ってみた。あくまで左手は添える程度きりできないが、洗い始めた。
「うっ!あぶねー」
おもわず左指が目に入るところだった。あぶない、あぶない。

左指を伸ばして洗い始めても、目のあたりにくると自然に指が曲がってしまった。鼻の穴に指が入ったりもした。入院中こんな事が何度かあった。

うまくしゃべれない事と、食べた物が口の左端からポロポロ落ちるのも辛かったが、一番辛いのは、左腕が重くて自由に動かないのと、左指がうまく動かない事だった。

朝の点滴が始まるのは、午前4時〜5時頃なので、顔を洗う時間にはすでに右腕に点滴の管が付いていた。
だから点滴の管がじゃまで、歯を磨いたり、顔を洗うのが大変だった。

点滴の管が外されている間に顔を洗ったのは、数日だけだった。



脳梗塞(10)…


9月17日(入院7日目)
朝から隣の男性が私によく話しかけてくるので、私も自然とカーテンを開けたままになってしまった。
私より長く入院しているので、いろんな事を教えてくれた。
「今日はお風呂に入れる日だよ」
「私も入れるのかなあ…」
「入れると思うよ。それにしても髪が伸びてボサボサだねえ」
「いいんです。退院したら床屋に行くから」

二人でそんな会話をしていたら、看護婦さんが部屋に入って来て、部屋の患者全員に聞こえる声で言った。
「今日は入浴の日です。お風呂場の前に順番に並んで下さ〜い」
私は部屋を出ようとした看護婦さんに聞いた。
「点滴をしてるけど、入れますか?」
「yamacさんは最後の方になりますから、その頃には点滴が終わって いると思うので入れます。時間になったら声をかけます」

お風呂場の方に視察に行ってみると、並んでいる5〜6人は、車椅子の患者ばかりだった。その後、ベッドでしばらく休んでいた。

点滴の管がはずされ、数分待っていると看護婦さんの声がした。
「yamacさん、お風呂に入れますよ」
午後2時頃やっと私の番になった。私が一番最後だったようだ。
入浴といっても湯船には入れず、身体や頭を洗うと介護士が湯を流してくれた。湯船には入れなかったが、さっぱりして気持ちよかった。

入院生活にも慣れてきたのか、入浴して気分もリラックスしたからだろうか、パソコンでイラストを描いている(作っている)夢を見た。
早く退院してパソコンやりたいなあ……



脳梗塞(11)…


9月18日(入院8日目)
「おっ! ちゃわんをもてたど〜!!」
今日、入院して初めて左手でちゃわんを持って食べる事が出来た。ぎこちないが、ちゃんと左手で持てた。
食べているうちに、ちゃわんがだんだん傾いてきたけど、とにかく大前進だ!! まだ物を持つというより、物を乗せる程度きり出来ないが嬉しかった。

点滴を1週間も続けていると、誤って点滴の管をひっかけてしまう事が何度かあった。そのたびに針が引っ張られて「いてっ!」と声を出してしまった。

針を刺しているあたりがかなり腫れてきて、ぶつかると痛みを感じる様になったので、看護婦さんに右腕の別のところに針を打ち直してもらった。



脳梗塞(12)…


9月19日(入院9日目)
「明日は看護婦の人数が少ないので、今日が入浴の日に、変更になりました」
朝、看護婦さんから説明があった。(通常は火曜日と土曜日が入浴の日らしい)

お昼頃看護婦さんがやって来た。
「yamacさんは、今日から4階のお風呂場です」
どうやら3階のお風呂場は、看護婦や介護士の手伝いが必要な車椅子の患者で、4階のお風呂場は、自分一人で入浴できる患者専用みたいだ。
「4階の患者さん全員の入浴が終わったら、知らせに来ます」

前回の様に点滴の管もはずされて、ベッドで待っていると、2時半頃看護婦さんが呼びに来た。

4階のお風呂場の前に行くと、女性の介護士さんがいて、右腕の点滴のところが水に濡れない様にビニールでかぶせ、両端をテープで留めてくれた。でも、不安だったのか更にテープでグルグルまいてから自信たっぷりに言った。
「はい、これでもう大丈夫!」
私も、ここまでしっかりテープで留めれば、水は入らないだろうと思った。 介護士さんの優しい心遣いが嬉しかった。

「さあ!一人でお風呂に入れるぞ!」
うきうきした気持ちでお風呂場に入った。そこまではよかった。
だが、パジャマを脱ぐ時に気が付いた。
「あれ?右手が曲がらないぞ」

介護士さんが、丁寧にテープを留めてくれたのは嬉しかったが、あまりにもグルグルまいてくれたから、右ひじが曲がらなくなってしまったのだ。

「なんてこった!右手が使えないよ〜」
右手だけが頼りで今まで何でもやってきたのに、その右手が使えないとは…
しかたなく、あまり動かない左手でなんとか洗った。いつもと逆のパターンだった。

その後お風呂から出て、タオルで身体や頭を拭くまでは出来た。ところが左手だけではパジャマを着る事が出来なかった。

数分間の悪戦苦闘も空しく、ついに ヘルプミー!
……ナースコールのボタンを押した。



脳梗塞(13)…


9月20日(入院10日目)
「もう少しですね」
時々、看護婦さんが、点滴の液剤の減り具合を見にやって来た。

点滴の大きい方は、6〜7時間位かかるが、小さい方は、1〜2時間位でなくなるからだ。
なくなると点滴容器と管を外し、大きい方は数時間後に外しに来た。
昼も夜もそうで、これが毎日の光景だった。

大きい方は血液をサラサラにし、小さい方は脳を活性化するのだと、ひとなつっこい看護婦さんが説明してくれた。
(たぶんそうゆう内容の事を言ったと思う)

その後、左手のリハビリの事でいろいろ話していたら、その、ひとなつっこい看護婦さんが、 「リハビリ用のボールを持って来てあげる」と言った。 そして、ただ一言付け加えた。
「病院のだから、あとで返して下さいね」

それにしても、今日で入院して10日目だ。
入院した日から今日まで、ほとんど一日中点滴をしている状態だが、点滴の偉力はすごいもんだ。 日に日に良くなってきている様な気がする。



脳梗塞(14)…


9月21日(入院11日目)
看護婦さんが「これでリハビリして下さいね」と言って、リハビリ用のボールを持ってきてくれた。スポンジでやわらかいボールだった。

さっそく左指だけでボールを回してみたが、うまく回らなかった。
ギュ〜と握る事も出来なかった。
でも、何度も何度もゆっくり回したり、にぎったりした。

何度かやっていると、ボールが手から落ちてコロコロところがってしまった。
ベッドの下やあちこちを探したけど見つからなかった。 すると、
「お! ボールが転がってきてるぞ!」
隣の男性の所まで転がっていた。

また、ボールを回したりしていたら、今度は私のベッドの奥の方まで転がってしまった。後で看護婦さんにとってもらった。

リハビリは始まったばかり、時間はかかると思うが、焦らずあきらめないでリハビリしようと思った。

(後日、病院で使ったのとほとんど同じリハビリ用ボールを、100円ショップ で見つけた。今でもそれを使ってリハビリをしている)

TVでは台風15号のニュース。外は強風や大雨みたいだが、病院の中にいると、 外の様子が全然わからなかった。

今日も病院は静かな夜だった。



脳梗塞(15)…


9月22日(入院12日目)
まだうす暗い午前4時50分に採血があった。
10時からは2回目のMRI検査があり、約15分で終了し部屋に戻っ た。

「yamacさん、左足は治りが早いですね、もう歩けるし…」
看護婦さんとの会話を聞いていた隣の男性が割り込んで来た。
「廊下を走ってたよ」
「走ってなんかいないよ」
私がすかさず言うと、
「おれには走っている様に見えるよ」
男性が笑いながら言った。

最近の私は、点滴の管が外されると、ひも付きでないので(身軽なの で)病院の中をあちこち歩いたりしていた。すると、車いすから松葉 杖に変わった隣の男性と、廊下で時々でくわす事があった。

やっと松葉杖でリハビリ出来るまでになった男性からみると、2週間 もたたないで歩いている私が、「走っている様に見える」と冗談を言 ったのだ。

でも、左足は普通に歩ける様になったけど、左手としゃべるのは、ま だまだダメだ。リハビリは長い期間かかると思う。




脳梗塞(16)…


9月23日(入院13日目)
「軽い脳梗塞です。入院は2週間ですね」
救急車で病院に運ばれ、診察後医師がいった言葉だ。

そろそろ2週間になるので、数日前から看護婦さんに、 退院できる日を聞いていた。
でも、なかなか返事がこなかった。

午後、ベッドでボールを使って左指のリハビリをしていたら、看護婦 さんが来て嬉しいことを言った。
「yamacさん、25日に退院できますよ」

やっと退院できると思うと、嬉しくてたまらなかった。




脳梗塞(17)…


9月24日(入院14日目)
午後4時頃、主治医が左手と左足の具合を見に来た。

夕方、「yamacさん、これが最後です」と言って看護婦さんが点滴を 持って来た。

看護婦さんが帰った後ベッドに横たわり、点滴が一滴一滴落ちてくる のを、しばらく眺めていた。

すると、2週間私に付っきりだった点滴が、今夜で最後だと思うと、 点滴容器を近くで見たくなった。

ベッドの上に立ち上がり、点滴容器を手に取ってじっくり見た。
ふと容器の裏側を見ると『点滴終了・抜針』と油性ペンで書いてあっ た。私は思わずにんまりしてしまった。

夜中に点滴の液剤が全てなくなり、看護婦さんが点滴をはずしにやっ て来た。そして、右腕に長い間付いていた針を抜いた後言った。
「yamacさん、やっと終わりましたね」
「やっと終わったよ〜」
私は安堵感でいっぱいだった。

ベッドの横にいつもあった、キャスター付き点滴棒もなくなった。
右腕には、もう管は付いていない。
これで完全に『ひも付き』でなくなった。

明日は退院、入院生活も終わりだ。私は心地良い眠りについた。




脳梗塞(18)…


9月25日(退院の日)
朝食後、同室の患者さんたちに挨拶した後、ナースステーシヨンに行 った。『隣の男性』や看護婦さんが、エレベーターに乗るまで見送っ てくれたので、照れくさかった。
無事退院し、入院生活は終わった。

帰宅してすぐ机に向かって絵を描き始めた。
入院中はベッドの上で、らくがき程度きり描いていなかったから、イ ラストを描くのは久しぶりだった。
左指は曲がったまま。紙をおさえるというより、紙の上にのせる程度 だった。

描き始めて気が付いた。なんかおかしい。うまく描けないのだ。
右手は何ともないから絵は描けるはずなのに、きちっとした線が思い 通りに描けないのはなぜだろう?

そんな事を思いながらも、描き続けてわかった。
まだ「左手に力が入らないからだろう」とか、左半身の麻痺で「左右 のバランスがまだうまくとれていないからだろう」等と思った。

「何枚も描いて、バランス感覚を取り戻すきりない」と決めた。

夕方、2週間ぶりにパソコンの電源を入れた。
左指の力がまだ弱いので、キーボードのボタンがうまく打てず、数行 の文字を打つにも時間がかかった。「なんでうまく打てないんだ!」
とイライラした。

右指だけで打てば、早く確実に文字が打てたが、これもリハビリだと 思って、なるべく左指も使う様にした。

(その後も、左指のリハビリは、あせらず、気長に続けた)




脳梗塞(19)…








●ブログを書いた日 2011年12月21日

9月11日救急車で病院へ運ばれた時、私の血圧は220だった。
血圧を下げる薬をかってに止めてから1年位たっていた。
脳梗塞になって、初めて薬を止めたことに後悔した。
幸い軽い脳梗塞ですんだが、後日、新聞の記事で『t-PA』の事を知り もっと早く119番し、病院へ行けばよかったと思った。そもそも脳梗 塞についてもっと知っておくべきだった。

脳梗塞で倒れてから3ケ月たった。
入院中は左手で『グー、チョキ、パー』もできず、ボールペンさえつ かめなかった左指だったが、今ではリハビリで指に力が入る様になり キーボードのボタンも、左指で打てるまでになった。
それと缶コーヒーのフタを、左の人差し指で開けられる。
現在は、血栓を予防し、血行を良くする薬と、血圧を下げる薬を飲ん でいる。

冬は脳卒中が多い季節で「要注意」だ。寒さで血管が収縮し、血圧が 上昇しやすい。急激な温度変化にも気を付けて、寒い冬の夜の外出は 極力控えたい。

左半身が動かないのは本当に辛かった。もう入院はこりごりだ。
今でも左目の下が麻痺している。極力左手でカバンを持ったり、左指 でペンを回したりしてリハビリしている。(完)




●「脳梗塞」について詳しくはこちら↓

脳梗塞とはどんな病気? - 脳梗塞について教えてください - 脳梗塞 - Wikipedia

脳梗塞と食事〜予防・改善に向けた食事療法 - 右脳と左脳




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