小泉八雲

小泉八雲に怪談を語る私
『八雲の妻 小泉セツの生涯』
               (長谷川洋二著・今井書店 2014
『八雲の妻 小泉セツの生涯』

松江城
- - はじめに - -

 名家老の祖父は、藩主を諌めて壮絶な切腹を遂げ、父も幕末の戦乱を生きた上級武士であった。だが「士族の没落」の世――老いた親たち四人の露命をつなぐために、酷寒の冬、 独り住まいの異人(いじん)ハーンの許に、二十三歳の身を投ずる。関係を曖昧にした半年を経て、二人は出雲大社の地で結ばれた。
 松江を出て、熊本・神戸・東京と移り住む間に、夫婦間で完壁な意思疎通ができる「へるん言葉」が成る。そして、四人の子の母となるが、心は、ひとえに夫の作品への素材提供に掛かり 、やがて、東京での古本屋漁(あさ)りが始まった。へるん言葉での夫婦の共同作業から、「耳なし芳一」をはじめとする、かの「怪談」が生まれたのであり、夫婦愛は、他に例を見ないほどに深められた。
 夫の早逝の直後に書かれた「思ひ出の記」(本書収録)は、坪内逍遥が感涙を催しただけではない。現在の八雲研究の権威が、そろって「感動した」ことを述べている。

八雲の妻
 本書における「過去の生の再生」は、回想録などの書籍は勿論、古文書・過去帳・除籍簿・手紙・聞き書き・新聞の社会面・断片的遺稿、等々の資料に基づいている。  同じ著者の『小泉八雲の妻』(1988)は、事実上、結婚に至る前半生に限定されたもの――その部分も、構成を改め、多くの新資料や新研究の成果を取込んでいて、 全生涯を扱う本書は、前半についても全面的改稿の新版と言える。  (楽天アマゾン今井書店の通販・各書店取り寄せ。なお、この書には英語版が先行している。  A Walk in Kumamoto : Global Books,1997)
A Walk in Kumamoto


***小泉凡教授(八雲研究の権威・八雲会名誉顧問・ハーンとセツの曾孫)推薦***

 古文書やセツの書簡など、新旧の膨大な資料を駆使して完成された労作です。セツのルーツを含め、本書を通じて知ることの多い事実に、子孫としても驚きを覚えます。 国際結婚の困難を乗り越えたセツの生涯が、緻密な研究を基に生き生きと描かれていて、小泉八雲の人と作品に関心を寄せるすべての人々に、自信を持ってお薦めします。


小泉八雲・八雲の妻・小泉セツ

*** あ ら ま し ―― 本文を抜いて綴る ***


 (誕生) 出雲十八万六千石の城下町松江の、上級士族の屋敷が立ち並ぶ静かな南田町の一角。 東は堀を背にし西は中之町の通りに面して、門越しに千鳥城を望む小泉邸に、一人の女の子が産声を上げた。
 名は、・・・戸籍手続きの資料のすべて及び墓碑において、 「セツ」である。ハーンは一貫して「セツ」と呼び・・・しかし、本人は「節子」の名を好み、・・・実母チエのセツ宛書簡の封筒にも、「小泉節子様」・・・が見える (池田記念美術館資料)。・・・

 (江戸家老の祖父)・・・江戸出立(しゅったつ)がないまま、秋も深まっていった。・・・増右衛門は一身を犠牲にする決心をして、 あえて三度目の直諫を行った・・・彼は主君の御前に出る前に陰腹(かげばら)を切り、切った腹を白木綿一疋(いっぴき)で固く捲きつけて諫言したのである・・・ 辞世に、君のため 思ふ心は 一筋に はや消えて行く 赤坂の露
 セツは後年、・・・小兵衛(家老嫡男)の娘である従姉の錬(れん)と・・・この祖父が眠る赤坂の寺 を捜し当てて訪れた。「・・・土台が傾き・・・永い永い間一人もお参りする者もなく、無縁の墓として残っています。・・・心を打たれ・・・、又、お祖父様が お呼びになった様にも感じました」  (手書き原稿「オヂイ様のはなし」)。・・・   続きは、



出会い
怪 談
夫の最期

( 2015/4/29 著者制作 )