JR富山港線(富山〜岩瀬浜 06・2・28限り LRTに転換)

 JR富山駅と岩瀬浜駅を結んでいた、単線・直流電化の路線でした。接続する北陸線は交流なのに直流なのは、もともと私鉄として開業しましたが、戦時中重要路線として国鉄に買収されたからです。

 その後、国鉄→JR西日本のローカル線として細々と営業していましたが(末期はキハ120も使われていました)、

北陸新幹線・富山駅高架に伴う工事と、富山市の都市政策(鉄道を活用する)により、一部路面電車化の上、LRT化されることにより、2006年2月末でJR西日本としての営業を終えました。

 その後LRT化工事が行われ、同年4月29日に日本初のLRTとして富山ライトレールとして再出発しています。

 


(2006・2・11〜12撮影)

 JR富山駅の富山港線ホーム(7・8番線(当時))の駅名標です。ここだけ直流電化です(渡り線に交直デッド・セクションがありました。)。

 隣の富山口駅は路線付け替えのため、JR運営終了とともに運命を共にしました。

 かつては首都圏などの旧型国電(直流電車)が使用されていましたが、最後はラッシュ時は金沢区の475系交直流電車、閑散時はワンマン運転のできる富山区のキハ120が使用されていました。

 写真は、475系の行き先表示(LED化されています)です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 岩瀬浜駅駅舎です。

 味わいのある木造駅舎でしたが、LRT化に伴い取り壊され、フィーダーバスのバスロータリーになりました。

 JR時代の岩瀬浜駅駅名表です。

 隣の『競輪場前』駅は富山競輪が行なわれるときのみ停車の臨時駅でした(現在(富山ライトレール)は常設駅(停留所)です。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 岩瀬浜停車中の475系です。お名残のファンが写真とっています。

 沿線は工場地帯で、JR時代は昼間は1時間に1本(しかもキハ120単行)でした。この列車も運用変更で475系で運転されていますが、本来はキハ120でした。

 雪が積もった早朝の下奥井駅です。やはり雪国・北陸という感じがあります。

 JR時代は味わいのある木造駅舎でしたが、ほとんどの駅が路面電車の電停タイプに改築されました。JR廃止直前はLRT転換に伴う工事の真っ盛りでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪の中を走る475系(HM付)です。

 普通廃止といえば不便になりがちですが、ここの場合、はるかに便利になるので、廃止という感じがしませんでした。

 早く生まれ変わって、って感じでした。

 富山駅北口です。当時はこれから新幹線と在来線高架化工事が始まりまるところでした。

 現在は仮設ホームが作られ、北陸新幹線&在来線高架化の真っ最中です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 ※現在の『富山ライトレール』をはじめ、万葉線などを紹介した『富山のトラムと渡し船〜路面電車とLRT』はこちら。


←『消えた鉄道の風景』へ戻る

 

←『RAILWAYS(鉄道の部屋)』に戻る

 

←『"YAKUMOBUS NET" TERMINAL(HOME)』に戻る