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詩篇119篇の学び

第1課

(1−2節)
「幸いなことよ。全き道を行く人々、主のみおしえによって歩む人々。
 幸いなことよ。主のさとしを守り、心を尽くして主を尋ね求める人々。」


―幸いな人とは?― 
 @全き道を行く人
   〈罪の行いによって非難されたり汚れたりすることなく、
    自分の行いを常に神の言葉に服従させ主の道を生きる人。〉 
 A主の教えによって歩む人
   〈神のおしえを行動の基準にして正直に誠実に生活する人。〉
 B主のさとしを守る人
   〈神から出たことばをそのまま受け入れ守る人。〉
 C心を尽くして主を尋ね求める人
   〈心を尽くして主を尋ね求める人は、神様に出会う祝福を経験する。〉

【申命記4:29】
「そこから、あなたがたは、あなたの神、主を慕い求め、主に会う。あなたが、
 心を尽くし、精神を尽くして切に求めるようになるからである。」

【エレミヤ29:13】
「もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。」



(3節)
「まことに、彼らは不正を行わず、主の道を歩む。」

・主の道は頭の知識や形式的に歩む事ではなく、実生活の中で神の言葉を
 守りながら謙虚に生きることである。このような人が神の民として信仰に忠実な人
 である。主の道は狭く険しい道であるが、その道を選び確信を持って歩くことを
 主が願っている。

【マタイ7:13−14】
「狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、
 そこから入って行く者が多いのです。いのちに至る門は小さく、その道は狭く、
 それを見いだす者はまれです。」




(4節)
「あなたは堅く守るべき戒めを仰せつけられた。」

・主を敬う人たちは主の戒めを守ることを尊い義務だと思って喜んで守る。
 その戒めは人間からではなく、権威ある神から出た命令であるから絶対的に
 受け入れなければならない言葉として受け入れ、悟り、そして誠実さを持って
 持続的に行っていくのが私たちのすべきことである。



(5節)
「どうか、私の道を堅くしてください。あなたのおきてを守るように。」

・自分の人生の方向を主のおきてを守ることに焦点を合わせているのと
 詩人の告白である。
 このような願いは、いつも神に頼り信頼している人たちの心の中にある。
 この願いを持ってみことばを受け入れ、心から愛し、生活の中で実践することを
 主は求める。

【ヨハネ13:17】
「あなたがたがこれらのことを知っているのなら、それを行うときに、あなたがたは
 祝福されるのです。」

・サタンは人間を誘惑してみことばにそむくように自由意思のまま行動するように
 しかける。
 サタンの策略に効果的に対処するためには、主のことばを深く読み従順できるように
 努力しなければならない。

【創世記3:1−5】
「さて、神である主が造られたあらゆる野の獣のうちで、蛇が一番狡猾(こうかつ)であった。
 蛇は女に言った。「あなたがたは、園のどんな木からも食べてはならない、と神は、
 ほんとうに言われたのですか。」 
 女は蛇に言った。「私たちは、園にある木の実を食べてよいのです。
 しかし、園の中央にある木の実について、神は、『あなたがたは、それを食べては
 ならない。それに触れてもいけない。あなたがたが死ぬといけないからだ』と
 仰せになりました。」
 そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。
 あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが
 神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」」


【エペソ6:17】
「救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。」



(6−7節)
「そうすれば、私はあなたのすべての仰せを見ても恥じることがないでしょう。
 あなたの義のさばきを学ぶとき、私は直ぐな心であなたに感謝します。」


・みことばの大切さを知っている人はみことばを喜びとし、昼も夜もそのみことばを
 口ずさみながら行なっていくから神様から捨てられることもなく懲らしめを受けることも
 ない。
 その人たちはさらに神のことばを語るために学びにも熱心であり、学びができることを
 いつも感謝する。その人たちはみことばを守っているので、
 みことばの前に立った時にも恥を受けることはない。



(8節)
「私は、あなたのおきてを守ります。どうか私を、見捨てないでください。」

・神様の臨在と守りを切に祈る人たちは、神を離れては自分がいかに無能な人で
 あるかを知っている人たちである。神の助けなしに神のことばを守りながら
 生きることもできないし、神の助けなしにサタンと戦っても決して勝つことはできない。
 神のことばを守りながら神中心に生きるときに全き道を歩み続けることができる。

【Uテモテ3:16−17】
「聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために
 有益です。
 それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者と
 なるためです。」