『君は独りぼっちじゃない』

 ■ You'll Never Walk Alone.

 表題の言葉は、英語では"You'll Never Walk Alone."という慣用句で表されます。
 この言葉、サッカーの世界では特別な意味を持っています。その起源は、同名の曲がイギリスのリバプールFCのサポーター達がスタジアムで合唱する応援歌(英語では"Chant"と言います)に採用されたことに始まります。


 2004-2005シーズン。
 UEFA Champions League決勝。
 リバプールFC vs ACミランの一戦はリバプールFCが0-3のビハインドから同点に追いつきPK戦へ。写真はPK戦で"
You'll never walk alone."を大合唱するリバプールサポーター達。ちなみに、ミラン側4人目のキッカーは『あの』デンマーク代表、トマソン選手!

"You'll Never Walk Alone."

Lyrics : Oscar Hammerstein II
 
Composition : Richard Rodgers

♪When you walk through a storm
Hold your head up high
And don't be afraid of the dark
At the end of the storm
There's a golden sky
And the sweet silver song of a lark

Walk on, through the wind
Walk on, through the rain
Though your dreams be tossed and blown
Walk on, walk on, with hope in your heart
And you'll never walk alone
You'll never walk alone♪


『君は独りぼっちじゃない』

詞:オスカー・ハマースタイン二世
曲:リチャード・ロジャース
     

♪嵐のなかを進むなら
顔を上げて前を向こう
暗闇を恐れるな
嵐の向こうには青空が広がっている
小鳥の優しい歌声が待っている

風に向かって進もう
雨にうたれても歩みを止めず
たとえ夢破れようと
行こう、進むんだ
希望を胸に抱いて行こう
君は独りぼっちじゃない
君は独りぼっちじゃないんだ♪


 この歌は、現在、リバプールFCだけでなく、イングランド代表をはじめ、世界中のサポーターズソングとして親しまれています。日本ではFC東京のサポーターが大合唱していますね。
ちなみに、リバプールと対戦する相手チームのサポーターは"You'll never walk again."(二度と歩けないくらいボコボコにしてやるゾ!)とヤジを飛ばすのだそうです。


 ■ ミュージカル『回転木馬』

 さてこの"You'll never walk alone.."、最初からサポーターズソングとして作られた曲ではありません。元々は『サウンド・オブ・ミュージック』で有名なリチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン二世という名コンビが1945年に生み出した、20世紀最高と評されるブロードウェイミュージカル"Carousel"(『回転木馬』、メリーゴーラウンドのこと)の劇中歌です。


Richard Rodgers & Oscar Hammerstein II

"Carousel"(『回転木馬』)のあらすじ

 星々が生まれ、消えていく天界。
 ビリーは生前の悪事が原因で天国に入れてもらえず、星の番人から星磨きの仕事を命じられている。ある日、星の番人がビリーに「下界にいる君の家族がつらい思いをしているから、下界へ降りて力になってやりなさい」と告げる。かくしてビリーは一日だけ下界に降り妻と子に会うことが許される・・・。

 はなしは15年前にさかのぼる。
 メイン州の片田舎。ビリーは回転木馬の呼び込みをしていた。彼は客としてやってきた織物工場で働くジュリーと恋に落ち、結婚する。しかし、それに嫉妬した回転木馬の女主人マリンはビリーを首にしてしまう。
 貧しい生活が2人の間を気まずくしていく。生活の苦しさに苛立つビリーはジュリーに度々手を上げていた。
 そんなある日、ビリーは悪友ジガーから強盗の誘いをうける。一度は断わったビリーだが、妻ジュリーの妊娠を知り、妻のため、生まれてくる子どものために、たった一度だけの過ちを決意する。しかし計画は失敗。警官に追い詰められたビリーは逃げ切れないことを悟り、持っていたナイフで自分の胸を刺す。ちゃんと「愛している」と言えなかったジュリーの名を叫びながら。
 粗暴だったが愛していた夫の死を知り、泣き崩れるジュリー。「あなたは独りぼっちなんかじゃない」と慰める友人のキャリーとその夫エノク。

 それから15年。
 ビリーの死後に生まれた娘ルイーズはビリーに似てとても勝ち気。しかし、町中の人々がルイーズを強盗犯の娘として白い目で見ていた。その時も、裕福なスノー家の娘達にルイーズの父親が強盗だったことを嘲られ、喧嘩をして一人ぼっちだった。
 そこへビリーが天界から下界に降りてくる。

 それはルイーズが通う高校の卒業式の日。
 事業で成功して大金持ちとなったエノクとキャリーの息子で同級生のエノクJrがルイーズを迎えに来る場面。そこでエノクJrはルイーズに将来の結婚を申し込むが、父エノクはルイーズが強盗犯の娘であるといって反対する。泣きながら走り去るルイーズ。

 限りある時間内に、想いを伝えようと躍起になるビリーは星のかけらを渡してルイーズを励まそうとするが、彼女は身分を隠す彼を疑い、受け取ろうとはしない。ビリーはルイーズのかたくなな態度に苛立ち、彼女をぶってしまう。かつて妻ジュリーに手を上げていたように。
 ルイーズは見知らぬ人にぶたれたのに全然痛くない事を不思議に思う。それを母親のジュリーに尋ねると、ジュリーは亡き夫を思い描きつつ、そういう事もあるのだ、と諭すのだった。

 卒業式が始まる。
「親の成功や挫折は子どもには関係ないのです。自分の足で歩ける人になってください」
 来賓のセルドン博士(不思議なことに彼は星の番人に似ている)の祝辞に、娘ルイーズの耳元で、「よく聞いて、そのとおりなんだ」と囁くビリー。そして、妻ジュリーの側に立ち、こう囁く。それは、生きていたときには口に出せなかった言葉、「愛していたんだ。わかっておくれ」。
 いがみあっていた友人と和解するルイーズと、それを笑顔で見守る母ジュリー。
 やがてセルドン博士のリードで"You'll never walk alone.."の合唱が始まる。ジュリーもエノクも合唱に加わる。

 ルイーズの幸せそうな笑顔を見届けたビリーは、家族を想う心が認められて天国へと導かれていった。



 劇中、"You'll never walk alone."は二度歌われます。
 初めはビリーの死の場面で、嘆き悲しむジュリーに勇気を与えるために友人のキャリーが歌います。二度目は最後の場面で、ビリーとジュリーの娘であるルイーズ達の卒業式で反復されます。
 そのため、この曲は今でもアメリカの卒業式の定番として親しまれています。日本で言えば、3年B組金八先生のテーマ曲で、同じく卒業式の定番となった『贈る言葉』のようなものですね。


 ■ ジェリー&ザ・ペースメイカーズ

 この曲は多くの歌手によって歌い継がれ、名曲の仲間入りをしました。
 1945年、フランク・シナトラによって最初のチャート入りを果たしました。
 1950年には偉大なテノール歌手マリオ・ランツァが歌いました。
 1964年、パッティ・ラベルとブルーベルズによってチャート入り。
 1968年にはエルビス・プレスリーによってチャート入りしました。



 1960年代。
 イギリスでは、ビートルズ、ジェリー&ザ・ペースメイカーズ、サーチャーズなどのリバプール出身のロックバンドが成功を収めていました。日本では彼らの出身地名をとってリバプール・サウンドと呼んでいましたが、イギリス本国ではリバプールを流れるマージー川(またはリバプールを州都とするマージーサイド州)にちなんでマージービートと呼ばれています。ちなみに、リバプールの2大クラブ、リバプールFCとエバートンの試合がマージーサイド・ダービーと呼ばれるのは有名です。
 このジェリー&ザ・ペースメイカーズが1960年代初期にこの曲をカバーしました。それは1963年10月26日にイギリスのシングル・チャートで1に輝き、連続4週間1位の座にとどまりました。


Gerry & The Pacemakers - You'll Never Walk Alone

 ■ だから、君は独りぼっちじゃない

 ジェリー&ザ・ペースメイカーズの"You'll never walk alone."がイギリスで大ヒットする前年、1962年に行われたワールドカップ・チリ大会はイギリスのサッカーファンに衝撃を与えました。原因はペレ不在でも優勝したブラジルの強さやガリンシャの超絶テクニックではなく、ブラジルの観客の応援でした。彼らの応援はみんなで声を合わせ"BRA-ZIL - Cha, Cha, Cha"と叫んだり、サンバを歌う楽しげなもので、それまでのイギリスのサッカー観戦風景には無いものでした。



 リバプールFCのサポーターは早速この応援方法を取り入れ、"LIVER-POOL - clap, clap, clap"と叫び、拍手し、合唱するようになりました。最初に使われた曲は"When the Saints Go Marching In"(『聖者が町にやってくる』)で、観客はそれをもじって、"When The Reds..."と歌いました。いうまでもなく、"Reds"とはユニホームの色からつけられたリバプールFCの愛称です。
 やがてクラブ側も試合前に最新のヒット曲をホーム、アンフィールド・スタジアムのスピーカーから流すようになり、その放送に合わせて観客が歌うという応援スタイルができあがりました。

 1963年秋。
 アンフィールド・スタジアムでは最新のヒット曲であるジェリー&ザ・ペースメイカーズの"You'll never walk alone."が毎週流され、観客も地元のバンドのヒット曲を喜んで歌いました。

 ところが、ある土曜日の試合前のこと・・・

 観客達はいつものようにあの曲が流れてくるのを待っていましたが、いつまでたっても始まりません。
 原因は放送機材の故障でした。
 待ちきれなくなった観客達はついに自分たちだけで歌い出しました。
 これが、この曲が世界で最も有名なサッカーの応援歌となる始まりの瞬間です。
 やがてそれは習慣となり、伝統となっていきました。

 イギリスの偉大なプレーヤー、ケビン・キーガン(元イギリス代表監督)はリバプールFCに所属していた頃のことを、「サポーター達が歌う"You'll never walk alone."をピッチで聞くと涙があふれ勇気が湧いた」と述懐しています。

 その後、この曲はセルティック、アイルランド代表、イプスウィッチ・タウン、ラピド・ウィーン、フェイエノールト、アヤックス、ベンフィカ、FC東京などのサポーターにも歌われるようになりました。

 今日、この曲は、1クラブのたんなるサポーターズソングの枠を飛び越えて、世界中のフットボール狂の合言葉となっています。それは、「たとえ夢破れようと 希望を胸に抱いて行こう 君は独りぼっちじゃないんだ」というこの曲の歌詞が、11人が一つになって戦うサッカーというスポーツとサポーターの心情にマッチしているからと言われています。

 1950年代、当時下部リーグに低迷していたリバプールFCを立て直し、今日のビッグクラブの基盤を作ったのが名将ビル・シャンクリーです。
 1982年8月26日、前年9月29日に亡くなった名将を記念し、アンフィールド・スタジアム正門はシャンクリー門として生まれ変わりました。その頂にはサポーター達とクラブが一体であることを示すため、サポーター達の愛唱歌のタイトルが掲げられました。そのため、シャンクリー門は別名"You'll never walk alone."門とも呼ばれます。



 今日、リバプールFCのエンブレムは上部より、アンフィールドのシャンクリー門上部の門飾り、その下にサポーターのアンセムともなっている"You'll never walk alone."の文字が記されています。