続・八街祭礼のしおり

2004年から開催日が変更になります。

 2001年10月に「八街祭礼2001年のしおり」をウェブにUPしましたが、その後 見たり聞いたりした話や、その後 出版された冊子を参考に続編を書かせていただきます。

 2003年、図書館に行った時、「八街市三区の祭り」という冊子を偶然見つけ、「あったのか!」と驚きました。いままで八街祭礼の解説書が見当たらなかったのです。
 この冊子は発行日が2002年10月8日ですので、昨年の祭礼約1カ月前に発行されています。
 編集は「八街市三区祭礼委員会」で全48ページ。七つの区が執り行う八街祭礼の解説ではなく、その中の三区の祭りについて解説されています。
 この冊子を元に、三区を中心として、八街祭礼全体の沿革を探ってみましょう。
 ウェブ「八街祭礼2001年のしおり」と併読願います。

   毎年11月に行なわれる競演会



八街祭礼の沿革

 三区の冊子は祭礼経験者約8人が年代別に筆をとっています。冊子を元に祭礼の移り変わりを年表形式にまとめてみました。区の項に「三」と記したのは三区のみの出来事です。年表は他の書籍冊子と伝聞も参考にしました。

和暦年 西暦年 月 日 出  来  事
明治2 1869 5月25日   八街を含む1〜10の開墾入植地の字名(あざめい)が決定。
明治3 1870 4〜8月   4月、八街に第1団の入植者200人が到着。8月までに計1740人が到着。
明治3 1870     祠(ほこら)「氷川さま」を西村郡司が建てる。
明治5 1872 5月23日   八街神社」に改称。家の氏神から村の鎮守になる。
明治5 1872 11月2日   八街村が誕生。(それまで字八街だった)
明治6 1873     神官を招き、祭事を行なうこととした。
明治12 1879 10月   大宮の氷川神社(本社)から主典を迎え、遷座祭を行なう。
明治13 1880 11月
1〜3日
  第1回祭礼が開催。
◆ 1日(宵宮)、村人が総出で境内に大柱を立てる。家の神棚にお神酒。赤飯を炊く。晴天。
◆ 2日(本祭)、村長以下 村役場職員、氏子総代、児童たちが参拝。香取神宮の神官と船越県の県令を招待。
◆ 3日、小間子の鎮守前で競馬。夕刻に花火打ち上げ。(天長節(明治節)と八街神社例祭行事として)
大正12 1923 2月初午 三光稲荷神社に石の鳥居が完成し、大商店の店主が出身地・匝瑳郡の祭囃子連を頼み、商店の配達用牛車に祭屋台を乗せて八街神社まで牽いた。(八街村で最初の屋台巡行)
昭和6 1931   初めてお囃子会を結成。祭屋台を地元の大工達が作る。
昭和6 1931 11月
2〜3日
祭屋台を八街神社まで牽き回す。
昭和9頃 1934頃   八街十字路附近に櫓舞台が建ち、素人演芸や唄踊りで賑わった。露天商が出て、見物人も多かった。
昭和11頃 1936頃   子供達に太鼓をたたかせ祭屋台に乗せた。
  二区も祭屋台を買い、他からお囃子連を頼み、屋台を牽き回した。
太平洋戦争中は途絶えた。
昭和21 1946   壊れていた祭屋台を地元大工が修復した。
(一部が薪となり燃やされていた。屋根は榊の葉で覆い、使えるようにした)
屋台の前方に仮装行列が加わる。
昭和23 1948   子供の参加が100名を超え、盛大になった。
昭和24 1949     陸稲が大凶作で、三区も含め、屋台の牽き回しを中止。
昭和28 1953 10月 新しい屋台を建造。西村家寄贈のけやき材で造る。車輪は実住小校庭の樫の木。
昭和31 1956   屋台の牽き回しを中止。31〜32年 (経費がかかる為)
神輿を購入。(町の予算) その後、八街神社の神輿となる。
神輿のお囃子連は八日市場市田町。
昭和33 1958   屋台の牽き回しを再開。
昭和34 1959   青年団が解散して屋台の牽き回しを中止。
昭和35頃 1960頃   親子会が樽みこしを担ぐ。
親子会が子供用屋台を牽き回す。
昭和46 1971   屋台を八日市場から購入。
昭和47 1972   屋台の牽き回しが復活。
昭和50年代 1975頃
    7つの区が集い、競演会が始まる。
平成5頃〜 1993頃
  佐原から10名程が屋台運行の指導に来る。

 冊子の内容は三区について書かれています。三区には八街開祖の邸があり、区全体も「宮元」として八街神社と関係が深かったようです。率先して祭礼の発展に努めた様子が読み取れます。従って八街祭礼を三区から類推することになります。


 八街祭礼の変革点として次が挙げられます。(年表と重複)


  • 明治3年 家の氏神「氷川さま」を祀る。
  • 明治5年 村の鎮守「八街神社」に格上げ。
  • 明治6年 神官の祭事が始まる。
  • 明治13年 八街祭礼が始まる。参拝を主とした質素なもの。
  • 大正12年 八街初の屋台巡行。(2月、三区)
  • 昭和6年 祭礼に屋台巡行が始まる。
  • 昭和31年 神輿渡御が始まる。
  • 昭和50年代 競演会が始まる。

 このように歴史は明治初期から始まり、山車、屋台、神輿の使用は、かなり後になってからです。七つの区が足並みを揃えたのは競演会の誕生以降と想像されます。

 祭礼の根拠は、明治5年11月2日、字(あざ)八街が八街村に格上げ独立した記念と、無事に収穫が終わった感謝の秋祭りの意味があります。
 各区に縁が深い近郷で行なわれていた秋祭りを参考に、各区が別々の様式を採り入れ、競い合ったと考えられます。
 比較的新しいお祭りですから、八街祭礼は保存するものでなく、現在進行形で発展の余地がありそうです。



八街祭礼の日程と時間
●開催日の変更: 2003年までは毎年11月2〜3日に行なわれました。2004年以降は日程が変更になるようです。たとえば2004年は11月6〜7日に行なわれます。2005年以降は現時点では分かりません。観覧の際は事前にご確認願います。


 三区の勇壮な「三光回し」
八街祭礼マップ (主催区と神社の位置)

 山車と屋台、神輿の巡行渡御の時刻とルートは年によって異なるようです。
 祭礼の準備期間中、主催する各区では巡行路と時刻表を印刷して参加者に配布します。見学者は、これを入手するのが一番分かりやすいです。各区ごとに異なり、計7枚あるので揃えるのは大変ですから、観たい区だけの入手をおすすめします。
 祭礼期間中、主催する神社の境内や区の集会所に祭礼実行委員がおられるので、時刻表を見せてもらったり、入手を試みて下さい。

 祭礼全体の参考にはなりませんが、三区の時刻表の抜粋を以下に記させて頂きます。リーフレットでは更に詳しい場所と時刻のリストがあり、巡路図と一緒になっています。(平成12年分は冊子に複写されています。平成14年分は祭礼時に戴いたものです)

 三区の巡行時刻表 (例)
平成12年 山車・神輿巡路図 平成14年 山車進行順路・時間表 平成12年 山車・神輿巡路図 平成14年 山車進行順路・時間表
11月2日 (第1日目) 11月3日 (第2日目)
10:00 集合 12:00 集合 8:30 集合 10:00 集合
11:00 三区神社出発 13:00 三区神社出発 9:30 三区神社出発 11:00 三区神社出発
13:15 大東区コミュニティセンター 13:45 日向入口 11:00 一区神社 11:30 岡本おもちゃ前
15:20 二区神社 15:00 八街観光車庫 12:50

14:30
競演会(福祉センター) ◎ 13:00

14:30
競演会(市役所)
16:30 四区神社 16:15 県営住宅 16:05 角屋前 14:50 市役所出発 ◎
17:00 五区神社 18:10 三分団機庫 17:50 第一生命前 17:00 宮田商店前
18:45 県営住宅 19:35 JR八街駅前 ◎ 18:10 JR八街駅前 ◎ 20:00 JR八街駅前 ◎
20:45 八街十字路 ◎ 20:45 八街十字路 ◎ 20:45 八街十字路 ◎ 20:45 八街十字路 ◎
21:00 三区神社に戻る 21:00 三区神社に戻る 21:00 三区神社に戻る 21:00 三区神社に戻る
三区が年番区。区内の他に二、四、五、大東区を巡行。踊り11回。三光回し2回。 区内を巡行。踊り11回。三光回し2回。 三区が年番区。区内の他に一区を巡行。踊り13回。三光回し3回。 区内を巡行。踊り9回。三光回し3回。
 (踊りは表中の場所などで行なわれた。「三光回し」は表中の◎印の付いた場所などで行なわれた)


 第2日目の競演会には七つの区が集います。毎年ほぼ同じ時間割のようです。
 【競演会 時刻表】
開催日: 年により変わる。
場所: 八街市役所 敷地内 (八街市八街ほ35番地29)
行き方: JR総武本線 八街駅下車、駅の北口から降りる。徒歩約5分。
アクセシ  
ビリティー:
トイレは市役所内または会場の仮設トイレが使える。
駐車場は市役所とセンター敷地内にあるが、祭関係者の車が止まる。
入場開始 11:50  入場時は各区が祭行列で入ります。ここから楽しめます。
 ポスターに書かれている「開催13時」は開会の辞が始まる(正式な)開催時刻です。
 競演会のメインは各区がお囃子に合わせて踊る時です。区ごとに約3分の時間が割り当てられていますが、大勢が移動するので前後の時間がかかります。
 閉会の辞は14時30分頃行なわれますが、その後、各区がお囃子をまじえて祭行列で退場します。ここも見せ場です。 
全区入場完了
開会の辞などの開始
13:00
競演開始
(各区競演 3分ずつ)
13:30
退場開始 14:30
全区退場完了 15:15頃



八街祭礼の楽しみ方

 第1日目 (開催日は年毎に変わる)

 各区内を山車や屋台が巡行しています。午前中から回っている所もありますが、午後から見に行ったほうが確実のようです。(午前中は各区の神社などを見るのもよいでしょう。露天商が出ている神社もあります)

 七年に一度の大年番(おおねんばん)にあたる区は八街神社の神輿をかつぎます。
 それとは別に独自の神輿を持つ区もあります。
 通常、神輿は山車や屋台の後方について渡御します。神輿だけ別ルートを行く時もあります。

 屋台の前方には踊り子が大勢おり、区内の各所で止まって踊りを披露します。(1日に約10回)
 踊り子は区内の娘さんや子供たちです。区内で踊る時はリラックスしていたり、恥かしがったりして、競演会とは別の表情があります。

 祭行列の見つけ方ですが、各区で巡行路図と時刻表を見せてもらうと良いです。
 図表が手元にない時は、次のように祭行列を見つけています。

   主催区内を車で走っていると急に渋滞が始まります。
   その前方を屋台が巡行しています。
   渋滞が始まると30分は続くので抜けられません。
   渋滞しそうになったら、早めに近くのコンビニ等の駐車場にとめて、
   (コンビニ等で買い物をして)、歩いて渋滞の前方に向かいます。
   歩道の無いところが多いので、車に要注意です。

 JR八街駅南側の「けやきの森公園」沿いに露天商が沢山立ち並びます。
 子供連れだと、ここで長く時間を使えます。
 祭礼当日は公園の駐車場が利用できません。

 どの区も夜9時に巡行を終えるようです。屋台は各区の神社に戻ります。


 第2日目 (開催日は年毎に変わる)

 この日は午前中から各区で山車、屋台が巡行しています。

 祭礼最大のイベント「競演会」が一番の楽しみです。七つの区がお囃子踊りをかわるがわる披露します。山車と屋台も集結します。
 競演会は午後1時から八街市役所の敷地内で行なわれます。
 早めに着けば山車屋台を間近で見られます。(午前11時50分頃から先頭の区の入場が始まります)

 午後2時30分頃、競演会が終わると、各区の山車屋台が退場を開始します。これも見どころです。区毎に特徴のあるお囃子と掛け声で退場します。
 退場時に市役所正門 (年により保健福祉センター側の門) で、三区は「三光回し」(さんこうまわし)を披露します。六区は屋台の屋根に登って「餅まき」を行ないます。

 「三光回し」は、お囃子連を乗せたまま、若連が祭屋台を一気に回転させます。車輪がきしみ、地響きが立ち、勇壮なものです。市役所の他に、JR八街駅前、八街十字路などで行なわれます。(前項参照)

 「餅まき」は、屋台の屋根から紅白一対の餅を沢山まきます。これを拾うと縁起が良いとされています。
 この時、大勢の観客が、飛んでくる餅を受け取ろうと前後左右に大きくうねります。初めて観に来た方は、うっかり倒れないように充分お気を付け下さい。乳児を抱いていて反動で飛ばされたら大変です。お子様連れの方は離れて観たほうがよいです。地元の人達は足腰が強いので、うねり方が強く大きいのです。餅まきは突然始まるので注意して下さい。

恒例、六区の「餅まき」

 競演会が終わると、また各区に戻って、夜まで区内を巡ります。
 祭行列は昼と夜で違った姿を見せてくれます。夜は屋台の提灯に明かりをともして幻想的です。
 各区とも、お囃子のレパートリーは多く、巡行のときはゆったりした曲調で、競演会とは違った趣きがあります。

祭行列の模式図 (三区の例)

 この日も夜9時に山車屋台が各区の神社に戻ります。9時少し前、各区とも、神社か神社の近くの広場で最後の踊りを披露しますが、この時は最後とばかりに熱がこもります。

 八街祭礼は七つの区が身内で行なうもので、区外や市外の観客にサービスする種類の祭りではないようです。(競演会は別)



エピソード

 ☆ハッピの背中のマーク「三番」「四番」・・は、それぞれ三区、四区・・を現します。明治初期、八街に入植した人達の開墾会社に番号が付いており、一番会社から六番会社までありました。ほとんどが現在の区域と同じです。(六番だけ異なる) 入植者は各々の会社に属し、競い合うように開拓を進めました。今でもバス停に「二番」「四番」「五番」「六番」の名が残ります。八街は開墾により誕生した地域なので、開墾初期がビッグバンのように大きなインパクトになっています。

 ☆六区の屋台はユニークな回転式です。中心に軸があり、下部の台車と上部のお囃子連が乗る部分が別々に動くのです。グルグル回ります。区内の大工さんが制作しました。メリットは、狭い道を行く時、上部と下部を微妙にスライドさせると、電柱や木などをすり抜けられるのだそうです。また、お囃子の響きが場所ごとに最適になるように回転させるそうです。

 ☆平成14年(2002年)から「八街秋祭り」と呼び方を変えました。いままでは「八街祭礼」「八街神社大祭」と呼んでおり、正式には「八街神社秋季例大祭」でした。なぜ呼び方を変えたかですが、神社のイメージを少なくして宗教の違いに関わらず参加できるようにと、そして宗教性を取り払えば市からの補助も期待できるからとのことです。ただし現行の方法では、八街神社の神輿を担ぐ神事などの矛盾も生じるので、この先、検討を要するとのことです。

 ☆祭礼には多くの経費を使います。1回の祭りで1つの区あたり300万円以上かかり、7年に1度の年番区(ねんばんく)にあたると450〜550万円はかかるそうです。

 ☆寄付金は区内の商店や個人から集めます。商店は快く出してくれるけど、個人は年々難しくなっているようです。年番区だけは他区に越境して集めて良い決まりです。年番区の祭行列は他区をまわりますが、その時、白い御幣を持った御祓い役が二人程おられます。この方達が他区から寄付をいただく役です。でも難しいときもあるようです。



参考資料

 年代による出来事、巡行時刻表、競演会の時刻、祭行列の模式図は、冊子「八街市三区の祭り」を参考にさせて戴きました。コピーではなく自分なりに理解した上で要約の形をとらせていただいております。
八街市三区の祭り 平成14年10月8日発行 八街市三区祭礼委員会編集

 年表で明治期の部分は次の書籍冊子も参照させていただきました。
西村郡司の略歴と業績 平成13年11月3日(発行) 竹内繁編集
八街市史研究 創刊号 平成6年11月2日 八街市史研究会編集 八街市発行
八街町史 昭和49年7月31日 八街町史編纂委員会編集 八街町(現市)発行

 エピソードは各区、特に五区、六区の皆様にお話をうかがいました。

 皆様にあらためて感謝申し上げます。
 文中に誤解があればご指摘頂けると幸いです。
 また、削除したほうがよい部分はご連絡下さい。
 これからもよろしくご指導の程お願い申し上げます。



ご注意

 このページは2002年までの祭礼について解説させて戴きました。(2004年10月改訂)
 開催時刻など将来変更になる可能性もあります。ご観覧の折には事前に日時と場所をご確認願います。

 祭礼の運営には年番区を中心に祭礼実行委員会が組織されます。最新の情報はここに問い合わせるのが確実です。

 このページは市内在住の一般観覧者がまとめたものです。(祭礼関係者ではありません)
西暦年 開催日 年番区
2002 11月2〜3日 五区
2003 11月2〜3日 六区
2004 11月6〜7日 大東区
2005   一区
2006   二区
2007   三区
2008   四区
               (予定)

 コンテンツ制作: 2003年4月  保地
           2004年10月9日 改訂版


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