もう一つの八街祭礼

(共催区 2001年)

 毎年11月2〜3日は八街神社を中心に計7つの神社が神輿と山車を繰り広げ、華やかなお囃子と踊りの競演会が催されます。これを「八街神社大祭」あるいは「八街祭礼」と呼んでいます。
 同じ11月2〜3日に八街市内の各所でも祭礼が行われます。八街神社の遥拝所であったり、別の起源を持つ神社だったりします。
 あるいは、これらを総称して「八街祭礼」とする場合もありそうです。
 2001年11月2〜3日、大祭に共催する各区の神社をまわってみました。



七区 笠間稲荷神社 八街に291





 幟(のぼり)と国旗を立て、鳥居には「御祭禮」と書かれた行灯(あんどん)と花飾り。
 子供みこしが区内を練り歩きます。トラックに飾り付けした即席の屋台が続きます。途中の広場(駐車場)で大人も入り踊ります。
 2001/11/3撮影


真井原区 氷川神社 八街ろ167−9





 社の拝殿には色々な野菜を描いた行灯をかけます。
 以前は賑やかだったけれど、ここ1〜2年は質素になったそうです。
 昔は、鳥居に竹で組んだ行灯を沢山ぶらさげ、太鼓をたたき、おこもりがあり、ずっと盛大だったそうです。
 2001/11/2撮影


西林区 氷川神社 八街ろ59−5




 2日に神主が祝詞(のりと)を上げたそうです。
 子供みこしは、本年は夏祭りと一緒に行ったそうです。
 2001/11/2撮影


夕日丘区 氷川神社 八街い207−1 (松林)




  (境内の妙見宮)


 なぜか手持ちの地図3冊に この神社が載っておらず、祭礼当日のがしてしまいました。写真は11月5日です。公民館松林分館の隣にあります。
 祭礼当日は五区の山車が隣接する公園まで来て賑やかだったそうです。
 祭礼に合わせて鳥居を造りなおし、とても見栄えのする神社になったと地元の人が話してくれました。鳥居には「平成十三年十一月吉日 松林第一町内会 建立」と彫られています。新しい立派な鳥居はすがすがしく感じられました。
 2001/11/5撮影 


夕日丘区 氷川神社 八街い55−5 (猿ヶ久保)





 地図にも「神田神社」で載っています。
 神社横の集会場に町内の人達が7〜8人おられ、詳しく教えていただきました。
 祭礼には幟(のぼり)を立て、鳥居に「御祭礼」の行灯(あんどん)をさげます。
 社のまわりにも約10基の手書き彩色の行灯を立てます。
 神主が拝殿で祝詞(のりと)をあげ、玉串(たまぐし)を捧げます。
 




 11月1日を よいまち、2日を ほんまち、3日を あがりまち と呼び、この期間 町内の人達は24時間 集会場につめています。
 地区のお祭りなのでいつまでも続けていくと話しておられ、力強さが感じられました。
 2001/11/2撮影
 


夕日丘区 氷川神社 八街い114 (坂江)





 新住宅地に囲まれた小奇麗な社。
 鳥居に「御神燈」の提灯が2つ。
 楽しそうなカラオケが聞こえてきました。隣接する集会所に「坂江カラオケまつり」の立看板。
 地区のつながりを重視し、祭礼期間中、坂江の全域から集まって、カラオケを現代の行事としているそうです。
 年中の行事には、地区民は必ず神社にお参りすると話して下さいました。
 2001/11/2撮影


 お祭りの様子は、実際に見たり、神社の近くにおられた方々にお聞きしました。私の聞き方のせいで、神社により説明文にばらつきがありますが、どうかご了承願います。
 おそらく どの神社でも神主の儀式は続いていると想像します。しかし神社の違いにより、目で見たお祭りの印象はさまざまでした。
 連綿と昔からの行事を執行する区、周囲の移り変わりと共に新しい行事に移行した区、質素なままお祭りの期間を過ごす区など...
 どの神社にも隣接して地区の集会場がありますが、中が賑やかな所と、ひっそりしている所に分かれていました。
 旧家と新住宅地が疎遠になっており、祭りの準備がし辛いというお話を古老からうかがいました。
 開催期間に市民文化祭や地元高校の文化祭が重なるため、人手が分散しているようにも思えます。
 来年、再来年はどうなるでしょう。心配でもあり、楽しみでもあります ...


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