誤解と偏見の海をゆく

2001/08/12 日曜日

DMをめぐる誤解と偏見

「糖尿病」・・・このネーミングが生む誤解
空腹時の血糖値だけではわからない
太った人がなる、という誤解
糖尿病は遺伝する・・・言葉足らずの警告
インスリンを使うようになったらお終い、という誤解
NIDDMの落とし穴
「生活習慣病」という名が生み出す偏見
自業自得と言うなかれ
贅沢病?・・・時代と地域で変わる贅沢

「糖尿病」・・・このネーミングが生む誤解

糖尿病とは尿に糖が出てくる病気である。そう思っている人は多いと思います。
尿糖が検出されるのは、確かに糖尿病の症状の一つではあります。
しかし、尿糖が検出されたからといって必ず糖尿病であるとは言いきれません。
他の病気や薬によって、一時的に出ている場合もあるからです。
そしてまた、尿糖が検出されないから糖尿病ではないとも言いきれません。
発症していても血糖値が尿糖が出る閾値に達していないことがあるからです。

尿検査をパスしたから大丈夫だとは言いきれません。

腎臓は、体に溜まった老廃物を尿として体外に排出します。
糸球体という部分で要不要にかかわらず濾過し、必要な成分だけ尿細管から再吸収するというシステムです。
ブドウ糖は糸球体で尿中に排出されますが、そほとんどが尿細管で再吸収されるため、普通は尿中には出てきません。しかし、再吸収には限度(最大再吸収能)があり、血糖値がその限度を超えた場合に尿糖が出現します。
通常、最大再吸収能の血糖値(尿糖排泄閾値)は、170mg/dlくらいですので、糖尿病患者の多くは食後の尿糖が陽性になることが多いのですが、大変個人差が大きいため、血糖値が高くとも、尿糖は陰性の場合もあり得ます。

また、糸球体での濾過率が低下した場合も尿中に出ていくブドウ糖量は少なくなりますので、尿糖が出にくくなります。
一般に高齢者は糸球体濾過率が低下するのに伴い尿糖排泄閾値が上昇しますから、尿糖が出にくくなります。

空腹時の血糖値だけではわからない

健康診断を定期的に受けているから大丈夫、という人があります。しかし、人間ドックで徹底的に調べているのならまだしも、通り一遍の検診の場合は、空腹時の血液検査だけというのが普通です。血糖値だけでなくいろいろな検査を一緒にするためだとは思いますが。

空腹時の血糖値が低いのは当然です。DM患者でも初期の場合は空腹時血糖は正常域(70〜110未満)に収まっていることがよくあります。ですから食後2時間の血糖値も正常(160以下)でないと、DMではないと断言できないのです。食後2時間の血糖値が200以上あれば糖尿病と診断されますが、400近くあっても、自覚症状はほとんど出ません。

空腹持の血糖が50〜60まで下がっている場合も要注意です。糖尿病になりかけているのかもしれません。糖尿病になりかけているとき、膵臓からインスリンが過剰に出ていることがあって、そのために低血糖状態になっていることもあります。

DMの診断には、ブドウ糖負荷試験というものが用いられています。

太った人がなる、という誤解

確かに肥満した人のほうがリスクは高いです。
しかし、痩せた人でも発症します。IDDMは特にその傾向が強いです。

肥満のないNIDDM患者もいます。肥満でない人のDMの原因は、インスリン分泌の低下です。ある年齢になると、インスリン分泌が何らかの原因によって低下してしまうのです。

日本人は欧米人に比較して、もともと遺伝的にインスリンの分泌が弱い民族であるようで、日本人にはこのような非肥満タイプのDMが多いのです。

痩せているから安心とは言いきれません。

糖尿病は遺伝する・・・言葉足らずの警告

親が糖尿病だった。糖尿病は遺伝するそうだから、自分もそのうち糖尿病になるだろう。糖尿病になったら食べられなくなるから、今のうちに美味しいものをたくさん食べておかないと損だ。

そう言って、グルメに励む方がおられます。

確かに遺伝は、肥満、運動不足、ストレスと並んで、発症原因の1つに数えられています。しかし、ここで気をつけたいのは、遺伝するのは病気そのものではない、ということです。
糖尿病になりやすい体質が遺伝している
、というのが正しい言い方です。
生活態度に注意すれば、一生無縁であることも可能なのです。それを自分から病気になるような真似をするのは、愚かとしか言い様がありません。

糖尿病になりやすい家系というのは、なりやすい食習慣も受け継いでいるのではないでしょうか? 慣れ親しんだ食習慣を見直してみることも必要だと思います。

なお、遺伝が発症要因の1つとされているのは2型糖尿病であって、1型糖尿病は遺伝とは無関係です。

インスリンを使うようになったらお終い、という誤解

1921年のインスリンの発見は、DM患者にとって福音でした。特にIDDMの方にとっては命の綱といってもよいでしょう。しかし、NIDDM患者の中には、インスリンを使うことを拒否される方が少なくありません。インスリンは末期患者のもの、というイメージを持っておられるのです。

最新の治療では、NIDDMでも初期の段階でインスリンを使って膵臓の機能を温存するという方法があります。インスリンで血糖値をある程度下げてから経口剤に移行する、というやり方です。

インスリンを使うと膵臓がインスリンを分泌しなくなると考える方がいますが、それは間違いであることが最近の研究でわかってきました。

NIDDM(2型糖尿病)の落とし穴

NIDDMはインスリンの自己注射が必要なIDDMと違い、食事療法と運動療法だけでコントロールが可能な人もあります。これはとても恵まれた状態と言うべきでしょう。
ところが、この恵まれた状態が、逆にNIDDMのコントロール不良を生み出す原因となることがあります。

注射の必要もなく、飲み薬も使わず、ただ食事療法と運動療法だけで血糖値が正常になると、最初からこれといって自覚症状もないため、病気の自覚が持ちにくくなるという側面があります。
毎月病院へ通って採血し、結果はいつも良好で、発病前と何ら変わりがないとなると、病気であることを意識し続けるのが難しくなります。すると自然と病院から足が遠のき、やがては食事療法も緩んで、コントロールを悪化させてしまうことがあります。

合併症を起こして後悔することのないよう、病気の自覚を持ち続けてください。

「生活習慣病」という名が生み出す偏見

「糖尿病は生活習慣病である」と言われています。これは、かつての「成人病」という言い方よりもひどい表現です。なぜなら、「習慣」というよりは「環境」がもたらすものだからです。

「習慣」は自分の意志で変えることが可能です。しかし「環境」は、自分一人の力で変えられるものと変えられないものがあります。現代の飽食と利便に満ちた生活は環境であると言えます。飢える必要のない時代にわざわざ飢えを選ぶ人は病的なダイエットマニアぐらいでしょう。洗濯機を使わずに盥で洗濯し、あらゆる場所へ荷物を背負って歩いて行く人はよほどの暇人です。

退社後に飲み会に誘われれば、いつも断ってばかりというわけにもいきません。奥さんの手料理が高カロリーなものばかりということもあるでしょう。これらはみな自分の意志で変えられるとは限らないものです。社会全体が健全な生活というものにシフトしないことには、自分1人でできることには限りがあります。

そういう環境であっても、「生活習慣病」という名前のせいで、世間にはDM患者を自業自得というふうに見る人がいます。そして自分の健康管理もできなかった意志薄弱な人間と決め付けるのです。
この偏見が怖くて、自分がDMであることを公表できない人はたくさんいます。高血糖昏睡や低血糖昏睡の危険があるのにです。

「贅沢のし過ぎでしょ」

「甘いものばっかり食べたんでしょ」

あなたの一言がDM患者の心をえぐっているかもしれません。心無い言葉に傷ついて、病気のコントロールに意欲を失ってしまう患者もいます。コントロールに失敗すれば、恐ろしい合併症が待ち構えているのです。

自業自得と言うなかれ

生活習慣病とされる病気は糖尿病だけではありません。
癌や高血圧なども生活習慣病とされています。それなのに、糖尿病を呼ぶときにだけ、マイナスのイメージがつきまといます。それは、過去の贅沢病のイメージに引きずられるからだと思われます。

残念なことに、1型糖尿病の方の中にも、同じような偏見を持つ人がおられます。2型は不真面目だ、自業自得だ、と。

本当にそうなのでしょうか?

1型糖尿病の多くは若いうちに急激な症状を伴って発病しますが、2型は自覚症状もなく静かに進行します。網膜症や神経障害などが現れてから、初めて高血糖を指摘される人も少なくありません。気がついたときには既に合併症になってしまっている。そんな人もいるのです。

また、社会における糖尿病についての知識と関心の薄さ、ファーストフードの流行、グルメをもてはやしてきた昨今の風潮などを考えると、個人の生活習慣にのみ原因を求めるのは酷というものでしょう。

贅沢病?・・・時代と地域によって変わる贅沢

糖尿病であると言うと、贅沢のし過ぎだと決めつける人がいます。
でも、何が贅沢なのか、はっきりと指摘することのできる人はいません。

毎日美食に明け暮れていた糖尿病患者というのは、ほとんどいないと思います。また、美食、飽食の限りを尽くしていても、ならない人もいます。
食べ物が不足がちな時代にあっては、飢えることのない暮しというのは、確かに贅沢と言えます。
しかし、現代の日本で、毎日十分に食べることが贅沢なのでしょうか?
食卓に肉や魚が毎日並ぶことが贅沢なのでしょうか?
それは日本のほとんどの家庭にあてはまることです。
運良く糖尿病にならなかった人も、同じ贅沢をしていることでしょう。

2型糖尿病が増え続けている最大の原因は、生活の急激な変化にあると思われます。
摂取カロリーの増加と動物性脂肪の過剰、伝統的な食習慣の崩壊と偏った食生活の増加、交通機関の発達や機械化による社会生活の利便化と運動の機会の減少。
単純に贅沢をしたからだと決めつけるのは、患者を苦しめるだけで、何の解決にもなりません。

「贅沢」という言葉を辞書で引くと、「衣食住や趣味、娯楽などに必要以上にお金や時間や人手をかけること」と「分不相応なこと」という2つの意味が書かれています。
贅沢の定義は、時代と地域で変わるものだと思います。
現代の日本では、家庭において、栄養バランスの取れた食事を家族揃って楽しく食べられることこそ、最高の贅沢ではないでしょうか?
そして、それこそが、私たちが本当に必要とする贅沢なのです。

 
DM(高血糖症)とは   ホームへ戻る