天狗道

「天狗」とは、現世において知識だけを追い求め精神的な修行を怠った者が変化したものであるとされ、仏教世界の六道(地獄道、餓鬼道、阿修羅道、畜生道、人間道、天道)に属さない天狗道に墜ちたものを言います。知者であり仏法にすぐれている「天狗」は、それ故人間道に残れず、地獄/餓鬼/阿修羅/畜生道には墜ちない。しかし無道心ゆえ天道にもあがれない。結果、天狗道に落ち輪廻から見放されてしまう訳です。
                                       平田篤胤氏考

 膨大な知識ゆえに「天狗」になってしまった者にとり、天狗道から抜け出す唯一の方法を、その知識を誰かに渡してしまうことで六道へ戻ることができるのだと、それ故「天狗」は色々と物事を教えてくれるのです。
                                        荒俣宏氏考

 このように仏教の教えには「天狗道」は無く、はみ出した者を「天狗」と言って恐れ戦く者として片付けています。この裏側には、「天狗」を追放して仏教を民衆支配の道具にしようとした当時の支配階級の策略がみてとれます。ある意味では外来の新興宗教の仏教に対する、日本古来からの神々を象徴するものが「天狗」だったのかもしれませんね。

天狗の始め

 「天狗」は元来は中国の物怪で、流星または彗星の尾の流れる様子を差したり、中国の奇書『山海経』西山経3巻の章莪山の項に、「獣あり。その状狸(山猫を指すと考えられる)の如く、白い首、名は天狗。その声は榴榴の様。凶をふせぐによろし」とあるように天狐、アナグマに例えられた。
 日本では「日本書紀」の舒明天皇の9年(634年)に大きな星が東から西に流れ、雷に似た音がしたのを僧旻が、「流星にあらず、これ天狗アマキツネなり」と言ったという記録が残っており、これが天狗の初見であるとされます。この舒明天皇9年という時期は大化の改新前夜で旱魃があり日食がありと、色々な異変が起きている時で、そういった怪異のひとつとして天狗が登場しています。役小角が活躍するのもこの時代(7世紀)であり、中国文化の影響で日本の文化が急速に発展した時代でもあります。

一般的な天狗

 天狗を妖怪に位置付けるか神に位置付けるかにより解釈は代わりますが、妖怪と位置付けた場合「河童」は川に、山には「天狗」と言うのが普通でしょうか。その顔は赤く、鼻は異様に高く、一本歯の高下駄を履き、手には葉っぱの様な団扇を持ち、山伏の装いが一般的な「天狗」のイメージです。

 この「天狗」のイメージは、新湊の獅子舞関係者にとって(だけとは限らないと思いますが・・)あまりにもかけはなれています。当地の獅子舞に登場する「天狗」の容貌は上記に同じですが、衣装などは全く違い、ましてや妖怪とは受け入れがたいものです。神としての位置付けはまだ理解できますが、どちらかと言えば神と人間の中間のようなイメージです。

※妖怪とはあまりにも「水木しげる」氏の確立した固定観念に捕らわれているのかもしれません。「宮崎駿夫」氏の世界に登場する妖怪(=神)と理解すれば良いのかもしれません。


(大辞林)より
(1)日本固有の山の神の一。また、鳶や烏と関係の深い妖怪の一。修験道の影響を受け山伏姿で鼻が高く赤ら顔、手足の爪が長くて翼があり、金剛杖・太刀・羽団扇をもつ。神通力があり、飛翔自在という。仏道を妨げる魔性と解されることもある。
(2)〔天狗は鼻が高いことから〕自慢すること。高慢なこと。また、その人。   「―になる」
(3)「天狗星(てんぐせい)」に同じ。

 天 狗 
一般的な天狗のイメージ
江戸時代に書かれた「天狗五態図」が基になっていると思われる。
獅子舞に登場する天狗(江柱町)
怖いと言うよりも勇壮さを表現

フリー百科事典『ウィキペディア (Wikipedia)』より

六道
(ろくどう、りくどう)は、仏教用語で6種類の世界のこと。

この世に生を受けた迷いのある生命は死後、浄土ではなく、生前の罪により、地獄道(じごくどう)、餓鬼道(がきどう)、畜生道(ちくしょうどう)、修羅道(しゅらどう)、人間道(にんげんどう)、天道(てんどう)の6つのいずれかに転生し、この六道で生死を繰り返す(六道輪廻)と言われている。たとえ天道であっても、苦しみの輪廻する世界を脱することはせず、永遠不滅の世界が仏界であるとされる。

ただし初期仏教の時代は五趣として、修羅(阿修羅)はなく、大乗仏教になってから六道となった。これらを一括して五趣六道という。

天道 神々の世界であるが、苦しみの輪廻する世界を脱することは出来ない。神々も日々悩みもがいている。
人間道 この世の中、ある意味では畜生から地獄まで含まれた世界か?
畜生道 人間以外の動物の世界。本能の赴くままに行動すること。
阿修羅道 争いの耐えない世界、状況を阿修羅、修羅と呼ぶ
 阿修羅とは梵語「asura」の音写。古代インドの魔神アスラが仏教に取り入れられた。帝釈天と戦争をするが、常に負ける存在。
餓鬼道

生前に贅沢をした者が餓鬼道に落ちるとされている。
餓鬼は常に飢えと乾きに苦しみ、決して満たされる事がないとされる。

地獄道

日本仏教で信じられている処に寄れば、死後、人間は三途の川を渡り、閻魔大王の裁きを受け、罪のあるものは地獄に落とされる。地獄にはその罪の重さによって服役すべき場所が決まっており、焦熱地獄、極寒地獄、賽の河原、阿鼻地獄、叫喚地獄などがあるという。そして服役期間を終えたものは輪廻転生によって、再びこの世界に生まれ変わるとされる。

天狗と呼ばれている者

天魔雄命・・・・・・・須佐之男神の猛気が飛び出して生まれた姫神が元祖でこの姫神の息子

猿田彦大神・・・・・天狗面をした猿田彦命は天狗のもつ神通力にも似た力で、天孫神の案内役としての役割を果                  したといわれてます。
              故手塚治虫氏の「火の鳥」黎明編に登場する猿田彦は大きな鼻が特徴です。
            また猿田彦神は天狗に、天宇受売神はお多福になったという説もあります。

日羅・・・・・・・・・・聖徳太子の恩師、八天狗の筆頭で全国愛宕社約800社に祭られている愛宕山太郎坊か?

役小角・・・・・・・・修験道の開祖、法起坊と言う狗名がある。

カルラ天・・・・・・・・インドの神、くちばしをもち、翼によって自由自在に飛行し、衆生の救済をすると言われている。
           ※定説ではないが烏天狗の原型か?

 山岳信仰の対象であった「天狗」が何故新湊(漁師町)に根付いたのかと言う疑問が有りますが、これは当地への獅子舞の伝承、及び日本の神々と仏教伝来の関係など様々な要素が絡み合い複雑に構成されているように思われます。