三直(みのう)遺跡見学会

 2000/12/09、君津市三直遺跡の見学会がありました。(主催:財団法人 千葉県文化財センター)

 三直遺跡は縄文中期終わり〜晩期始めの遺跡です。畑沢川と小糸川の分水嶺といえる丘にある遺跡です(註1)。小規模な貝層を伴うことから、三直貝塚とも呼ばれています。
 遺跡のある丘の北東には小川が流れています。縄文時代、この川の流量は多く、丸木舟で約7kmはなれた海浜に行き、海産物を採取したと思われます。
 ”なぜ流量が多かったのでしょう?”。それは、うっそうとした森が広がっていたためです(うそではありません)。森がいろいろな形で水を蓄え、川に豊な水量を供給していたのです(註2)。縄文中期〜後期の気温は現在とそれほど変わらなく、降水量も同じ程度であったと考えられます。
 三直遺跡近辺の住居に住んでいた縄文人は、森で動物や植物を狩猟/採取して生活していたと想像されます。大型貝塚がないことから、海に行く頻度は千葉市の縄文人より少なかったようです。

環状盛土:丘にある三直遺跡は、直径約30mの盛土(註3)に囲まれています。盛土に囲まれた領域には、ただの広場があります。竪穴式住居もありますが、盛土が作られた時代とは異なる時期の住居のようです。ちょうど、千葉市に多く存在する貝塚と同様に、周りが(盛土によって)高く、中央部がくぼんでいる地形です。貝層の代わりに、土で囲み、何かを行った広場がある遺跡と想像します。

大型住居:丘の南東端には、比較的大きな住居遺跡(集会所?特別なことを行うための建物?)があります。何回も立て直されていることから、多くの柱の穴があります。建物の形は方形に近いものです。通常の住居の大黒柱は4本ですが、この建物の大黒柱は5本とのことです。出入り口は3回作り直されています。全て、北向きまたは北西向きで、広場の中心方向に出入り口があります。

     
左:遺構があります。
 
右:多くの竪穴式住居の跡があります。同じ所に何回も建て直されています。竪穴の深さは20〜40cmです(註4)。
     

註1標高99m、畑沢川水系小川が作る谷との比高(比較した高さ)は約35mです。千葉の遺跡としては標高が高い所にある遺跡です。ここから房総半島の南をよく見ることができます。

註2:@木そのものに水が蓄えられます。A木の葉が落ち、重なった枯葉に水が蓄積されます。B枯葉が腐葉土になります。この土は水を蓄えやすい土です。C木が地面に直射日光を当てることを妨げ、地面から水が蒸発することを防ぎます。D森には下草が生え、木と同じように地面から水が蒸発することを防ぎます。広い原生林がある台地の端に、貝塚などの縄文時代の遺跡がありますが、台地から浅い谷におりて行くと、湧き水があります。そんな湧き水があるところの近くに縄文人は住みました。 三直遺跡の場合、畑沢川水系や小糸川水系の川におりて行く途中に、湧き水があったと想像します。

註3:盛土部分から、硬質ヒスイの小玉が出土しています。北陸から何らかのルートを通って、千葉まで宝石が来ています。 どうしてここにヒスイがあるのでしょう?@ヒスイが歩いてきた:これはないでしょう。A関東地方のどこかに市場か問屋さんがあった:一般的に考えられることですが、どこか判っていません。B富山の薬屋さんが売り歩いていた:考えられることです。  北陸・糸魚川で採取されたヒスイがどのようにして日本中で使われるようになったか、想像してみましょう。
硬質ヒスイは硬く、そこらへんにある石をキリの形にして穴を開けようとしても、穴は開きません。どうやって穴を開けたか、考えた学者さんがいます。細い篠ダケで筒を作り、その中にコランダム(硬度9)の砂を入れて、キリで穴を開けるように回転させると、ヒスイに穴が開きます。ただ、時間が長くかかります。縄文人は同様な方法で、ほかの宝石や縫い針に穴を開けたそうです。

註4:千葉県の縄文後期の竪穴式住居は、深さが20〜40cmのものが多く、12/9の説明でも中期はやや深かったが、後期晩期の住居は浅かったという説明がありました。小輩は、表土がなくなったのでは?と考えています。竪穴式住居は深い竪穴であるからこそ、住みやすいと考えています。後期晩期の気温が高かったわけではありません。「千葉市の貝塚」に書いてあるところがあるので、見てください(下線の部分をクリックするとリンクします)。台風が来て、水浸しになったことがあるのかとも考えますが、不思議です。

註5:三直遺跡には貝層が少なく、人骨が発掘されていないため、人骨を参考にして縄文時代の生活を考察することができないとの話が説明係りの人からありました。しかし、土壌に残っている脂肪酸(油のもとになるもの)を分析すれば、判る可能性があるとのことです。ただ、考古学の脂肪酸分析は帯広畜産大学の先生しかやっていないので、なかなかわからないだろうなあ とのことです。??

 

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12/9、家の西にある もみじ。霜でたくさんの葉が落ちました。この写真を注意して見ると、落ちていく赤い葉が見えるかもしれません。
12/10朝には、木のすべての葉が褐色になっていました。12/9にこの写真を撮った時は、燃えるような赤色だったのに。
自然は不思議です。