加曾利貝塚(かそり かいづか)

 

左:加曾利貝塚公園の入口です。加曾利北貝塚の部分です。ちょっと変わった加曽利貝塚公園の見かたをしてみましょう。この公園の木は、公園の東の谷で採取された縄文時代の花粉の観察結果ををもとに植えられた木です。エノキ、トチノ木、ブナ、ハンの木などです。
 

右:加曾利南貝塚です。加曾利貝塚は、北貝塚と南貝塚がつながっていて、8の字の貝塚になっています。

左:貝塚の貝層の断面を観察するための設備です。断面を壊さないための装置が工夫されています。
 
右:断面が観察できます。日本唯一の断面が観察できる設備です(2000/10 現在)
左:北貝塚の貝層の下には住居跡があります。断面観察設備の中に、発掘した時のままの住居跡を展示しています。湿度を一定に保つ装置や、土の表面がかわかないようにするための薬品が ためされています。
 
右:住居跡はいくつも重なっています。住居は10〜20年使用した後、新しい住居を前の住居のそばに作っています。これらの住居跡のくぼみに貝がらを捨てることに始まり、貝塚ができました。貝塚の貝がある所は、住みやすい場所だったのです。
     

2000/7/1、加曾利貝塚を見学している人たちがいました。加曾利貝塚博物館の学芸員の人が、その人たちを引き連れて、説明していました。
60才を過ぎても勉強している人たちがいました。

1924年、東京大学人類学教室が加曽利貝塚の貝層部にA・B・C・D・Eの5地点を設けて、発掘しました。
その結果、南貝塚北西部のB地点で、新しいタイプの土器が発見され、それが「加曹利B式土器」と名づけられました。
このときE地点で、発見きれた加曽利E式土器」とともに、縄文土器の型式の基準となりました。

「縄文時代のお祭り」

1973年、博物館の東の斜面を調査した結果、傾斜する地形を人為的にけずりテラス状の平坦面がつくられ、そこに巨大な竪穴式住居の跡があることががわかりました。

この巨大な竪穴式住居跡は、長軸19m、短軸16mの楕円形をしています。その壁ぎわには細い溝と無数の小さい穴が開けられ、床面には柱穴の列が四重にめぐっています。
この住居跡からは生活用具は出土せず、祭祀用と思われる石棒や異形土器が出土しました。このことから、この竪穴式住居跡は、お祭りなどの行事をおこなう特殊な施設であったと考えられています。

野生植物

 加曽利貝塚の東斜面には食用になるナンテンハギ・アマドコロ・ノビル、薬草になるオミナエシ・オトギリソウ・クララなど、貴重な植物が遺跡とともに保存されています。小さな花が咲いています。

右:南貝塚東の散策路の足元には、野イチゴがいっぱいあります(5月末)。

     

2001/9/8、土器づくりをやっていました。 9/8は「みがき」の段階でした。

土器は次のようにして作ります。
@粘土をこねる。
A粘土のヒモを重ねて土器の形を作る。
B1週間乾燥させ、なま乾きのところで、ハマグリの貝がらやシカの角で土器をよくみがく。
Cさらに1〜2週間乾燥させて、土器を野焼きする。

千葉市が主催する土器づくりが行なわれていますが、同時に縄文式土器に関する研究を行なっているグループも土器を作っていました。土器づくりで「みがき」は一番大切な作業です。

もう少し知りたい時は、HP「千葉市の貝塚」の土器づくりのページを参考にして下さい。

 

2001/9/29に焼成をしていました。

← たき火をして、その周りに土器を置き、乾燥させ、火を燃やすのを止めて、置き火に土器を置きます。

 → タキギを置いて火をつけます。焼成の時間は30分程度。

← 昼食時に復元縄文式土器で野菜が豊富に入ったアサリ汁を作っていました。この土器の内面のみがきはすごい。

 → 縄文式土器でお湯をわかしています。土器をタキギの火で加熱し、あつくなった土器に水を加えてお湯をわかしています。

 

 

9/29、土器づくりに来た人が小さな山グリをひろってきて、アルミホイルに包んで焼いていました。「マテバシイも同じようにして食べれますよ」と教えてあげました。マテバシイは比較的大きくて、アクが少ないドングリです。加曽利貝塚公園には、縄文時代にここらへんに生えていた木を選んで植えています。木の名前を書いたプレートが木につけられています。

  1. 加曾利貝塚博物館(入館料:子供¥30、大人¥60)

  2. 北貝塚断面観察設備

  3. 南貝塚断面観察設備

  4. 復元竪穴式住居(復元集落)

  5. 南貝塚説明板(たぶん十数個)

  1. 大人を対象にした土器づくりの会が春(4月)に行なわれます。     2003/4/13〜5/18

  2. 子供を対象にした夏休みの土器づくりの会が行なわれます。      2003/7/27〜8/17
            

  3. 大人を対象にした土器づくりの会が秋(9月)に行なわれます。     2003/8/23〜9/27

    d.    親子土器づくりの会が10月に行われます。                2003/9/28〜10/26        


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貝塚の貝層(貝がある部分)の断面観察設備の所にあった説明文の写真をとり、OCRでデジタルの文字にしたものを下に書きます(正しく変換されていない部分がいくつかあります。)。

     
 1965年に、加営利北貝塚の貝層の下から、 竪穴住居跡が重なり合つて発見されました。 いずれも今から4500年ほど昔の縄文時代中期 のもので、貝層と複雑にからみ合っています。
 住居跡を見つけた面の土の色や質の違い、 土層の断面、床面の観察などから、住居の新 旧や貝層この関係をこまかく調査しました。
 掘立て柱の竪穴住居は、柱の根元が腐って 10年から20年で建て替えたり、捨てられてし まいます。なせ同じ場所に繰り返し住居を作 ったのか。また、貝塚と住居の関係はどうだったか。など、貝塚の謎を解き明かすヒント が多く隠されています。皆さんも注意深く観察して、新たな発見をしてみてください
 博物館では、発掘された住居跡や貝層の断面を「発掘直後の姿で見学できるようにしよう」と考えました。
 発掘区域全体を覆う建物を作り、様々な合成樹脂で土や貝層を固める実験を繰り返しました。乾燥を防ぎ、永く保存することを第一に、さまざまな薬が試されました。
 しかし、保在処理がすんでも、同じ状態にしておくには、毎年の作業が必要です。
 発生したカビやコケ、貝層にたまつたホコリの除去、弱った樹脂の補修など、丹念に繰り返し行ってさました。
 この施設の中が蒸し暑く感ずる人も多いでしょう。これは、現在の保有の技術が、エアコンなどが使える段階にないからです。
  1991年から最新の薬の実験をはじめました。これまでのものは、土の表面に皮膜を作つて固めるものでしたが、新しい薬剤は、土に含まれる水をコントロールすることを目的としています。湿つた土は崩れません。つまり、乾燥しない土に変える薬剤です。
 竪穴住居や土壙の中の樹脂膜を削り.薬剤を散布しました。土の表面に皮膜ができないため、発掘当時と同じ色や質に蘇りました。また、水が動きを止めてしまったため、カビやコケが生えることができなくなりました。
 今後も、様々なデータを調べ、気持ちよく見学できる施設へと研究を進めています。

 

2002/4/27、小学生が数人のグループで来ていました。土曜日に自主的に勉強するためです。ただ貝塚に来るだけでなく、もっと、積極的に勉強すればいいと思いますが。