問題点


ケリー基準を批判的に見てみます。


● 相場では正確な確率分布を知る術はない。

これが、ある種のギャンブルとは決定的に違う点ですね。

ブラックジャックでは、すでに使われたカードや手持ちのカードなどから、勝率を数学的に計算できます。もちろん、使われたカードをすべて記憶することは普通の人にはできないし、パソコンを持ち込んで1回ごとに勝率を計算することもできませんが、いくつかの簡単なパターンに分けて、その勝率を事前に計算しておくことはできるでしょう。

これに比べると、相場における確率分布は、どんなに長い期間で検証したとしても、信頼性に欠けます。

ケリー基準は、ギャンブル用であって、相場には不向きかも知れません。


● 現実の世界では、賭け金(or 株数)に端数は認められていない。

ルーレットでチップを 2.76枚賭けることはできませんし、相場でソニーを 177.89株買うことはできません。このことが、次のような問題を引き起こします。

資金賭け金
1円〜999円×
1000円〜1999円100円
2000円〜2999円200円
3000円〜3999円300円
4000円〜4999円400円
勝てば賭けた金額だけ儲かり、負けると賭け金没収、勝率は 55%のゲームをします。ただし、100円単位の賭け金しか認められていないものとします。

f* = 0.1 なので、ケリー基準からは、賭け金は資金の 10%。
100円単位なので、実際には、右表のようになります。

あなたの資金は 1000円としましょう。問題が2つあります。

まず、初めの賭けに負けると、資金が 900円になり、2回目にはケリー基準の通りに賭けることができません。ゲームを続けるなら、最低単位の 100円を賭け続けるしかないです。

【注】 その場合、破産の確率などの考慮が必要です。
もう一つの問題は、勝った場合でも、資金が 2000円になるまでは、賭け金が 100円のままになる点です。理論的には、勝って資金が 1100円になれば、次は 110円を賭けるべきですし、2連勝して 1210円になれば、次は 121円を賭けるべきです。
こうして資金が増えるごとに賭け金を徐々に増やすからこそ複利の効果が現れるわけで、そこにケリー基準の威力があるんですね。

この例では、資金が2倍になるまで複利効果はおあずけです。かなり長い間、100円でやり続けることになります。
【注】 なお、この場合、損益の現れる順序によって最終資金が異なることにも注意。1000回ゲームをやって同じ 550勝450敗であっても勝ち負けの起こる順番によって最終資金が違います。これも理論と異なる点です。
以上の問題は、資金が少ないことが原因です。資金が 100万円なら、初めに 10万円を賭け、勝てば次は 11万円、2連勝して資金が 121万円になれば、次の賭け金は 12万1000円という具合に、理論をそのまま実践できます。もちろん、続けていくうちに 100円単位であることの影響は出てきますが、理論との乖離はわずかです。

資金が少ない個人投資家の場合、端数で株を売買できないことによる問題は無視できません。
資産家の方々には無縁な問題ですけどね。


● 現実には、回数が有限である。

ケリー基準は、際限なくゲームを行うことを仮定していますが、これはありえません。
十分大きな n とは」 の話ですね。


● ドローダウンがひどすぎる。

ドローダウン」 のページで示したとおりです。遊び金には適用できても、まともな資産運用にケリー基準をそのまま使うのは無理っぽいです。


● 資金とは?

ケリー基準では、「資金の××%を賭ける」 としますが、この 「資金」 が何を意味するのか不明確です。証券会社の口座残高と考えることはできます。しかし、普通の人は、初めに証券会社に入金する金額などテキトーに決めている可能性があります。
まず、この 「資金」 をいくらにするかを決めなくてはなりません。しかし、決める方法が不明です。
ケリー基準は、確率分布から賭ける金額を自動的に決定してくれるように見えて、じつは、そうでもないということです。


● 理論的難点。

ここまでは、理論と現実の違いでした。ところが、ケリー基準には、理論的な方面からも批判があります。

ケリー基準は、「十分多くの回数ゲームを行う場合は、1回ごとに、あたかも対数効用を採用しているがごとく賭けるのが最適戦略である」 と主張します(「ケリー基準(1)」 参照)。

ちなみに、本当に対数効用を用いている場合は、少ない回数しかゲームを行わないときでも、ケリー基準を使うことが期待効用を最大にします。

そこで、ケリー基準が正しいならば、次の命題が成り立ちそうです。

どのような効用関数を採用していようとも、十分多くの回数ゲームを行うならば、ケリー基準が期待効用を最大化する。
しかしながら、これは成立しないのです。
効用関数に、「上に凸」 とか 「上に有界」 などの条件を付けてもダメです。このことは、Samuelson の次の論文で示されています。論文は、ここのサイトから入手可能です。
The “Fallacy” of Maximizing the Geometric Mean in Long Sequences of Investing or Gambling.
つまり、期待効用の考え方から、ケリー基準の正当性を示すのは困難なのですね。


もちろん、ケリー基準を支持する見解もあります。とくに、Breiman は、十分多くの回数ゲームを行うなら、ケリー基準がいかなる戦略よりも資金を増加させることを厳密に証明しています。

【注】 このホームページでは(そしてケリーの原論文でも)、定率で賭けることを仮定して、おおざっぱにケリー基準の優位性を示しただけです。Breiman は、あらゆる賭け方の中での優位性を厳密に示しています。
もっとも、厳密なだけに 「いかなる戦略よりも資金を増加させる」 の正確な定義はややこしいです。なお、Breiman の論文の入手先は、次のページに書いておきました。


結局のところ、「何をもって最適戦略とするのか」 について万人一致の尺度がない以上、ケリー基準が 「正しい」 ことは証明できないのでしょうね。


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