第7回本格ミステリ大賞 発表記念座談会

  日 時:2007年6月10日(日) 14:00〜
  ゲスト:道尾秀介・巽昌章・北村薫・綾辻行人・法月綸太郎
  場 所:東京YWCA会館 カフマンホール

 当日は、真っ昼間から突然大雨の降る不安定な空模様。「お足の悪い中を‥」と出演者に心配されるようなあいにくの天候でしたが、会場に並べられた椅子は満席。書店や出版社の方も多く来られていたようでした。サイン会オンリーのイベントだと、もっと若い人や女性の比率が多いんだけど、この日は年輩の男性も多かったです。

 会場の後方ではゲスト作家さんの本の販売。単行本とノベルスが中心だったので、「文庫はないの?」と云ってた人も。
 もっともこの日は、作家一人につき一冊は、持ち込み書籍でもサインOKだったので、自分はしっかり家から何冊もの本を抱えて出席。

 先日の古書会館トークショーで見かけた顔も幾人か。イベント常連の顔なじみの方々には「お、また来ましたね」という感じでご挨拶。この日初めてお会いしたのは「ぼくのミステリな備忘ログ」の中橋さん。わ、背がお高いんですね。

 壇上は、向かって左から、北村薫さん(進行役)、巽昌章さん、道尾秀介さん、法月綸太郎さん、綾辻行人さん。受賞者の道尾さんと巽さんの前に置いてある、京極夏彦さんデザインのトロフィーが光ってます。

 写真1 写真2 
 写真3(主役ではないので、かなりくつろぎモードの綾辻さん)

「GIALLO」2007年秋号に、既に詳細なレポートが掲載されております。


北村:本日は、歴史的瞬間と申し上げても過言ではないかもしれません。先頃決定いたしました第7回本格ミステリ大賞、その受賞者を含めた我々五人と会場の皆さん、さらには書店の方々にもご協力いただいての初めての催しであります。できれば今後もこうしたことを続けて行きたいと思っております。
 座談会終了後は、サイン会を予定しております。会場内で我々の本を販売しておりますので、この機会にぜひ。出版不況の折、少しでも本を売りたいと。(会場、笑) 特に、本格ミステリ作家クラブによるアンソロジー『本格ミステリ07』には、私の小説と巽さんの評論が載っておりますので、サインも二人分いたします。(一所懸命宣伝する会長の北村さん。)

「本棚を ずらせばそこに 秋風の ベーカー街へ 続く抜け道」
(秋谷まゆみさんという方の短歌だそうです。さて、冒頭うっかり録音し損ね、ここらあたりからMDが回り始めました)

北村:まずは受賞者の方に、受賞のお言葉を述べていただきたいと思います。

道尾:道尾です。えっと、いらした方の中で、『シャドウ』という本をどのくらい読んでいらっしゃるのか分からないんですけど‥
(ぱらぱらと手が挙がる。二十人くらいかな)ああ‥思ったほどいないんですね。(会場、笑)
 昔から「本格ミステリは人間を書くのが苦手」と云われがちですが、僕の中には、本格ミステリほど人間の感情を書けるジャンルはない、という思いがずっとあります。『シャドウ』もそういう気持ちで書きました。今回、本格ミステリ大賞の小説部門を受賞させていただきまして、実はまだ投票していただいた方のコメントを読んでいないので、どういう気持ちで投票していただいたか分からないんですが、きっとその辺りのことも買っていただけたのではないかと思います。
 今後も、本格ミステリの仕掛けを通じて人間を書くんだ、という姿勢で小説を書いていくと思います。

巽:巽です。このたび賞をいただきました、論理の蜘蛛の巣の中の人です。
 中の人は、大変です。なかなか光の当たることが少ない分野でもあります。
 明治時代の評論家、斎藤緑雨の「筆は一本、箸は二本。 衆寡敵せずと知るべし」という名言があります。この場合のお箸というのは、物書きが置かれている経済的状況のこと。箸は二本、筆は一本、二対一で負けちゃう‥要するに文筆で食っていくのは大変だという意味です。
 我々の仕事場で一番一般的なのは、例えば文庫解説ですが、500ページの小説の後ろに巻末解説が5ページほど付いている、まさに「衆寡敵せずと知るべし」ですね。そういう仕事をしてますので、こういう晴れがましい所に顔を出させていただくのは、極めて希です。どういうお話をしたらいいのか分かっていないところもありますが、今日はひとつ、よろしくお願いします。

北村:ありがとうございます。
 さて、受賞者のお隣に並んだ方々は、まことに本日の内容に相応しい方々ではないかと思います。と申しますのも、道尾さんのデビューに大きく関係されたのが綾辻行人さんでした。まずは綾辻さん、初めて道尾さんの作品に出会った時のことなどをお願いいたします。

綾辻:綾辻行人です、よろしく。本格ミステリ作家クラブの事務局長という、なんかよく分からない役職に就いているものですから、こういう場に引っぱり出されております。今回の受賞者のお二人は、期せずして僕と非常に縁の深い方々なんです。
 道尾秀介さんは、二年半前、第五回ホラーサスペンス大賞(新潮社・幻冬舎主催)に応募してきた『背の眼』という作品を、ちょうど僕はその年から選考委員を務めていたものですから、生原稿で読みまして。ホラーサスペンス大賞だから、ホラーやサスペンスが来るものだと思って読むじゃないですか、ところが最後まで読んでみると、非常に本格ミステリの結構を備えた作品だったものですから、これは推さねばなるまいと、かなり選考会で頑張りました。他の選考委員は桐野夏生さんと唯川恵さんで、お二人ともあまり本格ミステリ分野はお得意でなかったものですから、上手く云いくるめて(会場、笑)というのは嘘ですよ、論理的に説得して。で、優秀賞でしたっけ?

道尾:特別賞です。

綾辻:そっか。大賞と特別賞と二つ出る賞なんですが、その特別賞を取ってくれました。それがたかだか二年半前のことだというのが、不思議な感じがします。
 その後、『向日葵の咲かない夏』が去年も(本格ミステリ大賞の)候補になり、『骸の爪』、『シャドウ』、今年に入って『片眼の猿』、矢継ぎ早に作品を発表されて。最初に生原稿を読んだ時から比べると、すっごく‥なんて云うのかなあ、ちょっと偉そうに云うと上手になった、成長しましたね。作家というのはプロになった途端こんなにも飛躍するのかと、それをこの二年半の間に見ることが出来て、非常に喜んでおります。でも、今回の投票では僕は『シャドウ』には入れなかったんですけど。(会場、笑)でもそれがまたいいんですよね、それで取っちゃうところも、なかなか嬉しい感じです。
 道尾さんとは、次に出る「GIALLO」という雑誌で、期せずして対談をしたんだよね。京都でいろいろ語って、そのすぐ後に受賞が決まって。対談あり、選評あり、非常に賑やかな「GIALLO」になっておりますので、ぜひお買い求め下さい。

綾辻:巽さんはですね、やはり僕と縁の深い方で。
 今を去ること二十八年前、僕がまだ十八歳の時、京都大学推理小説研究会というところに入ったんです。将来推理作家になれればいいなあぐらいの感じだったんですけど、その時巽さんは僕より三年ぐらい上だったのかな。その時から、この風貌で。みんな「顧問の先生がいる」と思ったもんです。(会場、笑) 当時、僕の一年下に小野不由美がいたんですが、やっぱり「巽さんは、最初見た時は顧問の先生だと思った」と云ってました(笑)。ずっとそれ以来のおつき合いで、法月くんも含めて、学生時代に喫茶店で延々話した三人なんですよ。それが今ここで並んでこんな話をしているのが、すごく不思議な感じがしております。
 巽さんの評論に関しては法月くんが語ってくれると思いますが、僕的には、こうして賞を取られたから公に云いますと、恩人、です。エッセイでも書いたことありますけど、巽さんと出会わなければ、たぶん綾辻はいなかった。小野不由美もいなかったし、法月綸太郎もいなかっただろう、そのぐらいの方です。
 読み上手、褒め上手な方なんですね。学生時代から、僕たちが書いたものを必ず読んでコメントしてくれた。そのコメントが必ず、次につながるようなコメントだったという。自らも創作をしておられるんですが、その辺の話も後で出ると思います。

 そういうお二人の受賞ですので、今日は大変に嬉しく思ってここに来ました。おめでとうございます。

北村:それでは今のお話を受けまして、まず道尾さん。特別賞の時から比べると、非常にお上手になられたというお話でしたが、ご自分の実感としてはその辺りいかがですか。

道尾:ホラーサスペンス大賞に応募したやつは、もうほんとに素人の書いた作品なんで。ただ、選考委員三人の中で(綾辻さん以外の)他のお二人は、全否定だろうなと‥

綾辻:そうでもなかったんですよ。(会場、笑)

道尾:僕の予想だと、綾辻さんが説得してくれるだろう(会場、笑)ぐらいの読みは多少はあって、(この賞に)投じたことは投じたんですけど。それで、思惑通りっていうか、あのう‥

綾辻:ちょっと危なかったけどね。

道尾:綾辻さんのゴリ押しというか、半分無理矢理って感じでデビューさせてもらって、ここまで来ました。
 僕が小説を初めて書いて、作家になりたいなあと思ったのは、今から十二年半前、つまりデビューの十年前でした。三十までには頑張って作家になろう、なれなかったらきっと才能がないんだろうな、そう思ってやってきて、賞をいただけたのがちょうど十年目、二十九歳の時だったんですよ。
 で、(自分の設定した年令制限)ぎりぎりでデビューできて、やっと念願の作家になれたんで、一つ前の作品よりは絶対にいい物を書かないと、綾辻さんにも申し訳ないし。十年間頑張ってきて、でも一歩後ろに戻ったら(作家でなかった)九年前に戻ってしまうかも知れない、八年前に戻ってしまうかも知れない、そういう気持ちでやってたんで、上手い下手は、読み直しても自分では分からないんですけど、きっとその辺の気持ちを読んでくれて(上手くなったと)云ってもらってるのかなと思いました。

綾辻:(賞に推したのは、道尾くんの)気持ちを汲んだわけじゃないんですよ。非常に構築的に出来てたんです、『背の目』という作品が。
(応募作は)単行本になったバージョンより三百枚ぐらい長かったんですよね、千二百枚くらいの原稿が来て。これGIALLOの対談でも云ってますけど、なんか長いなあと思って。意味のない会話がいっぱいあるし、不満に思いながら読み進めて、千枚を超えるまではほとんど「これはダメだ」と思っていたんです。ところが最後の三百枚、解決編に入ってどんどん、それまでに書かれたことが意味があると分かって来てですね。ホラーサスペンス大賞だから、そんな(本格ミステリ的な)ものが来るとは思っていないわけですよ。ところが、見事に最初の千枚に対する否定的な気持が、最後まで読み終わった瞬間に、すべてポジティブに転化したという、すごい経験をしまして。これはなんとか選考会で伝えなくてはならない、とそういう感じだったんです。ですから非常に論理的に説得したんですよ。構築的であるということに関しては、お二人(桐野さんと唯川さん)も納得してくれて。ですから、胸を張っていいと思います。
 ただ、ちょっと長すぎるから、削りなさいということをその場で云ったんですよね。その場というのは、ホラーサスペンス大賞って、選考会場のホテルに候補者がバラバラに待機してるんです。で、賞を取った人が部屋に呼ばれるんだよね。いきなり呼ばれて、特別賞を取ったと云われたのはいいけれど、削れって云われてね。でも二週間で三百枚削ったんですよ、彼は。それも見事な手入れで。それは授賞パーティーの時にもひとしきり話題になりました。云われてこれだけ見事に手を入れられるのはすごいし、もう(プロとして)大丈夫だね、と。今でも語り継がれております。自信を持ってください、全然ゴリ押しじゃないですよ。

その2に続く  

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