地下室のトークショー
「新本格の20年 編集者・宇山秀雄の仕事」

  日 時:2007年5月27日(日) 19:00〜21:30
  ゲスト:綾辻行人・有栖川有栖・東雅夫
  場 所:東京古書会館 地下ホール

 古書会館地下のホール(というか、広い部屋)を横長に使い、観客席はパイプ椅子(120席くらい?)。
 直前まで古書即売会をやっていたので、周囲には古本の詰まった本棚が立ち並んでいます。塔晶夫名義の『虚無への供物』単行本が、四万円だか五万円だかで売られていました。
 正面中央にテーブルと椅子3席。テーブルの上には、パネラー人数分のミネラルウォーターの他に、

中井英夫『虚無への供物』(講談社文庫) 背の色は水色
中井英夫『黒鳥譚・青髯公の城』(講談社文庫)
綾辻行人『びっくり館の殺人』(講談社)
有栖川有栖『虹果て村の秘密』(講談社)

    

 宇山さんの書かれた読者ハガキ(感想の部分に直筆のコメントが)
 写真(おそらく昨年の忍ぶ会の時の)

 などが展示してありました。(写真とミステリーランド二冊は、台に立てかけ客席からも見えるように)

 受付の際、入場券と共に、宇山さんに関する記事のコピーが配付されました。
 一枚は、本格ミステリ大賞贈呈式の宇山さんのコメント(本格ミステリ作家クラブHPに掲載されたもの)。
 もう一枚には、読売新聞の記事が二つ(2006年9月19日追悼抄「凡庸嫌い「高く飛ぶ」生涯」、2004年7月13日手帳「ミステリー「育ての親」2人に特別賞」)載っていました。

 トークショーの録音・撮影は不可でした。汚いメモ書き頼りのレポなので、このセリフはこの人じゃない、とか、内容がちょっと違うんじゃないの、とか、たくさんあるかと思います。参加された方々、どうぞ遠慮なく指摘してやってください。


 定時。綾辻さん、有栖川さん、東さん入場。向かって左から東さん、綾辻さん、有栖川さんの順に着席します。
 綾辻さんも有栖川さんも、黒っぽいジャケット(だったと思う)。綾辻さんは黒い帽子、スニーカーは赤でした。

 古書会館スタッフの方(たぶん)が、まずご挨拶。
「以前、澁澤龍子さんのトークショーがこの会場で行われた時、宇山さんもご夫婦で来られ、一番前に座っていらっしゃいました(東さんのブログにその時の記事が)。打上げにも参加されていました。ということで、ここは宇山さんともご縁のある会場なのです。
 今日のトークショーは、九時に終了の予定ではありますが、進行上延びる可能性もあります。今日は、関西や東北などの遠方からおみえになっている方もいらっしゃるようなので、どうぞ時間にはお気をつけて、途中で中座なさっても構いませんので。」

 マイクが三人に渡され、トークショーの始まりです。

綾辻:今日は客席が近くて、ひとりひとりの顔がよく見えますね。出欠をとりたい感じですね。
東:見なれた顔もずいぶんいらっしゃいますね。
 今回のトークショーは、「新本格の20年 編集者・宇山秀雄の仕事」ということで、元講談社の編集者・宇山さんの業績を、我々でお話ししながら振り返ろうと思います。
 宇山さんというと「新本格の生みの親」というフレーズがよく使われますが、実はミステリだけではなく、別の分野でも貴重なお仕事をたくさんされた方でした。中井英夫さんに関することもありますし、ショートショートランドという雑誌もそうでした。
 でも、まずはやはり新本格についてお話をうかがっていこうと思います。ということで、綾辻さん。
綾:はい。その前に、なんか東さんのマイク、聞き取りにくくありません?音がこもってて。
(スタッフの人が「そのマイクだけ、スピーカーが違うんですよ」と、別のマイクを持ってくる)
 今度は大丈夫そうですね。ほら、東さんといえば美声、ですから。美川憲一の真似が上手いんですよ。(会場、笑)
有栖川:ほお。
綾:宇山さんも上手かったんですよ。
有:えっ、そうなんですか。いや、一緒にカラオケ行ったことないから(知らなかった)。
 いきなりそんなこと云われたら、もう東さんの声が、美川憲一にしか聞こえない(笑)。(会場、笑)

東:えー、それではまず綾辻さんに、宇山さんとの出会いからお話ししていただきましょうか。
綾:宇山さん‥‥(と云ったきり、涙が込み上げてきて絶句してしまう綾辻さん)。

東:‥‥そうですよね、それだけ(宇山さんの亡くなられたことは)衝撃が大きかったということですよね。
 僕は(と、東さんはまず自分の話を始め、有栖川さんと一緒に話を盛り上げ、綾辻さんの気持ちが落ち着くまで一所懸命フォローしてくださいました。お二人の心遣い、心暖まる光景でした)宇山さんとは、ミステリの分野ではなく、雑誌「幻想文学」のほうでお付き合いがあったんですね。もちろん何度もお目にかかって、奥様ともども楽しくお話もしていたんですが、今思い返すと、一度もきちんと腰を据えてはお話をうかがっていないなと。戸川(安宣)さんとはお話ししてるんですけど、宇山さんとは、何というか、いつでもそういう機会はあるだろうと思っているうちに、二度とうかがえなくなってしまったという。それが非常に残念ですね。
有:(ハンカチで涙を拭い、だいぶ落ち着いてきた綾辻さんを横目に見ながら)四十後半にもなるとね、涙もろくなるんですよ。(会場の空気和らぐ)
綾:‥すみません、いや、お恥ずかしい。人前で泣いたのは、麻雀の名人戦で優勝した時以来ですね。

東:それでは改めて綾辻さんに、宇山さんと最初に会われたのは。
綾:『十角館の殺人』は、87年の九月五日に出たんですが、宇山さんには、その年の七月に初めて会いました。その頃はもう、ゲラのやり取りは終わっていて。
 僕は、変則的なデビューの仕方をしていて、最初のうちは編集部と直接やり取りはしていなかったんですね。間にエージェントが入って、その人が僕の作品を持って、あっちの出版社に持っていっては断られ、こっちに持っていっては断られ、最終的に宇山さんにたどり着いたという経緯があって。
東:「十角館」を断ったというのが、今となっては信じられないですね。どこの出版社ですか?(笑)
綾:あそことあそこです。(会場、笑)(角川光文社らしいです(笑))
 京都からゲラを郵送して、というやり取りの後、出版が間近になって、それでは著者近影を撮りましょう、と宇山さんが京都に来られたんですね。それまでは、電話では何度かお話ししたことがあったんですけど、会うのは初めてで。もう、あれから二十年になるんですねえ‥。
東:二十年ですね。
綾:京大の近くに「進々堂」という喫茶店があって、そこで待ち合わせをして。(この日綾辻さんは、青みがかったサングラスをかけていらした)目印は(ご自分のメガネを指して)こういうメガネ、「(井上)陽水のようなサングラスをかけてます」と。宇山さん陽水好きだったんですよ。
 第一声は、よく覚えてます。「講談社の、宇山です」。もうね、何度も辞めたい辞めたいって云い続けてたのに(笑)、「講談社の」って必ず云うんですよね。
 それでいろいろ話しているうちに、僕と宇山さんって、共通点がすごく多いことが分かって。宇山さんも昔、京都の天王町の近くに住んでいたことがあったりとか、家族構成も似ているんですよね、弟と妹がいて。あとは僕、京都に住んでいながら、事情があって高校時代から一人暮らしをしていたんですけど、そういうところまで似ていて。年齢はかなり離れてて‥ええと、いくつ違いだったのかな、僕が今四十六で、宇山さんは昨年亡くなられた時六十二だったから‥
(パネラー三人とも頭の中で計算を始めるが、誰もとっさに答えが出ない(笑))
有:十六歳、かな。
綾:とにかく、そのぐらい年が離れているんですけど、初めてお会いした時から既に、あんまりそういう感じはしなかったですね。
東:それが第一印象ですか。
綾:講談社といえば大手、大出版社なんですけど、その頃の僕はまだ学生で、いろんな事情をなんにも分かってなかったんですね。新人賞を受賞したわけでもないし、間にエージェントが入ってたんで実感がなくて。
 もらった名刺にはたしかに講談社って書いてあるけど、半信半疑というか。(会場、笑)。また宇山さんが、そういう疑いを抱かせる感じなんですよ、全然偉ぶらないしね。こんなんで本が出るのかなーって。
東:でも、普通の編集者とはどこかしら違ったんでしょうね。
綾:島田(荘司)さんも威張らない人でしたけど。当時僕は二十六歳、十六も年上なのに、同じ目線なんですよ。年代のギャップを感じさせなかったですね。
 さっき「講談社の、宇山です」って云ったけど、宇山さんのよくする挨拶があと二つあって。ひとつが「『虚無への供物』を文庫にした、宇山です」。
東:あ、私も最初の挨拶はそれでした。
綾:で、もうひとつが「私の作った本は、あんまり売れません」。(会場、笑)なので、ほんとにそのつもりでいたんです。
東:その時は、『虚無への供物』は読まれてたんですか。
綾:もちろん。だからびっくりしましたよ。僕はここに(と云って、テーブルの上の文庫を手に取る)あるのと違って、黒背(文庫の背が黒)の世代ですけど。あの「虚無」を文庫にした方! だけどしゃべってるとなんか、うさんくさいというか(会場、笑)。情報と、目の前の現実とが乖離してて、でもそれがなんかいい感じでしたね。

東:有栖川さんの、宇山さんの第一印象は。
有:最初にお会いした時は、とにかく緊張しました。僕は89年の一月にデビューしたんですが、それよりも前、88年の年末でした。戸川さん(東京創元社の編集者)から電話がかかってきて、「宇山さんって人に(有栖川さんの)連絡先を教えてほしいと云われたんだけど、教えてもいいか」「原稿の依頼じゃないですか」って。でも、まだデビュー前ですから当然、宇山さんは作品も読んでいないわけですよ。じゃあなんで依頼してきたかと云うと、「(有栖川有栖という)名前が気に入ったから」。先ほど(宇山さんの)奥様から衝撃の事実を聞かされまして。「しょうがないだろ、この名前だったら会いに行かなくちゃ」って云ってたんですって、宇山さん。(会場、笑)
 とにかくその時は、この程度かとなめられちゃいけないって、緊張してました。
東:東京創元社代表、って感じで。
有:いや、代表も何も、まだデビューもしてないんですから。(会場、笑)
 当時、講談社と東京創元社は、ちょうど同じ時期に本格ものを出し始めて、云わばライバル関係にあったんですね。そういう経緯があるが故に、これは後から聞いた話なんですけど、実は宇山さんも緊張されてたんですって。それは、僕のバックに戸川さんの顔が見えていたからなんでしょうね。
 あの時も、「売れない本の宇山と云われています」「『虚無への供物』を文庫にしました」は云われましたね。あ、そう云えば、家にある『虚無への供物』は、初版だけど白背ですよ。
綾:僕、別に古本マニアじゃないから。(会場、笑)
有:僕も違いますよ、ただ、新刊で出た時すぐに買ったってだけで。って、それはどうでもいい話ですね。
 話を戻すと、宇山さん、相手はミス研出身で本格ミステリマニアやろうから、ここはゴリゴリ行くのは違うと思ったんでしょうね、「僕の専門はSFです」っておっしゃいましたね。でも、話しているうちに、大学が同じ(同志社)ということもあって、接点はありますねと、お互い和むようになって。元々(宇山さんは)ミステリだけの人じゃなくて、宇山さんの世界に本格ミステリが被さってる、という感じなんですよね。
綾:文三(講談社の文芸図書第三出版部)に来る前は、ショートショートランドやってたんですもんね。
有:それにしても、読んでないのに、名前を気に入っただけで依頼してくるんですから、冒険家ですよね
 よく、「『○○』はもう読んだ?」って、こちらがどれくらい本読んでるか、計ってくるじゃないですか。お、テストだなって。
綾:あれ、緊張しますよね。
有:こちらはまだ素人だから。
 戸川さんは逆に、ミステリおたくなんですよ。話してるとつい、なあなあになって来て、こんなに友達みたいでいいのかなって思ったりもするんですけど。宇山さんとはそういうことはなかったですね。

その2に続く  

1  2  3  4  5

report home map