最強雀士は結構可愛い

 


 

照と菫はホテルの一室にいた。

現在はインターハイの真っただ中だが、

全国の舞台に慣れている二人は、至って平常通りだった。

照は本を読み、菫はそんな照を観察したり、

次の対戦相手の牌譜を見たり、窓の外の景色を眺めたり、

思い思いに時間を過ごしていた。

 

やがてする事のなくなった菫は照に話しかける。

「そういえば照、おまえなんで『妹はいない』とか言ってるんだ?」

ふと思い出したかのように切り出した菫だったが、

これは前々から聞いてみたいことだった。

出来るだけ自然に、照が警戒しないように注意しながら、菫は照の反応を伺う。

「……私に妹なんていない」

その問いに、本から視線を外さずに答える照。

一見無愛想に見えるが、いつもの事だ。

付き合いの長い菫は意に介さず会話を続ける。

「喧嘩でもしてるのか?」

「別に…」

「喧嘩してなかったら『妹はいない』とか言わないだろ」

「………」

元々無口な照だが、この話題になるとさらに口が重くなる。

だが照の扱い方はよく心得ている菫は巧みに誘導する。

「どうせくだらない理由なんだろ?」

「くだらなくない」

案の定食いついてきた。

ほくそ笑む菫。

「やっぱり喧嘩してるんだな」

「あ…違っ……喧嘩なんてしていな……いや、私に妹なんていない」

「いや、妹がいるのはもう分かってるから」

「………」

見事に誘導に引っかかってしまった照は不服そうに菫を少し睨み、

すぐに再び本に視線を戻した。

「妹…えーっと名前なんだっけ」

「咲…」

「そうそう、咲。どんな子なんだ?」

照は少し考えてから口を開いた。

「……生意気」

「そんな風には見えないけどな。素直そうな子だ」

「普段は素直。可愛い。でも麻雀になると…」

「さり気なくデレたな」

「デレてない」

「麻雀になると生意気になるのか?」

「ん」

「そうなのか…」

この『生意気』という評価は、おそらく照による最大級の賛辞だろう。

高校では敵なしの照が本当に実力を認める打ち手は少ない。

菫は若干動揺しつつ訊ねる。

「まさか…おまえより強いなんて事はないよな?」

「………分からない」

「な……本当か?」

「咲が…大将にいる限り、団体戦で勝つのは難しい」

「淡でもか?」

「うん」

「…じゃあ、ウチは優勝出来ないって事じゃないか」

「だから、咲に回す前に、どこかをトバして勝つ」

「…それしかないのか。決勝でそれはキツいな…」

「………」

 

淡は強い。

1年生でありながら白糸台の大将を任されるほどの実力者だ。

その淡でさえ咲には勝てない、と照は言った。

大将に回す前に他校をトバす。そんな事が可能なのだろうか。

例えばその清澄高校も、咲以外のメンバーが容易に攻略出来るかと言えば、そうではない。

牌譜を見ただけでも一癖も二癖もあるような打ち手ばかりだ。

少なくとも簡単にトバせるような相手ではない。

決勝まで勝ち上がってくる他の高校も同様だろう。

照にそこまで言わしめる敵。

菫は戦慄した。が、同時に高揚した。

全国制覇が容易くてはつまらない。

壁は高いほどに楽しめる。

 

 

菫は努めて平静を装い、会話に戻る。

「だが今日の2回戦の牌譜を見ても、それほど圧倒的って感じではなかったが」

「菫は……節穴?」

「なんだと」

「あの子はわざと目立たないように勝ってる」

「わざと…ぎりぎりで?」

「そう」

「それが本当なら恐ろしいな。なにか弱点はないのか?」

「胸が小さい」

「それは麻雀とは関係ないだろ。しかも姉妹で小さいのか」

「…………」

照の表情は変わらないが、ムッとしている。

他の人では見落としてしまうような小さな変化も菫は見落とさない。

慌ててフォローする。

「す、すまん、怒るなよ」

「怒ってない。私は小さくない」

いや、小さいだろ、と思いつつ、菫は話題を変える。

「普段の咲はどういう子なんだ?」

「普段は、少しドジ…」

「どんな風に?」

「よく迷子になる」

「迷子って…あの年でか?」

「そしてよく泣く」

「子供か」

「……そこが可愛い」

ここでようやく照は本から顔を上げた。

それは見惚れるような笑顔だった。

「……おまえさぁ、本当は妹の事好きなんだろ」

「好き」

「即答かよ」

「間違えた。私に妹なんていない」

「だからもういいから」

「………」

再び本に顔を戻す照。

若干顔が赤い。

どうやら思わず本音が出てしまい、恥ずかしかったようだ。

意外とこういう可愛い所がある、と菫も最近気付いた。

そう、照は無愛想でありながら、結構可愛いのだ。

「仲直りしたら連れてこいよ」

「…喧嘩なんてしてない」

「うそつけ」

「私が、勝手に怒ってるだけ」

「なんで怒ってるんだ?」

「それは言えない」

「仲直りしたいとは思ってるんだろ?」

「………うん」

若干柔らかい表情で、照は頷いた。

普段あまり見せない顔が少しだけ悔しかった。

菫はなんとなく、照をからかいたくなった。

「まぁそうだろうなぁ。たまに寝言で『咲…咲…』って言ってるもんな」

「そんな嘘には騙されない」

「ん?嘘じゃないぞ?」

「………嘘だ」

「聞くか?」

「え?」

「録音してあるけど」

もちろん嘘だ。

照がどんな反応をするのか見たくなっただけだ。

だがその反応は予想外なものだった。

「…………(ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…)」

照は本を置き、立ち上がると対局中のような鋭い眼光を菫に向けた。

腕からは風が巻き上がっている。

「お、おい待て。コークスクリューはやめろ。それをどうするつもりだ!?」

「菫を…ツモる…!(ゴゴゴゴゴゴゴゴ…)」

「(ツモられる…!?)」

一歩ずつ菫ににじり寄る照。

後ずさる菫。

「お、おい、訳が分からんぞ!?なんだ、私をツモるって!」

「覚悟…!(ゴゴゴゴゴゴゴゴ…)」

「嘘だから!寝言なんて言ってないから!」

「…………」

風が止む。

照は元の場所に座り、再び本を手に取った。

「(助かった…)」

菫は冷や汗を拭う。

ツモられていたらどうなっていたのだろう、と思ったが試す気にはなれなかった。

やはり照を戯れにからかうのは危険だった。

 

会話を戻す。

「……なぁ、咲のどんな所が可愛いと思う?」

「……いっぱいある」

「ほう、教えてくれ」

「口では説明しきれない」

驚いた事に、表情がさっきより柔らかくなっていた。

照に妹の話題はタブーかと思っていたが、

本当は話したくて仕方なかったのかもしれない。

「…おまえ、今まで見た中で一番表情がイキイキしてるな」

「気のせい」

「ふっ……本当に妹の事好きなんだな」

「……菫の方が好き」

小声で照が呟く。

が、菫には声は届かなかった。

「え?なんか言ったか?」

「なんでもない」

 

照の妹好きがここまでだったとは。

もしかしたらシスコンの域にまで達しているかもしれない。

ではなぜ「妹はいない」などと言っているのだろう。

怒っている理由はなんだろう。

菫は気になったが、ここでこれ以上の話を引き出せるとは思わなかった。

 

「でも淡が聞いたら嫉妬するだろうな」

「え?」

「あいつも照の事大好きだからな」

「そうなの?」

「そんなの見てれば分かる。あいつ照の事好きすぎだろ」

「……そうなの?」

照は、言われて初めて気付いたようだ。

あれだけ懐かれれば誰でも気付きそうなものだが。

「気付いてなかったのか…淡、不憫な奴…」

「あの子は…犬っぽくて可愛い」

「ペットか」

「咲もちょっと犬っぽい」

「そうなのか」

「菫は、お母さんみたい。優しい」

「お母さんって…」

同い年にお母さんと言われるのは複雑だった。

「だから好き…」

「ん……?」

「お母さん、って呼んでもいい?」

「ダメだ」

「……そう」

シュン、としてしまった。

「落ち込むな」

「じゃあ淡の事をポチって呼ぶ」

「あいつ泣くぞ」

「ワン、って?」

「その『鳴く』じゃない」

「犬……飼いたいな…」

「世話出来るのか?」

「大丈夫。菫がやってくれるから」

「なんで私が…」

「菫が一緒に住んで、私と犬の世話をしてくれる…はず」

「自分の事は自分でやれ」

「…分かった。自分でする。じゃあ卒業したら一緒に住む?」

「え……まぁ、別にいいが…」

「…ありがとう」

「うっ………」

それは今日一番の、いや、出会ってから2年間で一番の笑顔だった。

いつもの営業スマイルとは違い、とても自然で愛らしい笑顔。

菫は見事に心を射抜かれてしまった。

そんな菫を、照は不思議そうな顔で見る。

「??」

「おまえ…卑怯だぞ…こんな時にそんな風に笑うなんて…!」

「何が?」

「な、なんでもない!」

「??」

「(こいつ…無自覚か…くそっ…可愛いな…っ)」

「??」

 

そう、照は可愛いのだ。

それを知っているのは、自分だけでいい。

菫はそんな小さな、そしてこれ以上ないくらい贅沢な願いを抱く。

 


 

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