恋するふたり

 


 

とあるホテルの一室。

穏乃と憧は、既に寝る準備をあらかた済ませ、

携帯をいじったり雑誌を読んだりしていた。

明日はインターハイ準決勝だ。

2回戦を辛くも2位通過した阿知賀にとって、

準決勝ではさらなる苦戦を強いられる事は間違いなかった。

なんと言っても、準決勝では白糸台高校と当たるのだ。

昨日8万点の差をつけられた千里山もいる。

そして九州の強豪の新道寺。

どう考えても阿知賀は格下だった。

だが、二人はそんな事実は分かりきった事として受け入れていた。

準決勝で強豪校達と戦う為の特訓もしてきた。

心の準備も出来ている。

もう相手の事は関係なかった。

あとは自分たちがどう戦うか、それだけだった。

だから、二人は試合前日にしては驚くほど落ち着いていられた。

 

 

穏乃はふと思い出したように憧に話しかける。

「ねぇ、憧」

「んー?」

と、返事をしながら憧は雑誌から顔を上げる。

「そういえば憧って、急に女の子らしくなったよね?」

「えー、そう?」

「昔は私と似て野生児っぽかったのに」

「し、しずほどじゃないよっ」

穏乃と一緒にされるのは憧としては心外だった。

あの頃だって、憧は十分女らしかったつもりだ。

少なくとも穏乃のように山で遊んだりはしていなかった。

ごく普通の"元気な子供"だっただけだ。

 

穏乃が憧に訊ねる。

「憧って、中学で彼氏とかいたの?」

「いないよ」

「えー、本当にー?本当はいたんでしょー?」

「え、いないよ、本当に。なんで?」

「だって、急に女っぽくなるのって彼氏の影響ってのがお決まりじゃん?」

「そういうものかねぇ…。じゃあしずは?彼氏とか…」

『急に女っぽくなるのが彼氏の影響』だというのなら、

小学生の頃から一切変化がない穏乃に彼氏などいる道理はないのだが、一応聞いてみた。

答えは予想通りだった。

「えー、いるわけないじゃん、私なんかに」

その予想通りの答えに、憧はホッと胸を撫で下ろす。

「そ、そうなんだ…よかった…」

「え?」

「う、ううん、なんでもないっ」

「でも彼氏いなかったのになんで急に女らしくなったの?」

「なんでって…成長期だったからじゃない?」

「あ、もしかして好きな人がいたとか?」

「……好きな人」

そう言われて、憧の胸は少し跳ね上がった。

それは今まで意識して避けていた話題だった。

穏乃は憧のその微妙な変化を見逃さなかった。

「あ、いたんでしょ!?」

「……好きな人なら…ずっといたけど…」

「えー、本当!?誰誰?どんな人!?」

無邪気に聞いてくる穏乃に、憧は苛立ちを覚えた。

穏乃のその態度が、憧の想いを否定されているのと同義だった。

穏乃はすぐに憧の苛立ちに気付く。

こう見えて、穏乃は人の気持ちの機微に鋭かった。

「……?」

「………」

「憧…どうしたの…?」

「しずだよ…」

「…え?」

「あっ……」

思わず出てしまった自分の言葉に、憧自身が驚いた。

言うつもりなどこれっぽっちもなかったのに、つい思わず口から出てしまった。

「憧……今、なんて…」

「あ…………な、なんでもないっ」

「え、憧……」

「……ちょ、ちょっとコンビニ行ってくる…っ」

「あ、憧…!」

慌てて部屋を出て行く憧。

穏乃が一人部屋に取り残された。

 

 

 

「え……今なんて…?憧…私の事が好きって言った…?

  ま、まさかね…憧が私の事なんて…そんなのありえないでしょ…。

 だって…もしそうなら…私達…両想い…いや、ないない!そんなのないよ!

 ってか、私はもう…諦めたはずじゃん…。憧の事はもう…諦めたし…

 最近はもう全然意識してなかったし…ただの友達だし…好きなんかじゃないし…

 それなのにそんな事言われたら…また憧の事…、い、いや…そんなのやっぱないよ!

 って言うか、冗談だよ!きっと!それか、聞き間違い!……うん、きっとそう…

 とにかく、あんまり期待しないでおこう…後で辛くなるだけだよ、きっと…

 最近あまり思い出さないようにしてたのに…二人っきりなんて余計意識しちゃうじゃんかよぉー!」

 

 

 

「はぁ…なんであんな事言っちゃったんだろう…ずっと隠すつもりでいたのに…。

 明日も試合だってのに…あんな事言ったら試合に集中出来ないじゃん…私のアホ…。

 ってか、あんな事言われても困るだけに決まってるじゃん…女同士なのに…。

 どんな顔して戻ればいいんだよ…ホント、私…バカ…なんで言っちゃうんだよ…」

 

 

 

「もしかして憧が阿知賀に来てくれたのって…私の事が好きだったから…?

 で、でもそんな事で進路を変えるなんて…ありえないよね…。

 それにずっと連絡もしてなかったんだもん…好きならもっと連絡くれたりするよね…。

 ってかなんで私、こんなに念入りにシャワー浴びてんの…!?

 この後、何かあるかもなんて期待しちゃって…。

 うわーっ、私キモっ!何考えてるの?勘違いかもしれないのに!

 もう出よう!そして憧が戻ってくる前に寝ちゃおう!」

 

 

 

「あんなタイミングで部屋出てきたら…さすがにバレバレだよね…。

 もうしずの事が好きなの隠せないよ…絶対顔に出ちゃう…態度に出ちゃう…。

 ずっと友達だったのにいきなり好きとか言われても気持ち悪いよね…。

 もうこうなったら開き直るしか…いや、でも…しずを困らせたくないし…」

 

 

 

「やばい!眠れない!ってか眠れる訳がない!!さっきから憧の事ばっか考えてる!

 なんで憧は戻ってこないんだよぉぉ!もう1時間も経つのに!

 ってかそろそろ心配になってきた…。こんな遅くに一人で…

 東京って誘拐とかされて売り飛ばされちゃうんだよね…?

 憧なんて特に可愛いからすぐさらわれちゃうよ…。

 探しに行った方がいいかな…。でも行き違いになっちゃったら…

 あ、携帯!携帯にかければ…!……え?……鞄の中に置きっぱなしかよぉぉぉぉ!」

 

 

 

「あー、そろそろ戻らないと…しずも心配してるだろうな……。

 でもホント、どんな顔していいのやら…。

 …ってか、意外としずは何も考えずに寝てるような気がする…。

 そうだよね…一人で悶々と考えちゃってるけど…。

 私が好きだって言っても、しずも私の事好きだなんてありえないし…。

 ありえない…のかな…?しずは…私の事どう思ってるのかな…。

 ちょっとは好きでいてくれてたり…しないよね、そんなのありえないよね…」

 

 

 

「あこ……あこぉ……早く戻ってこいよぉ…。何やってるんだよ…

 どこ行ってんだよぉ…。心配かけんなよぉぉぉ…

 え……?あ…やば…、なんで…ココ、こんなになっちゃってるの…?

 あこの事考えてるだけなのに…うわぁ…こんなの気持ち悪いよね…

 あこに知られたら幻滅されちゃうよぉ…どうしよう……」

 

 

 

「よし、決めた。ちゃんと言おう。もし受け入れてもらえなくても仕方ない。

 ちゃんと気持ちを伝えて、すっきりしてから明日の試合に臨もう。

 このままじゃ私もしずも明日に引きずっちゃうもんね。

 そうと決まれば、当たって砕けに行きますか!よし、ホテルに戻ろう!

 …って、ここどこだろう?」

 

 

 

しばらく道に迷ってから、憧はホテルに戻った。

恐る恐るドアを開ける。

「た、ただいまー…」

「お、おかえり!」

穏乃は主人の帰りを待つ犬のように、戻ってきた憧を出迎えた。

少しだけ、寝ててくれればいいのに、と考えていた憧は怯んだ。

「ただいま…ま、まだ起きてたんだ…?」

「うん…」

「早く寝ないと明日に響くよ」

気持ちを伝える、と意気込んだはいいが、

やはり穏乃を目の前にすると怖気づいてしまう。

憧は穏乃の目を見れなかった。

そんな憧に、穏乃が切り出す。

「あ、あのさ!その……さっきの、聞き間違いじゃなかったら…その…」

「………」

「………」

憧の目を真っ直ぐ見据えてくる穏乃。

ここに来て、ようやく憧も決心が固まった。

「……聞き間違いじゃ、ないよ」

「憧…」

「私、しずの事が、好きだった…ずっと…」

「わ、……私も!私も憧の事が好き!」

穏乃から返ってきたのは、憧がずっと待ち望んだ、

それでいて想像もしていなかった答えだった。

「え…しず……ほ、本当…?」

「本当だよ!」

「……い、いつから…?」

「ずっと…前から…。憧は?憧はいつから?」

「私も…小学生の頃からだよ…」

「そ、そうなんだ…?」

「うん…」

ずっと前から、二人は両想いだったのだ。

それは憧には信じられない事だった。

幸せすぎて頭がどうにかなってしまいそうだった。

そんな憧に、穏乃は少し非難めいた目で言う。

「憧……その割には、中学の時、全然連絡くれなかったけど…」

「そ、それは…半分諦めかけてたから…」

「諦める必要なかったのに…」

「うん……、ってか、しずだって連絡くれなかった…」

「あ、あははは、はは…そうだね…お互い様だね…」

「………」

「………」

沈黙。

お互いに何を言っていいのか分からなかった。

ただ、気持ちが通じ合った嬉しさだけが胸の中に渦巻いていた。

 

 

やがて、憧がゆっくりと口を開く。

「ねぇ、しず…さっきのさ…一回保留にさせてくれないかな…?」

「え?なんで?」

「………」

「憧…?」

「全国ってさ、すごい人たちがいっぱいいるよね」

「え?うん…」

「阿知賀は、優勝は出来ないかもしれない」

「…うん」

「それでも、私達なりに悔いのない戦いが出来ればそれでいいと思う」

「うん」

「私なりに、そういう試合が出来たら…もう一度、ちゃんと言いたいんだ」

「憧…」

「その時に、返事をちょうだい?」

それを聞いて、穏乃は憧の気持ちが本当の気持ちなんだというのを実感した。

麻雀も、自分の事も、本当に大切に思ってくれているからこその言葉だと素直に思えた。

それが、何よりも嬉しかった。

「…分かった。私も、大会が終わったらもう一度、憧の事『好き』って言うよ!」

「しず…」

「憧……」

「…じゃあもう寝ようか」

「そうだね、明日寝不足になっちゃう」

 

いそいそと寝る支度をする二人。

だが、二人とも、あまりの嬉しさに眠れる気がしなかった。

パジャマに着替えながら、憧は思案する。

そして上手く眠れそうな方法を思いついた。

「ねぇ、しず…」

「何?」

「あの……一回だけ、その…キスしてもいいかな…?」

「ふぇ!?」

顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに言う憧。

穏乃の顔も真っ赤だ。

「だ、ダメかな…?」

「……ううん、ダメじゃ…ない…。私も、したい…」

少し考えてから穏乃は答えた。

 

静かに目を閉じ、唇を重ねる二人。

それまでの時間を埋めるような、長いキスだった。

1分間ほど経ってようやく唇が離れた。

そして目が合う。

「……えへへへ」

「……な、なんか…照れるね」

「憧……私、…なんか、明日勝てそうな気がしてきた…」

「私も…不思議…」

「明日、頑張ろう!」

「うん!」

 

 

ベッドの中で穏乃は、シーツをギュッと掴む。

(ドキドキして余計眠れない……!?)

さっきまでの憧とのやり取りを、そしてキスを思い出して、穏乃は目が冴えていた。

思いきり逆効果だったかもしれない。

だけどさっきまでは無かった心強さが備わっていた。

 

ベッドの中で憧は、さっきまで穏乃に触れていた唇を指でなぞる。

(舌とか入れたらまずかったかな…?ま、いいか、また今度で)

好きな子とようやく繋がれた。

それは何よりも素敵な奇跡のような気がした。

 

 

30分後、眠れない穏乃がもそもそとベッドから起きだす。

それと同時に憧も体を起こす。

目が合う二人。

「………」

「………」

なんとなく、同じ事を考えているのが分かった。

穏乃は恐る恐る、憧に聞く。

「あこ……そっち…行ってもいい…?」

「うん…おいで」

憧のベッドに入る穏乃。

ふわっといい匂いが鼻腔をくすぐった。

「わ……女の子の匂いがする…」

「なにそれ。しずも女の子でしょ」

「えー、私の布団、こんないい匂いしないよー」

「そんな事ないよ。しずも、いい匂いだよ」

そう言いながら憧は穏乃の髪に顔を近づける。

「やっ…あこ……嗅がないでよ、恥ずかしい…くすぐったいよ…」

「しず…可愛い…」

「そ、そんな事…あこの方が…私なんかよりずっと可愛いのに…」

恥ずかしがる穏乃がたまらなく可愛い、と憧は思った。

いつも可愛いが、今日はさらに可愛く見えた。

 

「あったかい…」

「うん…」

どちらからともなく、手を繋ぐ。

それだけで今までふわふわと浮ついていた気持ちが落ち着いた。

さっきまでが嘘みたいに、二人はすぐに眠りにつく事が出来た。

 

 

 

 

 

翌朝、ホテルのロビーで、晴絵が穏乃と憧に近づいてきた。

何やらニヤニヤと気持ちが悪い、と憧は思った。

晴絵は二人の肩を抱き、顔を近づけて小声で言った。

「あんたらさー、あんな夜中に騒ぐなよー」

「え……?」

「でも、良かったじゃん。両想いになれて」

憧の血の気が引いた。

なぜそれを知っているのか。

突然の事に混乱する。

「え…ちょ…」

「な…な…赤土さん…なんで知って…」

晴絵は年に似合わない表情でいたずらっぽく笑う。

「深夜にあんなでかい声で喋ってたら、そりゃ〜聞こえるよ」

「も、もしかして、皆知って…?」

「それは大丈夫。灼は寝てたし、玄たちの部屋は離れてるから聞こえてないと思うよ」

 

顔を見合わせる穏乃と憧。

まさかあの会話を聞かれていようとは。

恥ずかしさで顔が真っ赤になる。

ニヤニヤと笑みを浮かべる晴絵。

だが、やられっぱなしの憧ではなかった。

「…ハ、ハルエは?灼さんとはくっつかないのっ?」

「な…!?」

思わぬ反撃を受けた晴絵の顔が引きつった。

「気付いてるんでしょ?灼さんの気持ち」

「な、なんの事…かな…?」

形勢逆転で余裕を取り戻した憧がさらに畳み掛ける。

「いつまで待たせるのかねぇ…。灼さん、かわいそう…」

「ぐっ…」

「まぁ、年の差がありすぎて気後れするのも分かるけどね〜」

「くっ…」

言いたい放題だ。

負けじと晴絵もやり返す。

「ってか、あんたたち、寝不足じゃないだろうね…?」

「え?」

「夜遅くまで乳繰り合って試合で眠くなったなんて言ったら承知しないからね!」

表現が極めて下品だった。

そんな晴絵の言葉を、穏乃が慌てて否定する。

「そ、そんな事してないですよ!私達、まだキスしか…!」

穏乃の声がロビーに響き渡った。

阿知賀の面々がざわつく。

ロビーの他の客も振り返る。

「え…?しずちゃん…?」

「キス…?え?キス…?」

「二人…そういう関係?」

玄、宥、灼の3人はすぐに事情を察した。

 

「え?え?」

「………バカしず」

状況に困惑する穏乃と、頭を抱える憧。

隠すつもりもなかったが、昨日の今日でいきなりバレてしまった。

まさかこんな事になるとは思っていなかった晴絵も苦笑いだ。

 

皆に囲まれ、祝福される穏乃と憧。

気恥ずかしさはあったが、純粋に嬉しかった。

好きな子と気持ちが通じ合い、周りに認めてもらえる。

それだけでなんでも出来そうな気がした。

 

気持ちが通じ合った二人は、きっと誰よりも強い。

 


 

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