お祭りを、あと少し

 


 

ある夜、ホテルの一室に、宮守女子麻雀部の面々は集まっていた。

2回戦を前に、ミーティングの真っ最中だ。

対戦相手の牌譜を並べ、監督の熊倉を中心に対策を練っている。

 

「先鋒だと、やっぱり永水が…」

胡桃が何気なく言ったその言葉に、エイスリンが反応した。

エイスリンは、『エイスリン』と『永水』の発音が似ているため、

毎回自分が呼ばれていると勘違いして振り向いてしまうのだ。

首を傾げて「呼んだ?」という顔で無言のアピールをしてくるエイスリン。

そんなエイスリンに向かって胡桃が「エイちゃんの事じゃないよー」と言う。

それを聞いたエイスリンは、なぜか得意気な顔で頷き、元の作業に戻った。

 

「この学校はエースの愛宕さんが…」

この塞の言葉に、再びエイスリンが振り向いた。

今度は『エースの』を『エイスリン』と聞き間違えたようだ。

「エイちゃん、違うからねー」

エイスリンは、再びドヤ顔で頷き、ホワイトボードに戻る。

 

それを見ていた姉帯が「可愛いねー」と言う。

それに同意して胡桃が「うん、可愛い!」と言う。

普段はそういった話に参加しないシロまでもが「可愛い…」と呟いた。

そのあまりの可愛さに、塞のモノクルが曇った。

エイスリンは鼻歌を歌いながら、ホワイトボートに絵を書いていた。

6人で優勝カップを貰って喜んでいる絵だった。

 

ミーティングは続く。

「次鋒はエイスリンの相手になるけど…」

熊倉はそう言いながらエイスリンの様子を伺う。

だが今度はエイスリンの反応がなかった。

「エイちゃん?」

胡桃が呼びかける。

エイスリンはちょこっと首を傾げ、素早く絵を描き、それを見せる。

巫女さんの絵だった。

今度は永水の話だと思ったらしい。

エイスリンはいつも肝心な所で聞き間違える。

 

自分の話になったのでエイスリンは

ホワイトボードを置き、皆の輪の中に入っていく。

その輪の中ではシロがいつものようにダルそうに座っていた。

だがその膝の上はいつもとは違った。珍しく、そこは「空席」だった。

シロの膝の上は胡桃の特等席だ。

胡桃はいつもシロの膝の上に座り「充電」をしている。

だが今はミーティング中のため、さすがの胡桃も充電はしていなかった。

それを見たエイスリンの目が光る。

エイスリンはシロの横までとてとてと歩き、シロをニコニコと見下ろした。

シロはエイスリンを見上げると、エイスリンと目が合った。

エイスリンはきらきらした目で、おもむろにシロの膝の上に座る。

そして胡桃のマネをして「ジューデン、ジューデン」と言った。

シロは少し迷惑そうだが、エイスリンは楽しそうだ。

それを見た胡桃が立ち上がりエイスリンに抗議する。

「あー、エイちゃん、そこ私の席だよ!」

そして胡桃は、シロの膝の上に座っているエイスリンの膝の上に飛び乗った。

「充電、充電」

「ジューデン、ジューデン」

二人は楽しそうにハモりながらシロの上でニコニコしている。

シロも迷惑そうな顔をしながら、エイスリンと胡桃を下ろそうとはしない。

その様子を見ながら、姉帯は携帯で写真を撮っていた。

「あははは、ちょーウケるー」

そんな光景を、半ば諦め顔で眺める塞。

だが、なんとなく塞も楽しそうだった。

そんな塞に胡桃が言う。

「って言うか、塞もこの間充電してたよね!」

そう言われ、塞の顔色が変わった。

「え………い、いや、あれは…!」

「え?何それ?」

豊音が聞くと胡桃が話し始めた。

 

 

 

 

ある日、塞が部室に行くと、シロが一人でソファに座っていた。

「あれ?シロ一人?」

「……ん」

返事をする事すらダルいらしい。

鞄を机に置き、上着を脱ぐ塞。

無防備に座っているシロ。

いつもはシロの上に座っている胡桃がいないため、

今シロの膝の上はフリーだった。

「………」

塞は少し考える。

これは滅多にないチャンスだ。

常々してみたかった、あれをするまたとないチャンスだ。

「………うん」

塞は少しだけ気合を入れると、控えめにシロの膝の上に座った。

「………」

「……………何?」

普段は絶対にしない行動をしてきた塞に、シロが怪訝そうな顔で聞く。

塞は少し顔を赤くして、しどろもどろに答える。

「た、たまには…私も…その……充電を、しないと…」

実は、塞はいつもシロに座る胡桃の事を羨ましく思っていたのだ。

私だってシロとスキンシップしたい、と常々思っていた。

だが部で唯一の常識人を自負している塞としてはそんな事は言えず、

いつもただ黙って見ているだけだった。

それを聞いて観念したかのように、大人しく塞を座らせるシロ。

それどころかいつも胡桃にしているように、後ろから手を回して抱っこしてあげている。

それを肯定のサインと受け取った塞は、少しだけシロに寄りかかり体をあずける。

「………」

「………嫌?」

「別に…嫌じゃない、けど…」

「けど?」

「重い…」

「なっ!?」

「…胡桃と比べたら」

一応フォローしてくれた。

 

 

しばらく、シロに充電される塞。

塞はこの時、密かに感動していた。

これは、本当に充電されているような感覚だった。

背中に感じるシロの体温と、微かに上下する呼吸のリズムがとても心地良い。

シロの体から何かが出ているような、そんな気さえした。

塞は自分のお腹の上に添えられているシロの手に触れてみる。

シロのすべすべした手は、少しだけ冷たい。

それでいて触れているだけでシロの温もりが心の中にまで伝わってくるようだった。

なんだか愛おしいような気持ちになり、シロの手を撫でる。

自分でも気付かないうちに、自然に笑みがこぼれる。

その時、不意にシロの手が塞の手をそっと包み込んだ。

一瞬、何が起こったのか、理解が追い付かなくなる塞。

シロに手を握られた、と気付いた時には心臓の鼓動が急激に加速していた。

普段されるがままのシロがこういうスキンシップをしてくるとは全く思っていなかった。

その分、その破壊力は極めて大きく、被害は甚大だった。

 

塞はただの同級生、しかも同性から手を握られただけで

これほどまでに心をかき乱される事にショックを受ける。

(好きな人に手を握られた女の子じゃないんだから…っ)

次の瞬間、自分の言葉に違和感を覚える。

(好きな人…?い、いや…まさか…)

自分にそんな趣味はない。

だが、なぜこんな気持ちになっているのか、

手を握られた時、嬉しい気持ちもあったのではないか。

そんな自問に狼狽える塞。

顔を真っ赤にしながら、なんとか気持ちを落ち着けようとする。

だがそれは全くの無駄な努力のように思えた。

この状況で、簡単に平常心を取り戻せるはずがなかった。

シロに顔が見えていなくて良かった、と心の底から思った。

 

 

塞が密かに格闘をし、なんとか心臓の鼓動も収まりかけた時、

充電を初めてから20分が経とうとしていた。

さすがにもう降りた方がいい頃かもしれない、と塞は思った。

胡桃よりは重い自分がいつまでも乗っていては、シロが疲れてしまう。

もちろん、自分としてはもっと乗っていたかった。

だがそろそろ他の人が部室に来る頃だろう。

それらを総合して考えると、やはりそろそろ降りた方がいい。

だが、この時間を終わらせてしまうのは、あまりに惜しい。

自分から終わりを切り出すなど、塞には出来る訳がなかった。

シロは相変わらず最初の姿勢のまま、身じろぎひとつせず、

手を握ったまま塞を抱きかかえている。

それはシロの優しさか、それともただ単にダルいからかは分からなかったが、

塞はそれを都合よく解釈する事にした。

今は少しでも長く、シロの上に乗っていたかった。

 

 

そのまま塞が充電していると、部室の扉が少しだけ開いているのに気付いた。

よく見ると、その隙間から胡桃が覗いていた。

「………っっっ」

慌ててシロから降りる塞。

それを見て胡桃が入ってくる。

そして塞を指差して言う。

「塞、ずるい!そこ私の場所だよ!」

「な、なんで……こっそり見てたの…?」

「なんか可愛かったから」

「………っっ!」

可愛い、などと言われ慣れていない塞は大いに照れた。

顔を赤くして慌てている塞に胡桃がさらに言う。

「塞なのに可愛いとか意味分かんないんだけどっ」

「『なのに』ってどういう意味っ?」

「塞も充電したかったの?」

「………」

顔を覆う塞。

もう恥ずかしくて穴があったら入りたい気分だった。

 

 

 

「…ってことがあったんだよ」

「へー、塞さんも意外とお茶目なところあるんだねー」

豊音がうきうきした目で言う。

「あ、あれは…その……」

もう何もごまかす事が出来ない塞の目は泳ぎっぱなしだ。

そんな塞に助け舟を出すように、熊倉が皆を促す。

「はい、そろそろミーティング再開するよ」

さすがに話が脱線しすぎた。

机に広げられた牌譜の周りに集まる6人。

豊音がちょっとだけしんみりした顔で呟く。

「でも…こういうの楽しいね」

「…うん」

全員3年生の宮守は、負ければそこで引退だ。

卒業後はこういう風に過ごす事もなくなるだろう。

それは初めから分かっている事だ。

楽しい毎日もいつかは終わってしまう。

豊音の言葉に、皆がそれぞれ思いを巡らす。

胡桃が全員の顔を見て、言う。

「ちょっとでも長く部活続けられるように…頑張ろうね!」

「うん!」

 

ミーティングに戻る6人。

真剣に対戦相手の事を話し合う。

明日勝てば、もう少し部活を続ける事が出来る。

一日でも長く、皆と一緒にいたい。

それが全員の願いだった。

 


 

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